40 / 56
おまけの小話
【 書籍化 】大感謝&お久しぶりですSS
しおりを挟む皆様の応援のお陰で、11月13日にアルファポリスさんから『死んだはずのお師匠様は総愛に啼く』が書籍化されることとになりました(13日に発送開始なので、書店に並ぶのは15日ぐらいかと思います)
感謝の言葉は言い尽くせませんが、近況ボードにて詳細はお知らせしているので、気になる方は覗いてみて下さい。
後日談でもなくただのSSですが、師匠たちを思い出しながら読んで頂ければ幸いです。
※翡燕が戦司帝だった頃のお話です
++++++++++++
ユウラ国の皇宮は、長い歴史の中で改築と増築を繰り返し、世界有数の広大さを誇っている。しかし今はその広さに、青王は舌打ちでもかましたい気分だった。
青王は、この馬鹿ほど広い皇宮内で人探しをしている。一番大きな回廊に出てみたが、見る限り彼の姿はない。
「ったく……! 戦、どこにいるんだ?」
四天王の師であり、そして想い人でもある戦司帝は、正に雲のような人物だ。
捕まえていないとふわふわとどこまでも飛んでいく。先ほどまで隣にいたのに、気が付くともう居なくなっている事など日常茶飯事である。
そんな彼をこの広い皇宮内で探し出すのは、至難の業だ。しかし今日は、何としても見つけなければならない。
「青! そっちにはおらんかったで!」
「朱! お前も聞いたのか、あの件」
「……聞いた」
回廊の向こうにいた朱王が、雄々しい眉を吊り上げて表情を歪ませた。近くにいた衛兵が、ひっと悲鳴を吞み込みながら仰け反る。
恐らく朱王から、相当の圧が漂っているのだろう。彼の怒りの波動は、四天王さえ近づきたくないほど鋭いのだ。
普段なら宥めるところなのだが、今の青王の状態は彼と同じようなものである。
常時保たれている爽やかな様相を崩してしまうほど、事態は深刻なものなのだった。
「おい、青! それと、朱もか!」
今度は上方から、焦りを含んだ声が降ってくる。見上げると、上階の窓から白王が身を乗り出していた。
「黒が中庭に向かっている! 恐らくそこだ! 四方から囲い込むぞ!」
白王の言葉を受け、朱王は返事もなく駆け出した。青王も迷うことなく中庭へと足を向ける。
戦司帝を探し出すのであれば、黒王が一番適任だ。普段は慣れ合うことがない四天王だが、こんな時は協力体制を取ることを厭わない。
中庭に入ると、その姿は直ぐに目に入った。
大きな体躯を縮ませて、戦司帝は一心に土いじりをしている。恐らく薬草の植え替えをしているのだろう。
今にも白に染まりそうな薄い水色の髪。美しくも儚いその髪は、大きな背中から腰へと直線を描き、地面へと流れている。
縮こまった後ろ姿でも、はっとするほど美しい。思わず見とれそうになった青王だったが、今はそれどころじゃないと意識を引き戻した。
全力で駆けると、あちこちから四天王が駆け寄って来るのが見える。
皆して『一番先に声を掛けるのは俺だ』と顔に張り付け、全力疾走していた。黒王など、ほぼ飛翔しているのでないかという速度だ。
しかしながら青王は、こういう時は自分が有利だと自覚している。
戦司帝への想いは皆同じだが、積極性においてはどの王にも負けてはいない。彼らにはどこか遠慮があるのだ。嫌われたくないという気持ちからだろう。
そんなものは不要だ、と青王は思っている。あの戦司帝が四天王を嫌う訳がないし、寧ろぐいぐいと迫って彼の意識を変えるべきだと思っている。
戦司帝は未だに自分の事を『四天王の親代わり』だと思っているのだから。
四天王が揃って口を開こうとしている中、青王は躊躇うことなく戦司帝の背中へ飛びついた。薫衣草の香りがふわりと香り、青王は縋るように頬ずりする。
戦司帝に甘える青王を見て、四天王は開けていた口を閉じ、苦虫を嚙み潰したような表情となる。
そんな反応にも慣れている青王は、彼らに向けて小さく舌を出しながら戦司帝の背中を堪能した。
囲まれた戦司帝といえば、周囲をぐるりと見回したのちに青王を振り返り、きょとりと目を瞬かせる。しかしその口元には笑みが浮かんでいて、この状況を楽しんでいるようにも見えた。
「っはは、どうした? そんなに慌てて。揃いも揃って、鬼でも見たか? それとも鬼ごっこかい?」
戦司帝は肩を揺らして笑い、小さく顔を傾ける。細められた瞳には四天王への情が溢れていて、先ほどまで尖っていた意識が蕩けそうになってしまう。
追及する事が何であったのか忘れそうになった時、流石と言うべきか、白王が口を開く。
「……っ戦……! 婚約するって本当か……?」
先ほど、この国の宰相から聞かされた話だ。
戦司帝が婚約を結び、婚儀も今年中に行われる。戦司帝の身分は王族になるため、婚約者は正妃として迎え入れる予定だという。
これまで戦司帝への求婚の話は腐るほど聞いてきた。しかし彼自身が乗り気では無かったため、全て断っていたのを四天王は知っている。
しかし今回は話が進んでいるのだという。戦司帝も了承済みだと聞かされた。
だからこうして、四天王が揃って血相を変えているのである。
しかし当の本人と言えば、呑気に笑みを浮かべたまま小さく頷く。
「何だ、その話か」
