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第三章 黒羽の朧宮主
第40話 仮面をつけた青年
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昊黒烏が昊穹に遣わせれた日の事を、壬宇は鮮明に思い出せる。
『これは、司天帝から賜った宝器だ。名は昊黒烏(こうこくお)と名付けた』
どう見ても人間に見える彼を、昊王は『宝器』だと断言した。そして昊黒烏もそれに反論することなく、小さく頭を下げる。
背中まで垂れた白い髪は儚げだが、身体つきはしっかりとした青年だ。
どう見ても物には見えない。
しかし昊王は、彼の事を人間として扱わなかった。
あくまで昊穹を護る道具であると、天上人に周知させたのである。
『姿かたちは人間だが、こいつは瘴気溜まりで生まれたらしい。よって人ではなく、堕獣に近しい存在だ。決して情は抱くでないぞ。……こやつには帝の試練にも同行させ、塊鬼や堕獣の処理もさせる。遠慮なく使い倒せ』
生の穢れが集まり、全ての業を取り込んだ場所が瘴気溜まりだ。
その中で生まれた昊黒烏を天上人は疎み、その強大な力を畏れもした。
しかし雷司白帝の弟である壬宇は、どうしてか彼から目を離せなかった。魅せられる、とはこの事なのだと痛烈に感じながら、襲い来る感情にいつも翻弄される。
彼が欲しい。
昊黒烏を求める欲が独占欲にも変わるのは、そう遅くはなかった。
彼の事なら何もかも知りたかった壬宇は、仮面の下にある素顔も暴いた。
そして昊黒烏の顔を見た瞬間、なぜ昊王が彼に仮面を付けさせたかを理解する。
この昊黒烏という青年に、魅入られない為だ。
昊黒烏は人の上に立つ素質が十二分にある。加えて司天帝からの使徒とくれば、昊黒烏の昊穹での立場は大きなものになるだろう。
昊王は自分をも越える昊黒烏を、恐れたのだ。
しかしその判断は、壬宇にとって都合が良かった。
この顔を、他に晒してはならない。
自分だけのものにしたい。
昊黒烏を自分のものにする。誰にも渡さない。
かつて壬宇は、雷司白帝になるために日々尽力していた。しかし昊黒烏が現れてからは、全ての意識が彼へと向けられていく。
それでよかった。全てを昊黒烏に捧げて、そして手に入れたかったのだ。
しかし容易いと思ったそれは、思いのほか上手くはいかなかった。
彼に対して情を抱く者は、壬宇だけではなかったからだ。
黒羽の者らは昊黒烏に親しくし、紗々妃や王太子、中でもその弟である瀾鐘は、昊黒烏をいつも気に掛けていた。
黒羽だけではない。昊穹の中にも邪魔者はいた。
壬宇の兄である雷司白帝は、他の天上人と違い、昊黒烏をまるで我が子のように可愛がった。
やがて自らが昊王になると、昊黒烏から仮面を取り去り、彼に地位をも与えた。そんな兄へ、昊黒烏も信頼を向けていたように思う。
そして兄は、昊黒烏の居を禁忌地区である冥府にも造った。
人当たりの良い昊黒烏は、直ぐに冥王と親しくなり、冥府へと入り浸るようになった。冥府には許可が無いと入れず、昊穹の宮からも遠い。
昊黒烏と会える頻度が減るのが、壬宇にとって一番の苦痛だった。
兄も、冥王も、黒羽の者らも、全て邪魔だ。
それらは壬宇の瞳にべったりと付着し、取り払えない曇りに成り変わっていった。それが敵意に変わり、壬宇と天上人たちの間には、軋轢が生まれ始める。
雷司白帝になるには人脈が不可欠だ。しかし感情を抑えきれない壬宇は、孤立していく一方だった。
そんな壬宇に手を差し伸べたのは、他ならぬ昊黒烏だった。
昊黒烏は壬宇が雷司白帝になれるように尽力し、いつも支えてくれた。
絶えず笑顔を向ける彼には、自然と人が寄ってくる。彼の近くに居れば、壬宇も自分の力を最大限発揮できた。
壬宇が雷司白帝になれたのは、ひとえに昊黒烏のお陰だろう。
