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後日談
4 その後のお話 〈黒王 後編〉
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翡燕は、黒王にすっぽり包まれた状態で目を覚ました。すっかり陽は落ちていて、蠟燭の明かりが部屋を照らしている。
目の前にはぐっすり眠る黒王の顔がある。その寝顔は子どものようで、先ほどの雄の顔とはほど遠い。
(……この、体力馬鹿が……)
あの後、翡燕は何度も気を失いながらも、黒王を受け入れた。しかしいつの間にか意識は途切れていたようで、身体も敷いていた毛布も綺麗になっている。
黒王によって身動きできないほどに翡燕は抱きしめられているが、身体の各所はぎしぎしと不穏な痛みを発していた。
「(黒兎、起き、ろ……?)」
起きろと言ったつもりが、壊れた鞴のような声しか出ない。翡燕が喉を慣らしていると、黒王が飛び起きた。
「翡燕! 平気!?」
「(それをお前が言うか……)」
パクパクと声を発すると、黒王が慌てて竹筒を取り出した。黒王に促されるまま中の水を飲むと、微かに甘い事に気付く。
翡燕が竹筒を見て首を傾げていると、黒王が嬉しそうに微笑んだ。
「蜂蜜が入ってる。喉に良い」
「(おお、そうか、はちみつ…………?)」
翡燕に褒められるのを待っているかのように、黒王は顔を綻ばせる。まだ力の入らない身体を黒王に預け、翡燕は大きく溜息をついた。
(黒兎……用意周到にも程があるぞ……)
翡燕が責めるような瞳を向けると、黒王が悲しそうに眉を下げる。そして毛布を引き上げて、翡燕を労わるように包んだ。
「翡燕、どこか痛い?」
「……どこもかしこも……」
掠れてはいるが、蜂蜜のお陰か微かに声が出るようになった。こん、と咳ばらいをして、翡燕は黒王の胸に擦り寄った。
とくとくと力強い鼓動が、黒王から伝わってくる。翡燕は少し頬を膨らませ、呟いた。
「……そんなに、戦司帝が好きだったのか?」
「……?」
翡燕は自身の身体を見下ろして、下腹あたりを撫でる。少しの筋肉も付いていないそこは、女性のように華奢だ。
「前の僕だったら、もっと黒兎を満足させられたのかな? こんな貧弱な体で、ごめ」
「翡燕!? ……信じられない、そんなことを考えていたのか?」
翡燕の言葉を遮るように喋り始めた黒王に、翡燕は目を丸くする。翡燕の身体を抱き込んで、黒王はまるで言い聞かすように捲し立てる。
「翡燕はかわいい。戦はきれい。色は同じで、澄んで輝いている。こんな美しい人はどこにもいない。前も後も変わらない。ずっとずっと愛してると言ったろう?」
「う、うん。す、凄く喋ってるな、黒兎」
目を丸くしながら翡燕が言うと、黒王はふるふると頭を横に振った。
「ううん、翡燕は解ってない。俺だって本当は独り占めしたい。皆は休みがあって、狡い。俺も翡燕を独り占めしたい。翡燕としたいこと、たくさんある」
「……黒兎……」
ぎぎ、と軋む関節を動かして、翡燕は黒王の髪を撫でた。翡燕の前だと人格が変わったように話し出すのは何時ものことだが、今回の駄々っ子のような言葉は胸に響いた。
「かわいいなぁ、黒兎は」
「……翡燕に言われたくない」
鼻梁に皺を寄せる黒王を見て、翡燕はつい吹き出した。そしてその頭を引き寄せて、皺の寄った鼻筋に唇をつける。
「……これから僕は、また成長するだろうから……。戦司帝に戻った僕の事も、ちゃんと抱いてくれよ?」
「………」
「……黒兎? ………んん? お、お前、また……」
抱き込まれた翡燕の腰の下に、何やら硬いものの感触がある。先ほどはなかった感覚に、翡燕は息を詰めた。
「今のは、翡燕がわるいね?」
薄く笑う黒王は、もう可愛い顔をしていない。
流石にこれ以上は死ねる。そう思った翡燕は痛みも忘れて、黒王の身体から這って出た。
「黒兎! その凶器を治めなさい!」
「……うん。流石にもうしないよ」
そう言いながら笑う黒王は本当に幸せそうで、翡燕もつい頬が緩んだ。ほっと息をついた後、翡燕は黒王の隣に腰かける。
「僕としたいことって、何? まさかやらしいことばかりじゃ無いだろうな?」
「……たくさんある。まずは……」
黒王の口から次々と飛び出す「やりたい事」を聞きながら、翡燕はくすくすと笑いを零す。
自分と過ごす未来を考えてくれている。そう感じることができて、翡燕は幸せを噛み締めた。
=========
黒王編、終わり
次は獅子丸編の予定です
目の前にはぐっすり眠る黒王の顔がある。その寝顔は子どものようで、先ほどの雄の顔とはほど遠い。
(……この、体力馬鹿が……)
あの後、翡燕は何度も気を失いながらも、黒王を受け入れた。しかしいつの間にか意識は途切れていたようで、身体も敷いていた毛布も綺麗になっている。
黒王によって身動きできないほどに翡燕は抱きしめられているが、身体の各所はぎしぎしと不穏な痛みを発していた。
「(黒兎、起き、ろ……?)」
起きろと言ったつもりが、壊れた鞴のような声しか出ない。翡燕が喉を慣らしていると、黒王が飛び起きた。
「翡燕! 平気!?」
「(それをお前が言うか……)」
パクパクと声を発すると、黒王が慌てて竹筒を取り出した。黒王に促されるまま中の水を飲むと、微かに甘い事に気付く。
翡燕が竹筒を見て首を傾げていると、黒王が嬉しそうに微笑んだ。
「蜂蜜が入ってる。喉に良い」
「(おお、そうか、はちみつ…………?)」
翡燕に褒められるのを待っているかのように、黒王は顔を綻ばせる。まだ力の入らない身体を黒王に預け、翡燕は大きく溜息をついた。
(黒兎……用意周到にも程があるぞ……)
翡燕が責めるような瞳を向けると、黒王が悲しそうに眉を下げる。そして毛布を引き上げて、翡燕を労わるように包んだ。
「翡燕、どこか痛い?」
「……どこもかしこも……」
掠れてはいるが、蜂蜜のお陰か微かに声が出るようになった。こん、と咳ばらいをして、翡燕は黒王の胸に擦り寄った。
とくとくと力強い鼓動が、黒王から伝わってくる。翡燕は少し頬を膨らませ、呟いた。
「……そんなに、戦司帝が好きだったのか?」
「……?」
翡燕は自身の身体を見下ろして、下腹あたりを撫でる。少しの筋肉も付いていないそこは、女性のように華奢だ。
「前の僕だったら、もっと黒兎を満足させられたのかな? こんな貧弱な体で、ごめ」
「翡燕!? ……信じられない、そんなことを考えていたのか?」
翡燕の言葉を遮るように喋り始めた黒王に、翡燕は目を丸くする。翡燕の身体を抱き込んで、黒王はまるで言い聞かすように捲し立てる。
「翡燕はかわいい。戦はきれい。色は同じで、澄んで輝いている。こんな美しい人はどこにもいない。前も後も変わらない。ずっとずっと愛してると言ったろう?」
「う、うん。す、凄く喋ってるな、黒兎」
目を丸くしながら翡燕が言うと、黒王はふるふると頭を横に振った。
「ううん、翡燕は解ってない。俺だって本当は独り占めしたい。皆は休みがあって、狡い。俺も翡燕を独り占めしたい。翡燕としたいこと、たくさんある」
「……黒兎……」
ぎぎ、と軋む関節を動かして、翡燕は黒王の髪を撫でた。翡燕の前だと人格が変わったように話し出すのは何時ものことだが、今回の駄々っ子のような言葉は胸に響いた。
「かわいいなぁ、黒兎は」
「……翡燕に言われたくない」
鼻梁に皺を寄せる黒王を見て、翡燕はつい吹き出した。そしてその頭を引き寄せて、皺の寄った鼻筋に唇をつける。
「……これから僕は、また成長するだろうから……。戦司帝に戻った僕の事も、ちゃんと抱いてくれよ?」
「………」
「……黒兎? ………んん? お、お前、また……」
抱き込まれた翡燕の腰の下に、何やら硬いものの感触がある。先ほどはなかった感覚に、翡燕は息を詰めた。
「今のは、翡燕がわるいね?」
薄く笑う黒王は、もう可愛い顔をしていない。
流石にこれ以上は死ねる。そう思った翡燕は痛みも忘れて、黒王の身体から這って出た。
「黒兎! その凶器を治めなさい!」
「……うん。流石にもうしないよ」
そう言いながら笑う黒王は本当に幸せそうで、翡燕もつい頬が緩んだ。ほっと息をついた後、翡燕は黒王の隣に腰かける。
「僕としたいことって、何? まさかやらしいことばかりじゃ無いだろうな?」
「……たくさんある。まずは……」
黒王の口から次々と飛び出す「やりたい事」を聞きながら、翡燕はくすくすと笑いを零す。
自分と過ごす未来を考えてくれている。そう感じることができて、翡燕は幸せを噛み締めた。
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黒王編、終わり
次は獅子丸編の予定です
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