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後日談
1 その後のお話 〈序章〉
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早朝、ソヨは驚きのまま硬直していた。
朝食の仕込みを終えたヴァンへ挨拶をして、いつものように門前を掃こうとしたところ、妙なものを見つけたのだ。
大ぶりの籠に入っているのは、布に包まれた何か。しかもその布が時折もぞもぞと動く。
明らかに生きている物が入っている。そう思ったソヨは恐る恐る籠を覗き込んだ。
「えぇ……?」
中に入っていたのは、御包みに包まれている赤子だった。きっちりと巻かれた御包みを蹴とばすように、もぞもぞと元気に動いている。
そしてその籠には、手紙のような何かが差し込まれている。
(すっ、捨て子!? なんでうちに!?)
『朗々荘』には捨て子を受け入れる窓口がある。そちらには良く赤子が預けられる事が多いが、この屋敷の前に赤子がいるのは初めての事だった。
ソヨは恐る恐る手を伸ばし、差し込まれていた手紙を抜き取る。開くと、そこにはとんでもない事が書かれていた。
『戦司帝様の子です。名前はまだありません、お好きにどうぞ』
ひゅっと息を飲み込み、ソヨは籠を抱え上げる。何も悪いことをしていないのに、きょろきょろと周囲を見渡しながら屋敷へと引っ込んだ。
慌てながらソヨが中庭に駆け込むと、朝風呂を終えたヴァンに出くわした。狼狽えるソヨに驚きながら、ヴァンは籠を覗き込む。
「!! 赤ちゃん!?」
「しーーっ、翡燕様が起きます……!」
翡燕は陽が昇る前に起きて鍛錬し、終わったらまた寝ることが多い。ここで起こしてしまうと、翡燕は朝食の時間に船を漕いでしまう。
ソヨが籠から赤子を抱き上げると、ヴァンが手紙を読み始めた。ソヨと同じような反応を示し、目を見開いている。
「せ、せせ、戦司帝様の……!」
「ヴァン、いったん居間へ入りましょう」
狼狽えるヴァンを引き連れ、赤ん坊と共に居間に入る。そして相変わらずご機嫌な赤子を見て、ソヨは大きく溜息をついた。
「戦司帝様の子……これが本当なら、大変なことになりますね」
「でっ、でも、あの翡燕様が……」
腕に抱いている赤子の髪は栗色だ。しかし瞳の色は浅葱色に近しい。知らない人間に抱かれて無邪気に笑っているのも、何となく翡燕に似ている気がする。
「みっ、認めたくはありませんが、翡燕様も一応……男、なので……」
きゃうきゃう喃語を繰り返す赤子を、ソヨは眉を下げながら見つめた。澄んだ瞳もそっくりだ、とつい頬を緩ませる。しかしヴァンは、そんなソヨの肩をがしりと掴んだ。
「ソヨさん! 忘れたんですか!? 今日は四天王が朝食を食べに集まる日です!」
「!! そ、そうだった……!」
翡燕は戦司帝時代から、なぜか朝食に重きを置いてきた。
弟子が朝食を抜こうものなら容赦なく怒っていたし、それは四天王に対しても同様だ。
翡燕がいない間不摂生をしていた四天王を、翡燕はたまに朝食へ招く。それが今日だった。
「ど、どうしよ……いや、知り合いの子という事にすれば良い。そ、そうだ。そうしよう」
「でも朝食の間、誰が面倒みます? ソヨさんは給仕で忙しいし……まるちゃんも無理だし……」
「? どうしたの? 2人とも」
居間に入って来た獅子王の姿に、2人は揃って肩を跳ねさせた。ソヨは慌てて赤子を抱き込むが、隠せるものではない。
「? ソヨさん、何それ? 何か動いてる?」
「ま、まま、まるちゃん、これはね……」
「ん? なんか落ちてる」
獅子王が膝を折り、床に落ちていた紙を拾い上げる。いつの間にか落としていた手紙を見て、ヴァンが悲鳴のような声を上げた。取り返そうと手を伸ばすが遅く、獅子王はその手紙を開いた。
「これ……手紙? 戦司帝様の…………え、……あ……こ、これ……」
