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後日談

その後のお話 〈黒王 前編〉

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※ご注意ください※
後日談にはR18話が含まれます。苦手な方は※印のついたお話を飛ばして読んでください。
飛ばしてもお話に支障はないように書いています。
サブタイに翡燕の相手の名を書きますので、読むか読まないかは読者様の判断でお願いいたします。

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「これは、片獣ですね。鳥類でしょうか」

 寝かしつけた赤子の御包みをソヨが取ってみると、背中に小さな羽が生えていた。片獣ならば尚更、この屋敷に捨てられていたことに疑問が残る。

「今日のうちに朗々荘へと預けてきますね」
「? 何で? もううちの子だろ?」

 翡燕はそう言いながら、朱王から差し出された魚のほぐし身に、ぱくりと食らいつく。
 朱王の蕩け顔と、他の四天王の鋭い顔を交互に見ながら、ソヨは溜息をついた。

「翡燕様の子でないのなら、うちに置いておく理由もありません。朗々荘の子達は、みんな翡燕様が大好きなのですよ? この子ばかり優遇しては、他の子が可哀そうです」
「……そうかぁ、それもそうだな。一旦、預けてみようか」

(一旦?)

 そう思いながら、ソヨは食卓を見た。

 四天王も獅子王も、自分の食事に集中していない。翡燕の口元を見ながら、次の一口を誰が放り込むか、じりじりと牽制し合っている。

「うぅっま! 美味しいよ、ヴァン! 魚の煮つけ、また腕を上げたなぁ」
「翡燕様、ありがとうございます。……あのぉ……四天王の皆さま? ……まるちゃんも!」

 ヴァンの言葉に、魚の煮つけへ一斉に箸を突っ込もうとしている四天王と、獅子王がぴたりと固まる。
 恨めしそうな目がヴァンに集中するも、ヴァンはまったく怯まない。

「ご自分の食事に集中されないのなら、これからは全員分皿を分けますよ? この屋敷では昔から、師弟分け隔てなく大皿で分け合うのが慣例でしたが……。今のあなた方の食事のやり方は、この屋敷では正しくない」
「……」
「……」

 四天王と獅子王に対して言葉を放るヴァンを、翡燕は目を丸くして見つめた。次いで何かに気づいたように卓上を見回し、口を手で覆う。

「……本当だ……。なぜ僕ばかりが食べている……!? お前たちが朝食を疎かにしないための食事会だぞ! ちゃんと食べなさい!」

「……んな事言うてもなぁ。なぁ?」
「ほんとそれよ。翡燕が悪いもん」

 隣同士の朱王と青王が同意するように頷き合い、白王がふすっと笑いを漏らす。黒王は何も言わず、翡燕を見て眉を下げた。

 朝食の時の翡燕は、髪も結っていない。起き抜けの可愛さを、四天王はここぞとばかりに味わいに来ているのだ。
 青王が顔を綻ばせて、クスクスと笑う。

「はいはい、食べますよ。あ~あ、今日からがっつり仕事が入ってるんだよなぁ。翡燕の顔、しばらく見れない……」
「ああ、俺もや。亜獣の王が相変わらず仕事せぇへんから、国境の兵を強化せなあかん」
「街の復興も、まだまだだからなぁ。獅子王、獣人国はどうなんだ?」
「……獣人国はグリッドさんがいるから大丈夫です。でもグリッドさんが浪々荘の取りまとめを出来なくなったから、オレもしばらくグリッドさんの屋敷に行かなきゃ……」

 各々の近況を話す四天王を見ながら、翡燕はもぐもぐと口を動かした。つい顔が綻んでしまうのを、四天王たちから顔を背けて隠す。

 四天王が仕事の話をしているのを聞くのが、翡燕は昔から好きだった。
 戦司帝だった頃の時代は、四天王の方が率先して執務をこなしていたのだ。自分がいなくても国が回っているのを感じると、何故だか心底安堵できた。
 長い間、幕引きを考えながら過ごしていた名残だろうが、今となっては名残でしかない。


 翡燕が眉を下げながら聞いていると、隣の黒王が口を開いた。翡燕にしか聞こえないような小さな声で、そっと呟く。

「翡燕、今日」
「うん。今日?」
「今日、南の地に行こう」
「ん? 黒兎、仕事は?」
「休めた」

 嬉しそうに言う黒王は、普段切り上がってる眦をこれでもかと下げている。

 皇王の護衛である黒王は、なかなか休みが取れない。黒王との時間は、いつも深夜になってからだった。
 昼間に長く一緒にいられるのは、滅多にない。

「じゃあ皆が帰ったら、行こう。楽しみだな、黒兎」

 こそこそと小声で翡燕が言うと、黒王がこくりと頷く。
 普段は無表情な黒王が、自分だけに向ける表情。それが日に日に甘くなるのが、翡燕にはたまらなく愛おしかった。


_________

 南の地は、見違えるほど豊かになっていた。

 黒王と一緒に馬に乗り大草原を駆けると、豊かな緑の香りが鼻を抜ける。吹き抜ける風も、強い生命力に溢れていた。

 果樹園は収穫時期のようで、大勢の人が仕事をしているのが見える。ついこの間まで荒れ果てていたこの地を、ここまで豊かにしたのは民の努力に他ならない。

 馬で通る翡燕と黒王を見て、収穫していた人々が驚き、膝を折る。そんな大人たちに構うことなく、手伝いに来ていた子どもたちは千切れんばかりにこちらに手を振って来た。

 翡燕もつい嬉しくなって、顔を上げて果樹園に向けて手を振る。その瞬間、強い日差しが降り注いだ。
 それが眩しくて、翡燕は瞳を眇める。

「翡燕? 大丈夫?」
「ああ、ちょっと眩しくて……」
「……降りよう。ぎゅっとして」

 目を閉じたまま黒王に縋りつくと、ふわりとした浮遊感の後、地に降り立つ感覚があった。
 降り立ったと分かってはいたが、翡燕は目を開けることができない。黒王の胸に頭を擦りつけていると、心配そうな声が上から降ってくる。

「ごめん。影を進むべきだった」
「いや、黒兎は何も悪くないよ」

 光を失ったあの時から、翡燕の瞳は強い光を受け入れられなくなっていた。特に直視してしまうと、しばらく目が開けられない。

「せっかく良い風景が広がっているというのに……口惜しい」
「狩り小屋、行こうか?」
「……ああ、そうだね。少し休もうか」

 翡燕がそう返事をすると、鼻筋に何かが触れた。それが黒王の唇だと分かり、翡燕は瞳を閉じたまま微笑んだ。

「狩り小屋か、懐かしいな。あそこで良く、獲物の自慢をしながら酒を飲んだな」
「うん」

 黒王が歩き出した気配がして、翡燕はふふ、と笑いを漏らした。
 まだ青年だった頃の黒王は、今よりずっと髪が長かったのだ。少し癖のある黒髪を一つに結っていた姿は、とても可愛らしかった覚えがある。

「あの頃の黒兎は可愛かったな。いや、今も可愛いけどさ……」
「……うん」
「あの小屋の藁に毛布を掛けて、埋もれながら眠ったの覚えてるかい? あれは気持ちよかったなぁ?」
「……」

「……黒兎?」
「……ごめん、限界」

 「え」と言おうとした口を塞がれて、翡燕は思わず身を竦めた。噛みつくような口付けに、身を震わせる。

 上顎を舌で擦られ、ゾクゾクとした快感が這いあがった。そこから逃げようと顔を背けるが、黒王の左手が顎をとらえて離さない。

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