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最終章

第53話

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 エリトには良く見る夢があった。今、その夢の中にエリトはいる。

 川辺に座って、誰かと話している夢だ。隣から聞こえてくる声が愛しくて、ずっとこうしていたいとエリトは願う。

 いつもの夢だったら、隣にいる人の顔は最後まで見えない。ところが今日は、その顔が鮮明に見えた。

 青みがかった黒い髪、金色の瞳。整った唇が言葉を紡ぐのを、エリトはうっとりと見つめる。
 愛しいその人がこちらを向き、そっと呟く。

『エリト』

 名を呼んでくれた愛おしい人に、エリトは笑顔を向けた。

『宗主……』


(……宗主?)
 
 目の前の愛しい人は、宗主? それともクリオ?
 エリトが目を見開いていると、愛しい人の隣に黒い犬が眠っているのが見える。

『ノウリ!』

 エリトが笑顔で呼びかけると、その犬は耳をプルプルと動かす。目は閉じたままのノウリにエリトが首を傾げていると、宗主はにっこりと笑った。

『エリトは、いつもノウリと名付けてくれる。……お陰で、君がエリトだと信じ続けることができた』

『……って?』

 またエリトが首を傾げると、今度は背後からくすくすと笑い声がした。振り向くと、そこにはエリトそっくりのエリトがいる。 

 髪はブロンドで、自分よりも柔らかい印象だ。嬉しくて仕方がないといった様子で、目の前のエリトは口を開いた。

『びっくりした? 僕らの好きなものは、全部一緒のものなんだよ。全部、クリオなんだよ』

『全部?』

『そう。ノウリもクリオも、君が会った人間のクリオも、そして宗主も』

 羨ましいな、とブロンドのエリトは言う。そして、少しだけ拗ねたような表情を浮かべた。

『人間のクリオにも、宗主にも……会ってみたかった』

 ブロンドのエリトの言葉を聞いて、エリトはぱちくりと目を瞬かせた。そして親し気ににっこりと笑みを作る。

『大丈夫だよ。俺たちだって、一緒なんだから。……俺だって昔の宗主に会ってみたいな』

『……じゃあ、一つにならなきゃね。エリト』


 そう、元は一つだった。目の前にいるエリトも、エリトなのだ。
 失われたかつてのエリトは、一つになるべきだ。


(やっと、本当の俺に戻れる!)

 心の底から歓喜を覚え、エリトは川辺を振り返る。愛おしい人に、思う存分抱きしめて欲しかった。

『………?』

 しかしもうそこには誰もいなかった。川さえも流れを止め、エリトは周囲を見渡す。


 ふと自分の手に違和感を覚えて、エリトは手元を見た。

 その手は血でべっとりと塗れており、ぼたぼたと地面をも赤く染めている。エリトはひゅっと悲鳴を飲み込んだ。


 短剣が心臓を貫く感触が、生々しく蘇る。
 宗主を、クリオを……エリトは刺した。

 あれは夢ではない。エリトは立ち上がって、走り出した。

『夢から出して!! お願いだ! 出してくれ!!』
 
 あんまりだ、とエリトは泣いた。やっと思い出せたのに、また失うのだろうか。

 ____そしてまた独りになるのか。
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