47 / 56
最終章
第46話 ガーランデ
しおりを挟む
________
久しぶりのガーランデは、以前と変わらず賑やかだった。エリトは道の端を歩きながら、きょろきょろと視線を動かす。
道を挟んだ向こう側で、スガノが視線だけをエリトに寄越した。その姿にホッとして、エリトはフードをさらに深くかぶる。
(俺はナークレンで行方不明になった、という扱いになっているって、宗主は言ってた。……目立たないように気をつけないと)
母の屋敷への道は熟知している。道を歩きながらも、エリトはスガノをちらりと振り返った。そしてつい、吹き出してしまう。
人間に擬態したスガノは、何と女性の姿だったのだ。どうして、とスガノに聞いた時、彼はこう答えた。
『どうせ擬態するなら異性がいいじゃないですか。肉体を作るときも、女のほうが作ってて楽しいっす』
そう言いながら笑うスガノは、清楚な可愛い女性だった。小柄で華奢な女性がスガノと同じ口調で話すと、違和感しかない。
道の端にいるスガノは、見事に擬態している。荷物を大事そうに抱え、やや内股で歩く。おつかいを頼まれた侍女と言った設定だろう。
しかし中身がスガノだと思うと、また笑い出しそうになってしまう。
こほんと咳払いして、エリトは前を見た。
母の屋敷は、もう見える位置まで来ている。流石に正面からの訪問は無理なので、エリトは母の部屋の窓から入ろうと思っていた。
窓をノックすれば、きっと母は迎え入れてくれるだろう。もしも不在だったら、エリトは諦めるつもりでいた。
(生きていれば、いつでも会えるし……それにきっと、宗主が会わせてくれる)
宗主は、この街の外れにある村でエリトを待っている。そう思うだけで、気が急いてしまう。
母に会いたいといったのはエリトなのに、早く済ませて宗主に会いたい気持ちが先行してしまうのだ。
我ながら、どうかしてる。そう思いながら、エリトはつい頬を緩ませた。
しかし緩んだ気持ちが、急激に張り詰める。複数の殺気に囲まれている事に、エリトは気付いたのだ。慌てて周りを見ると、体躯の大きな男たちがこちらへ向かってくるのが見える。
身構えていると、すぐ後ろから女性の声がした。
「エリトさん、囲まれてます。俺が散らすから、逃げて」
「……スガノさん! 俺も戦えます!」
「どうしようもなくなったら、手伝ってください。今はともかく、逃げて下さい」
その言葉を言い終わらないうちに、スガノはエリトの前に躍り出ていた。
そして大事に抱えていた荷物から、刃の厚さがえげつなく太い双剣を取り出す。
可憐で華奢な女性が、信じられないほどの殺気を垂れ流している。駆け寄って来た男たちは、その姿にぎょっと足を止めた。
「だ、誰だ、お前は?」
「……通りすがりの、可愛い女の子ですけどぉ?」
そう言いながら、スガノは口端を吊り上げる。そして双剣を構えると、地を蹴った。
砂煙が舞い、スガノの姿が消える。次の瞬間には前方にいた男の一人が、血しぶきを上げて倒れていく。
いつのまにか至近距離にいたスガノに、近くの男たちが身を低くするも、もう遅い。
横にいた男が武器を構える間もないまま、可憐な女性が双剣を走らせる。
男たちの叫び声を聞きながら、エリトは前方を見る。包囲が少しだけ解けた場所へ向かって、エリトは駆けた。
痛む足が邪魔だが、今はそれどころではない。包囲を抜けて後方を見ると、複数人の男がスガノに襲い掛かっているのが見えた。
出発前にスガノに言われた言葉を思い出し、エリトは唇を噛み締める。
『いいっすか、エリトさん。この人間の肉体は依代です。死にそうになったら俺ら魔族は、いつでもこの肉体を捨てられます。もしガーランデで何かあっても、俺の心配は無用です』
路地を走り抜けて脇道に入ると、エリトは少しだけ速度を落とした。痛む足を引き摺りながら、荒れた息を整える。
母の屋敷の前で襲われた。
しかも狙いは明らかにエリトだった。
自分が生きているのを、監視官は知っているという事だ。そしてエリトが母に会いに来るのを待ち構えていたのだろう。
(どうしよう……スガノさんを巻き込んだ……! そうだ、タオさん!)
