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最終章
最終話 ずっと愛されたかった
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「亜器が番になった子孫は長命を得て繁栄する。更に亜器が番と認めた相手は、亜器の加護によって力も強大になり、長命だ。……翡燕の周りには、やたら力の強い者がゴロゴロいるな。この意味が分かるか?」
龍蛇の言葉に、一同がピタリと固まる。確かに翡燕の周りには屈強な者たちが多い。前代の皇王が在位中は、ここまで優秀な者たちはいなかった。
「普通、亜器が死ねば、国は緩やかに衰退する。しかしユウラは発展する一方だった。原因は翡燕しか考えられん」
次第に明らかになってきた真実に、一同は開いた口が塞がらない。そして次第に、歓喜が湧き上がりはじめる。
青王が僅かに顔を赤くして、呆けた口を動かす。
「そ、それって……ぼくたちを……」
「ああ。本人は無意識だ。無意識で番に認定し、加護を授けてる。まったく何という力だ」
驚愕の顔を浮かべ、一同は翡燕を見る。
一歩通行だと思っていた想いは、とっくに受け入れられていたのだ。
離れて見ていた獅子王が、思わず上ずった声を上げた。
「そっ、それは、おれも、おれもですかっ!?」
「……当たり前だろう? 翡燕が帰ってきてからは富に力が増すのを、自覚していなかったとでも言うのか?」
「……!!」
思わず息を呑む獅子王を見ながら、グリッドが龍蛇に目を向けた。期待の籠った目に、龍陀もうんざりと目を眇めるしかない。
「俺もか?」
「グリッドよ……お前の力は規格外だと認識はないのか?」
「……」
「なんだその嬉しそうな顔は! ……因みに我もだからなっ!? 亜器がいないのにこの強大な力! 我も恐らく、立派な番だ!」
龍蛇の声は聞き流し、四天王と獅子王は翡燕ににじり寄った。真っ白だったその顔に、少しだけ色が戻っている。
「あんだけつんつんしておいて……」
「何回寝起きを襲っても無駄だと思ってたのに、報われてたわけ?」
「どうしよう。すごく嬉しいけど、もどかしい」
「……(もう死ねる)」
「……えっと、夢?」
一同が翡燕の傍で蕩けているのを押しのけ、龍蛇が牽制するように立った。腰に手を当て、ユウラ一同に指を突き付ける。そして皇王にも、その指が向いた。
「つ・ま・り、番かもしれんお前らを、我は殺すことはできん! 亜器は番が死んだら、死ぬ。翡燕は亜器ではないが、どんな累が及ぶかわからんからな! いいか、良く聞け!」
龍蛇は翡燕の腹に手を置き、これでもかと声を張り上げる。
「翡燕は、皆の翡燕だ! 独り占めは許さん! そしてわが身を大事にしろ! 死ぬな! 翡燕の為だ!!」
殺気を込めながら死ぬなと叫ぶ龍蛇の訴えは、矛盾の塊に聞こえるが的を得ている。
翡燕に番と認められたかもしれない者は、うかうか死んではいられない。妙な連帯感が生まれ、一同は苦笑いを浮かべるしかない。
この混乱を生み出した本人は、すやすやと眠っている。
その寝顔は文句なしに愛おしくて、咎める気にもならない。
「まったく、とんでもない亜器の亜種が生まれたものだ」
そう呟く龍蛇は、どこか嬉しそうだ。
翡燕は無自覚に、愛を振りまいていた。
しかしそれは予想外なことに、ユウラ、獣人、亜獣の仲を和平に導く事となったのだ。
_________
龍蛇の力を得て、翡燕はみるみる回復した。
顔色も目に見えて良くなり、呼吸も健やかに安定している。
騒動の後始末も粗方終わり、民衆も落ち着き始めたころに、翡燕は目を覚ました。
全員が見守る中、翡燕が瞳を薄く開く。
『やぁ、なんて顔してるんだ。僕は大丈夫と言ったろう?』
そんないつもの軽口が飛び出すだろうと、皆思っていた。しかし瞳を開けた翡燕は、狼狽えながら視線をあちこちに巡らせる。
そして浅葱色の瞳に、涙が湧き出した。それは止める間もなく、ぼろぼろと零れ出す。
「ひ、翡燕!?」
翡燕は思わず乗り出してきた朱王の頬を撫で、傍にいる黒王の髪を梳く。その間も涙は流れ続け、子供のような嗚咽も漏れだした。
そして部屋にいる全員を見渡して、翡燕は声を上げて泣いた。
「……っ、よかった、……お前たちが、いないとっ、いきて、いけない……!」
ヒックヒックとしゃくりあげる翡燕は、零れる涙を拭うこともない。部屋にいる全員の無事を目に焼き付けるようにしながら、唇を震わせる。
「ごめ、なさい……待ってるって、言ったのに……約束、破って……。ぼくは……」
「翡燕、良いんだ。泣かないで」
「……そうや、起きたばかりで身体に障る」
「……ゆめを、見たんだ……。起きたらだれも、いなくて……!」
怯えて涙を流す翡燕の前髪を、黒王は労わるように撫でる。それでも翡燕は不安そうに泣きじゃくった。
朱王が翡燕の涙をすくっても、その涙は後から後から溢れて来る。
駄々っ子のような泣き顔で、翡燕は朱王の手を握りしめた。その手の甲へ、愛おしそうに額を擦りつける。
「……勝手だって、分かってる。……ずっと前、お前たちを置いて行ったくせに……こんな事言う権利はない、ただ、ただ……!
……誰一人、僕を置いて行かないで……!
なんでもするから、おいて行かないで……」
まるで子供のように、翡燕が泣いている。愛し続けるだけで、受け入れなかった彼が。
泣き続ける翡燕の周りに、全員が跪いた。
翡燕の身体に手を置いて、誓いを述べるように頭を垂れる。獅子王が口火を切り、あとは流れるように全員が続いた。
「誓います」
「ここにいる全ての者が誓う」
「決して翡燕を置いてはいかない」
「愛してる」
泣いていた翡燕が、すんと鼻を鳴らす。目元に残る涙を拭って、身を起こした。
「僕も、愛してる。ずっとずっと、愛していたんだ」
すし詰め状態になりながら全員に抱きしめられ、翡燕はまた泣き出した。
声を上げて泣いて、過去の自分に別れを告げる。
もう自分自身を偽らない。弱い自分を受け入れて、受け入れられて。
こんなに幸せなことが、あるのだろうか。
一度は壊れかけていた心臓から、強い鼓動が走った。
翡燕は愛しい人の手を取って、胸の上へと誘う。
(この鼓動を感じて欲しい。僕が注ぐ愛を知って欲しい)
翡燕は受け入れて、愛を知って、愛に啼く。
=======
今回が最終話ですが、もう一話、後日談的なものがあります。
その話で完全な完結となります。
龍蛇の言葉に、一同がピタリと固まる。確かに翡燕の周りには屈強な者たちが多い。前代の皇王が在位中は、ここまで優秀な者たちはいなかった。
「普通、亜器が死ねば、国は緩やかに衰退する。しかしユウラは発展する一方だった。原因は翡燕しか考えられん」
次第に明らかになってきた真実に、一同は開いた口が塞がらない。そして次第に、歓喜が湧き上がりはじめる。
青王が僅かに顔を赤くして、呆けた口を動かす。
「そ、それって……ぼくたちを……」
「ああ。本人は無意識だ。無意識で番に認定し、加護を授けてる。まったく何という力だ」
驚愕の顔を浮かべ、一同は翡燕を見る。
一歩通行だと思っていた想いは、とっくに受け入れられていたのだ。
離れて見ていた獅子王が、思わず上ずった声を上げた。
「そっ、それは、おれも、おれもですかっ!?」
「……当たり前だろう? 翡燕が帰ってきてからは富に力が増すのを、自覚していなかったとでも言うのか?」
「……!!」
思わず息を呑む獅子王を見ながら、グリッドが龍蛇に目を向けた。期待の籠った目に、龍陀もうんざりと目を眇めるしかない。
「俺もか?」
「グリッドよ……お前の力は規格外だと認識はないのか?」
「……」
「なんだその嬉しそうな顔は! ……因みに我もだからなっ!? 亜器がいないのにこの強大な力! 我も恐らく、立派な番だ!」
龍蛇の声は聞き流し、四天王と獅子王は翡燕ににじり寄った。真っ白だったその顔に、少しだけ色が戻っている。
「あんだけつんつんしておいて……」
「何回寝起きを襲っても無駄だと思ってたのに、報われてたわけ?」
「どうしよう。すごく嬉しいけど、もどかしい」
「……(もう死ねる)」
「……えっと、夢?」
一同が翡燕の傍で蕩けているのを押しのけ、龍蛇が牽制するように立った。腰に手を当て、ユウラ一同に指を突き付ける。そして皇王にも、その指が向いた。
「つ・ま・り、番かもしれんお前らを、我は殺すことはできん! 亜器は番が死んだら、死ぬ。翡燕は亜器ではないが、どんな累が及ぶかわからんからな! いいか、良く聞け!」
龍蛇は翡燕の腹に手を置き、これでもかと声を張り上げる。
「翡燕は、皆の翡燕だ! 独り占めは許さん! そしてわが身を大事にしろ! 死ぬな! 翡燕の為だ!!」
殺気を込めながら死ぬなと叫ぶ龍蛇の訴えは、矛盾の塊に聞こえるが的を得ている。
翡燕に番と認められたかもしれない者は、うかうか死んではいられない。妙な連帯感が生まれ、一同は苦笑いを浮かべるしかない。
この混乱を生み出した本人は、すやすやと眠っている。
その寝顔は文句なしに愛おしくて、咎める気にもならない。
「まったく、とんでもない亜器の亜種が生まれたものだ」
そう呟く龍蛇は、どこか嬉しそうだ。
翡燕は無自覚に、愛を振りまいていた。
しかしそれは予想外なことに、ユウラ、獣人、亜獣の仲を和平に導く事となったのだ。
_________
龍蛇の力を得て、翡燕はみるみる回復した。
顔色も目に見えて良くなり、呼吸も健やかに安定している。
騒動の後始末も粗方終わり、民衆も落ち着き始めたころに、翡燕は目を覚ました。
全員が見守る中、翡燕が瞳を薄く開く。
『やぁ、なんて顔してるんだ。僕は大丈夫と言ったろう?』
そんないつもの軽口が飛び出すだろうと、皆思っていた。しかし瞳を開けた翡燕は、狼狽えながら視線をあちこちに巡らせる。
そして浅葱色の瞳に、涙が湧き出した。それは止める間もなく、ぼろぼろと零れ出す。
「ひ、翡燕!?」
翡燕は思わず乗り出してきた朱王の頬を撫で、傍にいる黒王の髪を梳く。その間も涙は流れ続け、子供のような嗚咽も漏れだした。
そして部屋にいる全員を見渡して、翡燕は声を上げて泣いた。
「……っ、よかった、……お前たちが、いないとっ、いきて、いけない……!」
ヒックヒックとしゃくりあげる翡燕は、零れる涙を拭うこともない。部屋にいる全員の無事を目に焼き付けるようにしながら、唇を震わせる。
「ごめ、なさい……待ってるって、言ったのに……約束、破って……。ぼくは……」
「翡燕、良いんだ。泣かないで」
「……そうや、起きたばかりで身体に障る」
「……ゆめを、見たんだ……。起きたらだれも、いなくて……!」
怯えて涙を流す翡燕の前髪を、黒王は労わるように撫でる。それでも翡燕は不安そうに泣きじゃくった。
朱王が翡燕の涙をすくっても、その涙は後から後から溢れて来る。
駄々っ子のような泣き顔で、翡燕は朱王の手を握りしめた。その手の甲へ、愛おしそうに額を擦りつける。
「……勝手だって、分かってる。……ずっと前、お前たちを置いて行ったくせに……こんな事言う権利はない、ただ、ただ……!
……誰一人、僕を置いて行かないで……!
なんでもするから、おいて行かないで……」
まるで子供のように、翡燕が泣いている。愛し続けるだけで、受け入れなかった彼が。
泣き続ける翡燕の周りに、全員が跪いた。
翡燕の身体に手を置いて、誓いを述べるように頭を垂れる。獅子王が口火を切り、あとは流れるように全員が続いた。
「誓います」
「ここにいる全ての者が誓う」
「決して翡燕を置いてはいかない」
「愛してる」
泣いていた翡燕が、すんと鼻を鳴らす。目元に残る涙を拭って、身を起こした。
「僕も、愛してる。ずっとずっと、愛していたんだ」
すし詰め状態になりながら全員に抱きしめられ、翡燕はまた泣き出した。
声を上げて泣いて、過去の自分に別れを告げる。
もう自分自身を偽らない。弱い自分を受け入れて、受け入れられて。
こんなに幸せなことが、あるのだろうか。
一度は壊れかけていた心臓から、強い鼓動が走った。
翡燕は愛しい人の手を取って、胸の上へと誘う。
(この鼓動を感じて欲しい。僕が注ぐ愛を知って欲しい)
翡燕は受け入れて、愛を知って、愛に啼く。
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今回が最終話ですが、もう一話、後日談的なものがあります。
その話で完全な完結となります。
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