しかし昊黒烏は、壬宇に特別な情を寄せることは無かった。
彼の心はいつも、別の何かに向いている。
自分でもない、黒羽の者でもない、誰かに。
許せなかった。
どうして、と何度も問うた。
そして問う度に、昊黒烏はこう答えるのだ。
『私の身体も力も、全て昊穹に捧げているよ。……ただ、心だけは私のものだ』
昊黒烏にとって壬宇は、昊穹の中のひとつでしかない。彼の尽力は、壬宇が昊穹の者だからだ。
昊黒烏の魂は、心は、いつも違うどこかを見つめていた。そして彼は、そのたった一つの何かの為に、魂を砕く。
壬宇はその存在が疎ましくて仕方がなかった。
*** 第三章 黒羽の朧宮主 ***
『寝台で泳ぐ』
まさにそれを実践している五狼を見ながら、葉雪は大きく溜息を吐いた。
ため息を吐いたところで、状況が変わるわけではない。しかし今のところ打つ手は見つからなかった。
黒羽に来てから数日が経ったが、葉雪は未だにこの立派な宮に留め置かれていた。鵠玄楚は姿を見せず、ここに連れて来られた理由は不明のままだ。
頭をかりかりと掻くと、目の端で自身の真っ白な髪が揺れる。ちらりと視線を上げると、文衛の仮面が行儀よく衣桁に掛けられ、こちらを見つめていた。
葉雪は今、何の変装もしていない。昊黒烏そのものの姿で、黒羽にいる。
この状況の緊急性が、どうも量れずにいる。
(……私の正体は……ばれているのか? いや、そんなはずはないと思うが……)
昊黒烏の素顔を鵠玄楚は知らない。仮に何者かの手によって葉雪が昊黒烏と知らされたとしても、黒羽に連行される理由が分からない。
「……でも文衛の私を、ここに連れてくるのも妙だよな……」
ぽつりと零すと、五狼が掛布から顔を出した。こてんと首を倒し『どうした』と表情で問いてくる。
その愛くるしさは、葉雪から思考を断ち切るに十分だった。思わず抱き上げて、そのもふもふに顔を埋める。五狼が尻尾を振って喜ぶので、つい葉雪もそのまま彼と戯れてしまう。
昊黒烏が昊穹に遣わせれた日の事を、壬宇は鮮明に思い出せる。
『これは、司天帝から賜った宝器だ。名は昊黒烏(こうこくお)と名付けた』
どう見ても人間に見える彼を、昊王は『宝器』だと断言した。そして昊黒烏もそれに反論することなく、小さく頭を下げる。
背中まで垂れた白い髪は儚げだが、身体つきはしっかりとした青年だ。
どう見ても物には見えない。
しかし昊王は、彼の事を人間として扱わなかった。
あくまで昊穹を護る道具であると、天上人に周知させたのである。
『姿かたちは人間だが、こいつは瘴気溜まりで生まれたらしい。よって人ではなく、堕獣に近しい存在だ。決して情は抱くでないぞ。……こやつには帝の試練にも同行させ、塊鬼や堕獣の処理もさせる。遠慮なく使い倒せ』
生の穢れが集まり、全ての業を取り込んだ場所が瘴気溜まりだ。
その中で生まれた昊黒烏を天上人は疎み、その強大な力を畏れもした。
しかし雷司白帝の弟である壬宇は、どうしてか彼から目を離せなかった。魅せられる、とはこの事なのだと痛烈に感じながら、襲い来る感情にいつも翻弄される。
彼が欲しい。
昊黒烏を求める欲が独占欲にも変わるのは、そう遅くはなかった。
彼の事なら何もかも知りたかった壬宇は、仮面の下にある素顔も暴いた。
そして昊黒烏の顔を見た瞬間、なぜ昊王が彼に仮面を付けさせたかを理解する。
この昊黒烏という青年に、魅入られない為だ。
昊黒烏は人の上に立つ素質が十二分にある。加えて司天帝からの使徒とくれば、昊黒烏の昊穹での立場は大きなものになるだろう。
昊王は自分をも越える昊黒烏を、恐れたのだ。
しかしその判断は、壬宇にとって都合が良かった。
この顔を、他に晒してはならない。
自分だけのものにしたい。
昊黒烏を自分のものにする。誰にも渡さない。