「……ほんまなんか?」
「ほんまほんま」
朱王の鈍りをまねた口調で返し、戦司帝は手元に視線を戻した。土いじりを再開する気なのだろう。
四天王にとっては一大事なのだが、彼にとって『結婚』は、土いじりと並行して話せるような、些末ものになっているようだ。
しかし彼を本気で愛している四天王としては、当然の事ながら捨て置ける話ではない。
ぐっと言葉に詰まる朱王を置いて、白王が更に戦司帝へと迫った。
「どうしてです! どうして急に? あなたは結婚など望んでいなかったではないですか!」
「いや、そうなんだが……。別に特別な理由というのはなくてだな……いたた、碧斗、噛むな」
「嫌ら、訳を言わないと、もっと噛む」
青王ははぐはぐと戦司帝の肩口に歯を立て、返事を急かす。
戦司帝はそんな青王を咎めることなく、自身の頭を青王の頭へこつりと押し当てた。そして周りに立つ四天王を、微笑みながら見回す。
「僕もいい年だし、お前たちも立派に独り立ちした。ここらで身を固めるべきだって、宰相に諭されてな。……確かにその通りだと思って承諾したが、何か問題があったか?」
戦司帝は困ったように眉を下げ、土の付いた手を擦り合わせる。四天王が揃って不満顔を呈している意味に、彼はまったく気が付いていない。
そんな戦司帝の傍らに、黒王が膝を折った。言い聞かせるような表情を浮かべ、黒王は戦司帝の顔を見据える。
「許容、大幅枠外」
きっぱりと言い放った言葉に、四天王が次々言葉を重ねる。
「せや、反対」
「絶対、ヤダ」
「断固、反対」
口々に言い放つ四天王を、戦司帝は驚きの顔で見回す。次いで吹き出すと、肩を揺らしながら笑い始めた。
彼は背に乗っている青王を片手で支えながら、もう片方の手で自身の腹を抱える。
「っはははは! 皆して何だよ、黒兎の真似か? かわいいなぁ、あはは!」
周りの焦燥感などまるで感じていない様子で、戦司帝はけらけらと笑う。遂には青王の頭を撫でまわし始めたものだから、他の者らもうずうずと戦司帝への距離を縮め始めた。
そんな場合ではないのだが、戦司帝が機嫌よく笑っていると、ついその雰囲気に同調したくなってしまう。一緒に笑っていたいと本能が望んでしまうのだ。
そこに割って入ったのは、中庭という場所には似つかわしくないほどの、凛とした声だった。
「おや、何やら楽しそうだね? 四天王と、おお、戦司帝もいるじゃないか」
「! 陛下……!」
中庭にふらりと現れたのは、ユウラ国の王である皇王だ。慌てて立ち上がる青王や拱手しようとする四天王を制し、皇王は戦司帝の前へと立つ。
戦司帝は立ち上がらないまま、皇王を眩しそうに見上げた。そんな彼を見下ろす皇王の目も、驚くほど穏やかだ。
「皆して、何を話していたんだい?」
「結婚の話ですよ、陛下」
「……結婚だって? 誰の?」
「僕のですが……。あれ、まだ宰相から聞いていませんか?」
戦司帝が言うと、皇王の穏やかな雰囲気が一変する。美麗な眉をぐっと寄せて、彼は言い放った。
「なんだそれ、聞いてないぞ」
「ああ……では今からお話があるのかもしれません。今までは僕がお断りすることが多かったので、確定してからお話をと思ったのでしょう」
「馬鹿を言うな。絶対に許さん。結婚など許可するものか」
「……え?」
戦司帝が止める間もなく皇王は踵を返し、中庭から去っていった。
残された戦司帝はぽかんと呆れ顔を呈するが、反して四天王の中には安堵の雰囲気が広がる。
朱王が髪をかき上げながら、短く息を吐く。
「……そうやった。最強の抑止力を忘れとった」
「うん。そうだった。思えば、陛下が許可する訳がないよね」
皇王は戦司帝の親代わりではあるが、親子以上に仲がいい。戦司帝は揺るぎない忠誠と親愛を皇王へ向け、皇王は戦司帝を溺愛している。
そんな皇王であれば、戦司帝の相手には相当の条件を提示するだろう。こんなに軽く話が伝わるわけがない。
あの態度からすると、当分結婚などさせる気はなさそうだが。
『怒』という文字を背中に背負いながら、皇王は回廊へと入っていく。その姿を見送っていた戦司帝が、ぽつりと呟いた。
「……では……結婚しなくても、いいのか……?」
呆けていた顔が、みるみる穏やかなものに変わっていく。戦司帝はそのままくしゃりと笑みを浮かべ、幸せそうに四天王を見回した。
「良かった。まだお前たちが一番で良いみたいだな」
「……っ⁉」
固まる四天王の頭をぐりぐりと撫で回って、戦司帝は満足気に去って行く。
その場に残された四天王は、悶えながら見送るしかなかった。つくづく罪づくりな男である。
*
それは約3万年前の、幸せだったころの出来事である。
誰もが戦司帝に焦がれ、手に入れたいと願った。長く生きるユウラの民だからこそ、足早ではなくゆっくりと彼を腕に抱き込みたいと考えていた。
積極的な青王でさえ、周りの慎重さや戦司帝の穏やかさに、つい足を緩めていたのだ。
しかし戦司帝がいなくなるのは、この騒ぎの直後のことだった。
______ そして、本編へと続く
503
お気に入りに追加
2,890
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

