天上人の暇(いとま) ~千年越しの拗らせ愛~

墨尽(ぼくじん)

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第三章 黒羽の朧宮主

第43話 美しい庭

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 ***

 庭園は葉雪が思っている以上に素晴らしいものだった。
 まるで自生しているかのように花が咲き誇り、その先には小さな泉が湧き出ている。

 人の手で造られた、という事を感じさせない造りが特徴の庭だ。
 造り物は一切使われておらず、苔むした岩で囲まれた泉は、どうみても自然のものにしか見えない。

 蛙が飛び込んだ水面を覗くと、蝌蚪(おたまじゃくし)が気持ちよさげに泳いでいる。
 葉雪はしゃがみ込んで、清らかな水の香りを吸い込んだ。

「ああ、最高だ! この庭はすごい!」

 見渡すと、四季折々の植物が調和を取りながら並んでいるのが見える。
 無造作に咲いているようで、そうではない。季節によって見どころが違って見えるよう工夫されているようだ。

(……統制されている昊穹の庭とは大違いだ……。それに……富を感じさせないところがすごく良いな……) 

 庭園というのは、その主の富や権力を表すものだ。手入れを怠れば、庭園はたちまち廃れてしまう。
 そのため屋敷の主は、庭園に金を掛けて出来る限り華美にする。

 しかしこの庭は、それとはまったく違っていた。

 通路すら石板などで整備されておらず、大小様々な石たちが歩く道を補強してくれている。
 華美な装飾がされた門も、豪華な亭も無いが、生命力に溢れた庭園だ。

 五狼が喜んで走り回るのに合わせて、葉雪も跳び回るようにして庭を探索した。

「髪を結っていて良かった。なぁ、五狼?」

 はふはふと返事をする五狼を横目に、葉雪は自身の襟足に手を伸ばす。
 綺麗に結われた髪のお陰で、首元はすっきりしていた。しゃがんでも、髪が地面に付かないところが良い。
 葉雪が跳ねる度に髪の束が揺れ、それがまた爽快感を煽ってくれる。

「宮主! あまりはしゃいではいけませんよ! 背中の傷に障ります!」
「背中の傷? はは、そんなもんはもう痛くも痒くもない」

 遠くで聞こえる鐸巳の声に、葉雪は手を大きく振って答える。
 辰炎から受けた背中の傷は、もう殆ど痛みはない。引き攣るような感覚はあるが、まったく気にならないほどだ。


 泉の淵にある岩に立って、葉雪は肺いっぱいに空気を取り入れる。濁ったものが浄化されていく気がして、頬は自然と緩んだ。

 その時、ふと視線の端に何かが揺れる。
 驚いて視線を移すと、目に入ってきたのは美しい橙色だった。

 燃えるような橙の瞳が、葉雪をまっすぐに見据えている。
 鵠玄楚こくげんそだ。

 いつの間にか現れた黒羽王の姿に、葉雪の心臓は盛大に跳ねた。その振動は身体にも伝わり、不安定な足元が調和を乱す。

「……っと、」

 危ない。そう思った時には、もう目の前に逞しい腕があった。咄嗟にそれへ掴まってしまったのは、わが身を守る本能ゆえだろう。

 鵠玄楚の手を借りてゆっくりと岩から降りた葉雪は、ばつの悪い顔をして彼を見上げた。
 いつも鵠玄楚なら、文句の一つも飛び出すところだ。いや状況を鑑みれば、他の暴言が飛び出すかもしれない。

 葉雪は身構えるが、鵠玄楚は何も言葉を発しない。それどころか腕を放し、少しだけ後退した。
 距離が離れてしまった鵠玄楚は、もう葉雪を見ていない。
 視線を落としてしまった彼に、葉雪は小さく声を放った。

「……ありがと……ございます」
「…………礼など……」

 ぽつりと呟く鵠玄楚の声は、聞き取れないほど小さかった。俯きがちの彼の顔は、悔しそうにも、怒りを抑えているようにも見える。

 鵠玄楚という男は、少しでも腹に据えかねれば直ぐに口にするはずだ。それをどうして抑えているのか、葉雪には分からなかった。

 しばらくの沈黙のあと、鵠玄楚はやっと口を開く。しかしその声は予想以上に小さい。

「……だな……」
「んん? なんて?」
「……髪を……結ったんだな」
「……ああ、髪ね……って、そこかよ」

 予想外の言葉に、驚きと共に笑いが込み上げてくる。くつくつ喉を揺らすと、鵠玄楚の視線が少しだけ上がった。

 どこか安堵したような表情だが、まだ憂いのようなものを帯びている。ころころと変わる表情に、葉雪も緊張感を緩めた。
 鵠玄楚の様子からすると、状況は絶望的ではなさそうだ。しかし未だ、分からない事だらけだ。

「それで? なぜ私をここに連れてきた?」
「……」
「不敬罪で投獄でもするつもりか? それとも別の理由で?」
「……投獄など、しない。するわけがない」
「じゃあどうして?」

 再度問うと、橙色の瞳がまた葉雪を捉えた。今度の表情は、感情に揺れてはいない。
 まっすぐに葉雪を見据える顔は、昔見た瀾鐘そのものだった。

「……俺は、髪を降ろしたままの方が好きだ」
「……え?」
「あなたは髪を結うのが苦手だった」

 どく、と一つ心臓が跳ねた。鵠玄楚の放った言葉は、文衛だった葉雪に向けたものでは無い。
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