死んだはずのお師匠様は、総愛に啼く

墨尽(ぼくじん)

文字の大きさ
上 下
20 / 56
青、白

第48話 四天王全体会議

しおりを挟む
 弐王は椀に残る薬をぺろりと舐め、顔を歪める。やはり苦みは半端ではない。

「眠りが深くなる薬を入れるために甘みを全部抜き、苦みで翡燕に悟られないように細工した。この薬を飲んだ翡燕はこうして、些細な刺激では起きなくなる。そしてその状態で、今まで朱王と黒王には力を注いでもらっていた」

「えっ?」
「はっ?」

 獅子王とサガラから驚きの声が漏れ、朱王は舌を鳴らして腕を組んだ。黒王の顔に変化はなく、寝台にいる翡燕を凝視している。

 朱王と黒王が力を注いでいる事実を、獅子王とサガラは知らなかった。力を注げば翡燕がどうなるか知っている2人は、心中穏やかではいられない。

 何ともいえない顔をする2人に笑顔を向けた後、弐王は嘆息しながら頭を抱えた。

「獅子王、サガラ、安心しろ。結果、計画は破綻しつつある。原因は朱王と黒王のせいだ」
「うっさいのぉ! このまま誰にも言わずに続ければよかったんや!」
「朱に肯定」

 朱王と黒王の反論を華麗に流しながら、弐王は未だ疑問符がついたままの白王と青王を指さす。
 ゆっくりと指を上下させて、2人に言い聞かせるように口を開いた。

「力を注いだら翡燕がどうなるか。白王も青王もやってみれば分かると思うが……困ったことに注いでいる側に大いに影響があってな。そりゃあ、もう、あればあるだけ注ぎたくなる。……現に誰かさんたちは四天王であるにも関わらず、任務に支障が出るくらい注いでしまっているからな」

「……も、問題ないやろ」
「無い」

「大いにある。朱王は戦場で眠りこけ、黒王は執務室で目を開いたまま返事もしないらしいな。寝ているだろう、確実に」

「……」
「……」

 言葉を詰まらせた2人を前にして、弐王は自身の膝を叩いた。気合を入れ直すようにして、口端を吊り上げる。

「2人体制では無理が来た。では4人で、というのが私の次の案だ。安直だがそれしかない。加えて、お互いに監視体制が出来る。獅子王とサガラも監視に加われ。そして四天王が不能になった場合は、お前たちが注ぐんだ」
「監視体制、とは?」
「ああ、翡燕に力を注ぐ際、注意事項がある。朱王、言ってみろ」

 言われた朱王は腹立ちまぎれに立ち上がり、腕を組んだ。まるで威嚇するかのように、白王と青王を睨み付ける。

「口付けは禁止! 痕を付けるんも禁止! 舐めるのも駄目や! 翡燕の下半身には触れるな! 匂いを嗅ぐのは許可する! ……そういや、胸は触ってもええんか?」
「駄目だ」
「じゃ、じゃあ駄目や!」

 黒王が立ち上がった朱王を睨み付けた。殺気を垂れ流しながら、口を開く。

「……朱、触ったのか?」
「……触ってへんよ」

(触ったな……)
 口に出さないものの、サガラと獅子王も責めるような視線を朱王に送った。朱王が咳払いを零しながら、再びその場へと腰を下ろす。
 そして次は白王が眼鏡を押し上げながら、呟いた。

「と、いうことは……力を注いだ時の戦の反応と言うのは……そっちの感じか?」
「そうや。とんでもないで」
「……ちょっと、何だよその旨味だけの役割! ご褒美しかないじゃん! 2人で独占しようとしてたのか!?」

 青王の言葉に、朱王は眉を寄せた。青王を指さしながら、弐王へ喚き散らす。

「なぁ、やっぱ青はあかん! こいつ昔から翡燕に色々してたやんか! 抜け駆けして口付けとかしてたやん!」
「してたな」
「してた」
「しない方が悪いじゃん!」

 他の四天王とは違い、青王は昔から戦司帝へ積極的にアプローチしていた。
 戦司帝は応じなかったが、青王に良く寝込みを襲われていたものだ。口付けも、積極的に仕掛けられていた。
 他の四天王から反感を買っても、青王は一向に止めることは無かったのだ。

「だから言ってるじゃん! やることやってから後悔しなって! お前らも戦がいなくなって後悔したんなら、今度こそさぁ!」
「それは許さん」

 すかさず言ったのは弐王だ。
 朱王と黒王に「お前が言うな」という視線を送られても、弐王はまったく動じない。

「自分で言うのも何だが、翡燕には過去の傷がある。抉らないように気を付けないと、あの子の精神が持たん」

「過去の傷とは?」

「……私が居ないときに、朱王に聞け。この際もう正直に言うが、私はお前たちより遥かに翡燕を愛している自信がある。こんな事をお前たちに頼むことすら、慚愧に堪えない。翡燕を抱くのは許さん」

 さらりと言う弐王に対して、黒王が殺意を剥き出しにした。今にも剣を取り出しそうな様子の黒王を、白王が慌てて制する。

「に、弐王様? ……とんでもない事言っていませんか? 付いて行けないのですが……事情が分からないので何とも言えませんが……」

「あかん、騙されんな白。この人が一番の悪党やねん。愛しているなんて言ったら、一番あかん人や。……よう言えるもんやな」

「……事実だから仕方がない」

 そう言うと弐王は立ち上がった。
 四天王とサガラ、獅子王を見渡して、皇族らしい良く通る声で告げる。


「抜け駆けはゆるさん。四天王で代わる代わる翡燕を潤せ。不正が無いか互いに監視せよ。翡燕がこのことに気付いたら翡燕は拒む。よって十分に注意するように。獅子王とサガラは、四天王が注ぎ始めて二時間を過ぎたら、強制的に止めに行け。分かったな?」
「……ぎょ、御意……」
「では、今日の当番は……」

「俺や!」
「俺」
「ちょっと待った。普通ここは朱と黒は遠慮するところだろう? ここは私が!」
「ぼくがやりたい!」

 言い争い始めた四天王を見て、弐王は舌打ちを零している。どうやら本当に慚愧に耐えないようだ。
  


________

 そして、謎の追いかけっこを終えた翡燕は、今獅子王の腕の中にいる。

 朱王や黒王に抱き上げられると抗議の声を上げる翡燕が、獅子王だと大人しく腕に納まる。それが何故なのか、獅子王はいつも戸惑うのだ。

(きっとおれが特別とかじゃない……主にとっておれはただの獣なんだ……)

 そういう対象にもされていない。そう思うと、信じられないくらい胸が痛くなる。

 主へ向ける感情が変わり始めている。それは獅子王も分かっていた。四天王から力を注がれている翡燕を想像するだけで、叫び出したくなる。

「獅子丸、また大きくなったな」
「……そうですか」
「そうだよ。背中に手が回らなくなった。ここまでしか届かない」

 翡燕が細い腕でぎゅうと抱きしめ、獅子王の背中で手をパタパタとはためかせる。
 仕草一つ一つが可愛らしいのも、今の獅子王にとっては辛いだけだった。

 「おれだって、主に注ぎたい」その一言が言えないのが、ひたすらに情けないのだ。
しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

無自覚お師匠様は弟子達に愛される

雪柳れの
BL
10年前。サレア皇国の武力の柱である四龍帝が忽然と姿を消した。四龍帝は国内外から強い支持を集め、彼が居なくなったことは瞬く間に広まって、近隣国を巻き込む大騒動に発展してしまう。そんなこと露も知らない四龍帝こと寿永は実は行方不明となった10年間、山奥の村で身分を隠して暮らしていた!?理由は四龍帝の名前の由来である直属の部下、四天王にあったらしい。四天王は師匠でもある四龍帝を異常なまでに愛し、終いには結婚の申し出をするまでに……。こんなに弟子らが自分に執着するのは自分との距離が近いせいで色恋をまともにしてこなかったせいだ!と言う考えに至った寿永は10年間俗世との関わりを断ち、ひとりの従者と一緒にそれはそれは悠々自適な暮らしを送っていた……が、風の噂で皇国の帝都が大変なことになっている、と言うのを聞き、10年振りに戻ってみると、そこに居たのはもっとずっと栄えた帝都で……。大変なことになっているとは?と首を傾げた寿永の前に現れたのは、以前よりも増した愛と執着を抱えた弟子らで……!? それに寿永を好いていたのはその四天王だけでは無い……!? 無自覚鈍感師匠は周りの愛情に翻弄されまくる!! (※R指定のかかるような場面には“R”と記載させて頂きます) 中華風BLストーリー、ここに開幕!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

言い逃げしたら5年後捕まった件について。

なるせ
BL
 「ずっと、好きだよ。」 …長年ずっと一緒にいた幼馴染に告白をした。 もちろん、アイツがオレをそういう目で見てないのは百も承知だし、返事なんて求めてない。 ただ、これからはもう一緒にいないから…想いを伝えるぐらい、許してくれ。  そう思って告白したのが高校三年生の最後の登校日。……あれから5年経ったんだけど…  なんでアイツに馬乗りにされてるわけ!? ーーーーー 美形×平凡っていいですよね、、、、

急に運命の番と言われても。夜会で永遠の愛を誓われ駆け落ちし、数年後ぽい捨てされた母を持つ平民娘は、氷の騎士の甘い求婚を冷たく拒む。

石河 翠
恋愛
ルビーの花屋に、隣国の氷の騎士ディランが現れた。 雪豹の獣人である彼は番の匂いを追いかけていたらしい。ところが花屋に着いたとたんに、手がかりを失ってしまったというのだ。 一時的に鼻が詰まった人間並みの嗅覚になったディランだが、番が見つかるまでは帰らないと言い張る始末。ルビーは彼の世話をする羽目に。 ルビーと喧嘩をしつつ、人間についての理解を深めていくディラン。 その後嗅覚を取り戻したディランは番の正体に歓喜し、公衆の面前で結婚を申し込むが冷たく拒まれる。ルビーが求婚を断ったのには理由があって……。 愛されることが怖い臆病なヒロインと、彼女のためならすべてを捨てる一途でだだ甘なヒーローの恋物語。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(ID25481643)をお借りしています。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。