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第一章 最期の試練
第12話 いざ王都へ
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朝方。日も昇って間もない頃に、葉雪は家を出た。
今日は勤め先である明碁亭の店休日だ。本来なら昼過ぎまで寝ているが、今日はやらなければならない事がある。
三尸の件だ。
多くの人間は運命簿に則って人生を歩むが、たまに踏み外す者もいる。そうなると、当人だけではなく周りの運命も変わってしまう。それを監視するために三尸がいる。
存在自体が影の薄い三尸だが、人間にとって重要なものなのだ。何が原因で三尸が動かないのか、突き止めなければならない。
(……さぁて今日は、王都の方にも足を伸ばさなきゃな……)
ここから王都まで、徒歩なら半日掛かる。
馬で行くのも考えたが、王都までの道のりにも運命簿の該当者がちらほら住んでいるのだ。徒歩で様子を見ながら進み、帰りは馬で帰るのが良いと葉雪は考えた。
早朝でも、繁華街に入ると人気が見え始める。清々しい空気と、営みを始めたばかりの町の様子は、葉雪の心を軽くさせた。
葉雪は幼い時から昊穹に住んでいたが、人間の営みというものに美しさを感じる。
心を許せる者同士が寄り添い合い、生きるために働き、喜びや悲しみを分かち合う。どれも昊穹には無いものだ。
街並みを眺めながらゆっくり歩いていると、一人目の該当者が住む家に着いた。そこは繁華街にある服飾店で、もう開店しているようだ。
布地や服飾品が並べられている店内は、鮮やかな色に溢れていた。様々な刺繍がされた布地は、見ているだけでも面白い。
葉雪が熱心に布地を見ていると、奥から夫人が現れた。
どうやらこの店の女主人らしく、当該人物の一人だ。
彼女は葉雪の姿を見ると、僅かに目を見開く。しかし直ぐに驚きの表情を改め、穏やかに笑った。
「何かお探しでしょうか。どなたかの衣ですか?」
「いや、私自身のだ。まともな服がなくてね」
「そちらのお召し物も、素敵ですが……」
女主人が葉雪の服を上から下まで見る。
葉雪は普段、上衣が膝丈までしかない平民服を着ている。しかし今日は、長い袍を身に着けていた。刺繍などは施されていない質素なものだが、布地はそれなりに高価なものだ。
女主人はいくつか布を引き出し、葉雪の目の前に並べ始めた。
「今のお召し物よりこちらの方が、あなた様の髪色に合っているように思います」
「ああ、なるほど。髪色か……それは助かる」
女主人の言葉に、つい笑みが零れる。
葉雪は髪を染色しているのを忘れ、白髪に合わせた服の色を無意識に選んでしまっていた。自身の姿は見えないため、失念してしまうのだ。
薦められたのは、淡緑に簡易な刺繍が施されている袍だった。貴族が身に着けるとすれば少々地味だが、平民が着るには華美すぎる。
「少し派手過ぎないか?」
「とんでもございません。地味すぎるぐらいかと」
女主人は声を落として、穏やかな口調で話す。葉雪への接客態度は、明らかに平民向けのものではない。
(……と、いう事は……合格か)
葉雪はこれから王都まで出向き、当該人物の様子を伺う予定だった。その為いつもの料理人仕様ではなく、多少身なりを整えて出てきたのだ。
いつも垂らしている長い髪を、今日は一つのおくれ毛もないよう、頭の頂で一つにまとめている。それを銀の冠と銀の簪で留め、いつも顔に散らしている黒子も止めておいた。
ただの平民ではなく『どこぞの誰か』に見えるように留意してきたのだ。
女主人がより高価な服をすすめてきたという事は、今日の装いは合格だったと言えるだろう。少なくとも料理人には見えていないようだ。
運命簿の該当者の中で一番先にここを訪れたのは、それを確かめる目的もあった。
「この店で着替えても良いか?」
「もちろんでございます。奥へどうぞ」
女主人が使用人に目で合図をし、葉雪は奥へと案内された。仕切りで囲まれた簡易な試着室ではなく、個室へと通される。
着ていた服を脱ぎながら、葉雪は店内へと耳を澄ませた。女主人と使用人の小さな会話が聞こえる。
「……見たことない御人ですが、貴族でしょうか」
「私も見たことが無いから、恐らく地方の貴族でしょうね。物腰や雰囲気が、一般人とはまったく違うわ。……佩玉は見当たらなかったから、お忍びかもしれない。くれぐれも、失礼のないように。過度な対応も避けた方がいいわ」
「わかりました」
彼女らの会話に葉雪は感心し、心中で拍手をしながら新しい服を身に着ける。
女主人の商売人としての腕はかなりのものだ。目先の利益だけ追求する、がつがつした商売ではなく、長い目で上客を掴んでいくやり方なのだろう。
商才があるのは運命簿で確認済みだったが、この身で体感してみると拍手ものだ。
葉雪は新しい服の襟元を正しながら、店内に続く扉を開ける。
女主人と使用人はこちらを振り向くと、驚いたように目を見開いた。使用人の方は僅かに頬を赤らめ、女主人は感嘆の声を漏らす。
「まぁ、これは……思った以上にお似合いです」
「そうですか。ありがとうございます」
「お世辞などではございませんよ。本当に……その衣を差し上げたいくらいです」
「とんでもない。買いますよ」
葉雪が降参するかのように両手を上げ、困ったように笑って見せると、二人はほうっと溜息のような吐息を零す。
彼女らがこちらを観察している隙に、葉雪は女主人の腹に視線を集中した。
眉間に昊力を集めると、女主人の腹が透けていく。そこに、白く丸まった何かを見つけた葉雪は、更に昊力を注ぎ込む。しかし何の反応も無い。
丸まった何かは、まさしく三尸だ。丸まったダンゴムシのような姿だが、真っ白で節がないのが特徴である。
(……私の呼応に答えないとなると、やはりおかしいな……)
本来ならば、昊力をもって三尸を呼ぶと、彼らは体内から出てくるのだ。しかし女主人の三尸はぴくりともしない。
冥王は三尸が呼応しなければ、指箸で引きずり出せと言っていた。この場では、さすがに指箸は使えない。一人目からこれでは先が思い知らされる。
該当者は10名弱いるが、全ての三尸が呼応しなければ大変な手間になるだろう。
昊力を引っ込めて、葉雪は小さく嘆息した。
「このまま着て行っても良いだろうか? 今日は大切な人に会う予定なんだ」
「もちろんでございます。着ていたお召し物は、お屋敷にお届けしましょうか? それともどこかの宿でしょうか」
「いや、自分で持ち帰るよ。ありがとう」
「では、元のお召し物をお包みしますね」
包みを受け取り代金を支払うと、女主人はまっすぐに葉雪を見据える。その瞳には商売人の熱意が見えた。
「またお越しくださいね。お願いしますよ」
まるで商談相手を口説き落としているような口調で、女主人が葉雪へ言う。葉雪は笑って応え、店を後にした。
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