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第三章 黒羽の朧宮主
第46話 愛着
しおりを挟むしかし一つの懸念が、頭を過る。
「……そういえば、私をここに連れてくる際、瀾鐘は大丈夫だったのか?」
「冥王と、雷司白帝に妨害されたが……問題はなかった。……今回の件に関しては、明らかに昊穹が悪い。あなたを連れ去る理由は、何とでもなる」
「……雷司白帝は攻撃を仕掛けてきたかい?」
「ああ。あなたを返せと、激昂していたからな」
やはり、と思いながらも焦りは無かった。鵠玄楚の実力は雷司白帝を上回る。
その確信は魂与殿での戦闘で得られていた。
「一つ聞くが、雷司白帝の攻撃の色は白だったか?」
「? 白い閃光だったはずだ」
「なるほど、分かった」
納得したように頷くと、鵠玄楚の顔が不服そうに歪む。
「あいつらは何なんだ。あなたを家族と言っておきながら、無理を強いている。少しも大事にしていない」
「その点に関しては……まぁあれが、昊穹の体質だとしか言えないな。悪気はないんだ」
葉雪は笑ってみせて、鵠玄楚が口を開かないうちに、二の句を継いだ。
「……でも安心してほしい。昊穹は、人間界を護るために存在している。だから今回の件で、黒羽が攻撃されることはないだろう」
「分かっている。かつての昊穹との交戦も、黒羽が手を出したが故だった。昊穹から仕掛けてくることはないということは理解している」
「うん。……改めて、ありがとう。昊穹か連れ出してくれなかったら、私はまただらだらと流されるところだったよ。……しかし私がいると……」
「駄目だ」
葉雪の言葉が分かっていたかのように、鵠玄楚が首を横に振る。
「あなたはここで、その弱った身体を治すんだ。……出て行くなんて許さない」
「そうは言っても……私がここにいると、雷司白帝は必ず何かしらの行動を起こすぞ。一刻も早く出て行かないと……」
「俺は、昊穹を敵に回しても良い覚悟で、あなたを連れてきた」
「馬鹿を言うな。私は誰も巻き込みたくない」
咎めるように言うと、鵠玄楚の顔が不機嫌そうに歪む。暴君らしさが顔を出し、不覚にも懐かしいとすら思ってしまった。
雄々しい眉をきっと吊り上げ、鵠玄楚は少しの圧を持って言い放つ。
「こちらから昊穹に打って出てもいいと思っている。黒羽は負けん」
「……そうかもしれない。だけど昊穹は、無くてはならない場所だ」
「人間に加護を与えるためか? 人間はそれほど弱くはない。昊力の操り方を覚え、神獣との共生すれば、昊穹などなくとも生きていける」
「それについては賛同できるが、昊穹だって一つの国だ。滅ぼしていいと?」
葉雪が言うと、鵠玄楚の不機嫌そうな顔が、一瞬だけ戸惑いに揺れる。
真っ直ぐに葉雪を見据える瞳には、何かを推し量るような色があった。
「……どうして昊穹を擁護する? あなたは昊穹を見限ったんだろう? 無理もない。800年前のあなたに対する昊穹の扱いは、今思い出しても胸糞が悪い。あなたが昊穹を離れたいと思うのは、至極当然の事だ。あんな場所に愛着など湧かないだろう?」
「いや、そうでもない。昊穹のことは、今でも好きだよ」
「………っ!?」
驚愕に目を見開いて、鵠玄楚が葉雪を見る。燃えるような瞳が、まるで葉雪を責めているようにぎらぎらと煌めいた。
鵠玄楚の言いたいことは分かる。
自ら足の腱まで断ち切って、葉雪は昊穹から去った。
腱を断ち切るという事は、武人としての立場を捨てる事。その覚悟の重さを、鵠玄楚は分かっているのだ。
そこまでして去りたかった昊穹に、情が残っているなんて思いもしないだろう。
「昊穹で過ごした日々は、確かに過酷だった。でもその全てが辛い記憶ではないんだ。特に住まいが冥府に移った後は……まぁまぁ楽しかったな」
「しかし、冥王は……あなたの変化を見ても、変わらず無理を強いているだろう! あなたが大事であれば、止めるはずだ!」
「ああ、冥王は霊体だから仕方がないんだ。五感が上手く働いてない」
冥王は特殊体質で、普段は霊体のまま動いている。肉体は違う場所にあるのだが、長く使っていないらしい。
肉体と魂の扱いに長けた、冥府を司る者であれば珍しくない。
「では雷司白帝は? 奴はあなたに無理を強いて、まるで自分のもののように執着している!」
「あいつは……まぁ。ずっとそんな風に生きてきたからなぁ……悪い奴ではないんだが……」
困り顔で苦笑いすると、鵠玄楚は眉の皺をぐっと深くした。怒りを隠すように、葉雪から顔を逸らす。
「……どうしてそんな奴らに情を向ける? あなたを傷つける奴らなぞ……」
「いや、良いところもあるんだよ。雷司白帝は力ある存在だし、冥王は優しい良い男だからな。昊穹には他にも大好きな人たちがいる。あまり悪いように思わないでくれな」
「……っ」
葉雪が言うと、鵠玄楚が信じられないといった顔を向ける。
先ほどからころころと表情を変えるのがおかしくて、葉雪はまじまじと彼の顔を眺めてしまう。どんな表情をしても男前なのが流石だ。
無意識に微笑んでいたのか、鵠玄楚から「笑うところではない!」と咎められる。
「あなたはもっと、大事にされるべきだ!」
「っはは、そんな事はじめて言われたな。……そうか、でもそうだな。瀾鐘はいつも、私を人間扱いしてくれた……」
葉雪は鵠玄楚の瞳を見つめ返して、微笑む。
虐げられていた時代も、葉雪に温かい感情を向けてくれた人。瀾鐘という存在は、昊黒烏として過ごす日々の支えになってくれた。
だからこそ、瀾鐘には嘘を付きたくない。
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