26 / 39
第二章 執念の後、邂逅へ臨む
第26話 黒羽の王
しおりを挟む***
鵠玄楚の謁見は司台殿で行われ、後に宴が開かれた。
上級の天上人が集められ、一段高い座に四帝と冥王が横一列に座る。
その他は通路を挟んだ脇にずらっと並ぶだけだ。葉雪も『その他』に紛れ、久々に見る四帝を見上げた。
四帝の一人である雷司白帝の壬宇は、いつものように左端の席に座っている。右隣に地司黄帝、炎司朱帝が続き、風司紫帝、そして冥王と続く。
(……げ、炎府の古狸まで来てるじゃないか。何も勢揃いしなくても良いだろうに……。新しい黒羽の王の事が、さぞかし気になるんだろうな……)
宴の間には、衛兵の姿も多く見受けられた。
新勢力になり得る鵠玄楚を警戒しての事だろうが、黒羽側も閉口するほどの露骨な警戒態勢となっている。
四帝が席について間もなく、鵠玄楚は数名の従者を引き連れて宴の間に入ってきた。
葉雪にとっては800年ぶりの再会だ。しかしその再会は、懐かしさよりも驚きが勝った。
鵠玄楚は漆黒の衣を身に着け、ゆっくりと通路を進む。
群青色の髪は僅かに癖があり、緩く波立っている。しかし毛質は上等な絹のようで、艶々と光を纏わせながら、彼の腰の上でゆったりと揺れ動いた。
雄々しい眉山を描いた美眉、そのすぐ下には燃えるような夕焼け色の瞳がある。鼻筋は男らしい高さで、唇は薄く大きい。
(……これは……立派になったな……!)
青年期の鵠玄楚とは、大きく印象が違う。
葉雪より少し大きいほどだった身体も、四帝にも負けないほどの大きな体躯になっている。
どこをどう切り取っても美丈夫で、纏う空気もどっしりと威厳に溢れていた。
鵠玄楚は四帝の前に立つと、佩いていた剣に手を添え、ゆっくりと腰を折った。
「黒羽王、鵠玄楚でございます。このような席を設けて頂き、感謝いたします」
鵠玄楚は言い放ち、自身の卓へと座る。それを合図にして、雷司白帝が酒杯を手に立ち上がった。
「黒羽の王よ。試練を終えられた事、昊穹としても喜ばしい。祝杯を捧げよう」
鵠玄楚は口元に笑みを浮かべると、同じく酒杯を捧げ、一気に煽る。
彼の所作は貫禄があり、800年もの間、試練に身を投じた者にはとても見えない。
四帝をも呑み込まんとする存在感に、誰しもが気圧されているのが分かる。
鵠玄楚は悠然とした微笑みを湛え、四帝にも臆さず口を開く。低いが、耳を撫でるような艶を持った声だ。
「試練に多くの時を費やし、昊穹の方々にもご迷惑をお掛けしました。これからは屠淵池の管理にも本腰を入れますので、瘴気も少しは治まるでしょう」
「先代の黒羽王が急逝し、力の継承も困難だったろう。さぞ激烈な試練だったんだろうな」
「……そうですね。それはもう」
意味深な笑顔を浮かべ、鵠玄楚は手酌で酒を注ぐ。四帝を前にして少々不遜な態度だが、その男っぷりが気持ちよく、誰もが彼を咎めない。
しかし雷司白帝としては、彼の一挙手一投足が気になるところなのだろう。雷司白帝は鵠玄楚をしっかりと見据えた後、卓へと座り直した。
手酌で注いだ酒を飲み干した鵠玄楚は、葡萄を一粒口に放り込んだ。それを咀嚼しつつ、四帝が座る辺りをぐるりと見回す。
「……して、昊黒烏殿は何処に?」
それは誰もが予想していなかった問いだった。
四帝の顔色は変わり、近くの卓から酒を拝借していた葉雪は、あやうく酒杯を落としそうになる。
鵠玄楚は何食わぬ顔で、また酒器に手を伸ばした。
「昊王や四帝の側には、いつも昊黒烏殿が控えていましたよね? 謁見が行われた司台殿にもいらっしゃらなかった」
「……それを知って、どうするつもりだ?」
これまで黙していた炎司朱帝が、酒杯を卓へと叩きつけるように置く。
古株である炎司朱帝は、四帝の中で最も権力を持つと言われている。彼は威圧的な姿勢を隠すことなく、鵠玄楚へ言葉を放った。
「なるほどな。あやつがどうなったか、黒羽が一番気になっているところだろう」
「何の事です?」
「150年前、昊黒烏の部下である塵竹という男が、私を害した。お前は試練中だったが、黒羽が関与している証拠があった。報告は受けているだろう?」
「……あの件なら、こちらは関与していないと申していたはず。塵竹という男の運命簿は、黒羽には存在しない。故に黒羽の民ではない」
鵠玄楚は卓へと片肘を付き、まっすぐだった姿勢を僅かに低くした。そして再度「して、彼は?」と問う。
炎司朱帝はふんと鼻で笑い、忌々し気に舌打ちを落とした。
「追放したに決まっているだろう。昊黒烏は塵竹を右腕として従えていた。この責任は重い」
「……追放……?」
鵠玄楚が驚いたように目を見開く。
応援ありがとうございます!
114
お気に入りに追加
347
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる