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第一章 最期の試練
第3話 三尸のストライキ
しおりを挟む目の前の禄命星君が、ずいっと距離を詰める。
「通常、昊穹から追放されれば記憶を消され、人間へと転生する事になります。あなたの魂は、今まで司天帝が管理していた。しかし人間に転生したとなれば、あなたの魂は冥府の管轄になるはずですよね? でもあなたの運命簿は、いつまで経っても降りてこない」
「っつ、追放されたのは事実だろ」
捲し立ててくる禄命星君に、葉雪は口を尖らせながら反論するしかない。
葉雪とて、好きでこうなった訳ではないのだ。一人の人間として、その生を全うする心づもりでいた。
しかし禄命星君の口は止まらない。
「あなたは姿形も変わらず、昊力まで宿したままです。……見たところ変装しているようですが、放たれる気配が高貴過ぎて逆に違和感ですよ。……まぁ、身長の方は人間と馴染んでいるようですが……良くそれで100年間も姿をくらませましたね」
「……おい、さらっとチビって言うな。お前と変わらんだろうが。……あのなぁ、私だって苦労してるんだぞ? 穏やかに過ごしたいのに見た目は変わらんし、変わらず天上人は絡んでくるし……。それにもう、昊力は碌に使えない。私は、誰が何と言うと天上人ではない」
「まったくあなたは、相変わらず冗談がお上手だ。……あなたの前に立ちはだかれば、私の首は無くなりますよ」
「馬鹿を言え」
「いいえ、事実です」
薄く微笑みを浮かべて、禄命星君は閉じた扇子で口を押さえた。彼特有の垂れ目が、これでもかと細められているのが憎らしい。
これ以上言い争うのも面倒だった葉雪は、腕を組んで禄命星君を見据える。
「して、今回の用事は?」
「よくぞお聞きに!」
禄命星君がぱっと表情を輝かせ、扇子を開く。すると目の前の座卓に、分厚い冊子がどさどさと落ちてきた。
粗末な座卓に積み上がった冊子を、葉雪はじとりとした目で見上げる。
揃って藍色の表紙をしている冊子だが、厚さがばらばらだ。この冊子は、葉雪にも見覚えがある。
「これ……運命簿だよな。持ち出し禁止だろうが」
『運命簿』とは、冥府に保管されている、生物の運命が記されている冊子だ。そこには魂一生分の運命が記されている。
肉体の一生ではなく、転生を繰り返す魂の一生だ。
その重要性は言うまでもないだろう。冥府からは持ち出し禁止になっており、特に人間の目に触れるのは禁忌となっている。
しかし目の前の禄命星君は、さして問題もないように話を続ける。
「はい、運命簿です。最近、困ったことになっておりまして……」
「都合の悪いところは華麗に流しやがって……困った事だと?」
「一部の人間の魂から、三尸が戻ってこないんですよ」
三尸は、生物の運命を監視する虫である。
言わば『運命見届け虫』だ。
彼らは全生物の魂に宿り、宿主である生物が、運命簿に記された通りの人生を歩んでいるかどうかを見届ける。
そして定期的に冥府へ報告に帰るのだ。
「戻ってこない? 同盟罷業でも起こしたか?」
「それだったら、大量に戻ってこないでしょうよ。ほんの一部なんです」
「……というか、良く気付いたな。昊穹と人間界合わせて、生物は相当な数だ。その一つ一つの報告をしっかり聞いている訳ではないんだろ?」
「その通り。冥王に報告しなければならない程の事項が無ければ、私に報告は上がってきません。今回はたまたま見つかったんですよ。しかも該当する人物が、この丈国にいるんです」
なんとなく話が読めてきた。
葉雪は茶に口をつけたまま、禄命星君をじとりと睨む。
「私が調べろと?」
「調べろなんて、私には言えませんよ。ただ、ちょっと楽しいかもしれませんよ? 退屈が一番お嫌いでしたよね?」
「それは昊穹にいた頃の話だし、本来はのんびりするのが大好きで……」
「お耳に入れておいて頂けるだけで、結構です」
禄命星君が、扇子の向こうからにんまりと微笑む。
葉雪は小さく舌打ちをしながら、運命簿の一つを手に取った。
ぱらぱらと捲ってみると、書かれた文字が薄くなっている箇所がある。三尸からの報告がなかった部分だろう。
「この運命簿……この国のお偉いさんじゃないか? 重鎮や、役人にも何人かいるな」
「いかにも」
禄命星君は大げさな程に強く頷き、またにんまりとした笑みへと表情を戻す。
『どうぞ、もっと追及して下さい』と顔に書いてあるようだ。
思惑通りに進むのは癪だが、地位の大きな者の運命は、市井の人間に与える影響が大きい。
(……人間、皮を剥げば皆同じだが……境遇によっては多くの人に影響を及ぼす……)
「耳に入れとくだけだぞ。私だって、仕事が忙しいんだ」
「料理人ですか? 働かなくてもいいでしょう。最近では金にお困りではないんですから」
「……なんで知ってる?」
「昊穹一の情報通ですから」
(……どこまで知られているか、怖いものだな……)
今でこそこうだが、葉雪は人間界に堕とされた後、100年間は昊穹と縁を断ち切ることが出来ていた。
今思えばそれは、逃亡生活のようなものだったかもしれない。
なぜか葉雪を探し回る天上人たちから逃れ、監視を避けて生きてきたが、つい50年前に彼らに見つかったのだ。
それから家の前に、定期的に物が届くようになったのだ。
価値のある宝石や、金細工の施された装飾品など、売り払えば家一軒買えるほどのものが、気付けば玄関先に置いてある。
「……あれは一銭も使っていないぞ」
「どうして? 送り主を教えて差し上げましょうか?」
「いらんわ。それよりもう帰った方がいいぞ。それとも泊まっていくか? 幸い布団は二組ある」
「……ふふ、あなたのそういうところ。……ほんと変わりませんね」
扇子を閉じながら、禄命星君はぽつりと呟く。
先程までの調子の良さが一転し、彼の表情に少しの寂寥感が見て取れた。
葉雪は片眉を吊り上げ、顎を擦りながら小首を傾げる。
「追放されて、もう150年だぞ。以前に比べて、私もすっかり垢抜けたろう?」
「垢を付けてるんでしょ? 睫毛まで間引いて……雷司白帝が見たら、卒倒しますよ」
「あ、そ。帰るなら早く帰れよ。餓鬼に喰われるぞ」
「ではまた」
葉雪が言うと、禄命星君は立ち上がって深く拱手した。ちょいちょいと手を振ると、その身体がまた水面のように揺らぐ。
すっかり冷え切った茶を手に取った時には、もう禄命星君の姿は無かった。
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