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第二章 執念の後、邂逅へ臨む
第38話 大主
しおりを挟む「…………伏せろ!!」
葉雪が鵠玄楚へ体当たりするように身を寄せると、背後を熱波の塊が通り過ぎた。
振り返ると、こちらに敵意を向けている辰炎が見える。
彼は拘束していた文衛を燃やし尽くし、こちらをぎらぎらと睨みつけていた。
辰炎は名の通り、炎を宿した昊力の使い手だった。しかし下級に堕とされた時、昊力を奪われているはずだ。
(……こんな強力な術、本来なら使えないはず。……なぜ……)
辰炎は凶悪な表情を浮かべ、地を這うような声を放つ。
「なぜその男を庇う!? この昊穹に仇を成そうとしている男だぞ!」
「馬鹿を言うな! 黒羽王は賓客だぞ! お前こそ招かれざる者だろう!」
葉雪は体勢を立て直し、辰炎へと向き合う。
しかしどうしてか、側にいた鵠玄楚が、掴んだままの腕を放そうとしない。
未だに目線は葉雪へと向いていて、まるでこの騒動が目に入っていないように見える。
痛むほどに握られた腕を、葉雪は揺り動かした。そして言い聞かせるようにして口を開く。
「この手を放してくれ。あいつは昊穹が処理するから」
「……お前は、いや、あなたは……」
「たーしゅ!!」
聞こえてきた声に、葉雪はひゅっと息を吞んだ。咄嗟に鵠玄楚の腕を振り払い、声の方へ振り返る。
小さな神獣は葉雪を見ると、こちらへ一目散に駆けて来た。
彼は身につけたばかりの昊力を滾らせ、辰炎へと牙を剥いている。
葉雪は駆け出しながら、声を放った。
「こっちに来るな、五狼! 九兎、止めろ!!」
五狼の後ろから付いて来ていた九兎だったが、狼の脚力にはやはり追いつかない。
五狼はまだ、神獣になりたてだ。まだ昊力も安定していない中で戦うのは早い。
しかし彼の主は未だに葉雪であり、彼は葉雪の危機があれば命を賭して立ち向かおうとする。
辰炎に飛び掛かろうとする五狼に、葉雪は必死で手を伸ばした。
寸でのところで抱き込むと、背中に焼きつくような痛みを感じる。
「……っぁ、ぐ……ッ!!」
五狼を抱いているため、葉雪は受け身もできないまま跳ね飛ばされた。
遠のいていく意識の中、五狼だけは離すまいと、腕に力を込める。
地面に叩きつけられるかと思いきや、ふわりとした感覚が身を包んだ。
*****
先程まで横にいた文衛が、小さな神獣の元へと駆けていく。
止めなければ、と思うのに、身体が動かない。
頭に甦った声は、自身が塵竹だった頃の声だ。
『______ お前は4番目の狼だから……四狼だ』
『……師匠……いつもながら、安直な名付けですね』
『この子たちは、いずれ私を離れ、新たな主に仕える。……情が籠った名など、つけられん』
記憶の中にある彼は、ただただ美しい。しかしそこには揺るぎない強さがあった。
無駄なく鎧のように鍛えられた身体、精錬された鋼のような精神。
男として憧憬せずにはいられない、強く美しい男。それが昊黒烏だった。
まさか、と何度も思い、何度も打ち消した。
このか弱い文衛が、彼のはずが無いと。
認めたくなかった。
『____こっちに来るな、五狼! 九兎、止めろ!!』
しかしあの言葉で、認めざるを得なかった。
全ての神獣の生みの親、昊黒烏でなければ、二つの神獣を御せるわけが無い。
*
「……ああ……どうして……」
鵠玄楚は膝を付いて、受け止めた小さな身体を抱きしめる。
未だにこれが彼の身体だとは、信じ難い。
力を失くした頭を支えると、彼の顎には未だに涙の痕が見えた。
許しを乞うようにそこを拭っていると、中庭に冷たい覇気が漂う。
「辰炎を捕らえよ!」
多くの文衛を従えて中庭へ現れたのは、冥府の長である冥王だ。
灰色の長い髪が、まるで冷気を纏っているかのように揺れ動く。
彼がいるだけで中庭の空気は凍てつき、辰炎の昊力も、燻っていた炎も、瞬時に消滅する。
冥王は鵠玄楚の前に立つと、腕の中に居る葉雪を見た。
面布で顔を隠しているが、彼が動揺していることが伝わって来る。
「黒羽の王よ。その文衛を、こちらに」
「……」
鵠玄楚の心に湧き上がったのは、抱えきれないほどの自責の念。そしてそれを上回る怒りだった。
く、と喉を鳴らすも、低く唸るような声しか生まれない。
葉雪を抱いたまま立ち上がり、鵠玄楚は冥王へと向き合う。
「____ 昊黒烏の無実を明言してほしい。あなたはそう仰いましたね?」
「そう……だが、なにを……」
冥王の顔色が一瞬にして変わる。色のない唇が震えるのが見えた。
「ではお聞きしたい。昊黒烏は今どこにおられるのです? 昊殻に戻すおつもりなら、居場所くらいはご存じでしょう?」
「……彼は……」
「……っは。そこで言い淀むなよ、冥府の王」
鵠玄楚は低く言い、今度こそくつくつと喉を鳴らした。
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