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最終章
エピローグ
しおりを挟む「ふわぁああ、この感触だ。堪らない~……ソヨ、ありがとぉ」
修繕が終わったお気に入りのソファに埋まり、翡燕が満足そうな声を漏らした。
あれから数か月が経ち、すっかり体調も良くなった翡燕は、元の生活に戻りつつあった。
龍蛇の助けもあってか、心臓も回復の兆しを見せている。今日往診に来ていた弐王も、このまま安静に過ごせば健康体にだって成り得ると驚いていた。
国一番の名医である弐王のお墨付きを貰って、翡燕は上機嫌だ。
「お気に入りだからと言って、ソファで眠りこけないでくださいね。風邪をひいては困ります」
「うん。眠くなったら、獅子丸に言うよ」
「……」
(何ともまぁ、甘え上手になったなぁ)
あの騒動の後の翡燕は、遠慮なしに甘えるようになっていた。
誰にでも抱っこをせがむし、四天王からの求愛行動も照れながらも受け入れている。
可愛さ爆発の姿に、最近の四天王は蕩けっぱなしなのだ。
反して獅子王と翡燕の関係は、表面上あまり変わっていない。
ただ、付き合い始めの初心な恋人同士という雰囲気を、たまに2人は醸し出す。
これがとても気まずい。サガラからの殺気と挟まれ、ソヨは居たたまれなくなることが多い。
翡燕は食卓の上にあった小さな餅を手に取った。弐王がお見舞いとして持ってきたものだ。皇王が特別に用意したものらしい。
翡燕は餅を頬張ると、安心した様に眉を下げる。
「……新しい宰相には真白が就いたし、弐王も皇宮に帰ってきた。やっと僕ものんびり過ごせるなぁ」
「片獣の施設も、グリッド王がしっかり運営してくれていますし……心配することは何もないですね」
宰相や皇子たちの処遇は、四天王が皇王に任せた。そのうち判決が下ると言うが、彼らに翡燕が関わることは二度とない。もう二度とその姿を見ることはないだろう。
「翡燕様~! 南の地から果実と野菜が届きましたよ! 豊作です!」
「ヴァン! もうこんなに収穫できたのか!? さすがだな~」
ヴァンが抱えてきた野菜や果実は見事なものだった。翡燕が目を輝かせると、ヴァンも嬉しそうに破顔する。
蘇った南の地で働く農家たちは収穫があると、競うようにして戦司帝の屋敷へ作物を届けてくれるのだ。
お陰で食材を買う必要がなくなったと、ヴァンもソヨも喜んでいる。
「この野菜で、美味しいもの作ります!」
「ぃやったぁ。楽しみにしてる! っつ!!!!」
飛び上がるようにして喜んでいた翡燕だが、突然その肩が跳ねた。まるで猫のように、ヴァンの背中に身を寄せるようにして隠れる。
間もなくして、中庭に黒王が降りてきた。
彼はヴァンの後ろに隠れる翡燕を見つけると、嬉しそうに歩を進めて来る。
「こ、ここ、黒兎! 今日は!? 護衛は!?」
「トツカがやってる」
「ま、まま、待ってくれ! 今日は誰も来ないと思っていたのに……!」
「翡燕~? おるかぁ~?」
「!!!」
更に聞こえてきた朱王の声に、翡燕はまた飛び上がった。ヴァンの背中にしがみつくと、抗議の声を上げる。
「蘇芳! なぜ来た!? 朝方帰ったばかりだろう!?」
「なんやねん。好きなもんの顔見に来たら、あかんのか? ……あぁ!? 黒やないけ! お前何でおるんや!!」
「朱、帰れ」
背中に隠れている翡燕は、明らかに怯えている。ヴァンは翡燕を背にしながら、じりじりと後ろへ下がった。
翡燕が嫌がっているのは、最近頻繁になってきた、あのことだ。
それが分かっているヴァンは、何とかして翡燕をこの場から逃がしたかった。
「おじゃましま~す。げぇっ! 黒と朱もいるじゃん!! 何してんのさ!」
「お邪魔します。……これは、勢揃いか……?」
青王と白王の声が聞こえ、遂には四天王が揃ったという所で、異変に気付いた獅子王が居室から顔を出した。
ヴァンはすぐさまそこに翡燕を押し込み、扉を閉める。
突然入って来た翡燕に、獅子王は目を丸くした。
「ひ、翡燕……?」
「獅子丸! 逃げるぞ!!」
窓のほうに駆け出し、翡燕はそこから飛び降りる。獅子王も後を追って、窓から飛び降りた。
_________
屋敷の後方にある片獣の屋敷は、2階建てになっている。その屋根に上り、翡燕と獅子王は屋敷の中庭を見た。
相変わらず言い争いをしている四天王を見て、翡燕は短く嘆息する。
「まったく! 性欲馬鹿たちめ! 毎日日替わりでやってきて、僕を殺す気か!?」
「……やっぱりそれでしたか……」
「碧人と真白なんて、2人で来ていたぞ!? どういうつもりだアイツらはっ!!」
窓によじ登った事で汚れた翡燕の服をはたいて、獅子王は困ったような表情を浮かべる。心中穏やかではないが、どこにも怒りは向けられない。
翡燕を独占しない。それが鉄則だ。
「翡燕……嫌だったら拒否していいんですよ。しつこくお願いされて、いつも最後には許しているでしょ?」
「し、しかし……受け入れると……約束したから……」
「あなたのそういう所に、皆甘えちゃうんです。気持ちを受け入れてもらえるだけで、十分なんですから」
瓦の上に座ると、獅子王の膝の上に翡燕が乗る。獅子王の膝の上が、もうすっかり定位置だった。
「……う~ん……最初は、大事にしてくれたんだ。……でも最近どんどん過激になって来て、朝方の稽古が出来なくなってしまったんだ……。身体も怠いし……」
「か、過激……? えっと、いや……詳しいことは聞かない事にします」
「……ああ。とにかく、毎日は辛い……」
翡燕は愚痴りながらも、ふふと笑いを漏らした。
獅子王の胸に頭を預けていると、低音の声と共に鼓動が伝わってくる。体温の高さはいつもの事で、温かさで気持ちが落ち着いていく。
翡燕は獅子王の腕を掴んで、振り向かないまま呟いた。
「……それに比べ、獅子丸はずっと優しい……」
「……!」
俯いている翡燕の顔は見えないが、耳まで赤くなっているのが分かる。獅子王は顔が爆発しそうになりながら、息を詰めた。
(どうしてこの人は……もぉおおお……!)
いきなりデレるのは止めてもらいたい。そう思いながら、獅子王は頭を掻いた。
「お、おれも、発情期になったら、優しくは出来ません。嫌だったら、娼館に……」
「んん!!? 駄目だ!! 駄目に決まってる!!」
いきなり身をよじった翡燕に抱きしめられ、獅子王は再度息を詰めた。顔に熱が一気に昇り、心臓がばくばく暴れ出す。
獅子王は恐る恐る手を伸ばし、翡燕の小さな頭を撫でる。それに応えるように、翡燕は獅子王の胸に頬を擦りつけた。
「今後、獅子丸は……娼館禁止っ!」
「……は、はい。わかりました……」
「……僕以外、駄目だ。……わかるだろ?」
「……っ!」
獅子王が思わず抱きしめると、腕の中から翡燕の笑い声が漏れた。その心底嬉しそうな声に、心がきゅっと跳ねる。
「ありがとう、獅子丸。みんなを説得してみるよ」
「……はい。翡燕が好きなように……自分だけの事を考えて下さい」
「ん」
抱きしめながら、獅子王は中庭を見た。
とっくに翡燕の居所が分かっている四天王は、鋭い殺気でこちらを睨んでいる。
翡燕を捕まえようと思えば捕まえられる距離なのに、彼らはそれをしない。
翡燕が心の内を正直に打ち明けるのは、獅子王が一番適してると、彼らは知っている。
彼らも翡燕を最優先に想っている。そう思うと、獅子王も彼らに対抗心が湧いてくるのだ。翡燕への愛の大きさで、負けるつもりはない。
獅子王が喉を鳴らしていると、屋敷の方向から美味しそうな匂いが漂った。
ヴァンが料理を作っているのだろう、それが分かった翡燕は目に見えて機嫌が良くなる。
「そうだ! せっかく皆揃ったんだから、夕食は皆で食べよう!」
「そうですね。そうしましょう」
もう一度翡燕を抱きしめて、獅子王はその匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
愛しい人は、愛を注ぎ続ける人だった。
これからは、こっちが注ぐ番だ。
愛に啼くあなたと、余生を共にする。
それがどれほど幸せか、あなたに教えてあげたい。
おしまい
===========
これまで読んでいただき、ありがとうございました。
「頑張ったね」の一言でもいいので、感想を頂けると飛び上がって喜びます。
読者様の反応は、書き手にとっての燃料です。それだけで、書いていけます。
翡燕の幸せを願って頂き、重ねて、お礼申し上げます。
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