52 / 56
最終章
第51話
しおりを挟む
金色の双眸で見つめられ、エリトは息を詰める。
「エリト。俺の核は、ここにある」
右目を指さしながら言う魔神の顔を、エリトは見つめた。何か大きな感情が襲ってきて、エリトは頭をいやいやと横に振る。
そんなエリトを見て、目の前の魔神が親し気に笑った。
「……この距離だったら、失敗はしないな? レゴーラの時みたいに」
「……、あ……」
その瞬間、エリトの頭の中に蘇ったのは黒い犬だった。ころころと自分にすり寄ってくる、可愛くて愛しい黒い犬。
遠い遠い昔、傷ついたその犬のために、エリトはレゴーラという魔獣を狩った。
「……っ、の……ノウリ……」
ノウリを思い出したら、そこから次々と色んな光景が溢れ出してくる。
レゴーラの狩りに失敗したエリトを、ノウリが助けてくれた事。そのノウリがクラーリオだった事。
思い出す光景には、いつもクラーリオがいる。彼を想うだけで、心が焼けつくように痛む。
ぼろぼろと涙を零しながら、エリトは胸を鷲掴んだ。もう叫ばずにはいられなかった。
思うがままに叫ぶと、色んな感情が蘇ってくる。
大好き。嬉しい。幸せ。
寂しい。離れたくない。置いて行かないで。
憎い。愛しい。
「ぼ、僕……」
エリトが泣きながら呟くと、宗主がその髪を梳く。そして眉を下げた。
「エリト。……あの時は、置いて行ってすまない。……帰れなくて、すまなかった」
「っつ! ……おれ……僕……、あ、ぁあ……」
頭に強烈な痛みが走り、エリトは頭を抱え込んだ。
激しい感情と共に、更に記憶が溢れ出してくる。
幼いころに見た本当の母の顔。その母を殺し、自分を攫った者たちの事。
虐げられた日々の中で、初めて愛した人がクラーリオだった。あの時の自分にはまだ名があって、その名を愛しい人に呼ばれることが幸せだった。
それから何度記憶を消されても、エリトはクラーリオを思い出した。そして2人で暮らしたこの場所へ来て、訳もなく泣く。
それを仮面の男に見つかって、記憶を塗りなおされる。その繰り返しだった。
部屋の中に衝撃音が響き渡り、エリトが視線を上げた。
仮面の男が、こちらに受けて攻撃魔法を放っている。その魔法は何かにぶつかって弾け、霧散していく。
クラーリオはエリトを抱きしめながら、2人を守るシールド魔法を発動していた。そのシールドに阻まれて、魔法はこちらに届かない。
「……エリト、頭が痛いだろう? 一気に思い出さなくてもいい」
「……っ、そう、しゅ……」
宗主から髪を撫でられると、頭痛が少しずつ引いていく。尚も続く攻撃には居も介さず、宗主は穏やかな瞳をエリトに向けていた。
髪に絡む指の感触を感じると、恐怖も和らいだ。宗主に身体を預けるように凭れると、自然と瞼が重くなってくる。
攻撃を仕掛けていた仮面の男が、忌々し気に叫ぶ。
「くそっ! 暴戻を殺すチャンスなのに! マルタはどこに行ったんだ!? あの女、後から合流するって言ってたのに……! ……っ!?」
叫んでいた男の仮面が、突如として砕け散った。中から現れた顔は、額から鼻梁にかけて大きな傷痕が走っている。しかし見覚えのない男だった。
その傷を慌てて隠しながら、男が足をふらつかせた。指の間から怯えた赤い目が覗く。
「……お前の罪は、死んでも償えん」
エリトを抱き込みながら、宗主は男に殺気の籠った目を向ける。金の瞳に見据えられ、男の足は縫いつけられたかのように動かない。
そして次の瞬間、光が男の肩を貫いた。肩にぽっかりと穴が開き、そこから血がじわりと溢れ出す。
「……エリトの記憶を奪った回数分、苦しめ」
「ひっ……! やめ……」
逃げ出そうとした男の膝を、また光が貫いた。射貫かれた膝は機能を無くし、男はその場に崩れ落ちる。
膝を押さえて、男は痛みにのたうち回る。次の攻撃を恐れてか、男が叫んだ。
「……っ! 待て!! 俺を、殺せば……ガーランデの軍が動くぞ! ガーランデを敵に回すつもりか!!」
「ガーランデの軍? いつもカマロが遊んでやってる、あのガーランデの軍の事か?」
「……っ!」
