死んだはずのお師匠様は、総愛に啼く

墨尽(ぼくじん)

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最終章

第58話 極彩色の毒

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 朱王が衛兵を部屋を閉じ込め結蘭宮に着いた時、もう黒王はそこにいた。

 しかし翡燕はどこにも見当たらず、朱王は黒王に問うような視線を投げる。黒王は朱王をちらりと見ると、僅かに頷いた。

 理由もなく黒王が翡燕を放置するはずもない。何か理由があるのだろうと頷きを返し、朱王は皇王の前で跪く。


「皇王様。反乱に加担している者の多くが、皇宮から逃げました。残った衛兵は半分ほど。宰相の部屋にいた衛兵は、部屋にて監禁しています」

 朱王が述べると、皇王が深く息をついた。頭を抱え、足元にはまだ皇妃が蹲っている。
 皇王は僅かに顔を上げ、揃って跪く四天王を見渡す。その顔には血色が無く、唇にも色が無い。

「……解った。……これで四天王が揃ったな。君たちが残ってくれただけで、絶望ではない……。朱王、どう思う?」

「南宗門を守る国軍は、一番屈強な兵士達です。それが掌握されたとなると、正直厳しい戦いになるでしょう。加えて南の地は甦ったばかりです。戦場にするにはあまりにも心が痛い」

「……皇王様、南を質に取られ、亜獣まで加担してきたとなると……戦に勝機はありません」

 朱王と白王が発言すると、皇妃が顔を上げた。涙で濡れた顔で皇王を見上げると、眉を顰めて懇願する。

「……! 戦をすれば、民は傷つきます! あの子が苦心して甦らせた土地も、台無しになってしまう……」

「……皇妃……お前は、私に王座を降りろと言うのか?」

「……あなた様がユウラの王です! しかし今争いを起こせば、ユウラは滅びます!」

 悔しそうに顔を歪める皇妃は、また涙を溢れさせた。

 ユウラの皇妃は美しいだけでなく、慈愛にあふれた妃だと民から敬われる存在だった。ユウラの土地や民を想って泣く姿は、どこか強さも感じさせる美しい姿だ。

 反して皇王は、狼狽を隠せていない。長い髪を時折ぐしゃぐしゃと掻き回し、額には汗が浮かんでいる。


「皇王様!」

 声を上げながら結蘭宮に入ってきたのは、弐王だった。手に盆を持ち、上には湯気を立てた薬湯の器が載っている。

 弐王は跪いている四天王の脇を通り抜ける際「立ちなさい」と呟いた。皇王も同意するように頷き、四天王は立ち上がる。

「皇王様、気が落ち着く薬をお持ちしました。……顔色も悪い、少し横になっては如何ですか?」
「……そうだな。……今のままでは、考えがまとまらん」

 盆を持ったまま、弐王が皇妃を振り返る。親しみの籠った笑みを浮かべた弐王から、皇妃は視線を逸らした。
 その反応は慣れたものだった弐王は、眉を下げて口を開く。

「……皇妃様も、お座り下さい……お薬をお持ちしましょうか?」
「いえ、私は……」

 弐王の手を借りながら、皇妃は椅子に座り直した。手巾で目元を拭いながら深い息をついている。


 弐王から受け取った薬湯を、皇王は一気に呷った。その仕草には一切の躊躇いがない。そして全て飲み干した後、皇王は顔を歪める。
 鼻梁に皺を刻み、眉根をぐっと引き寄せた。

「……これは、苦いな……」
「ああ……申し訳ございません。良く効くようにと、色々煎じましたので……。そうだ。宜しければこれを」

 そう言うと、弐王は懐から瓶を取り出した。
 その瓶の中には色とりどりの菓子が詰まっている。砂糖を固めて着色しただけの、巷に溢れる定番の菓子だった。

「……懐かしいな……」
「そうでしょう?」

 伸ばされた皇王の手の平に、弐王がその菓子を数個載せた。可愛らしい色の菓子が、皇王の手のひらでコロコロと転がる。

 しかしそれを見た瞬間、皇妃の顔色が変化した。驚愕の顔を浮かべて立ち上がり、手を伸ばす。

しかし皇王は、既に菓子を口に入れていた。皇妃が息を呑み、弐王の持っている瓶を叩き落とす。

 瓶の割れる音が響き、中の菓子が散乱する。色とりどりの菓子が転がる中、皇王が呻き声を漏らした。

「……ぐッ!? ……がはっ!」

 皇王の口内から、血が溢れ出した。咄嗟に口を押さえた皇王の手も、みるみる血に染まっていく。
 肩を揺らしながら、皇王は大量の血を吐き出した。

 傾ぐ皇王の身体を抱き留めながら、弐王だった。その顔は驚愕に歪んでいる。その顔色は真っ青で、演技には到底見えない。

 皇王の身体はすでに力を無くし、ぐったりと弐王に寄りかかっていた。
 狼狽えた弐王が皇王の名を呼ぼうとすると、弱っている筈の皇王が弐王の背中をグッと掴んだ。そして皇王が、弐王の耳元で静かに呟く。

「……ひ、え、ん」

 弐王にしか聞こえないであろうその言葉に、弐王は息を詰めた。

 そして同時に、皇妃の悲鳴が轟いた。先ほどの慈愛に満ちた姿から一転、狂ったように皇王に駆け寄る。


 状況から、毒を盛られたことは確かだ。しかし一番の容疑者である弐王は、狼狽えながらも皇王を支えている。

 そして弐王は皇王の身体を横たえ、目蓋をめくり瞳孔を確認した。手首にも指を押し当て、狼狽えながらも脈を診る。

 皇妃は皇王の側に膝を付き、散乱する菓子を虚ろな目で見た。

「い、いったい……これを、どこで……」

 皇妃がそう呟くと、明るく朗らかな声が響いた。

「僕ですよ」

 四天王も良く知っているその声は、この場にまったく馴染まない程の明るさだった。
結蘭の入り口に立つ翡燕は、澄んだ瞳を細めて優しく微笑んでいる。

「僕がその菓子を、弐王様にお渡ししました」
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