手紙を持ったままふらりと揺れる獅子王の腕を、ヴァンが掴んだ。手紙から視線を外せない様子の獅子王の肩を掴んで、ヴァンは捲し立てる。
「ま、まままま、まるちゃん! 気を確かに! きっと間違いだよ!」
「……そ、ソヨ、さん、それ……赤ちゃん……?」
「あ、あの……」
獅子王がふらりと近づき、ソヨの抱いているものに手を伸ばす。胸に抱かれている赤子を確認して、獅子王は震える息を吐き出した。
「め、め、目が……」
「……ええ、似ていますね。翡燕様と……」
ソヨの言葉に、獅子王は自身の口をパクパクと動かした。それを塞ぐように自身の手で口を覆い、唸り声と共に顔を歪める。
ユウラの民は長命だが、赤子の期間が長いという訳ではない。1年経てば歩き出すし、2年経てば立派な幼児だ。
ソヨが抱いている赤子は、せいぜい生後数か月。戦司帝が不在の期間に出来た子ではない。翡燕が戻ってきてから出来た子である可能性がある。
獅子王が眉を下げて赤子を見る。寂寥に満ちた顔で、ゴクリと喉を鳴らした。
「ひ、翡燕の子なら……お、オレ……」
「まるちゃん、まだ分かんないって! ソヨさんが似てるなんて言うから……!」
「でも翡燕様も男ですよ! 可能性はゼロではありません」
「翡燕がなんやって? 何しとん?」
「!!!」
背後から響いた声に、三人は身を震わせる。振り返って確認するまでもない。西の訛りで話すのは、彼しかいない。
翡燕の子どもかもしれないと知ったら、気性の粗い朱王は激昂するだろう。ソヨが固まっていると、朱王が赤子を覗き込んだ。次いで、獅子王の握りこんでいる手紙を奪い取る。
「戦司帝様の子……ほぉお? なるほどなぁ」
「しゅ、朱王様……こ、この子は……」
「浅葱色の瞳かぁ、ほぉぉ?」
「え!? まじ!? 翡燕の子!?」
いつの間にか来ていた青王が、朱王を押しのけてソヨの腕の中を見る。興味津々と言った顔で、赤子を覗き込んだ。
「か~あいい! 翡燕の子なら、ぼくらの子じゃん! ねぇねぇ、抱っこさせて!」
「退かんか、青! このクソたれ! もっとちゃんと見せぇ!」
青王は「やだね~」と言いながらソヨから赤子を受け取り、その腕に抱く。ゆらゆらと身体を揺らして、赤子の鼻をつんつんと突く。
「この誰でも懐く感じ、翡燕とそっくりじゃん?」
「……そうか?」
青王の腕の中を覗き込んだ白王は、眼鏡をくいと引き上げた。じろじろと観察するように見つめ、眉根を寄せる。
「溢れ出る可愛さが、翡燕に遠く及ばないような……」
「そりゃそうだけどさぁ……なぁ、黒? お前なら本当に翡燕の子か分かるだろ?」
青王の言葉に、ソヨは中庭に目を向けた。
そこに佇むのは確かに黒王だ。全員に囲まれている赤子を、冷たい目で見ている。
「何とか言えや、黒! なに黙っとんねん!」
「……その子は……」
黒王が感情の無い言葉で呟こうとしたその瞬間、間延びした声が響いた。
「ふわあぁああ、おはよぉ……。……? あ、黒兎、おはよう」
「おはよう、翡燕」
翡燕は中庭にいた黒王に挨拶をすると、何やら騒がしい居間の方向を見た。首を傾げながら、皆のほうへと近づく。
「どうした? 何かあった?」
「ひ、翡燕様、これは……!」
「ん?」
翡燕は青王が抱いている赤子を見て、顔を綻ばせた。眉を下げて嬉しそうに破顔する。
「かっわいいい~~!! 何だ? 誰かの子? 触ってもいい? うっわ、小さい!!」
青王に近づき、翡燕は更に顔を蕩けさせた。
赤子に手を伸ばし、その頬を優しく指で撫でる。すると赤子がきゃっきゃと騒ぎ始めた。
今までもご機嫌だったものの、翡燕の登場で更に赤子はご機嫌になった。ばたばたと動き、まるで翡燕にだっこをせがむようにその身を捩る。
一同はいよいよ濃くなった「翡燕の子説」に、生唾をごくりと飲み込んだ。
「ひ、ひ、翡燕?」
「うん?」
「これ……ほんまか?」
「なんだこれ、手紙?」
朱王から渡されたのは、例の手紙だ。それを見て、翡燕は「ふむ」と呟く。そして青王から赤子を抱き上げて、ぎゅうと抱きしめた。
「な~んだ、僕の子か! あは、可愛いな!」