「エリト。俺の核は、ここにある」
右目を指さしながら言う魔神の顔を、エリトは見つめた。何か大きな感情が襲ってきて、エリトは頭をいやいやと横に振る。
そんなエリトを見て、目の前の魔神が親し気に笑った。
「……この距離だったら、失敗はしないな? レゴーラの時みたいに」
「……、あ……」
その瞬間、エリトの頭の中に蘇ったのは黒い犬だった。ころころと自分にすり寄ってくる、可愛くて愛しい黒い犬。
遠い遠い昔、傷ついたその犬のために、エリトはレゴーラという魔獣を狩った。
「……っ、の……ノウリ……」
ノウリを思い出したら、そこから次々と色んな光景が溢れ出してくる。
レゴーラの狩りに失敗したエリトを、ノウリが助けてくれた事。そのノウリがクラーリオだった事。
思い出す光景には、いつもクラーリオがいる。彼を想うだけで、心が焼けつくように痛む。
ぼろぼろと涙を零しながら、エリトは胸を鷲掴んだ。もう叫ばずにはいられなかった。
思うがままに叫ぶと、色んな感情が蘇ってくる。
大好き。嬉しい。幸せ。
寂しい。離れたくない。置いて行かないで。
憎い。愛しい。
「ぼ、僕……」
エリトが泣きながら呟くと、宗主がその髪を梳く。そして眉を下げた。
「エリト。……あの時は、置いて行ってすまない。……帰れなくて、すまなかった」
「っつ! ……おれ……僕……、あ、ぁあ……」
頭に強烈な痛みが走り、エリトは頭を抱え込んだ。
激しい感情と共に、更に記憶が溢れ出してくる。
幼いころに見た本当の母の顔。その母を殺し、自分を攫った者たちの事。
虐げられた日々の中で、初めて愛した人がクラーリオだった。あの時の自分にはまだ名があって、その名を愛しい人に呼ばれることが幸せだった。
それから何度記憶を消されても、エリトはクラーリオを思い出した。そして2人で暮らしたこの場所へ来て、訳もなく泣く。
それを仮面の男に見つかって、記憶を塗りなおされる。その繰り返しだった。
部屋の中に衝撃音が響き渡り、エリトが視線を上げた。
仮面の男が、こちらに受けて攻撃魔法を放っている。その魔法は何かにぶつかって弾け、霧散していく。
クラーリオはエリトを抱きしめながら、2人を守るシールド魔法を発動していた。そのシールドに阻まれて、魔法はこちらに届かない。
「……エリト、頭が痛いだろう? 一気に思い出さなくてもいい」
「……っ、そう、しゅ……」
宗主から髪を撫でられると、頭痛が少しずつ引いていく。尚も続く攻撃には居も介さず、宗主は穏やかな瞳をエリトに向けていた。
髪に絡む指の感触を感じると、恐怖も和らいだ。宗主に身体を預けるように凭れると、自然と瞼が重くなってくる。
攻撃を仕掛けていた仮面の男が、忌々し気に叫ぶ。
「くそっ! 暴戻を殺すチャンスなのに! マルタはどこに行ったんだ!? あの女、後から合流するって言ってたのに……! ……っ!?」
叫んでいた男の仮面が、突如として砕け散った。中から現れた顔は、額から鼻梁にかけて大きな傷痕が走っている。しかし見覚えのない男だった。
その傷を慌てて隠しながら、男が足をふらつかせた。指の間から怯えた赤い目が覗く。
「……お前の罪は、死んでも償えん」
エリトを抱き込みながら、宗主は男に殺気の籠った目を向ける。金の瞳に見据えられ、男の足は縫いつけられたかのように動かない。
そして次の瞬間、光が男の肩を貫いた。肩にぽっかりと穴が開き、そこから血がじわりと溢れ出す。
「……エリトの記憶を奪った回数分、苦しめ」
「ひっ……! やめ……」
逃げ出そうとした男の膝を、また光が貫いた。射貫かれた膝は機能を無くし、男はその場に崩れ落ちる。
膝を押さえて、男は痛みにのたうち回る。次の攻撃を恐れてか、男が叫んだ。
「……っ! 待て!! 俺を、殺せば……ガーランデの軍が動くぞ! ガーランデを敵に回すつもりか!!」
「ガーランデの軍? いつもカマロが遊んでやってる、あのガーランデの軍の事か?」
「……っ!」
38
お気に入りに追加
577
あなたにおすすめの小説
転生令息は冒険者を目指す!?
葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。
救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。
再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。
異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!
とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A
僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした
なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。
「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」
高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。
そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに…
その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。
ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。
かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで…
ハッピーエンドです。
R18の場面には※をつけます。
ポメラニアンになった僕は初めて愛を知る【完結】
君影 ルナ
BL
動物大好き包容力カンスト攻め
×
愛を知らない薄幸系ポメ受け
が、お互いに癒され幸せになっていくほのぼのストーリー
────────
※物語の構成上、受けの過去が苦しいものになっております。
※この話をざっくり言うなら、攻めによる受けよしよし話。
※攻めは親バカ炸裂するレベルで動物(後の受け)好き。
※受けは「癒しとは何だ?」と首を傾げるレベルで愛や幸せに疎い。
【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される
秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】
哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年
\ファイ!/
■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ)
■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約
力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。
【詳しいあらすじ】
魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。
優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。
オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。
しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
こっそりバウムクーヘンエンド小説を投稿したら相手に見つかって押し倒されてた件
神崎 ルナ
BL
バウムクーヘンエンド――片想いの相手の結婚式に招待されて引き出物のバウムクーヘンを手に失恋に浸るという、所謂アンハッピーエンド。
僕の幼なじみは天然が入ったぽんやりしたタイプでずっと目が離せなかった。
だけどその笑顔を見ていると自然と僕も口角が上がり。
子供の頃に勢いに任せて『光くん、好きっ!!』と言ってしまったのは黒歴史だが、そのすぐ後に白詰草の指輪を持って来て『うん、およめさんになってね』と来たのは反則だろう。
ぽやぽやした光のことだから、きっとよく意味が分かってなかったに違いない。
指輪も、僕の左手の中指に収めていたし。
あれから10年近く。
ずっと仲が良い幼なじみの範疇に留まる僕たちの関係は決して崩してはならない。
だけど想いを隠すのは苦しくて――。
こっそりとある小説サイトに想いを吐露してそれで何とか未練を断ち切ろうと思った。
なのにどうして――。
『ねぇ、この小説って海斗が書いたんだよね?』
えっ!?どうしてバレたっ!?というより何故この僕が押し倒されてるんだっ!?(※注 サブ垢にて公開済みの『バウムクーヘンエンド』をご覧になるとより一層楽しめるかもしれません)
十二年付き合った彼氏を人気清純派アイドルに盗られて絶望してたら、幼馴染のポンコツ御曹司に溺愛されたので、奴らを見返してやりたいと思います
塔原 槇
BL
会社員、兎山俊太郎(とやま しゅんたろう)はある日、「やっぱり女の子が好きだわ」と言われ別れを切り出される。彼氏の売れないバンドマン、熊井雄介(くまい ゆうすけ)は人気上昇中の清純派アイドル、桃澤久留美(ももざわ くるみ)と付き合うのだと言う。ショックの中で俊太郎が出社すると、幼馴染の有栖川麗音(ありすがわ れおん)が中途採用で入社してきて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる