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最終章
第46話 ガーランデ
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久しぶりのガーランデは、以前と変わらず賑やかだった。エリトは道の端を歩きながら、きょろきょろと視線を動かす。
道を挟んだ向こう側で、スガノが視線だけをエリトに寄越した。その姿にホッとして、エリトはフードをさらに深くかぶる。
(俺はナークレンで行方不明になった、という扱いになっているって、宗主は言ってた。……目立たないように気をつけないと)
母の屋敷への道は熟知している。道を歩きながらも、エリトはスガノをちらりと振り返った。そしてつい、吹き出してしまう。
人間に擬態したスガノは、何と女性の姿だったのだ。どうして、とスガノに聞いた時、彼はこう答えた。
『どうせ擬態するなら異性がいいじゃないですか。肉体を作るときも、女のほうが作ってて楽しいっす』
そう言いながら笑うスガノは、清楚な可愛い女性だった。小柄で華奢な女性がスガノと同じ口調で話すと、違和感しかない。
道の端にいるスガノは、見事に擬態している。荷物を大事そうに抱え、やや内股で歩く。おつかいを頼まれた侍女と言った設定だろう。
しかし中身がスガノだと思うと、また笑い出しそうになってしまう。
こほんと咳払いして、エリトは前を見た。
母の屋敷は、もう見える位置まで来ている。流石に正面からの訪問は無理なので、エリトは母の部屋の窓から入ろうと思っていた。
窓をノックすれば、きっと母は迎え入れてくれるだろう。もしも不在だったら、エリトは諦めるつもりでいた。
(生きていれば、いつでも会えるし……それにきっと、宗主が会わせてくれる)
宗主は、この街の外れにある村でエリトを待っている。そう思うだけで、気が急いてしまう。
母に会いたいといったのはエリトなのに、早く済ませて宗主に会いたい気持ちが先行してしまうのだ。
我ながら、どうかしてる。そう思いながら、エリトはつい頬を緩ませた。
しかし緩んだ気持ちが、急激に張り詰める。複数の殺気に囲まれている事に、エリトは気付いたのだ。慌てて周りを見ると、体躯の大きな男たちがこちらへ向かってくるのが見える。
身構えていると、すぐ後ろから女性の声がした。
「エリトさん、囲まれてます。俺が散らすから、逃げて」
「……スガノさん! 俺も戦えます!」
「どうしようもなくなったら、手伝ってください。今はともかく、逃げて下さい」
その言葉を言い終わらないうちに、スガノはエリトの前に躍り出ていた。
そして大事に抱えていた荷物から、刃の厚さがえげつなく太い双剣を取り出す。
可憐で華奢な女性が、信じられないほどの殺気を垂れ流している。駆け寄って来た男たちは、その姿にぎょっと足を止めた。
「だ、誰だ、お前は?」
「……通りすがりの、可愛い女の子ですけどぉ?」
そう言いながら、スガノは口端を吊り上げる。そして双剣を構えると、地を蹴った。
砂煙が舞い、スガノの姿が消える。次の瞬間には前方にいた男の一人が、血しぶきを上げて倒れていく。
いつのまにか至近距離にいたスガノに、近くの男たちが身を低くするも、もう遅い。
横にいた男が武器を構える間もないまま、可憐な女性が双剣を走らせる。
男たちの叫び声を聞きながら、エリトは前方を見る。包囲が少しだけ解けた場所へ向かって、エリトは駆けた。
痛む足が邪魔だが、今はそれどころではない。包囲を抜けて後方を見ると、複数人の男がスガノに襲い掛かっているのが見えた。
出発前にスガノに言われた言葉を思い出し、エリトは唇を噛み締める。
『いいっすか、エリトさん。この人間の肉体は依代です。死にそうになったら俺ら魔族は、いつでもこの肉体を捨てられます。もしガーランデで何かあっても、俺の心配は無用です』
路地を走り抜けて脇道に入ると、エリトは少しだけ速度を落とした。痛む足を引き摺りながら、荒れた息を整える。
母の屋敷の前で襲われた。
しかも狙いは明らかにエリトだった。
自分が生きているのを、監視官は知っているという事だ。そしてエリトが母に会いに来るのを待ち構えていたのだろう。
(どうしよう……スガノさんを巻き込んだ……! そうだ、タオさん!)
『俺になんかあったら、タオを呼んでください』
そうスガノに言われていた事を思い出し、エリトは息を吸い込んだ。しかしタオの名前を口にしようとした瞬間、その口を後ろから塞がれた。
そして同時に、懐かしい声が耳に届く。
「エリト、落ち着いて。……私よ」
「……!? 母さん?」
久しぶりのガーランデは、以前と変わらず賑やかだった。エリトは道の端を歩きながら、きょろきょろと視線を動かす。
道を挟んだ向こう側で、スガノが視線だけをエリトに寄越した。その姿にホッとして、エリトはフードをさらに深くかぶる。
(俺はナークレンで行方不明になった、という扱いになっているって、宗主は言ってた。……目立たないように気をつけないと)
母の屋敷への道は熟知している。道を歩きながらも、エリトはスガノをちらりと振り返った。そしてつい、吹き出してしまう。
人間に擬態したスガノは、何と女性の姿だったのだ。どうして、とスガノに聞いた時、彼はこう答えた。
『どうせ擬態するなら異性がいいじゃないですか。肉体を作るときも、女のほうが作ってて楽しいっす』
そう言いながら笑うスガノは、清楚な可愛い女性だった。小柄で華奢な女性がスガノと同じ口調で話すと、違和感しかない。
道の端にいるスガノは、見事に擬態している。荷物を大事そうに抱え、やや内股で歩く。おつかいを頼まれた侍女と言った設定だろう。
しかし中身がスガノだと思うと、また笑い出しそうになってしまう。
こほんと咳払いして、エリトは前を見た。
母の屋敷は、もう見える位置まで来ている。流石に正面からの訪問は無理なので、エリトは母の部屋の窓から入ろうと思っていた。
窓をノックすれば、きっと母は迎え入れてくれるだろう。もしも不在だったら、エリトは諦めるつもりでいた。
(生きていれば、いつでも会えるし……それにきっと、宗主が会わせてくれる)
宗主は、この街の外れにある村でエリトを待っている。そう思うだけで、気が急いてしまう。
母に会いたいといったのはエリトなのに、早く済ませて宗主に会いたい気持ちが先行してしまうのだ。
我ながら、どうかしてる。そう思いながら、エリトはつい頬を緩ませた。
しかし緩んだ気持ちが、急激に張り詰める。複数の殺気に囲まれている事に、エリトは気付いたのだ。慌てて周りを見ると、体躯の大きな男たちがこちらへ向かってくるのが見える。
身構えていると、すぐ後ろから女性の声がした。
「エリトさん、囲まれてます。俺が散らすから、逃げて」
「……スガノさん! 俺も戦えます!」
「どうしようもなくなったら、手伝ってください。今はともかく、逃げて下さい」
その言葉を言い終わらないうちに、スガノはエリトの前に躍り出ていた。
そして大事に抱えていた荷物から、刃の厚さがえげつなく太い双剣を取り出す。
可憐で華奢な女性が、信じられないほどの殺気を垂れ流している。駆け寄って来た男たちは、その姿にぎょっと足を止めた。
「だ、誰だ、お前は?」
「……通りすがりの、可愛い女の子ですけどぉ?」
そう言いながら、スガノは口端を吊り上げる。そして双剣を構えると、地を蹴った。
砂煙が舞い、スガノの姿が消える。次の瞬間には前方にいた男の一人が、血しぶきを上げて倒れていく。
いつのまにか至近距離にいたスガノに、近くの男たちが身を低くするも、もう遅い。
横にいた男が武器を構える間もないまま、可憐な女性が双剣を走らせる。
男たちの叫び声を聞きながら、エリトは前方を見る。包囲が少しだけ解けた場所へ向かって、エリトは駆けた。
痛む足が邪魔だが、今はそれどころではない。包囲を抜けて後方を見ると、複数人の男がスガノに襲い掛かっているのが見えた。
出発前にスガノに言われた言葉を思い出し、エリトは唇を噛み締める。
『いいっすか、エリトさん。この人間の肉体は依代です。死にそうになったら俺ら魔族は、いつでもこの肉体を捨てられます。もしガーランデで何かあっても、俺の心配は無用です』
路地を走り抜けて脇道に入ると、エリトは少しだけ速度を落とした。痛む足を引き摺りながら、荒れた息を整える。
母の屋敷の前で襲われた。
しかも狙いは明らかにエリトだった。
自分が生きているのを、監視官は知っているという事だ。そしてエリトが母に会いに来るのを待ち構えていたのだろう。
(どうしよう……スガノさんを巻き込んだ……! そうだ、タオさん!)
『俺になんかあったら、タオを呼んでください』
そうスガノに言われていた事を思い出し、エリトは息を吸い込んだ。しかしタオの名前を口にしようとした瞬間、その口を後ろから塞がれた。
そして同時に、懐かしい声が耳に届く。
「エリト、落ち着いて。……私よ」
「……!? 母さん?」
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