「……」
「……」
「? どうした? 皆?」
悪びれもせず言う翡燕は、言葉を放った後に赤子へと頬を寄せる。その様子を見て、獅子王が口を開いた。
「ひ、翡燕の子なら、オレは受け入れます! 愛情を注いで、自分の子と同じように……」
「あ、阿呆!……なに言うとんねん! 翡燕の子なら、俺の子や! うちの屋敷へ連れ帰って……」
「ダメダメ、うちで引き取る! 翡燕と一緒に!」
「いや、うちで……」
口々に言う四天王や獅子王に、翡燕は首を傾げた。
「何言ってんだ、お前たちの子じゃないだろ? うちにいるよな~?」
「あぶ~」
すっかり親子の絆が出来てしまった翡燕と赤子に、一同は焦りを隠せない。複雑な思いを抱きながら、朱王が口を開いた。
「翡燕。俺の血が流れてなくとも、お前の血が流れとんなら、俺の子や」
「朱、引っ込めよ。お前に子育ては無理! な~翡燕、ぼくと一緒に子育てしよう?」
「青にも無理だろ? ここは私が、翡燕と皇宮に戻って……」
また言い争う四天王に、翡燕は眉を寄せた。そして赤子の背をてんてんと叩きながら、口を開く。
「……? 僕の血が流れている? どうやって?」
「……? お前の子とちゃうんか?」
「? 僕は男だし、産んだ覚えが無い」
「?????」
首を傾げる一同に対して首を傾げながら、翡燕は赤子をゆらゆらと揺らした。翡燕はしばらくそのまま思案し、思いついたように声を上げる。
「あ! もしかして、僕がこの子の父親って思ってる?」
そう言いながら、翡燕は赤子を再度抱きしめた。愛情いっぱいに頬ずりしながら、鈴の鳴るような笑い声を漏らす。
そしてほのかに顔を赤らめて、ちらりと一同を流し見た。
「……ふふ、僕にそっちの経験はないよ」
「……へ?」
「……何だよ、馬鹿にするのか? 言っとくけど、処女はとっくに……」
「いやいやそれは知ってる!」
翡燕の言葉を遮りながら、一同は一斉に顔を緩めた。緩まった顔は、暫く戻りそうもない。皆してまにまと笑いながら、そわそわと翡燕を見る。
今すぐ赤子と一緒に抱きしめたいが、考えていることは皆一緒。ちらちらとお互い牽制しながら、何とも言えない雰囲気を醸しだす。
戦司帝は四天王より年上だ。そんな彼に経験がないなんて、誰しもが思ってもみなかった。
「……まぁ色々あったからね。そんな気になれなかったのが大きいかな」
「……翡燕……」
年若い時に傷つけられた過去。それは長く彼を苦しめていたのだろう。神妙な雰囲気に変わる中、青王の声が軽快に響いた。
「じゃあ、今度、童貞卒業しよ! ぼく、どっちでも大丈夫だし!」
「あかんて! そこの交代にはな、地雷っちゅうもんが……」
わぁわぁと言い争いになった四天王に目を丸くしながら、翡燕は後ずさった。
腕に抱いた赤子がいつのまにか眠そうにしているのだ。この騒がしさでは、きっと眠れないだろう。
てんてんと赤子の背を叩きながら、翡燕は中庭に入った。そこには黒王が微笑んで立っていて、翡燕を赤子ごと抱きしめる。
「? どした? 黒兎?」
「……翡燕……俺、どっちでもいいぞ?」
「………。………!? 馬鹿! 何言って、むぐ」
顔を赤くしながら翡燕が叫ぶと、その口を黒王の唇が塞ぐ。
瞬間、居間から怒号のような声が響いてきた。抜け駆けを許さない者たちが、ぞろぞろと中庭に駆けて来る。次いで赤子が泣き出し、屋敷は喧騒に包まれた。
朝食の仕込みを終えたヴァンへ挨拶をして、いつものように門前を掃こうとしたところ、妙なものを見つけたのだ。
大ぶりの籠に入っているのは、布に包まれた何か。しかもその布が時折もぞもぞと動く。
明らかに生きている物が入っている。そう思ったソヨは恐る恐る籠を覗き込んだ。
「えぇ……?」
中に入っていたのは、御包みに包まれている赤子だった。きっちりと巻かれた御包みを蹴とばすように、もぞもぞと元気に動いている。
そしてその籠には、手紙のような何かが差し込まれている。
(すっ、捨て子!? なんでうちに!?)