無自覚お師匠様は弟子達に愛される
雪柳れの
BL
10年前。サレア皇国の武力の柱である四龍帝が忽然と姿を消した。四龍帝は国内外から強い支持を集め、彼が居なくなったことは瞬く間に広まって、近隣国を巻き込む大騒動に発展してしまう。そんなこと露も知らない四龍帝こと寿永は実は行方不明となった10年間、山奥の村で身分を隠して暮らしていた!?理由は四龍帝の名前の由来である直属の部下、四天王にあったらしい。四天王は師匠でもある四龍帝を異常なまでに愛し、終いには結婚の申し出をするまでに……。こんなに弟子らが自分に執着するのは自分との距離が近いせいで色恋をまともにしてこなかったせいだ!と言う考えに至った寿永は10年間俗世との関わりを断ち、ひとりの従者と一緒にそれはそれは悠々自適な暮らしを送っていた……が、風の噂で皇国の帝都が大変なことになっている、と言うのを聞き、10年振りに戻ってみると、そこに居たのはもっとずっと栄えた帝都で……。大変なことになっているとは?と首を傾げた寿永の前に現れたのは、以前よりも増した愛と執着を抱えた弟子らで……!?
それに寿永を好いていたのはその四天王だけでは無い……!?
無自覚鈍感師匠は周りの愛情に翻弄されまくる!!
(※R指定のかかるような場面には“R”と記載させて頂きます)
中華風BLストーリー、ここに開幕!

侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

言い逃げしたら5年後捕まった件について。
なるせ
BL
「ずっと、好きだよ。」
…長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。
もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。
ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。
そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…
なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!?
ーーーーー
美形×平凡っていいですよね、、、、

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

末っ子王子は婚約者の愛を信じられない。
めちゅう
BL
末っ子王子のフランは兄であるカイゼンとその伴侶であるトーマの結婚式で涙を流すトーマ付きの騎士アズランを目にする。密かに慕っていたアズランがトーマに失恋したと思いー。
お読みくださりありがとうございます。

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。