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第一章 最期の試練
第13話 余命幾ばくもない者
しおりを挟む店を出ると、更に人出が多くなった街道に葉雪は驚いた。ほとんどの店は開店しており、屋台も出店準備を始めている。
さすが繁華街だと感心しつつ、葉雪は街並みを眺める。すると様々な方向から視線を感じた。
恐らく、『どこぞの誰か』を観察している視線だろう。
(……今日は多少目立っても問題ないだろ。誰も明碁亭の料理人なんて気付かないだろうし……)
明碁亭は繁華街から離れた場所にあるため、ここらに知り合いは居ない。
厨房で働く葉雪の顔はあまり知られていないし、今日の装いから同一人物だと思われもしないだろう。
運命簿の該当者には、高貴な身分が多かった。今日はそれなりの身分になり切らないといけないが、この変わり身なら問題ないだろう。と、高を括った直後だった。
「し、師匠……!」
戸惑いを含んだ声が、背後から掛けられる。
葉雪は岩のように固まり、そして振り向くかどうか大いに迷った。
このまま気付かない振りをして去れば良い。そう自分に言い聞かせる。
今の葉雪は料理人白劉帆ではなくて、『どこぞの誰か』なのだから。
しかし逡巡している間に、雲嵐は葉雪の目の前へと回ってきた。そして葉雪の頭のてっぺんからつま先までを眺め、美しい藍色の目を見開く。
『人違いでした』という言葉を期待したが、望みは薄そうだ。
「そ、そのお姿は……」
「……えっと……どちら様でしょう」
「何言ってるんですか、白劉帆師匠。師匠の顔を見間違うわけが無いでしょう?」
不本意だという顔をして、雲嵐は葉雪の唇に視線を注ぐ。
何か言え、と言われている気がして、葉雪は渋々口を開いた。しかし上手く口が回らない。
「阿嵐、すまん、あのな……。いや、今日は、ちょっと……」
「お供します。私の家はこの辺なんですよ。ちょうど師匠の家に向かおうと思っていたところです」
「いや、今日は色々回らなきゃならないから……」
「私は言ったはずです、明日からずっとお供をすると。……それで? 今日は誰かにお会いになるのですか?」
雲嵐にぐっと一歩近付かれ、葉雪は踵に重心を移した。
(やっぱり本気だったか……)
昨晩、別れ際に雲嵐が言っていた『明日からは師匠とずっと』という言葉。あれはやはり本気だったようだ。
実はその事もあって、葉雪は雲嵐に会わないように朝早く家を出てきている。要は避けたのだ。
葉雪は普通の人間ではない上、周りを取り巻く環境も異質だ。
純粋な人間とあまりに距離が近くなると、色々と問題がある。雲嵐に累が及ぶ可能性だってあるのだ。
葉雪はぐっと踏みとどまり、雲嵐を見据えた。
「……あのな、阿嵐、良く考えろ。お前は料理人としての私しか知らないだろうが、こうして裏側の部分もある。日常生活を偽って過ごしている人間など、信用できないだろう? ……もう私には、関わらない方が良い。そう思わないか?」
「師匠は、男前すぎるから崩していただけでしょう? 偽ってなどいません」
さも当たり前のように言ってのける雲嵐に、葉雪は顎が外れたかのようにぽかりと口を開けた。
「い、いや違う。いや違わん部分もあるが……」
平凡な料理人として過ごしているのには、様々な理由がある。
『男前だから崩している』と捉えられるのは、心底不本意である。自意識が過剰な道化のようではないか。
いや、問題はそこではない。もう関わらないように仕向けようとしていたのに、どうしてそうなるのか。
「べ、べべ別にそれだけが理由ではないし……、そうではなく……」
ごにょごにょと言い淀んでいると、ふいに雲嵐が手を伸ばした。今日はきっちりと結わえてある葉雪の髪に、優しく触れる。
「髪も、染めているでしょう? 私は鼻が良いので、染料の匂いが分かります」
「む? 白髪頭だから、染めてるんだよ。他意はない」
「まだお若いのにですか?」
「体質だ。放っとけ」
葉雪の髪色は白なので、嘘は言っていない。今回は言い淀まず答えると、雲嵐の指が下へと移動し始めた。
細い指が側頭部を通り、耳裏から顎の下へと滑っていく。そして指で葉雪の顎を持ち上げ、双眸を覗き込んでくる。
「睫毛も不自然だ。……もしかして間引いてますか?」
「……」
「それは止めた方が良いのでは? 痛いでしょう? 瞼が赤くなっています」
「……手を離せ。……だいたいお前は、私のことを師匠と呼びながら、扱いがおかしいよな? お前の師匠に対する態度は適切か?」
葉雪は目線を落とし、自身の顎にある雲嵐の指を見た。
師匠に顎クイをする弟子など、前代未聞だろう。
(大体こいつ……優男そうに見えて、やること大胆だよな……。さてはやり手だな……?)
長くて男らしいこの手は、これまで何度女性を虜にしてきたのだろう。そう思えるほど雲嵐の手つきは慣れたもので、経験豊富な猛者に感じる。
しかしどうしてその手腕を、自らが『師匠』と呼んで接している男に仕掛けるのか。
葉雪が咎めるような視線を向けると、雲嵐はどうしてか嬉しそうに微笑む。
「あなたはどうして、そんなに可愛いのですか?」
「……かっ……い、いよいよ理解が追いつかん。というかな、お前は私の言っている事を理解しようとしているか? 私はな……」
「お供します。師匠」
雲嵐が強く頷き、葉雪の顎から指を外す。そしてそのまま拱手の姿勢を取った。雲嵐お得意の、不都合な事は聞こえていない構えである。
葉雪が口を開こうとすると、雲嵐がそれを遮るように言葉を続けた。
「師匠の側にいて、どんな命令にも従います。そして師匠がやろうとしている事について、一切聞きません。口外もしません。司天帝に誓い、破れば命を捧げます」
「……」
「どうか……余命幾ばくも無い者の願いと思って、聞き入れてください」
どく、と心臓が鳴る。気付いたら口を開いていた。
「そういえば……お前いくつだ?」
「今年で21になります」
「……」
何も言わない葉雪の唇を、雲嵐は注意深く見つめている。唾をひと飲みして、葉雪は小さく頷いた。
「……分かった、許す。付いてこい」
「はい!」
雲嵐を連れだって歩きながら、葉雪は彼の運命簿を思い出していた。
雲嵐の余命は、21だ。運命簿通りに行くなら、彼は正に『余命幾ばくもない者』である。
雲嵐は21歳の秋に、戦場に送られ死亡する。
出征の指示は、もうすでに受けているのかもしれない。そこで命を落とすかもしれないと、彼自身も覚悟しているのだろう。
運命は変えようとしてはならないが、だからこそ残された時間は悔いのないように過ごすべきだ。
(……なに、三尸の調査だけだ。どうにかなるだろう……)
相変わらず『なんとかなる』が口癖の自分には呆れかえるが、雲嵐の嬉しそうな顔を見ていると、それもどうでも良くなってくる。
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