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第二章 執念の後、邂逅へ臨む
第29話 そう上手くはいかない
しおりを挟む部屋に入ってきたのは冥府の文官が3人、そして一人の文衛だ。
文衛の姿を見て、鵠玄楚はついと眉山を高くした。
冥府に属する文衛は、白い頭巾付きの外被で身体を覆い、顔には鳥の仮面を付けている。その異様な出で立ちを、鵠玄楚は懐かしい思いで見つめる。
塵竹だった時、昊黒烏はよく冥府へと出入りしていた。
文衛らが管轄する書庫にも足繫く通っており、塵竹は昊黒烏の読書に付き合うことは珍しくなかったのだ。
(……いつ見ても、奇妙な面だな。……あの人は好きそうだったが……)
昊黒烏は冥府に来ると、文衛の仮面を興味深そうに見ていた。その表情がきらきらしていた事も、鮮明に思い出せる。
鵠玄楚は長椅子に座り直し、文衛らへと向き合った。跪いた文官の一人が、恭しく口を開く。
「黒羽王、冥府にお越しいただき光栄に存じます。書庫などをご覧になりたい場合は、遠慮なく私どもにお申し付けください」
「ご協力に感謝する。……なにしろ魂の管理に関しては素人だ。冥府の書庫で、十二分に学ばせてもらう」
「誠心誠意、お手伝いさせて頂きます」
揃って頭を垂れ、文官らは去っていく。
(……あの仮面……手に入れておくか。あの人が喜ぶかもしれん)
千年巡り巡って、やっと自分として会うことが出来る。
鵠玄楚はこれまでの記憶を総動員し、昊黒烏の好きそうなものを片っ端から取り寄せている。全ては彼を喜ばせるためだ。
その一つとして、文衛の仮面も手に入れておくべきなのかもしれない。
「ところで主」
「ああ?」
「もしも昊黒烏様が、人間界に転生していた場合……姿かたちが変わった昊黒烏様に、主は気付くことが出来るのですか?」
「当たり前だ。何回転生したと思ってる。……確かに今回は業生の試練ではないが、自信はある」
自信満々に言い放つと、海市は「そう上手くいきますかねぇ?」と、小さく肩を竦めた。
***
鵠玄楚の部屋から自室に戻った葉雪は、仮面を外しながら深く息を吐く。
「はぁ、良かった。勘付かれなかった。まずは第一関門突破か」
外被も脱いで衣桁に引っかけ、葉雪は寝台へと身体を沈ませる。
鵠玄楚と対面することで、文衛の招待が昊黒烏と気付くかもしれない。そう危惧していたが、幸いなことに杞憂に終わった。
(……そもそも、私の素顔は見せないままだったし……そんなに長い付き合いでもなかったしなぁ)
鵠玄楚が青年だった頃、葉雪は仮面をつけていた。先代昊王の指示であり、人前でその仮面を外したことは無かったのだ。
当時の記憶はあまり明るいものでは無いが、瀾鐘という存在は葉雪にとって鮮やかなものだった。
そういう意味では、葉雪にとって瀾鐘は特別だったのである。
しかし瀾鐘からすれば、葉雪は只の知り合いに過ぎない。おまけに今は憎まれもしているのだ。
800年前のことなど、記憶にも残っているどころか消し去りたいのかもしれない。
「……それにしても……疲れた……」
葉雪の身体は、未だ本調子では無かった。内傷というものは、そうそう簡単に治るものでは無い。
魂には、それを保護する膜がある。そこが傷つくことが内傷であり、そこを直接治癒する方法はない。
傷の規模に関わらず、身体に大きな影響を及ぼすものだ。身体の不調に合わせた薬はあるが、元が治るわけではない。
しかし伏せっていれば、また雷司白帝が足繫く通うだろう。
四帝である彼には、出来るだけ派手に動いて欲しくはなかった。
幸いなことに内傷の具合というものは、傍目から見て分かるものではない。当の本人が言わない限り、または倒れでもしない限り、不調を知られることは無い。
