冷酷非道な魔神様は、捌き屋に全てを捧げる

墨尽(ぼくじん)

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最終章

第50話 君に全てを捧げる

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 もう一度部屋を見回し、宗主は玄関へと向き直った。先ほどから、この家へと向かってくる人の気配がする。

 扉がゆっくりと開かれ、そこから現れたのはエリトだった。

「……エリト……」

 その名前を呼ぶも、エリトの様子は普段とはまるで違う。
 目は虚ろで、表情も無い。まるで人形のようなエリトは、宗主を見ても何の反応も示さない。

「……暴戻の、魔神……」

 うわ言のように呟きながら、エリトはホルスターから短剣を抜き放った。そして何の躊躇もなく、こちらに向かって斬りかかってくる。
 エリトの身体をかわしながら、宗主はその様子を窺った。

 視点が定まらず、動きも精彩に欠ける。普段のエリトだったら、もっと機敏に動くはずだ。

(……精神操作の魔法か……? 操られているにしては、動きが不自然だ。……まだ不完全だな)

 精神系の魔法は、相手を支配するまで時間がかかる。記憶を操作するほどの魔法なら尚更だ。
 宗主にかわされたエリトは、その身を低くした。また斬りかかってきそうなエリトに、宗主は語りかける。

「……君の名前は?」

「……ない……」

「俺の事を知っているか?」

「……魔神。……素材を剥ぐ」


 エリトは抑揚のない言葉を吐いて、再度宗主へと斬りかかる。宗主がその腕を掴むと、動きを封じられたエリトは無表情のまま見悶えた。
 腕を掴まれてもなお抵抗するエリトを見て、宗主は穏やかに口を開く。

「俺の素材が欲しいのか?」

「……欲しい……」

「……そうか。分かった」

 宗主はエリトの腕を離し、一歩後退った。そして優しく微笑む。

「エリトに全て捧げると、前から決めていた」

 それは本心だった。エリトに全て捧げると、再会した時から決めていた。

 目の前のエリトは、本来のエリトではない。それでも、宗主にとっては狂おしいほど愛おしいエリトだった。
 そのエリトが、瞳に何の感情も宿さないまま呟く。

「………狩る……」


 まるで抱擁を待つように、宗主が腕を広げた。そこに短剣を構えたエリトが、身体ごと飛び込む。

 胸の真ん中に焼けるように痛みを感じながら、宗主はエリトをそのまま抱きしめた。


 胸に深々と刺さった短剣から、血が溢れ出す。
 抱きしめられたエリトは、その動きを止めた。そして血に濡れていく自身の手を、感情のない瞳でじっと見つめる。

(……俺は……何をしているんだろう……)

 まるで頭に綿でも詰められたかのように、何も考えることが出来ない。そして刺されてもいない胸の奥から、ずきずきと痛みが襲ってくる。

 刺したのは自分なのに、とエリトは顔を上げた。

 見上げた先にある顔は、痛みに歪んでいない。ただ穏やかにエリトを見ている。

(もしかして……失敗した?)

 そう思って手元を見るが、確実に自分の短剣は魔神に深々と刺さっている。そこから流れ出る血は温かく、血の匂いも鼻に届く。
 しかし自身の胸の痛みも、どんどん増してくる。その痛みに首を傾げていると、後頭部に優しい感触を感じた。

 髪の間に指を滑らせるように、頭を撫でられる。その懐かしい感触を感じた瞬間、エリトは無意識に短剣から手を離していた。

 視線を落として、エリトは血に濡れた手を見た。胸の底から得体の知れない何かが、ずくりと湧き上がってくるのを感じる。
 何故かカタカタと手が震え出し、身体全体が痺れたように硬直した。


「……エリト」
「……っ!」

 名前を呼ばれた瞬間、胸がぎゅっと締め付けられた。エリトが慌てて顔を上げると、魔神が優しく微笑んでいる。少しの歪みも無い笑顔に、どうしてか泣き叫びたくなった。

「エリト、見事だな。……ちゃんと心臓を貫けてる」
「……お、俺……」

 ぼたぼたと魔神から流れ出す血を見ていると、恐怖が腹の底から湧いてくる。なんとかそれを止めようと、エリトは無意識に手を伸ばした。
 しかしその瞬間、それを邪魔するように玄関の扉が乱暴に開かれた。

 現れた仮面の男が、宗主を貫いたエリトを見る。そして嬉しそうに口端を吊り上げた。

「良くやった! これで暴戻の魔神の核は、俺たちのものだ!」


 男の言葉を聞きながら、エリトは手元に視線を戻した。

(そうだ……。俺はこの魔神の素材を、剥ぎにきたんだ……)

 そうは思うものの、手は震えたまま動かない。身体全体も震え出し、エリトは助けを求めるように仮面の男を見た。
 その男は口元を歪めて、エリトを怒鳴りつける。

「早くその魔神から核を奪え! エリト、命令だ!」
「……っ!」

 仮面の男の命令には逆らえない。意識がそう訴える。
 しかし本能が、エリトの中で泣き叫んで暴れていた。

 がたがたとエリトが身体を揺らしていると、標的であるはずの魔神から労わるように抱きしめられる。髪を撫でる手つきが優しくて、エリトの膝から力が抜けていった。
 その場に崩れ落ちるように膝を折ると、仮面の男からまた怒号が降ってくる。

「何をしているんだ! この役立たず! 核を奪わないと、魔神は死なないぞ!」

 その言葉にエリトが肩を震わせていると、目線を合わせるように魔神がその場に座り込んだ。そして自身の眼帯をゆっくりと外す。
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