43 / 60
第三章 黒羽の朧宮主
第43話 美しい庭
しおりを挟む***
庭園は葉雪が思っている以上に素晴らしいものだった。
まるで自生しているかのように花が咲き誇り、その先には小さな泉が湧き出ている。
人の手で造られた、という事を感じさせない造りが特徴の庭だ。
造り物は一切使われておらず、苔むした岩で囲まれた泉は、どうみても自然のものにしか見えない。
蛙が飛び込んだ水面を覗くと、蝌蚪(おたまじゃくし)が気持ちよさげに泳いでいる。
葉雪はしゃがみ込んで、清らかな水の香りを吸い込んだ。
「ああ、最高だ! この庭はすごい!」
見渡すと、四季折々の植物が調和を取りながら並んでいるのが見える。
無造作に咲いているようで、そうではない。季節によって見どころが違って見えるよう工夫されているようだ。
(……統制されている昊穹の庭とは大違いだ……。それに……富を感じさせないところがすごく良いな……)
庭園というのは、その主の富や権力を表すものだ。手入れを怠れば、庭園はたちまち廃れてしまう。
そのため屋敷の主は、庭園に金を掛けて出来る限り華美にする。
しかしこの庭は、それとはまったく違っていた。
通路すら石板などで整備されておらず、大小様々な石たちが歩く道を補強してくれている。
華美な装飾がされた門も、豪華な亭も無いが、生命力に溢れた庭園だ。
五狼が喜んで走り回るのに合わせて、葉雪も跳び回るようにして庭を探索した。
「髪を結っていて良かった。なぁ、五狼?」
はふはふと返事をする五狼を横目に、葉雪は自身の襟足に手を伸ばす。
綺麗に結われた髪のお陰で、首元はすっきりしていた。しゃがんでも、髪が地面に付かないところが良い。
葉雪が跳ねる度に髪の束が揺れ、それがまた爽快感を煽ってくれる。
「宮主! あまりはしゃいではいけませんよ! 背中の傷に障ります!」
「背中の傷? はは、そんなもんはもう痛くも痒くもない」
遠くで聞こえる鐸巳の声に、葉雪は手を大きく振って答える。
辰炎から受けた背中の傷は、もう殆ど痛みはない。引き攣るような感覚はあるが、まったく気にならないほどだ。
泉の淵にある岩に立って、葉雪は肺いっぱいに空気を取り入れる。濁ったものが浄化されていく気がして、頬は自然と緩んだ。
その時、ふと視線の端に何かが揺れる。
驚いて視線を移すと、目に入ってきたのは美しい橙色だった。
燃えるような橙の瞳が、葉雪をまっすぐに見据えている。
鵠玄楚だ。
いつの間にか現れた黒羽王の姿に、葉雪の心臓は盛大に跳ねた。その振動は身体にも伝わり、不安定な足元が調和を乱す。
「……っと、」
危ない。そう思った時には、もう目の前に逞しい腕があった。咄嗟にそれへ掴まってしまったのは、わが身を守る本能ゆえだろう。
鵠玄楚の手を借りてゆっくりと岩から降りた葉雪は、ばつの悪い顔をして彼を見上げた。
いつも鵠玄楚なら、文句の一つも飛び出すところだ。いや状況を鑑みれば、他の暴言が飛び出すかもしれない。
葉雪は身構えるが、鵠玄楚は何も言葉を発しない。それどころか腕を放し、少しだけ後退した。
距離が離れてしまった鵠玄楚は、もう葉雪を見ていない。
視線を落としてしまった彼に、葉雪は小さく声を放った。
「……ありがと……ございます」
「…………礼など……」
ぽつりと呟く鵠玄楚の声は、聞き取れないほど小さかった。俯きがちの彼の顔は、悔しそうにも、怒りを抑えているようにも見える。
鵠玄楚という男は、少しでも腹に据えかねれば直ぐに口にするはずだ。それをどうして抑えているのか、葉雪には分からなかった。
しばらくの沈黙のあと、鵠玄楚はやっと口を開く。しかしその声は予想以上に小さい。
「……だな……」
「んん? なんて?」
「……髪を……結ったんだな」
「……ああ、髪ね……って、そこかよ」
予想外の言葉に、驚きと共に笑いが込み上げてくる。くつくつ喉を揺らすと、鵠玄楚の視線が少しだけ上がった。
どこか安堵したような表情だが、まだ憂いのようなものを帯びている。ころころと変わる表情に、葉雪も緊張感を緩めた。
鵠玄楚の様子からすると、状況は絶望的ではなさそうだ。しかし未だ、分からない事だらけだ。
「それで? なぜ私をここに連れてきた?」
「……」
「不敬罪で投獄でもするつもりか? それとも別の理由で?」
「……投獄など、しない。するわけがない」
「じゃあどうして?」
再度問うと、橙色の瞳がまた葉雪を捉えた。今度の表情は、感情に揺れてはいない。
まっすぐに葉雪を見据える顔は、昔見た瀾鐘そのものだった。
「……俺は、髪を降ろしたままの方が好きだ」
「……え?」
「あなたは髪を結うのが苦手だった」
どく、と一つ心臓が跳ねた。鵠玄楚の放った言葉は、文衛だった葉雪に向けたものでは無い。
130
お気に入りに追加
513
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。
小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。
そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。
先輩×後輩
攻略キャラ×当て馬キャラ
総受けではありません。
嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。
ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。
だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。
え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。
でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!!
……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。
本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。
こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
あなたの隣で初めての恋を知る
ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる