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第三章 黒羽の朧宮主
第51話 知らないから、分からない
しおりを挟む瀾鐘は、いや黒羽の人々は、葉雪の自己管理の仕方に不満があるらしい。
昊穹では当たり前だった事を咎められることが多々ある。そして彼らは度が付くほどの過保護なのだ。
しかしながらこうも過保護になってしまったのは、葉雪が瀾鐘へ余計な事を口走ってしまったことにある。
『先は短い』と言ったことを、葉雪は今更ながら後悔していた。瀾鐘があれほど動揺するとは思っていなかったのだ。
確かに葉雪は、もう長くは生きられない。しかしそれは天上人の物差しを当てての話である。
葉雪という存在は、厳密に言えば天上人ではない。故に寿命がいつ頃になるのか不鮮明ではあったのだ。
葉雪としては、片割れの転生が終わるまでは生きていたかった。
それが叶った今、いつ終わっても問題は無い。
千年近くも生きていれば、大大大往生だろう。
人間界に降りてからは自然に任せ、医者に掛かることも無かった。
寒くなれば肺がしくしく痛むが、元が頑丈なせいか問題なく生活出来る。
今になって労わろうなど思いもしないし、この先もそうやって生きていくつもりでいた。
しかし黒羽の者らは、それを許してくれない。
(……私のことなのに、なぜか怒るんだよなあ……。あまり迷惑は掛けていないつもりなんだが……)
体力が奪われるのも、苦しいのも、葉雪自身の事である。療養は無駄だと思っているので、求めたりはしない。
本来なら、誰にも迷惑を掛けることがないはずだ。あるとすれば、咳が煩いところだろうか。
しかしそれも、葉雪と関わることを止めれば解決することである。簡単な事だ。
『そんなに気になるのならば、私と関わるのを止めろ。放り出してくれれば、どこぞで死ぬだろうから』
瀾鐘にそう提案した事もある。今思い返せば、完全に失言である。
あの時の瀾鐘といえば、それはそれは恐ろしかった。青年期よりも随分立派になった覇気に、葉雪が口を引き結んで固まったのは言うまでもない。
瀾鐘だけではなく、鐸巳も恐ろしかった。
薄い笑みを浮かべていた彼女から、冷気のようなものが垂れ込んでいくのを見た気がしたほどだ。
しかし葉雪は、どんなに考えを巡らせても、彼らが怒る理由を少しも見いだせないでいた。
葉雪にこの後使い道があるのならまだしも、彼らにはもう使い物にならないと伝えている。
(……彼らには何の得もない。う~ん、分からん……)
瀾鐘が葉雪を労わるのは、枯れた古木に水をあげているようなものなのかもしれない。
青年の頃は青々としていた巨木を懐かしんで、復活を望んで水をやっているのだろう。
無意味な行為だ。もう古木はもう水を吸う力が無いのだから。
瀾鐘の気が済むのであれば、今はそれでいいのかもしれない。そのうち瀾鐘も、水をやることが無意味だと分かるだろう。
しかし彼がそれに気付くまで、葉雪は黒羽側に迷惑を掛けっぱなしになってしまう。
(せめて何か……役に立てることがあればいいが……)
「……雪……。葉雪!」
「んあ?」
「また何か余計な事を考えていたな? 何を考えていた?」
「いや。特に何もない」
へらりと笑って言うと、瀾鐘はぐっと顔面に力を入れる。
なんだその表情は、と葉雪は思うものの、最近頻繁になってきた『その表情』にいちいち反応していては、話が進まない。
(……それにしても、瀾鐘の顔はどんな表情をしてても男前だ。見てて飽きない)
好みの顔、というのが自分にあるのか葉雪は考えたこともなかったが、間違いなく瀾鐘の顔は好みであると断言できる。
眉山にしっかりした角度がついているのも好ましいし、唇の下に薄くついている黒子も可愛らしい。
葉雪が、ふふ、と笑みを含ませながら瀾鐘を見つめれば、また彼の顔面が強張っていく。
それ以上力を入れれば、顔の血管から出血してしまうのではないか。
気を緩めなさい、と咎めようかと思ったところで、鐸巳が部屋へと入ってきた。
「宮主。あまり見つめると、主上の顔面が爆ぜてしまいますよ」
「え? それは困る」
葉雪が驚くと、瀾鐘が鐸巳をきっと睨み上げた。
しかし鐸巳はどこ吹く風のように受け流し、足元で伸びていた五狼を抱き上げる。
「おはようございます、宮主。朝餉の準備が出来ております。今日も庭が見える套廊(縁側)の方にご用意しております」
「いつもありがとう、鐸巳」
「葉雪、移動しよう」
瀾鐘が鐸巳から外被を受け取り、葉雪の肩へと掛ける。
胸元にある紐を鐸巳に結んでもらいながら、葉雪は首元に付いた羽毛に指を這わせた。
もこもこで滑らかな手触りに和むが、どうも自分には不相応な気がしてならない。柔らかな印象のこの外被は、葉雪には似合いそうもないのだ。
「これは……女物ではないのか?」
「違いますよ。正真正銘、宮主のために仕立てたものです」
「私に? 似合わないだろう、これは……」
「いや、似合う」
瀾鐘が目の前に立ち、にっこりと穏やかに微笑む。普段は眉根に皺を蓄えがちな瀾鐘だが、微笑みは青年のように爽やかだ。
常にこうであって欲しいが、本来の気質である猛々しいところが邪魔するのだろう。いつも眉間に皺を湛え、むっつり黙り込んでいるのが彼の常となっているらしい。
しかし目の前の瀾鐘は、すっかりご機嫌だ。そんな彼に連れられ、葉雪は套廊に用意された卓の前に座った。
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