天上人の暇(いとま) ~千年越しの拗らせ愛~

墨尽(ぼくじん)

文字の大きさ
上 下
13 / 60
第一章 最期の試練

第13話 余命幾ばくもない者

しおりを挟む

 店を出ると、更に人出が多くなった街道に葉雪は驚いた。ほとんどの店は開店しており、屋台も出店準備を始めている。
 さすが繁華街だと感心しつつ、葉雪は街並みを眺める。すると様々な方向から視線を感じた。
 恐らく、『どこぞの誰か』を観察している視線だろう。

(……今日は多少目立っても問題ないだろ。誰も明碁亭の料理人なんて気付かないだろうし……)

 明碁亭は繁華街から離れた場所にあるため、ここらに知り合いは居ない。
 厨房で働く葉雪の顔はあまり知られていないし、今日の装いから同一人物だと思われもしないだろう。
 
 運命簿の該当者には、高貴な身分が多かった。今日はそれなりの身分になり切らないといけないが、この変わり身なら問題ないだろう。と、高を括った直後だった。

「し、師匠……!」

 戸惑いを含んだ声が、背後から掛けられる。
 葉雪は岩のように固まり、そして振り向くかどうか大いに迷った。

 このまま気付かない振りをして去れば良い。そう自分に言い聞かせる。
 今の葉雪は料理人白劉帆ではなくて、『どこぞの誰か』なのだから。

 しかし逡巡している間に、雲嵐は葉雪の目の前へと回ってきた。そして葉雪の頭のてっぺんからつま先までを眺め、美しい藍色の目を見開く。
 『人違いでした』という言葉を期待したが、望みは薄そうだ。

「そ、そのお姿は……」
「……えっと……どちら様でしょう」
「何言ってるんですか、白劉帆師匠。師匠の顔を見間違うわけが無いでしょう?」

 不本意だという顔をして、雲嵐は葉雪の唇に視線を注ぐ。
 何か言え、と言われている気がして、葉雪は渋々口を開いた。しかし上手く口が回らない。

「阿嵐、すまん、あのな……。いや、今日は、ちょっと……」
「お供します。私の家はこの辺なんですよ。ちょうど師匠の家に向かおうと思っていたところです」
「いや、今日は色々回らなきゃならないから……」
「私は言ったはずです、明日からずっとお供をすると。……それで? 今日は誰かにお会いになるのですか?」

 雲嵐にぐっと一歩近付かれ、葉雪は踵に重心を移した。

(やっぱり本気だったか……)

 昨晩、別れ際に雲嵐が言っていた『明日からは師匠とずっと』という言葉。あれはやはり本気だったようだ。
 実はその事もあって、葉雪は雲嵐に会わないように朝早く家を出てきている。要は避けたのだ。

 葉雪は普通の人間ではない上、周りを取り巻く環境も異質だ。
 純粋な人間とあまりに距離が近くなると、色々と問題がある。雲嵐に累が及ぶ可能性だってあるのだ。
 葉雪はぐっと踏みとどまり、雲嵐を見据えた。

「……あのな、阿嵐、良く考えろ。お前は料理人としての私しか知らないだろうが、こうして裏側の部分もある。日常生活を偽って過ごしている人間など、信用できないだろう? ……もう私には、関わらない方が良い。そう思わないか?」
「師匠は、男前すぎるから崩していただけでしょう? 偽ってなどいません」

 さも当たり前のように言ってのける雲嵐に、葉雪は顎が外れたかのようにぽかりと口を開けた。
 
「い、いや違う。いや違わん部分もあるが……」

 平凡な料理人として過ごしているのには、様々な理由がある。
 『男前だから崩している』と捉えられるのは、心底不本意である。自意識が過剰な道化のようではないか。

 いや、問題はそこではない。もう関わらないように仕向けようとしていたのに、どうしてそうなるのか。

「べ、べべ別にそれだけが理由ではないし……、そうではなく……」

 ごにょごにょと言い淀んでいると、ふいに雲嵐が手を伸ばした。今日はきっちりと結わえてある葉雪の髪に、優しく触れる。

「髪も、染めているでしょう? 私は鼻が良いので、染料の匂いが分かります」
「む? 白髪頭だから、染めてるんだよ。他意はない」
「まだお若いのにですか?」
「体質だ。放っとけ」

 葉雪の髪色は白なので、嘘は言っていない。今回は言い淀まず答えると、雲嵐の指が下へと移動し始めた。

 細い指が側頭部を通り、耳裏から顎の下へと滑っていく。そして指で葉雪の顎を持ち上げ、双眸を覗き込んでくる。

「睫毛も不自然だ。……もしかして間引いてますか?」
「……」
「それは止めた方が良いのでは? 痛いでしょう? 瞼が赤くなっています」
「……手を離せ。……だいたいお前は、私のことを師匠と呼びながら、扱いがおかしいよな? お前の師匠に対する態度は適切か?」

 葉雪は目線を落とし、自身の顎にある雲嵐の指を見た。
 師匠に顎クイをする弟子など、前代未聞だろう。

(大体こいつ……優男そうに見えて、やること大胆だよな……。さてはやり手だな……?)

 長くて男らしいこの手は、これまで何度女性を虜にしてきたのだろう。そう思えるほど雲嵐の手つきは慣れたもので、経験豊富な猛者に感じる。

 しかしどうしてその手腕を、自らが『師匠』と呼んで接している男に仕掛けるのか。
 葉雪が咎めるような視線を向けると、雲嵐はどうしてか嬉しそうに微笑む。

「あなたはどうして、そんなに可愛いのですか?」
「……かっ……い、いよいよ理解が追いつかん。というかな、お前は私の言っている事を理解しようとしているか? 私はな……」
「お供します。師匠」

 雲嵐が強く頷き、葉雪の顎から指を外す。そしてそのまま拱手の姿勢を取った。雲嵐お得意の、不都合な事は聞こえていない構えスタイルである。

 葉雪が口を開こうとすると、雲嵐がそれを遮るように言葉を続けた。

「師匠の側にいて、どんな命令にも従います。そして師匠がやろうとしている事について、一切聞きません。口外もしません。司天帝に誓い、破れば命を捧げます」
「……」
「どうか……余命幾ばくも無い者の願いと思って、聞き入れてください」

 どく、と心臓が鳴る。気付いたら口を開いていた。

「そういえば……お前いくつだ?」
「今年で21になります」
「……」

 何も言わない葉雪の唇を、雲嵐は注意深く見つめている。唾をひと飲みして、葉雪は小さく頷いた。

「……分かった、許す。付いてこい」
「はい!」

 雲嵐を連れだって歩きながら、葉雪は彼の運命簿を思い出していた。
 雲嵐の余命は、21だ。運命簿通りに行くなら、彼は正に『余命幾ばくもない者』である。

 雲嵐は21歳の秋に、戦場に送られ死亡する。
 出征の指示は、もうすでに受けているのかもしれない。そこで命を落とすかもしれないと、彼自身も覚悟しているのだろう。
 
 運命は変えようとしてはならないが、だからこそ残された時間は悔いのないように過ごすべきだ。

(……なに、三尸の調査だけだ。どうにかなるだろう……)

 相変わらず『なんとかなる』が口癖の自分には呆れかえるが、雲嵐の嬉しそうな顔を見ていると、それもどうでも良くなってくる。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

出戻り聖女はもう泣かない

たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。 男だけど元聖女。 一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。 「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」 出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。 ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。 表紙絵:CK2さま

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

処理中です...