天上人の暇(いとま) ~千年越しの拗らせ愛~

墨尽(ぼくじん)

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第二章 執念の後、邂逅へ臨む

第31話 緑刑

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 葉雪は動きを止め、階段を上っていく彼を見上げる。

 禄命星君から聞いた話では、葉雪の運命簿はここにはない。しかしそれを鵠玄楚に言う訳にはいかなかった。どうして知っている、と問われるに違いない。

(……そもそも、どうして私の運命簿を……)

 鵠玄楚は階段の中央まで来ると、目を閉じて手を掲げた。全ての運命簿が淡く光るが、呼応する冊子はない。
 鵠玄楚が怪訝そうに眉を寄せ、自身の手に視線を落とす。

「……ここには無いだと? そんなことは……」

 鵠玄楚は俯いたまま、暫く黙り込んでしまった。

 疑問に思うのも無理はない。昊穹にいた昊黒烏の運命簿は、通常であれば冥府の管理下にあるはずだ。
 まさか四帝と同じく、天冥府にあるとは思うまい。

(……私の転生先を知りたいのか? ………もしや復讐のため、か……?)

 鵠玄楚は姉の復讐を果たすため、昊黒烏(葉雪)を探しているのかもしれない。
 もしも人間に転生していれば、昊穹の保護は無く、昊力も使えないはずだ。復讐も容易くなるだろう。

 そこまで鵠玄楚を追い込んでいたのかと、痛んでいた肺と共に、胸もしくしく痛み出す。
 
 暫く黙り込んでいた鵠玄楚が、ひらりと階段から飛び降りた。
 彼は難なく床へと降り立ち、床に座り込んでいた葉雪へ視線を落とす。

「……昊黒烏殿が、どんな罪で追放されたか知っているか?」
「……昊穹を裏切った罪だ」
「確たる証拠が無かったと聞いている」
「そんな事は無い。……やつは自供したんだ。塵竹が間者だと知っていたと」
「……なんだと!?」

 過剰に反応する鵠玄楚を見て、葉雪は心中複雑な思いに囚われた。

(……やはり、知らなかったか。この件は他に漏らさないようにしているんだろうな……)

 塵竹は間者である。
 当時、確かに葉雪はそう自供した。
 そうせざるを得なかった理由は、自分の心だけに秘めている。誰にも知られてはいない。

 しかし鵠玄楚からすれば、この情報は聞き流す訳にはいかないだろう。

 彼は冥王から『昊黒烏の無実を明言してほしい』と言われているのだ。
 自供したという事実を知っていれば、返す言葉も対応も違ったものになっていただろう。


 そもそも鵠玄楚に昊黒烏の無実を証明させるなど、葉雪にとっては寝耳に水だった。
 
(……私を昊穹へ戻したがっているのは知っていたが、まさかその助けを鵠玄楚に依頼するとは……しかも公の場でそれを口にするとは……)

 宴の間での冥王の発言を、炎司朱帝も咎めなかった。
 四帝の中で最も権力を持つ彼が何も言わなかったという事は、昊穹全体が昊黒烏の復帰を望んでいるという事だ。

 葉雪にとって由々しき自体である。葉雪は料理人であり、復職など望んでいない。


 今になって考えてみれば、鵠玄楚は昊穹の思惑に巻き込まれた被害者とも言える。
 昊黒烏の無実を証明するなど、鵠玄楚にとっては何の得もない。
 ならば、と葉雪は鵠玄楚へ口を開いた。

「塵竹の運命簿は、本当に黒冥府になかったのか? 昊黒烏本人が証言しているのだから、塵竹は間者だったのでは?」
「そんなはずはない」
「どうして言い切れる? あなたが試練で不在していた時に、黒羽の誰かが画策したのかもしれないだろ」
「昊穹を害しようとしている者を、昊黒烏殿が排除しないわけがない!」
「いいや、現に塵竹は炎司朱帝を害している。昊黒烏は昊殻の長という責任ある位置に居ながら、その責務を全うできなかったんだ。そして彼は自供した。これは紛れもない事実だ。昊黒烏だって失敗するんだ」
「……っ!」

 鵠玄楚が、燃えるような橙の瞳を見開く。

 鼻梁には皺が寄るほど眉根を引き絞り、握った拳は僅かに震えている。

(……怒っている? それとも、悲しんでいるのか?)

 鵠玄楚の髪が、彼の心情を現しているかのように、ざわざわと波立つ。

「……昊黒烏殿は、追放されただけか?」
「……? ああ、緑刑の後、人間界に堕とされたと聞いてる」
「緑刑? ……追放の前に刑を受けたのか?」
「数年間だと聞いている。その後は知らん」

 鵠玄楚は卓に凭れるように肘を付き、長い指を書見台にとんとんと叩きつけた。
 忙しなく刻まれる音は、焦っている自分を鎮めるためのようにも思える。

 そして思考を整理するかのように、鵠玄楚はぽつぽつと呟き始めた。

「……緑刑……。あらゆる毒物で満ちた森に幽閉され、毒に身を浸さなければならない刑……。毒が身体を蝕み、通常ならば人間界に堕ちる前に身体は朽ち果てる。……しかし彼には、毒が効かないはず……」

(……うん?    良く知ってるな……?)

 鵠玄楚のつぶやき通り、葉雪には毒物が効かない。

 司天帝と共に過ごした幼少期、葉雪はありとあらゆる毒物に耐性をつける訓練をしていた。少量ずつ毒を摂取し、身体を慣らしていったのだ。
 今では致死量以上を摂取しても、死なない身体になっている。

 しかしその事実を、鵠玄楚が知っている事は驚きだ。
 特に秘匿している事項でもないため、昊黒烏の情報として持ち合わせていたのかもしれない。

 鵠玄楚は一頻り呟いたあと、葉雪を見下ろす。

「……彼は大丈夫だったのか?」
「さぁ、知らないな。案外あっさりとくたばったんじゃないのか?」
「……チッ、貴様ら天上人は、本当にクソだな」

 卓から身を離し、鵠玄楚は葉雪を侮蔑を含んだ目で見下ろした。
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