『朗々荘』には捨て子を受け入れる窓口がある。そちらには良く赤子が預けられる事が多いが、この屋敷の前に赤子がいるのは初めての事だった。
ソヨは恐る恐る手を伸ばし、差し込まれていた手紙を抜き取る。開くと、そこにはとんでもない事が書かれていた。
『戦司帝様の子です。名前はまだありません、お好きにどうぞ』
ひゅっと息を飲み込み、ソヨは籠を抱え上げる。何も悪いことをしていないのに、きょろきょろと周囲を見渡しながら屋敷へと引っ込んだ。
慌てながらソヨが中庭に駆け込むと、朝風呂を終えたヴァンに出くわした。狼狽えるソヨに驚きながら、ヴァンは籠を覗き込む。
「!! 赤ちゃん!?」
「しーーっ、翡燕様が起きます……!」
翡燕は陽が昇る前に起きて鍛錬し、終わったらまた寝ることが多い。ここで起こしてしまうと、翡燕は朝食の時間に船を漕いでしまう。
ソヨが籠から赤子を抱き上げると、ヴァンが手紙を読み始めた。ソヨと同じような反応を示し、目を見開いている。
「せ、せせ、戦司帝様の……!」
「ヴァン、いったん居間へ入りましょう」
狼狽えるヴァンを引き連れ、赤ん坊と共に居間に入る。そして相変わらずご機嫌な赤子を見て、ソヨは大きく溜息をついた。
「戦司帝様の子……これが本当なら、大変なことになりますね」
「でっ、でも、あの翡燕様が……」
腕に抱いている赤子の髪は栗色だ。しかし瞳の色は浅葱色に近しい。知らない人間に抱かれて無邪気に笑っているのも、何となく翡燕に似ている気がする。
「みっ、認めたくはありませんが、翡燕様も一応……男、なので……」
きゃうきゃう喃語を繰り返す赤子を、ソヨは眉を下げながら見つめた。澄んだ瞳もそっくりだ、とつい頬を緩ませる。しかしヴァンは、そんなソヨの肩をがしりと掴んだ。
「ソヨさん! 忘れたんですか!? 今日は四天王が朝食を食べに集まる日です!」
「!! そ、そうだった……!」
翡燕は戦司帝時代から、なぜか朝食に重きを置いてきた。
弟子が朝食を抜こうものなら容赦なく怒っていたし、それは四天王に対しても同様だ。
翡燕がいない間不摂生をしていた四天王を、翡燕はたまに朝食へ招く。それが今日だった。
「ど、どうしよ……いや、知り合いの子という事にすれば良い。そ、そうだ。そうしよう」
「でも朝食の間、誰が面倒みます? ソヨさんは給仕で忙しいし……まるちゃんも無理だし……」
「? どうしたの? 2人とも」
居間に入って来た獅子王の姿に、2人は揃って肩を跳ねさせた。ソヨは慌てて赤子を抱き込むが、隠せるものではない。
「? ソヨさん、何それ? 何か動いてる?」
「ま、まま、まるちゃん、これはね……」
「ん? なんか落ちてる」
獅子王が膝を折り、床に落ちていた紙を拾い上げる。いつの間にか落としていた手紙を見て、ヴァンが悲鳴のような声を上げた。取り返そうと手を伸ばすが遅く、獅子王はその手紙を開いた。
「これ……手紙? 戦司帝様の…………え、……あ……こ、これ……」
手紙を持ったままふらりと揺れる獅子王の腕を、ヴァンが掴んだ。手紙から視線を外せない様子の獅子王の肩を掴んで、ヴァンは捲し立てる。
「ま、まままま、まるちゃん! 気を確かに! きっと間違いだよ!」
「……そ、ソヨ、さん、それ……赤ちゃん……?」
「あ、あの……」
獅子王がふらりと近づき、ソヨの抱いているものに手を伸ばす。胸に抱かれている赤子を確認して、獅子王は震える息を吐き出した。
「め、め、目が……」
「……ええ、似ていますね。翡燕様と……」
ソヨの言葉に、獅子王は自身の口をパクパクと動かした。それを塞ぐように自身の手で口を覆い、唸り声と共に顔を歪める。
ユウラの民は長命だが、赤子の期間が長いという訳ではない。1年経てば歩き出すし、2年経てば立派な幼児だ。
ソヨが抱いている赤子は、せいぜい生後数か月。戦司帝が不在の期間に出来た子ではない。翡燕が戻ってきてから出来た子である可能性がある。
獅子王が眉を下げて赤子を見る。寂寥に満ちた顔で、ゴクリと喉を鳴らした。
「ひ、翡燕の子なら……お、オレ……」
「まるちゃん、まだ分かんないって! ソヨさんが似てるなんて言うから……!」
「でも翡燕様も男ですよ! 可能性はゼロではありません」
「翡燕がなんやって? 何しとん?」
「!!!」
背後から響いた声に、三人は身を震わせる。振り返って確認するまでもない。西の訛りで話すのは、彼しかいない。
翡燕の子どもかもしれないと知ったら、気性の粗い朱王は激昂するだろう。ソヨが固まっていると、朱王が赤子を覗き込んだ。次いで、獅子王の握りこんでいる手紙を奪い取る。
「戦司帝様の子……ほぉお? なるほどなぁ」
「しゅ、朱王様……こ、この子は……」
「浅葱色の瞳かぁ、ほぉぉ?」
「え!? まじ!? 翡燕の子!?」
いつの間にか来ていた青王が、朱王を押しのけてソヨの腕の中を見る。興味津々と言った顔で、赤子を覗き込んだ。
「か~あいい! 翡燕の子なら、ぼくらの子じゃん! ねぇねぇ、抱っこさせて!」
「退かんか、青! このクソたれ! もっとちゃんと見せぇ!」
青王は「やだね~」と言いながらソヨから赤子を受け取り、その腕に抱く。ゆらゆらと身体を揺らして、赤子の鼻をつんつんと突く。
「この誰でも懐く感じ、翡燕とそっくりじゃん?」
「……そうか?」
青王の腕の中を覗き込んだ白王は、眼鏡をくいと引き上げた。じろじろと観察するように見つめ、眉根を寄せる。
「溢れ出る可愛さが、翡燕に遠く及ばないような……」
「そりゃそうだけどさぁ……なぁ、黒? お前なら本当に翡燕の子か分かるだろ?」
青王の言葉に、ソヨは中庭に目を向けた。
そこに佇むのは確かに黒王だ。全員に囲まれている赤子を、冷たい目で見ている。
「何とか言えや、黒! なに黙っとんねん!」
「……その子は……」
黒王が感情の無い言葉で呟こうとしたその瞬間、間延びした声が響いた。
「ふわあぁああ、おはよぉ……。……? あ、黒兎、おはよう」
「おはよう、翡燕」
翡燕は中庭にいた黒王に挨拶をすると、何やら騒がしい居間の方向を見た。首を傾げながら、皆のほうへと近づく。
「どうした? 何かあった?」
「ひ、翡燕様、これは……!」
「ん?」
翡燕は青王が抱いている赤子を見て、顔を綻ばせた。眉を下げて嬉しそうに破顔する。
「かっわいいい~~!! 何だ? 誰かの子? 触ってもいい? うっわ、小さい!!」
青王に近づき、翡燕は更に顔を蕩けさせた。
赤子に手を伸ばし、その頬を優しく指で撫でる。すると赤子がきゃっきゃと騒ぎ始めた。
今までもご機嫌だったものの、翡燕の登場で更に赤子はご機嫌になった。ばたばたと動き、まるで翡燕にだっこをせがむようにその身を捩る。
一同はいよいよ濃くなった「翡燕の子説」に、生唾をごくりと飲み込んだ。
「ひ、ひ、翡燕?」
「うん?」
「これ……ほんまか?」
「なんだこれ、手紙?」
朱王から渡されたのは、例の手紙だ。それを見て、翡燕は「ふむ」と呟く。そして青王から赤子を抱き上げて、ぎゅうと抱きしめた。
「な~んだ、僕の子か! あは、可愛いな!」
