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最終章
第48話 ヒント
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その問いを投げかけた時、母はまた首を傾げた。
先ほどと同じ「何を言っているの?」の仕草に、エリトは眉を顰める。
「俺に名はない。エリトという名を、母さんが知っているはずがない」
「……それは……あなたが魔族にそう呼ばれてるって、聞いたから……」
「魔族に呼ばれている名で、俺を呼んだの? 俺を攫った魔族から貰った名前を?」
母は表情を変えない。穏やかな雰囲気は、もうそこに無かった。
まるで温かみのないその様子は、エリトに対する情が無いように思えた。
エリトは宗主と過ごした日々を思い浮かべる。たまに交わす会話に、いつもエリトは違和感を覚えていたのだ。
その違和感は増す一方だったが、今やっとわかった気がする。
貸してもらった本を読んでいるエリトに、宗主は言った。
『エリトは、本を読むのが速いな。幼いころ、学校に通っていたのか?』
穢れの子は、当然ながら学校には通えない。どうして自分が文字を読めるのか、エリトには思い出せなかった。
食事をしているエリトに、ゼオは言った。
『エリトさんは、ナイフとフォークの使い方が上手いですね。誰かに教わったのですか?』
その問いにも、エリトは答えられなかった。思えば彼らは、エリトにヒントを与えていたのだ。
そしてここガーランデへの道のりで、スガノはエリトへこう言った。
『エリトさんのお母さんは、いつも笑顔で迎えてくれるんですね。優しいお母さんだ。……でも俺なら、離れて暮らす子どもに久しぶりに会ったら、きっと泣いちゃうなぁ』
エリトは母の涙を見たことが無い。
久しぶりに会って涙を浮かべるのはいつも自分だけで、母はいつも穏やかに笑っているだけだった。
エリトは今まで、人間の感情にあまり触れてこなかった。侮蔑や怒りには慣れていたけど、その他の感情をぶつけられた事が無かったのだ。
嬉しい、悲しい、切ない、愛しい。それら全ての感情は、宗主ら魔族からしか与えられていない。
悲しみが込み上げてきて、エリトは息を吸い込んだ。
母の事は大好きだ。しかし宗主たちと出会った事で、母に対する違和感がどんどん湧き出してくる。
懇願するような瞳を母に向けて、エリトは口を開く。
「……母さん。俺が知ってる魔族は、今うしろに立ってる男みたいに、俺に危害を加えたりはしない。侮蔑の目も向けない。……それでも母さんは、彼らを悪だと言うの? 母さんの子供である俺に暴力を振るう監視官たちが、正しいと言うの?」
「……」
「それに俺、最近なんだか変なんだ。……何か大切な事を忘れているような……つっ!!」
腕をさらに捻り上げられ、エリトは痛みに呻いた。後ろにいる男が、呆れたように嘆息する。
「……あ~あ、もう期限切れだよ。どんどん短くなってないか?」
「……?」
エリトが視線を男に向けていると、母の方から舌打ちが響いた。次いで母の声が響くも、その声は聞いたことないくらい冷たく低い。
「……ちっ、参ったわね。これ以上やると、壊れるわよ……こいつ」
「仕方ない。壊れるまで使うしかないだろ。……しかしまた、あいつにやられるとはな」
突然始まった二人の会話に、エリトは視線を泳がせる。すると目の前の母が、エリトを見て笑い出した。
「ははっ、おっかしい。毎回こいつ、おんなじ顔するわよね! 『何言ってるかわかんな~い』っていう間抜け面!」
「……しかし今回も、きっかけはあの男だ。しかも今度はこいつに接触してきた。忌々しい暴戻め……殺してしまいたい」
「? ……何を、言って……」
エリトがそう呟くと、母がにたりと笑う。そしてエリトへ近付くと、顎をぐいと持ち上げた。
「どうせもう忘れちゃうから、教えてあげる。……あんたの、ひ・み・つ」
くすくすと愉しそうに母が笑う。後ろの男は面倒そうに、また溜息を漏らした。
「早めに済ませろ」