『俺になんかあったら、タオを呼んでください』
そうスガノに言われていた事を思い出し、エリトは息を吸い込んだ。しかしタオの名前を口にしようとした瞬間、その口を後ろから塞がれた。
そして同時に、懐かしい声が耳に届く。
「エリト、落ち着いて。……私よ」
「……!? 母さん?」
久しぶりのガーランデは、以前と変わらず賑やかだった。エリトは道の端を歩きながら、きょろきょろと視線を動かす。
道を挟んだ向こう側で、スガノが視線だけをエリトに寄越した。その姿にホッとして、エリトはフードをさらに深くかぶる。
(俺はナークレンで行方不明になった、という扱いになっているって、宗主は言ってた。……目立たないように気をつけないと)
母の屋敷への道は熟知している。道を歩きながらも、エリトはスガノをちらりと振り返った。そしてつい、吹き出してしまう。
人間に擬態したスガノは、何と女性の姿だったのだ。どうして、とスガノに聞いた時、彼はこう答えた。
『どうせ擬態するなら異性がいいじゃないですか。肉体を作るときも、女のほうが作ってて楽しいっす』
そう言いながら笑うスガノは、清楚な可愛い女性だった。小柄で華奢な女性がスガノと同じ口調で話すと、違和感しかない。
道の端にいるスガノは、見事に擬態している。荷物を大事そうに抱え、やや内股で歩く。おつかいを頼まれた侍女と言った設定だろう。
しかし中身がスガノだと思うと、また笑い出しそうになってしまう。
こほんと咳払いして、エリトは前を見た。
母の屋敷は、もう見える位置まで来ている。流石に正面からの訪問は無理なので、エリトは母の部屋の窓から入ろうと思っていた。
窓をノックすれば、きっと母は迎え入れてくれるだろう。もしも不在だったら、エリトは諦めるつもりでいた。
(生きていれば、いつでも会えるし……それにきっと、宗主が会わせてくれる)
宗主は、この街の外れにある村でエリトを待っている。そう思うだけで、気が急いてしまう。
母に会いたいといったのはエリトなのに、早く済ませて宗主に会いたい気持ちが先行してしまうのだ。
我ながら、どうかしてる。そう思いながら、エリトはつい頬を緩ませた。
しかし緩んだ気持ちが、急激に張り詰める。複数の殺気に囲まれている事に、エリトは気付いたのだ。慌てて周りを見ると、体躯の大きな男たちがこちらへ向かってくるのが見える。
身構えていると、すぐ後ろから女性の声がした。
「エリトさん、囲まれてます。俺が散らすから、逃げて」
「……スガノさん! 俺も戦えます!」
「どうしようもなくなったら、手伝ってください。今はともかく、逃げて下さい」
その言葉を言い終わらないうちに、スガノはエリトの前に躍り出ていた。
そして大事に抱えていた荷物から、刃の厚さがえげつなく太い双剣を取り出す。
可憐で華奢な女性が、信じられないほどの殺気を垂れ流している。駆け寄って来た男たちは、その姿にぎょっと足を止めた。
「だ、誰だ、お前は?」
「……通りすがりの、可愛い女の子ですけどぉ?」
そう言いながら、スガノは口端を吊り上げる。そして双剣を構えると、地を蹴った。
砂煙が舞い、スガノの姿が消える。次の瞬間には前方にいた男の一人が、血しぶきを上げて倒れていく。
いつのまにか至近距離にいたスガノに、近くの男たちが身を低くするも、もう遅い。
横にいた男が武器を構える間もないまま、可憐な女性が双剣を走らせる。
男たちの叫び声を聞きながら、エリトは前方を見る。包囲が少しだけ解けた場所へ向かって、エリトは駆けた。
痛む足が邪魔だが、今はそれどころではない。包囲を抜けて後方を見ると、複数人の男がスガノに襲い掛かっているのが見えた。
出発前にスガノに言われた言葉を思い出し、エリトは唇を噛み締める。
『いいっすか、エリトさん。この人間の肉体は依代です。死にそうになったら俺ら魔族は、いつでもこの肉体を捨てられます。もしガーランデで何かあっても、俺の心配は無用です』
路地を走り抜けて脇道に入ると、エリトは少しだけ速度を落とした。痛む足を引き摺りながら、荒れた息を整える。
母の屋敷の前で襲われた。
しかも狙いは明らかにエリトだった。
自分が生きているのを、監視官は知っているという事だ。そしてエリトが母に会いに来るのを待ち構えていたのだろう。
(どうしよう……スガノさんを巻き込んだ……! そうだ、タオさん!)
『俺になんかあったら、タオを呼んでください』
そうスガノに言われていた事を思い出し、エリトは息を吸い込んだ。しかしタオの名前を口にしようとした瞬間、その口を後ろから塞がれた。
そして同時に、懐かしい声が耳に届く。
「エリト、落ち着いて。……私よ」
「……!? 母さん?」
31
お気に入りに追加
592
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。

【完結】テルの異世界転換紀?!転がり落ちたら世界が変わっていた。
カヨワイさつき
BL
小学生の頃両親が蒸発、その後親戚中をたらいまわしにされ住むところも失った田辺輝(たなべ てる)は毎日切り詰めた生活をしていた。複数のバイトしていたある日、コスプレ?した男と出会った。
異世界ファンタジー、そしてちょっぴりすれ違いの恋愛。
ドワーフ族に助けられ家族として過ごす"テル"。本当の両親は……。
そして、コスプレと思っていた男性は……。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
リクエストの更新が終わったら、舞踏会編をはじめる予定ですー!
【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。
N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い)
×
期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい)
Special thanks
illustration by 白鯨堂こち
※ご都合主義です。
※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる