上 下
30 / 48
最終章

第58話 極彩色の毒

しおりを挟む
 ________

 朱王が衛兵を部屋を閉じ込め結蘭宮に着いた時、もう黒王はそこにいた。

 しかし翡燕はどこにも見当たらず、朱王は黒王に問うような視線を投げる。黒王は朱王をちらりと見ると、僅かに頷いた。

 理由もなく黒王が翡燕を放置するはずもない。何か理由があるのだろうと頷きを返し、朱王は皇王の前で跪く。


「皇王様。反乱に加担している者の多くが、皇宮から逃げました。残った衛兵は半分ほど。宰相の部屋にいた衛兵は、部屋にて監禁しています」

 朱王が述べると、皇王が深く息をついた。頭を抱え、足元にはまだ皇妃が蹲っている。
 皇王は僅かに顔を上げ、揃って跪く四天王を見渡す。その顔には血色が無く、唇にも色が無い。

「……解った。……これで四天王が揃ったな。君たちが残ってくれただけで、絶望ではない……。朱王、どう思う?」

「南宗門を守る国軍は、一番屈強な兵士達です。それが掌握されたとなると、正直厳しい戦いになるでしょう。加えて南の地は甦ったばかりです。戦場にするにはあまりにも心が痛い」

「……皇王様、南を質に取られ、亜獣まで加担してきたとなると……戦に勝機はありません」

 朱王と白王が発言すると、皇妃が顔を上げた。涙で濡れた顔で皇王を見上げると、眉を顰めて懇願する。

「……! 戦をすれば、民は傷つきます! あの子が苦心して甦らせた土地も、台無しになってしまう……」

「……皇妃……お前は、私に王座を降りろと言うのか?」

「……あなた様がユウラの王です! しかし今争いを起こせば、ユウラは滅びます!」

 悔しそうに顔を歪める皇妃は、また涙を溢れさせた。

 ユウラの皇妃は美しいだけでなく、慈愛にあふれた妃だと民から敬われる存在だった。ユウラの土地や民を想って泣く姿は、どこか強さも感じさせる美しい姿だ。

 反して皇王は、狼狽を隠せていない。長い髪を時折ぐしゃぐしゃと掻き回し、額には汗が浮かんでいる。


「皇王様!」

 声を上げながら結蘭宮に入ってきたのは、弐王だった。手に盆を持ち、上には湯気を立てた薬湯の器が載っている。

 弐王は跪いている四天王の脇を通り抜ける際「立ちなさい」と呟いた。皇王も同意するように頷き、四天王は立ち上がる。

「皇王様、気が落ち着く薬をお持ちしました。……顔色も悪い、少し横になっては如何ですか?」
「……そうだな。……今のままでは、考えがまとまらん」

 盆を持ったまま、弐王が皇妃を振り返る。親しみの籠った笑みを浮かべた弐王から、皇妃は視線を逸らした。
 その反応は慣れたものだった弐王は、眉を下げて口を開く。

「……皇妃様も、お座り下さい……お薬をお持ちしましょうか?」
「いえ、私は……」

 弐王の手を借りながら、皇妃は椅子に座り直した。手巾で目元を拭いながら深い息をついている。


 弐王から受け取った薬湯を、皇王は一気に呷った。その仕草には一切の躊躇いがない。そして全て飲み干した後、皇王は顔を歪める。
 鼻梁に皺を刻み、眉根をぐっと引き寄せた。

「……これは、苦いな……」
「ああ……申し訳ございません。良く効くようにと、色々煎じましたので……。そうだ。宜しければこれを」

 そう言うと、弐王は懐から瓶を取り出した。
 その瓶の中には色とりどりの菓子が詰まっている。砂糖を固めて着色しただけの、巷に溢れる定番の菓子だった。

「……懐かしいな……」
「そうでしょう?」

 伸ばされた皇王の手の平に、弐王がその菓子を数個載せた。可愛らしい色の菓子が、皇王の手のひらでコロコロと転がる。

 しかしそれを見た瞬間、皇妃の顔色が変化した。驚愕の顔を浮かべて立ち上がり、手を伸ばす。

しかし皇王は、既に菓子を口に入れていた。皇妃が息を呑み、弐王の持っている瓶を叩き落とす。

 瓶の割れる音が響き、中の菓子が散乱する。色とりどりの菓子が転がる中、皇王が呻き声を漏らした。

「……ぐッ!? ……がはっ!」

 皇王の口内から、血が溢れ出した。咄嗟に口を押さえた皇王の手も、みるみる血に染まっていく。
 肩を揺らしながら、皇王は大量の血を吐き出した。

 傾ぐ皇王の身体を抱き留めながら、弐王だった。その顔は驚愕に歪んでいる。その顔色は真っ青で、演技には到底見えない。

 皇王の身体はすでに力を無くし、ぐったりと弐王に寄りかかっていた。
 狼狽えた弐王が皇王の名を呼ぼうとすると、弱っている筈の皇王が弐王の背中をグッと掴んだ。そして皇王が、弐王の耳元で静かに呟く。

「……ひ、え、ん」

 弐王にしか聞こえないであろうその言葉に、弐王は息を詰めた。

 そして同時に、皇妃の悲鳴が轟いた。先ほどの慈愛に満ちた姿から一転、狂ったように皇王に駆け寄る。


 状況から、毒を盛られたことは確かだ。しかし一番の容疑者である弐王は、狼狽えながらも皇王を支えている。

 そして弐王は皇王の身体を横たえ、目蓋をめくり瞳孔を確認した。手首にも指を押し当て、狼狽えながらも脈を診る。

 皇妃は皇王の側に膝を付き、散乱する菓子を虚ろな目で見た。

「い、いったい……これを、どこで……」

 皇妃がそう呟くと、明るく朗らかな声が響いた。

「僕ですよ」

 四天王も良く知っているその声は、この場にまったく馴染まない程の明るさだった。
結蘭の入り口に立つ翡燕は、澄んだ瞳を細めて優しく微笑んでいる。

「僕がその菓子を、弐王様にお渡ししました」
しおりを挟む
感想 86

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

言い逃げしたら5年後捕まった件について。

なるせ
BL
 「ずっと、好きだよ。」 …長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。 もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。 ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。  そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…  なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!? ーーーーー 美形×平凡っていいですよね、、、、

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした

エウラ
BL
どうしてこうなったのか。 僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。 なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい? 孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。 僕、頑張って大きくなって恩返しするからね! 天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。 突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。 不定期投稿です。 本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。