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第二章 執念の後、邂逅へ臨む

第21話 出会うために生まれ変わる

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***

 身体が痛い。辛い。哀しい。苦しい。荒くなった呼吸音が煩い。思考が定まらない。
 これは、終わりを示す痛みだ。
 しかしそれでも、この身体は魂を生かそうと必死で動き続ける。葉雪を生かし続ける。
 どんなに魂が死にたがりでも、肉体はいつも生にしがみつく。

「司天帝、どうか……葉雪をお救いください」

 耳元で、誰かの震える声が響く。冷たい指が葉雪の額に触れ、まるで熱を取り払うかのように輪郭を撫でる。頬にまで滑った指は、そこを何度も行き来した。

「葉雪、もう泣かないでおくれ。……どうしてそんなに泣くんだ……」

(……泣いてる……?)

 私が? と自身の頬に手を伸ばそうとしたが、身体は全く動かなかった。
 涙を流しているならば、これは誰の涙なのだろう。『彼』か、それとも自分か。

(……それこそ、司天帝に聞くべきなのかもな……)

 この世を統べ、全ての生物の頂点に立つ『司天帝』。神と崇められるその存在は、昊王の前にだけ姿を現す。
 しかし葉雪は、司天帝を知っている。葉雪を拾ったのが彼だったからだ。

 物心ついた時から青年になるまで、葉雪の世界には司天帝しかいなかった。彼の宮には葉雪と司天帝しかおらず、他の者の干渉を受けずに生きて来た。

 幼少期、葉雪は良く泣いていた。庭にある池の淵に立って、司天帝の目を盗んでは泣く。

 自分でもどうして泣いているのか判然としなかった。胸が痛くて、目から雫がぼろぼろと零れる。

 司天帝は幼い葉雪にも厳しかった。彼は愛情の代わりに、葉雪が受け止めきれないほどのいろはを叩きこんだ。

 昊力の使い方、戦い方、その他諸々。まるで、『世界のことを余すことなく知れ』と言わんばかりだった。
 訓練は厳しかったが、しかし葉雪は辛いとは思わなかった。
 それが自分の成すべき事だと、そういう存在なのだと、幼いながら理解していたからだ。

 しかし時折、どうしてか涙が出る。胸が焦がれるように痛むと、涙が止まらなかった。
 この感情が『寂しい』だと教えてくれたのは、司天帝だった。

 ある日の午後、池の淵で泣く葉雪の頭に、司天帝は初めて手を置いた。
 温かかった事を覚えている。その手が大きかったことも。

『____ お前を拾った時、お前には片割れがいた。……そうだな、家族のようなものか。小さいお前を守るように抱いて、別れを知ると、今のお前のように泣いていたな。だからお前も、片割れを想って心が泣くのだろう』
『……家族って何ですか?』
『あくまで例えで、家族というものの定義は曖昧だ。……そうだな、お前の片割れは、お前を心から慈しみ、愛する者だ。……私がお前をここに連れて来る時、片割れはお前と離れたくないと私に訴えた。何でもするから別れたくないと、この私に意見したんだ』

 葉雪は幼いながら、その話に驚愕した。司天帝と共に過ごし、その強大さは身に染みていたからだ。
 彼はこの世の全てで、司天帝に歯向かうという事は、全てを敵に回すという事になる。歯向かうなど、誰が出来ようか。

 司天帝が愉快そうに笑う。
 いつも退屈している彼は、こうして予想外イレギュラーな事を見つけると堪らないらしい。
 司天帝が肩を揺らすと、葉雪と同じ色の髪が背中で波を打つ。そして彼は、その時の事を思い出しているかのように、池の睡蓮を見つめた。

『お前とその片割れでは、生きていく世界が違う。……しかし私は、お前の片割れに機会と共に試練を与えた。業生ごうせいの試練と言うてな、試練の中でも一番辛く、そして救いのないものだ』
『ごうせいの、試練?』
『数多の苦を噛み締める人生を耐え、生き抜くこと。それが業生の試練だ。片割れは苦しい転生を繰り返し、その試練の最終転生の時のみ、お前に最期を見届けてもらう事が出来る』

 業生の試練で待ち受ける転生先は、救いのない苛烈な人生なのだという。その過酷さゆえに、魂が崩壊してしまうことも多い。
 何度も繰り返せば、葉雪の大切な片割れは消えてしまうかもしれない。

『ど、どうしてそんな……酷い……』
『お前は私が創り出した魂だが、お前の片割れは違う。本来なら魂すら持たないものだ。それが魂を与えられ、転生できるだけでも幸運だと思わないか? ……少なくともその片割れは、喜んでおったぞ?』
『喜ぶ? どうして?』
『……お前に、会えるかもしれんからだと』

 口端を吊り上げ、司天帝は葉雪を見下ろす。その表情は穏やかだったが、葉雪は戸惑いながら頭を振った。

 会えるはずがない。葉雪の世界は狭く、不可侵な聖域だ。一方でその片割れが転生するならば、人間界のどこかだろう。

 人間に転生するかもわからない。悪くすれば、動物や虫けらかもしれないのだ。

『お前の片割れは言ってのけた。例え虫けらでも、お前の姿を拝めるかもしれん。何度も転生すれば、一度はお前に触れることも叶うかもしれんってな。嬉しそうだったぞ』
『……業生の試練は、記憶を持ったまま転生出来るのですか?』
『いいや。人間の転生と同じく、まっさらな記憶、肉体で転生する。お前の事など知りもしない状態からの人生だ。……それでも良いと、あいつは言った』
『そ、そんな……』

 片割れは葉雪に会うために転生する。しかし彼は転生すると、葉雪の事を覚えていないのだ。
 意図して会いに来ることさえ出来ない上、葉雪を見ても認識すら出来ないかもしれない。

『きっちり千年、あいつには何度も転生してもらう。そして葉雪。お前がやつを看取ったその時、試練は終わる』
『せ、千年も……』

 千年間で、彼はどれだけの転生を繰り返すのだろうか。その一つ一つが苛烈で救いが無いとすれば、彼は耐えられるのか。
 それに試練を耐えきったとしても、彼に残されたのは死だけではないか。
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