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第三章 黒羽の朧宮主
第49話 役割
しおりを挟む九兎が涙を拭い、鵠玄楚の問いに答えるべく、強く頷いた。
「それについてはお答えできます。大主の役割は、次期昊王を確立させる事でした」
「……次期昊王? それはもしや、現昊王の事か?」
「はい。大主は現昊王を確立させたことで、その役割を終えているのです」
鐸巳が目を見開き、信じられないとばかりに頭を振る。
「そんな……! 現昊王が即位したのは、もう700年以上前でしょ? という事は宮主は、役割を終えたあと700年も、昊穹に留まり続けたってこと!?」
「はい、そうです。そう聞いています」
鵠玄楚は眉根を寄せて、葉雪を見下ろす。
現昊王が即位したのは、鵠玄楚が黒羽の王としての試練に身を投じた直ぐ後のことだ。
あの時期に昊穹から去っていれば、これほど弱ることも無かったかもしれない。
なぜ昊穹に残ったのか。その訳は、あの時代の昊黒烏を思い返せば容易に理解できる。
昊黒烏はいつも慈愛に溢れた顔をして、昊穹の者らと触れ合っていた。彼らに引き留められれば、断ることなど出来なかったのだろう。
昊黒烏は優しい。しかし今はその優しさが、ひどく憎たらしく思える。
「……っ! どうしてこの人は、それほど昊穹に情けを掛けるんだ! 情など湧かせる場所ではあるまい!」
葉雪が眠っているのも忘れ、鵠玄楚は傍らにあった椅子を怒りのまま蹴リつけた。しかし憤りは治まらず、舌打ちをして頭を抱え込む。
椅子が派手な音を立てたのにも関わらず、葉雪はすやすやと眠ったままだ。その寝顔にさえ、愛おしさと同じほどの憎しみが湧いてくる。
「……俺が……っ! あなたに会うためにどれだけの執念を燃やしたと思う!? あなたへの情は、誰にも負けん! それなのに、あなたは……!!」
そんなに雷司白帝が愛おしいか。それとも冥王か。
脳裏に甦る雷司白帝の姿や、冥王に臓腑がねじ切れそうな怒りを感じる。
彼らに負けるつもりはない。しかし葉雪が彼らに情を掛けていたと思うだけで、髪を掻きむしって獣じみた慟哭を上げたくなる。
しかも葉雪は、この千年もの鵠玄楚の想いを知りはしない。
片や雷司白帝は、葉雪が昊穹に降りて数百年ずっと彼の側にいたのだ。
僅かな時間しか寄り添えなかった、かつての自分らとは大違いである。
(……千年の想いを、この人は知らん。そんなの分かっていた事ではないか……)
怒りや落胆の情はどこまでも湧いてくる。しかしそれを葉雪にぶつける訳にはいかない。
内に溜まった濁りを吐き出しだすように、鵠玄楚は息を吐き切った。
そして頭を冷やそうと立ち上がったところで、小さな声が耳へと届く。
「……んぁ……………んちく、ごめ、な……。痛かった、ろ……熱かっ、たなぁ……」
「……葉、雪……?」
返しかけていた踵を戻し、鵠玄楚は葉雪の枕元に膝をついた。
耳を葉雪へと向け、問いかける。
「何と言った?」
「…………じん……ち……」
漏れる声は次第に小さくなっていく。葉雪の瞳は閉じたままで、今のがうわ言だという事は理解していた。
しかし鵠玄楚は信じられない思いで、かつて昊黒烏だった葉雪を見つめる。
『塵竹、ごめんな。痛かったろう、熱かったなぁ』
労わるようなその言葉。そんな慈愛の籠った声を、塵竹だった時代には一度も掛けて貰えていない。
しかし今、葉雪から漏れた声には、塵竹への情が溢れていた。
(……どういう、事だ……? やはり昊黒烏は、塵竹の事を、嫌っていた訳ではないのか?)
「黒羽の王さま。大主の役割は……もう一つあるのです」
掛けられた言葉に、鵠玄楚の思考は遮られた。
顔を上げると、その言葉を発した九兎は葉雪の胸元を見据えている。
「大主は生まれてから千年、ある魂の転生を支えているのです。……昊穹に留まるのも、その魂が原因なのではないかと、先輩たちは言っていました」
「……っ!」
千年。転生。その二つの言葉だけで、誰を指しているかは明確だ。
「……まさか、知っていたというのか? 司天帝から言われていたのか? 何を聞いた? ……転生を支える? 一体何を?」
鵠玄楚はこれまで、孤独に転生を繰り返していたと思い込んでいた。支えられていたことなど気付きもしない。
(葉雪は……片割れを認識していたのか……?)
鵠玄楚はこれまで、自分ばかりが藻掻いているのだと思い込んでいた。しかしそれは誤りで、葉雪も共に藻掻いていたのだ。
ただでさえ辛い昊穹での日々に加え、自分の存在が葉雪の負担になっていたとしたのなら。
鵠玄楚はぞっと背筋を震わせる。
自分を認識して欲しいと渇望していたのに、これでは喜べない。
喜べないどころか、絶望すら湧いてくる。
「……俺の、せいか……?」
震えながら問いかけても、目の前の葉雪はぴくりとも動かなかった。
***
かつて葉雪は、司天帝を見上げて請うた。
『____彼の試練を、少しでも構いません……助けたいのです。彼の願いは、葉雪の願いでもあります』
『……そうだなぁ。……では葉雪。片割れの死の痛みを、肩代わりできるか?』
『死の、痛み?』
『今わの際に感じる痛みだ。死因となる痛み、そして死への恐怖や負の感情。……それをお前が肩代わりするのだ。……あやつに与えたのは試練だが、死に際の救いだけは許してやろう』
『ありがとうございます!』
願いは叶えられ、それから千年もの間、葉雪は『彼』の転生を支えてきた。
『彼』が肉体の死を迎えると、魂か光の筋が立ち昇る。それが葉雪の胸へと入り込むと、『彼』の最期の痛みを肩代わり出来るようになった。
激烈な人生を送る『彼』にとって、その支えは些細なものだっただろう。
しかしそれでも、例え自己満足と言われようと、葉雪は嬉しかったのだ。
関わりのない人生だったとしても、最期の時だけ『彼』に触れることが出来る。
引き受ける肉体への痛みなど、葉雪にとってはそれこそ些細な事だった。
時には気を失うほどの激痛が襲ったが、『彼』がこの痛みを感じることがなかっただけで良かったと、いつも安堵していた。
しかし『彼』が最期、どんな心境だったのか。それを知ると、いつも身を穿つような悲しみに苛まれる。
側にいてあげたかった。
支えてあげたかった。
次こそは、側に転生しておくれ。そう願った日々だった。
しかしその願いは間違いだったと、今なら分かる。
葉雪が初めて、『彼』の人生に関わったのは、『彼』は人間ではなく鳥として生まれた時だった。
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