死んだはずのお師匠様は、総愛に啼く

墨尽(ぼくじん)

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おまけの小話

【 書籍化 】大感謝&お久しぶりですSS

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 皆様の応援のお陰で、11月13日にアルファポリスさんから『死んだはずのお師匠様は総愛に啼く』が書籍化されることとになりました(13日に発送開始なので、書店に並ぶのは15日ぐらいかと思います)
 感謝の言葉は言い尽くせませんが、近況ボードにて詳細はお知らせしているので、気になる方は覗いてみて下さい。


 後日談でもなくただのSSですが、師匠たちを思い出しながら読んで頂ければ幸いです。

 ※翡燕が戦司帝だった頃のお話です


 ++++++++++++




 ユウラ国の皇宮は、長い歴史の中で改築と増築を繰り返し、世界有数の広大さを誇っている。しかし今はその広さに、青王は舌打ちでもかましたい気分だった。

 青王は、この馬鹿ほど広い皇宮内で人探しをしている。一番大きな回廊に出てみたが、見る限り彼の姿はない。

「ったく……! せん、どこにいるんだ?」

 四天王の師であり、そして想い人でもある戦司帝は、正に雲のような人物だ。
 捕まえていないとふわふわとどこまでも飛んでいく。先ほどまで隣にいたのに、気が付くともう居なくなっている事など日常茶飯事である。

 そんな彼をこの広い皇宮内で探し出すのは、至難の業だ。しかし今日は、何としても見つけなければならない。

「青! そっちにはおらんかったで!」
「朱! お前も聞いたのか、あの件」
「……聞いた」

 回廊の向こうにいた朱王が、雄々しい眉を吊り上げて表情を歪ませた。近くにいた衛兵が、ひっと悲鳴を吞み込みながら仰け反る。
 恐らく朱王から、相当の圧が漂っているのだろう。彼の怒りの波動は、四天王さえ近づきたくないほど鋭いのだ。

 普段なら宥めるところなのだが、今の青王の状態は彼と同じようなものである。
 常時保たれている爽やかな様相を崩してしまうほど、事態は深刻なものなのだった。

「おい、青! それと、朱もか!」

 今度は上方から、焦りを含んだ声が降ってくる。見上げると、上階の窓から白王が身を乗り出していた。

「黒が中庭に向かっている! 恐らくそこだ! 四方から囲い込むぞ!」

 白王の言葉を受け、朱王は返事もなく駆け出した。青王も迷うことなく中庭へと足を向ける。
 戦司帝を探し出すのであれば、黒王が一番適任だ。普段は慣れ合うことがない四天王だが、こんな時は協力体制を取ることを厭わない。


 中庭に入ると、その姿は直ぐに目に入った。
 大きな体躯を縮ませて、戦司帝は一心に土いじりをしている。恐らく薬草の植え替えをしているのだろう。

 今にも白に染まりそうな薄い水色の髪。美しくも儚いその髪は、大きな背中から腰へと直線を描き、地面へと流れている。
 縮こまった後ろ姿でも、はっとするほど美しい。思わず見とれそうになった青王だったが、今はそれどころじゃないと意識を引き戻した。

 全力で駆けると、あちこちから四天王が駆け寄って来るのが見える。
 皆して『一番先に声を掛けるのは俺だ』と顔に張り付け、全力疾走していた。黒王など、ほぼ飛翔しているのでないかという速度だ。

 しかしながら青王は、こういう時は自分が有利だと自覚している。
 戦司帝への想いは皆同じだが、積極性においてはどの王にも負けてはいない。彼らにはどこか遠慮があるのだ。嫌われたくないという気持ちからだろう。

 そんなものは不要だ、と青王は思っている。あの戦司帝が四天王を嫌う訳がないし、寧ろぐいぐいと迫って彼の意識を変えるべきだと思っている。
 戦司帝は未だに自分の事を『四天王の親代わり』だと思っているのだから。

 四天王が揃って口を開こうとしている中、青王は躊躇うことなく戦司帝の背中へ飛びついた。薫衣草の香りがふわりと香り、青王は縋るように頬ずりする。

 戦司帝に甘える青王を見て、四天王は開けていた口を閉じ、苦虫を嚙み潰したような表情となる。
 そんな反応にも慣れている青王は、彼らに向けて小さく舌を出しながら戦司帝の背中を堪能した。

 囲まれた戦司帝といえば、周囲をぐるりと見回したのちに青王を振り返り、きょとりと目を瞬かせる。しかしその口元には笑みが浮かんでいて、この状況を楽しんでいるようにも見えた。

「っはは、どうした? そんなに慌てて。揃いも揃って、鬼でも見たか? それとも鬼ごっこかい?」

 戦司帝は肩を揺らして笑い、小さく顔を傾ける。細められた瞳には四天王への情が溢れていて、先ほどまで尖っていた意識が蕩けそうになってしまう。
 追及する事が何であったのか忘れそうになった時、流石と言うべきか、白王が口を開く。

「……っ戦……! 婚約するって本当か……?」


 先ほど、この国の宰相から聞かされた話だ。
 戦司帝が婚約を結び、婚儀も今年中に行われる。戦司帝の身分は王族になるため、婚約者は正妃として迎え入れる予定だという。

 これまで戦司帝への求婚の話は腐るほど聞いてきた。しかし彼自身が乗り気では無かったため、全て断っていたのを四天王は知っている。
 しかし今回は話が進んでいるのだという。戦司帝も了承済みだと聞かされた。
 だからこうして、四天王が揃って血相を変えているのである。