「……」
「……」
「? どうした? 皆?」
悪びれもせず言う翡燕は、言葉を放った後に赤子へと頬を寄せる。その様子を見て、獅子王が口を開いた。
「ひ、翡燕の子なら、オレは受け入れます! 愛情を注いで、自分の子と同じように……」
「あ、阿呆!……なに言うとんねん! 翡燕の子なら、俺の子や! うちの屋敷へ連れ帰って……」
「ダメダメ、うちで引き取る! 翡燕と一緒に!」
「いや、うちで……」
口々に言う四天王や獅子王に、翡燕は首を傾げた。
「何言ってんだ、お前たちの子じゃないだろ? うちにいるよな~?」
「あぶ~」
すっかり親子の絆が出来てしまった翡燕と赤子に、一同は焦りを隠せない。複雑な思いを抱きながら、朱王が口を開いた。
「翡燕。俺の血が流れてなくとも、お前の血が流れとんなら、俺の子や」
「朱、引っ込めよ。お前に子育ては無理! な~翡燕、ぼくと一緒に子育てしよう?」
「青にも無理だろ? ここは私が、翡燕と皇宮に戻って……」
また言い争う四天王に、翡燕は眉を寄せた。そして赤子の背をてんてんと叩きながら、口を開く。
「……? 僕の血が流れている? どうやって?」
「……? お前の子とちゃうんか?」
「? 僕は男だし、産んだ覚えが無い」
「?????」
首を傾げる一同に対して首を傾げながら、翡燕は赤子をゆらゆらと揺らした。翡燕はしばらくそのまま思案し、思いついたように声を上げる。
「あ! もしかして、僕がこの子の父親って思ってる?」
そう言いながら、翡燕は赤子を再度抱きしめた。愛情いっぱいに頬ずりしながら、鈴の鳴るような笑い声を漏らす。
そしてほのかに顔を赤らめて、ちらりと一同を流し見た。
「……ふふ、僕にそっちの経験はないよ」
「……へ?」
「……何だよ、馬鹿にするのか? 言っとくけど、処女はとっくに……」
「いやいやそれは知ってる!」
翡燕の言葉を遮りながら、一同は一斉に顔を緩めた。緩まった顔は、暫く戻りそうもない。皆してまにまと笑いながら、そわそわと翡燕を見る。
今すぐ赤子と一緒に抱きしめたいが、考えていることは皆一緒。ちらちらとお互い牽制しながら、何とも言えない雰囲気を醸しだす。
戦司帝は四天王より年上だ。そんな彼に経験がないなんて、誰しもが思ってもみなかった。
「……まぁ色々あったからね。そんな気になれなかったのが大きいかな」
「……翡燕……」
年若い時に傷つけられた過去。それは長く彼を苦しめていたのだろう。神妙な雰囲気に変わる中、青王の声が軽快に響いた。
「じゃあ、今度、童貞卒業しよ! ぼく、どっちでも大丈夫だし!」
「あかんて! そこの交代にはな、地雷っちゅうもんが……」
わぁわぁと言い争いになった四天王に目を丸くしながら、翡燕は後ずさった。
腕に抱いた赤子がいつのまにか眠そうにしているのだ。この騒がしさでは、きっと眠れないだろう。
てんてんと赤子の背を叩きながら、翡燕は中庭に入った。そこには黒王が微笑んで立っていて、翡燕を赤子ごと抱きしめる。
「? どした? 黒兎?」
「……翡燕……俺、どっちでもいいぞ?」
「………。………!? 馬鹿! 何言って、むぐ」
顔を赤くしながら翡燕が叫ぶと、その口を黒王の唇が塞ぐ。
瞬間、居間から怒号のような声が響いてきた。抜け駆けを許さない者たちが、ぞろぞろと中庭に駆けて来る。次いで赤子が泣き出し、屋敷は喧騒に包まれた。
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