(……もう今日は、このまま寝てしまおう。……風呂はもういいや)
ずり、と身体をずり上げ、葉雪は枕に頭を付ける。
畳んである掛布をずぼらにも脚で手繰り寄せようとすると、何かが足指に触れた。
ふわりふかふかと温かい。感触は最高だが、明らかに掛布ではない。
「……ん?」
「たーしゅ」
「だーめっ、たいしゅはねんねなの!」
目線を下に移すと、白い毛玉が二つ、もそもそと動いていた。その一つが葉雪に近付こうとするが、もう一つがそれを阻止するように絡みつく。
もはや一体化した毛玉にしか見えないが、もつれながらころころと目の前まで転がってきた。
白い毛玉から、三角の耳と長い耳が一対ずつ、ひょこっと現れる。同時にくりくりとした二対の丸い目も。
「たーしゅ」
「たいしゅ。おせわにまいりました」
「九兎か。……それとお前は……」
長い耳の毛玉には見覚えがあった。兎の神獣の中で最年少である九兎だ。
しかし共にいる毛玉には見覚えがない。
白く長い毛並みに、犬のような三角の耳、強さを感じるまん丸の瞳。彼は葉雪の首元に頭を擦り寄せ、ぐるぐると喉を鳴らす。
九兎はその様子を不満げに見ながら、長い耳を動かした。
「たいしゅ。こいつはまだ名をもらっていません」
「……ああ、あいつか! 王都で堕獣になってたやつな! 無事に辿り着いていたか」
毛玉はごろごろと喉を鳴らし、腹をみせて手足をわきわきと動かす。その可愛さに頬が緩むが、これでは狼ではなく猫である。
葉雪は堪らず笑い声を零し、そのふかふかの毛並みを撫でた。
「ははは、随分可愛い姿になったな。……それにしても名が無いなんて不便だったろう? 四帝の誰かに付けてもらえば良かっただろうに」
「名づけは、たいしゅからと決まっています!」
「そうは言っても……もう私は昊穹の者では無いのだから……」
「たーしゅ、な、ほしー、ほしい」
腹を見せながらきゅうんと鳴かれ、葉雪はその可愛さに身悶えた。ぎゅっと胸元に抱きしめたあと、不満げにしている九兎を手招きする。
二匹まとめて抱きしめて、葉雪は掛布を引き上げ、自分ごと二匹をすっぽりと覆った。
「……えーっと、狼の神獣は何体目だったか?」
「たいしゅ、5たいめでございます!」
「そうか、九兎ありがとう。では……『五狼』だな」
あまりに安直な名付けに、我ながら苦笑いが漏れる。しかし五狼は嬉しいのか、掛布の中で尻尾をぶんぶんと振った。
やがて彼の身体が淡く光り、じんわりと温かくなる。
名付けは、その神獣を定着させる大事な儀式だ。
本来なら掛布の中などで済ませるべきではないのだが、今の葉雪の状況では致し方ない。
五狼に力が満ちるのが、彼の体温から伝わって来る。葉雪は毛玉に鼻を埋もれさせ、小さく笑った。
「……よし、これで五狼も……昊力が、つかえる、はず……立派な神獣に、なれよ…………ふわぁ……はふ」
「たいしゅ? お眠りになりますか?」
「うん。ちょっと疲れたな……」
神獣の名付けは簡単に見えて、かなりの労力が必要だ。疲れ切っていた身体が、睡眠をこれでもかと欲しがる。
九兎がもぞもぞと掛布の中で藻掻く。
「きゅうとはおせわをしなければ! ろうそくをけして、それからすみに火を……」
「良い良い、寝ておけ」
葉雪が細く息を吐くと、部屋に灯っていた蝋燭がじんわりと、まるで己で己の火を鎮めるように消える。
目をぱちくりさせる神獣らを更に抱き寄せて、葉雪は安堵の吐息を吐いた。
「はぁ、お前たちのおかげで……温かいよ。……おやすみ、可愛い獣たち」
「……たいしゅ……」
「たーしゅ、だーすき」
「っぶ、ぶれいな! したっぱのぶんざいで……」
可愛い声の掛け合いを聞きながら、葉雪は穏やかにやってきた睡魔に身を任せた。
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