 しかし当の本人と言えば、呑気に笑みを浮かべたまま小さく頷く。

「何だ、その話か」
「……ほんまなんか?」
「ほんまほんま」

 朱王の鈍りをまねた口調で返し、戦司帝は手元に視線を戻した。土いじりを再開する気なのだろう。
 四天王にとっては一大事なのだが、彼にとって『結婚』は、土いじりと並行して話せるような、些末ものになっているようだ。
 しかし彼を本気で愛している四天王としては、当然の事ながら捨て置ける話ではない。

 ぐっと言葉に詰まる朱王を置いて、白王が更に戦司帝へと迫った。

「どうしてです! どうして急に? あなたは結婚など望んでいなかったではないですか!」
「いや、そうなんだが……。別に特別な理由というのはなくてだな……いたた、碧斗、噛むな」
「嫌ら、訳を言わないと、もっと噛む」

 青王ははぐはぐと戦司帝の肩口に歯を立て、返事を急かす。

 戦司帝はそんな青王を咎めることなく、自身の頭を青王の頭へこつりと押し当てた。そして周りに立つ四天王を、微笑みながら見回す。 

「僕もいい年だし、お前たちも立派に独り立ちした。ここらで身を固めるべきだって、宰相に諭されてな。……確かにその通りだと思って承諾したが、何か問題があったか?」

 戦司帝は困ったように眉を下げ、土の付いた手を擦り合わせる。四天王が揃って不満顔を呈している意味に、彼はまったく気が付いていない。
 そんな戦司帝の傍らに、黒王が膝を折った。言い聞かせるような表情を浮かべ、黒王は戦司帝の顔を見据える。

「許容、大幅枠外」

 きっぱりと言い放った言葉に、四天王が次々言葉を重ねる。

「せや、反対」
「絶対、ヤダ」
「断固、反対」

 口々に言い放つ四天王を、戦司帝は驚きの顔で見回す。次いで吹き出すと、肩を揺らしながら笑い始めた。
 彼は背に乗っている青王を片手で支えながら、もう片方の手で自身の腹を抱える。

「っはははは! 皆して何だよ、黒兎の真似か? かわいいなぁ、あはは!」

 周りの焦燥感などまるで感じていない様子で、戦司帝はけらけらと笑う。遂には青王の頭を撫でまわし始めたものだから、他の者らもうずうずと戦司帝への距離を縮め始めた。

 そんな場合ではないのだが、戦司帝が機嫌よく笑っていると、ついその雰囲気に同調したくなってしまう。一緒に笑っていたいと本能が望んでしまうのだ。

 そこに割って入ったのは、中庭という場所には似つかわしくないほどの、凛とした声だった。

「おや、何やら楽しそうだね? 四天王と、おお、戦司帝もいるじゃないか」
「! 陛下……!」

 中庭にふらりと現れたのは、ユウラ国の王である皇王だ。慌てて立ち上がる青王や拱手しようとする四天王を制し、皇王は戦司帝の前へと立つ。
 戦司帝は立ち上がらないまま、皇王を眩しそうに見上げた。そんな彼を見下ろす皇王の目も、驚くほど穏やかだ。

「皆して、何を話していたんだい?」
「結婚の話ですよ、陛下」
「……結婚だって? 誰の?」
「僕のですが……。あれ、まだ宰相から聞いていませんか?」

 戦司帝が言うと、皇王の穏やかな雰囲気が一変する。美麗な眉をぐっと寄せて、彼は言い放った。

「なんだそれ、聞いてないぞ」
「ああ……では今からお話があるのかもしれません。今までは僕がお断りすることが多かったので、確定してからお話をと思ったのでしょう」
「馬鹿を言うな。絶対に許さん。結婚など許可するものか」
「……え?」

 戦司帝が止める間もなく皇王は踵を返し、中庭から去っていった。
 残された戦司帝はぽかんと呆れ顔を呈するが、反して四天王の中には安堵の雰囲気が広がる。
 朱王が髪をかき上げながら、短く息を吐く。

「……そうやった。最強の抑止力を忘れとった」
「うん。そうだった。思えば、陛下が許可する訳がないよね」

 皇王は戦司帝の親代わりではあるが、親子以上に仲がいい。戦司帝は揺るぎない忠誠と親愛を皇王へ向け、皇王は戦司帝を溺愛している。
 そんな皇王であれば、戦司帝の相手には相当の条件を提示するだろう。こんなに軽く話が伝わるわけがない。
 あの態度からすると、当分結婚などさせる気はなさそうだが。


 『怒』という文字を背中に背負いながら、皇王は回廊へと入っていく。その姿を見送っていた戦司帝が、ぽつりと呟いた。

「……では……結婚しなくても、いいのか……?」

 呆けていた顔が、みるみる穏やかなものに変わっていく。戦司帝はそのままくしゃりと笑みを浮かべ、幸せそうに四天王を見回した。

「良かった。まだお前たちが一番で良いみたいだな」
「……っ⁉」

 固まる四天王の頭をぐりぐりと撫で回って、戦司帝は満足気に去って行く。
 その場に残された四天王は、悶えながら見送るしかなかった。つくづく罪づくりな男である。



 それは約3万年前の、幸せだったころの出来事である。

 誰もが戦司帝に焦がれ、手に入れたいと願った。長く生きるユウラの民だからこそ、足早ではなくゆっくりと彼を腕に抱き込みたいと考えていた。
 積極的な青王でさえ、周りの慎重さや戦司帝の穏やかさに、つい足を緩めていたのだ。

 しかし戦司帝がいなくなるのは、この騒ぎの直後のことだった。


 ______ そして、本編へと続く
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