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第二章 執念の後、邂逅へ臨む
第22話 寂しいひと
しおりを挟む葉雪は胸が痛んで、深く俯くいた。すると司天帝は腰を折り、葉雪の両目をじっと見据える。
『お前には、お前を想う魂がある。そしてその魂は、お前のために生きると決めた。これは生き物として、一番幸せなことだ。お前は片割れに恥じぬよう、お前の人生を生きよ』
『……』
物心ついた時から、何かを求めてならなかった。その何かを想うと、心が痛んでしょうがなかった。
その感情が何かが分からず戸惑っていたが、葉雪はやっとそれが『寂しい』だと理解した。
そして相手が、その片割れの彼が同じ気持ちだと思うと、『嬉しい』が込み上げてくる。
『分かりました。葉雪はもう泣きません。お役目を務め上げ、この生涯を、全てをこの世に、司天帝に捧げます。……しかし恐れながら、お願いがございます。これ以上は何も乞いません』
『言うてみよ』
『彼の試練を、少しでも構いません……助けたいのです。彼の願いは、葉雪の願いでもあります』
見上げて言うと、司天帝の顔に陰りが落ちた。
単に雲が太陽を覆い隠しただけだったが、葉雪は彼の表情が見えず、不安が胸を過る。
『し、司天帝……?』
『葉雪、お前は何を言っているか解っているのか? 先ほどお前は、私に全てを捧げると申した。しかし一方で、その片割れを想っている。捧げようとしている。その罪を、お前は理解しているか?』
『っも、申し訳ございません……!』
葉雪は跪き、頭を地面に擦りつけた。背中には冷汗が浮かび、首元がぴりぴりと痺れる。
司天帝の声に怒りの感情は無いが、心底恐ろしかった。
不遜を買い、自分だけでなく彼まで消されるのではないか。それが怖くて堪らなかった。
『……っ言葉に偽りはございません! 私、葉雪の生涯は全て捧げます。……ただ……』
『怒っているのではない。ただ、驚いただけだ』
おずおずと司天帝の足元を見ると、そこには元のように暖かな陽が差していた。
顔を上げると、司天帝は本当に驚いたような表情を浮かべている。
そんな顔を見るのは初めてで、葉雪はきょとんと目を見開いた。
司天帝は数度、まるで何かを自分に問いかけるように頷き、その薄い唇を開く。
『良し。……お前の初めての望みだ、叶えよう。しかしこの望みは、お前にとって試練のようなものだ。お前の役目はただでさえ過酷。本当に後悔しないか? この試練は辛く、救いがない。それでも望むか?』
『はい、私の唯一の望みでございます』
『……まったく、呆れたやつらだ』
顔を上げると、司天帝が苦く笑っていた。その表情の隅には『寂しさ』が薄く滲んでいる。
葉雪の胸が、彼を想うときのようにつんと痛む。
どうしてか葉雪も寂しくて、生涯かけてこの人の味方でいようと、葉雪はその日誓ったのだ。
(……あれから千年……。やっと終わったんだ……)
司天帝の言葉通り、葉雪は初めて彼の最期に立ち会った。
何度目か分からない転生で彼は雲嵐となり、そしてその最期を、葉雪は見送ったのだ。
試練が終わり、彼の魂は消滅してしまった。
千年も苛烈な人生を生きた魂だ。
とっくに脆くなっているだろうに、良く最後まで耐えたと、葉雪は彼を心から誇りに思う。
彼は彼の願い通り、最期は葉雪に会いに来てくれた。これ以上嬉しいことがあるだろうか。
もう思い残す事は無いほどに。
瞼を閉じたまま、感慨にふける。しかし枕元の男は、葉雪に向けて呟き続けていた。
「……お願いだ葉雪、私を見ておくれ。どうしてお前は……」
(……ったく、相変わらずうるさいな……)
その呟きを子守唄にしながら、葉雪はまた意識を傾け、沈めた。
***
「___せつ」
意識がふっと浮き上がる。先ほど沈んだばかりと思っていた葉雪は、まだ目覚めたくはなかった。
「しょ……せつ……葉、雪。葉雪、葉雪、葉雪、しょうせつー-ッ!」
「っ……うるせぇッ! っつ……!」
喉が引き攣り、葉雪は激しく咳き込んだ。咳き込むたびに身体のどこかしこが痛み、寝台の上で何かを庇うように丸くなる。
声の主は葉雪の背中を撫でながら、更に騒ぎ立てた。
「うわぁぁぁ! み、みんなぁ! 起きたぁぁぁ!」
薄く開けた視界に、白い面布が映る。冥王だ。
起こした張本人であるはずの彼は、なぜか慌てふためき、薄い面布を揺らしながら叫んでいる。
一方の葉雪は、目覚めたての身体に適応出来ていなかった。
四方から殴られているかのような頭の痛み。耳は過敏に冥王の声を拾い、身体は軋んで思うように動かせない。
脂汗を垂らしていると、今度は違う声が耳に響いた。
「な、何してるんですか!」
「禄命星君! 見て、葉雪が!」
「見て! じゃないですよ! 静かにするようにと、あれほど……!」
禄命星君が連れてきたのか、医官が葉雪の側へと駆け寄り跪いた。
上体を抱き起こされ、口元に匙が寄る。口を開けると、とろりとした液体が喉まで落ちていった。
錆付いていた喉が薬で潤っていくが、禄命星君と冥王の言い争う声が耳を穿つ。
「まだ身体が回復していないから、無理に起こすなと言っておいたでしょう!」
「だって葉雪、瞼がぴくぴくしてた! 声をかければ起きると思ったんだ!」
「先日もそうして、雷司白帝に酷く叱られたでしょう!? もうお忘れですか!」
「あいつの言うことなんて聞かない!」
二人の言い争いを聞きながら、葉雪は弱々しい溜息を吐いた。
冥王は紛れもなく煩いが、それを咎める禄命星君も煩い。彼らの言い争いに身体が疼く。
本来なら二人に聞こえるくらい、それも最大限の当てつけのような溜息を吐き出したい。しかしこの身体では、それすら叶わない。
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