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後編
第41話 記憶の奥底から
しおりを挟むエリトは戸惑いながら、あることを思い出した。未だ戸惑いの表情を浮かべる宗主の肩を、エリトはぽんぽんと叩く。
「そ、そういえば俺、森で何度もあんたを見かけたことがあるんだ。宗主の狩り方を、隠れて参考にしたこともある。……多分、そのせいだ、と思う」
「……そうか。わかった」
やっと笑顔に戻った宗主を見て、エリトはほっと息をついた。しかしまだ何か、エリトの中で引っかかる。
宗主にチェルククの狩り方を教わった光景が、一瞬脳裏に浮かんだのだ。もちろんそんな経験はない。
「エリト。屋敷へ戻ろう」
「……うん……」
宗主に抱き上げられ、またエリトは黒鉄に跨った。宗主も同じく乗り、同じ道を引き返す。
エリトはずっと気になっていたことを、宗主に投げかけた。
「宗主……。その眼帯……昔、大けがでもしたのか?」
「これか? それほど大きな怪我でもない。目も正常に見えている」
「……? じゃあ何で、眼帯をつけてるんだ?」
エリトの問いを受けて、宗主は自身の眼帯に触れる。懐かしむように目を細める表情を見て、エリトの胸がちりちりと焦がれた。
「……この傷は、ある人との絆なんだ。……だから、他の者には見せたくない」
「……他のひと?」
「ああ。『ある人』以外には、あまり見せたくない」
誰かを思い出しているかのように、宗主の瞳が揺れる。その様子を見て、エリトの胸がまた痛んだ。
(ある人って、誰? そんな表情を浮かべるほどの人って、誰?)
そう思ってしまった自分を振り払うように、エリトは頭を振る。まるで嫉妬のような感情が湧いたことに、自分でも驚いた。
ちらりと宗主を仰ぎ見ると、その表情は未だに揺らいでいる。見えている片方の瞳が、少し潤んでいるのも気のせいではない。
喉の奥が痛くなって、エリトは視線を伏せた。すると宗主が、手綱を握っていない方の腕でエリトをぎゅっと抱き寄せる。その抱擁には想いが籠っていて、エリトの胸はますます痛んだ。
(ある人の事を……まだ想っているのかな)
ある人は、女性だろうか。どちらにしてもきっと素敵な人に違いない。宗主に向ける感情が、自分の中でどんどん変わっていく。それを実感すればする程、エリトの胸は焦がされた。
自分を抱きしめる腕をぎゅっと掴んで、エリトは視線を上げる。もう屋敷はそこまで迫っていて、今度は楽しい時間の終わりに胸が痛んだ。
________
執務室へ入り、宗主は深く息を吐いた。その息が震えていて、自嘲気味に笑いを零す。
数百年前、確かに宗主はエリトにチェルククの狩り方を教えた。ガーランデにあるソリル村で共に過ごした時間は、今でも鮮やかに蘇る。その時のエリトの姿も、忘れようとしても忘れられなかった。
(エリトの中に、あの時のエリトが残っている。……思い出させることは、できるのか?)
そうは思うものの、自分の胸の奥に恐れが湧くのを止められない。あの時置いて行ってしまった事を、ずっと宗主は悔いて来た。誰もいなくなった家を見てエリトがどれだけ悲しんだか、想像もしたくない。
(思い出せば、また辛い想いをするのか? ……そして置き去りにした俺を、エリトは許してくれるのか?)
あまりに自分勝手な想いだと解っていながら、もうエリトを失いたくはなかった。
なにも思い出さないまま、自分を愛してくれたら。しかしそんな想いを抱く自分に、数百年前のエリトが責めるような目を向けている気がする。
(いや……思い出してほしい。思い出したエリトに、謝りたい。……俺の全てを捧げてもいい)
エリトが拒絶しても、全て受け入れよう。そう心に決めた。
置き去りにした罪は、何を犠牲にしても清算する。
右目の古傷が引き攣り、宗主は眼帯の上から傷痕を撫でた。
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