「分かってるわよ。い~い? 憐れなエリトちゃん。あなた本当は穢れの子じゃないのよ。魔獣と人間のハーフじゃなくて、魔族と人間のハーフなの」
「……え?」
先ほどと同じ「何を言っているの?」の仕草に、エリトは眉を顰める。
「俺に名はない。エリトという名を、母さんが知っているはずがない」
「……それは……あなたが魔族にそう呼ばれてるって、聞いたから……」
「魔族に呼ばれている名で、俺を呼んだの? 俺を攫った魔族から貰った名前を?」
母は表情を変えない。穏やかな雰囲気は、もうそこに無かった。
まるで温かみのないその様子は、エリトに対する情が無いように思えた。
エリトは宗主と過ごした日々を思い浮かべる。たまに交わす会話に、いつもエリトは違和感を覚えていたのだ。
その違和感は増す一方だったが、今やっとわかった気がする。
貸してもらった本を読んでいるエリトに、宗主は言った。
『エリトは、本を読むのが速いな。幼いころ、学校に通っていたのか?』
穢れの子は、当然ながら学校には通えない。どうして自分が文字を読めるのか、エリトには思い出せなかった。
食事をしているエリトに、ゼオは言った。
『エリトさんは、ナイフとフォークの使い方が上手いですね。誰かに教わったのですか?』
その問いにも、エリトは答えられなかった。思えば彼らは、エリトにヒントを与えていたのだ。
そしてここガーランデへの道のりで、スガノはエリトへこう言った。
『エリトさんのお母さんは、いつも笑顔で迎えてくれるんですね。優しいお母さんだ。……でも俺なら、離れて暮らす子どもに久しぶりに会ったら、きっと泣いちゃうなぁ』
エリトは母の涙を見たことが無い。
久しぶりに会って涙を浮かべるのはいつも自分だけで、母はいつも穏やかに笑っているだけだった。
エリトは今まで、人間の感情にあまり触れてこなかった。侮蔑や怒りには慣れていたけど、その他の感情をぶつけられた事が無かったのだ。
嬉しい、悲しい、切ない、愛しい。それら全ての感情は、宗主ら魔族からしか与えられていない。
悲しみが込み上げてきて、エリトは息を吸い込んだ。
母の事は大好きだ。しかし宗主たちと出会った事で、母に対する違和感がどんどん湧き出してくる。
懇願するような瞳を母に向けて、エリトは口を開く。
「……母さん。俺が知ってる魔族は、今うしろに立ってる男みたいに、俺に危害を加えたりはしない。侮蔑の目も向けない。……それでも母さんは、彼らを悪だと言うの? 母さんの子供である俺に暴力を振るう監視官たちが、正しいと言うの?」
「……」
「それに俺、最近なんだか変なんだ。……何か大切な事を忘れているような……つっ!!」
腕をさらに捻り上げられ、エリトは痛みに呻いた。後ろにいる男が、呆れたように嘆息する。
「……あ~あ、もう期限切れだよ。どんどん短くなってないか?」
「……?」
エリトが視線を男に向けていると、母の方から舌打ちが響いた。次いで母の声が響くも、その声は聞いたことないくらい冷たく低い。
「……ちっ、参ったわね。これ以上やると、壊れるわよ……こいつ」
「仕方ない。壊れるまで使うしかないだろ。……しかしまた、あいつにやられるとはな」
突然始まった二人の会話に、エリトは視線を泳がせる。すると目の前の母が、エリトを見て笑い出した。
「ははっ、おっかしい。毎回こいつ、おんなじ顔するわよね! 『何言ってるかわかんな~い』っていう間抜け面!」
「……しかし今回も、きっかけはあの男だ。しかも今度はこいつに接触してきた。忌々しい暴戻め……殺してしまいたい」
「? ……何を、言って……」
エリトがそう呟くと、母がにたりと笑う。そしてエリトへ近付くと、顎をぐいと持ち上げた。
「どうせもう忘れちゃうから、教えてあげる。……あんたの、ひ・み・つ」
くすくすと愉しそうに母が笑う。後ろの男は面倒そうに、また溜息を漏らした。
「早めに済ませろ」
「分かってるわよ。い~い? 憐れなエリトちゃん。あなた本当は穢れの子じゃないのよ。魔獣と人間のハーフじゃなくて、魔族と人間のハーフなの」
「……え?」
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