かつて壬宇は、雷司白帝になるために日々尽力していた。しかし昊黒烏が現れてからは、全ての意識が彼へと向けられていく。
それでよかった。全てを昊黒烏に捧げて、そして手に入れたかったのだ。
しかし容易いと思ったそれは、思いのほか上手くはいかなかった。
彼に対して情を抱く者は、壬宇だけではなかったからだ。
黒羽の者らは昊黒烏に親しくし、紗々妃や王太子、中でもその弟である瀾鐘は、昊黒烏をいつも気に掛けていた。
黒羽だけではない。昊穹の中にも邪魔者はいた。
壬宇の兄である雷司白帝は、他の天上人と違い、昊黒烏をまるで我が子のように可愛がった。
やがて自らが昊王になると、昊黒烏から仮面を取り去り、彼に地位をも与えた。そんな兄へ、昊黒烏も信頼を向けていたように思う。
そして兄は、昊黒烏の居を禁忌地区である冥府にも造った。
人当たりの良い昊黒烏は、直ぐに冥王と親しくなり、冥府へと入り浸るようになった。冥府には許可が無いと入れず、昊穹の宮からも遠い。
昊黒烏と会える頻度が減るのが、壬宇にとって一番の苦痛だった。
兄も、冥王も、黒羽の者らも、全て邪魔だ。
それらは壬宇の瞳にべったりと付着し、取り払えない曇りに成り変わっていった。それが敵意に変わり、壬宇と天上人たちの間には、軋轢が生まれ始める。
雷司白帝になるには人脈が不可欠だ。しかし感情を抑えきれない壬宇は、孤立していく一方だった。
そんな壬宇に手を差し伸べたのは、他ならぬ昊黒烏だった。
昊黒烏は壬宇が雷司白帝になれるように尽力し、いつも支えてくれた。
絶えず笑顔を向ける彼には、自然と人が寄ってくる。彼の近くに居れば、壬宇も自分の力を最大限発揮できた。
壬宇が雷司白帝になれたのは、ひとえに昊黒烏のお陰だろう。
しかし昊黒烏は、壬宇に特別な情を寄せることは無かった。
彼の心はいつも、別の何かに向いている。
自分でもない、黒羽の者でもない、誰かに。
許せなかった。
どうして、と何度も問うた。
そして問う度に、昊黒烏はこう答えるのだ。
『私の身体も力も、全て昊穹に捧げているよ。……ただ、心だけは私のものだ』
昊黒烏にとって壬宇は、昊穹の中のひとつでしかない。彼の尽力は、壬宇が昊穹の者だからだ。
昊黒烏の魂は、心は、いつも違うどこかを見つめていた。そして彼は、そのたった一つの何かの為に、魂を砕く。
壬宇はその存在が疎ましくて仕方がなかった。
*** 第三章 黒羽の朧宮主 ***
『寝台で泳ぐ』
まさにそれを実践している五狼を見ながら、葉雪は大きく溜息を吐いた。
ため息を吐いたところで、状況が変わるわけではない。しかし今のところ打つ手は見つからなかった。
黒羽に来てから数日が経ったが、葉雪は未だにこの立派な宮に留め置かれていた。鵠玄楚は姿を見せず、ここに連れて来られた理由は不明のままだ。
頭をかりかりと掻くと、目の端で自身の真っ白な髪が揺れる。ちらりと視線を上げると、文衛の仮面が行儀よく衣桁に掛けられ、こちらを見つめていた。
葉雪は今、何の変装もしていない。昊黒烏そのものの姿で、黒羽にいる。
この状況の緊急性が、どうも量れずにいる。
(……私の正体は……ばれているのか? いや、そんなはずはないと思うが……)
昊黒烏の素顔を鵠玄楚は知らない。仮に何者かの手によって葉雪が昊黒烏と知らされたとしても、黒羽に連行される理由が分からない。
「……でも文衛の私を、ここに連れてくるのも妙だよな……」
ぽつりと零すと、五狼が掛布から顔を出した。こてんと首を倒し『どうした』と表情で問いてくる。
その愛くるしさは、葉雪から思考を断ち切るに十分だった。思わず抱き上げて、そのもふもふに顔を埋める。五狼が尻尾を振って喜ぶので、つい葉雪もそのまま彼と戯れてしまう。
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