上 下
42 / 56
後編

第41話 記憶の奥底から

しおりを挟む
 
 エリトは戸惑いながら、あることを思い出した。未だ戸惑いの表情を浮かべる宗主の肩を、エリトはぽんぽんと叩く。

「そ、そういえば俺、森で何度もあんたを見かけたことがあるんだ。宗主の狩り方を、隠れて参考にしたこともある。……多分、そのせいだ、と思う」
「……そうか。わかった」

 やっと笑顔に戻った宗主を見て、エリトはほっと息をついた。しかしまだ何か、エリトの中で引っかかる。
 宗主にチェルククの狩り方を教わった光景が、一瞬脳裏に浮かんだのだ。もちろんそんな経験はない。

 
「エリト。屋敷へ戻ろう」
「……うん……」

 宗主に抱き上げられ、またエリトは黒鉄に跨った。宗主も同じく乗り、同じ道を引き返す。
 エリトはずっと気になっていたことを、宗主に投げかけた。

「宗主……。その眼帯……昔、大けがでもしたのか?」
「これか? それほど大きな怪我でもない。目も正常に見えている」
「……? じゃあ何で、眼帯をつけてるんだ?」

 エリトの問いを受けて、宗主は自身の眼帯に触れる。懐かしむように目を細める表情を見て、エリトの胸がちりちりと焦がれた。

「……この傷は、ある人との絆なんだ。……だから、他の者には見せたくない」
「……他のひと?」
「ああ。『ある人』以外には、あまり見せたくない」


 誰かを思い出しているかのように、宗主の瞳が揺れる。その様子を見て、エリトの胸がまた痛んだ。

(ある人って、誰? そんな表情を浮かべるほどの人って、誰?)

 そう思ってしまった自分を振り払うように、エリトは頭を振る。まるで嫉妬のような感情が湧いたことに、自分でも驚いた。

 ちらりと宗主を仰ぎ見ると、その表情は未だに揺らいでいる。見えている片方の瞳が、少し潤んでいるのも気のせいではない。

 喉の奥が痛くなって、エリトは視線を伏せた。すると宗主が、手綱を握っていない方の腕でエリトをぎゅっと抱き寄せる。その抱擁には想いが籠っていて、エリトの胸はますます痛んだ。

(ある人の事を……まだ想っているのかな)
 
 ある人は、女性だろうか。どちらにしてもきっと素敵な人に違いない。宗主に向ける感情が、自分の中でどんどん変わっていく。それを実感すればする程、エリトの胸は焦がされた。

 自分を抱きしめる腕をぎゅっと掴んで、エリトは視線を上げる。もう屋敷はそこまで迫っていて、今度は楽しい時間の終わりに胸が痛んだ。


________

 執務室へ入り、宗主は深く息を吐いた。その息が震えていて、自嘲気味に笑いを零す。

 数百年前、確かに宗主はエリトにチェルククの狩り方を教えた。ガーランデにあるソリル村で共に過ごした時間は、今でも鮮やかに蘇る。その時のエリトの姿も、忘れようとしても忘れられなかった。

(エリトの中に、あの時のエリトが残っている。……思い出させることは、できるのか?)

 そうは思うものの、自分の胸の奥に恐れが湧くのを止められない。あの時置いて行ってしまった事を、ずっと宗主は悔いて来た。誰もいなくなった家を見てエリトがどれだけ悲しんだか、想像もしたくない。

(思い出せば、また辛い想いをするのか? ……そして置き去りにした俺を、エリトは許してくれるのか?)

 あまりに自分勝手な想いだと解っていながら、もうエリトを失いたくはなかった。

 なにも思い出さないまま、自分を愛してくれたら。しかしそんな想いを抱く自分に、数百年前のエリトが責めるような目を向けている気がする。

(いや……思い出してほしい。思い出したエリトに、謝りたい。……俺の全てを捧げてもいい)

 エリトが拒絶しても、全て受け入れよう。そう心に決めた。
 置き去りにした罪は、何を犠牲にしても清算する。

 右目の古傷が引き攣り、宗主は眼帯の上から傷痕を撫でた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

騎士団長である侯爵令息は年下の公爵令息に辺境の地で溺愛される

Matcha45
BL
第5王子の求婚を断ってしまった私は、密命という名の左遷で辺境の地へと飛ばされてしまう。部下のユリウスだけが、私についてきてくれるが、一緒にいるうちに何だか甘い雰囲気になって来て?! ※にはR-18の内容が含まれています。 ※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。 フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。 前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。 声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。 気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――? 周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。 ※最終的に固定カプ

愛しい番の囲い方。 半端者の僕は最強の竜に愛されているようです

飛鷹
BL
獣人の国にあって、神から見放された存在とされている『後天性獣人』のティア。 獣人の特徴を全く持たずに生まれた故に獣人とは認められず、獣人と認められないから獣神を奉る神殿には入れない。神殿に入れないから婚姻も結べない『半端者』のティアだが、孤児院で共に過ごした幼馴染のアデルに大切に守られて成長していった。 しかし長く共にあったアデルは、『半端者』のティアではなく、別の人を伴侶に選んでしまう。 傷付きながらも「当然の結果」と全てを受け入れ、アデルと別れて獣人の国から出ていく事にしたティア。 蔑まれ冷遇される環境で生きるしかなかったティアが、番いと出会い獣人の姿を取り戻し幸せになるお話です。

竜王陛下の愛し子

ミヅハ
BL
この世界の遙か上空には〝アッシェンベルグ〟という名の竜の国がある。 彼の国には古くから伝わる伝承があり、そこに記された者を娶れば当代の治世は安寧を辿ると言われているのだが、それは一代の王に対して一人しか現れない類稀な存在だった。 〝蓮の花のアザ〟を持つ者。 それこそが目印であり、代々の竜王が捜し求めている存在だ。 しかし、ただでさえ希少な存在である上に、時の流れと共に人が増えアザを持つ者を見付ける事も困難になってしまい、以来何千年と〝蓮の花のアザ〟を持つ者を妃として迎えられた王はいなかった。 それから時は流れ、アザを持つ者が現れたと知ってから捜し続けていた今代の王・レイフォードは、南の辺境近くにある村で一人の青年、ルカと出会う。 土や泥に塗れながらも美しい容姿をしたルカに一目惚れしたレイフォードは、どうにか近付きたくて足繁く村へと通いルカの仕事を手伝う事にした。 だがそんな穏やかな時も束の間、ある日突然村に悲劇が訪れ────。 穏和な美形竜王(攻)×辺境の村育ちの美人青年(受) 性的描写ありには※印つけてます。 少しだけ痛々しい表現あり。

絶対抱かれない花嫁と呪われた後宮

あさ田ぱん
BL
 ヴァレリー侯爵家の八男、アルノー・ヴァレリーはもうすぐ二十一歳になる善良かつ真面目な男だ。しかし八男のため王立学校卒業後は教会に行儀見習いにだされてしまう。一年半が経過したころ、父親が訪ねて来て、突然イリエス・ファイエット国王陛下との縁談が決まったと告げられる。イリエス・ファイエット国王陛下の妃たちは不治の病のため相次いで亡くなっており、その後宮は「呪われた後宮」と呼ばれている。なんでも、嫉妬深い王妃が後宮の妃たちを「世継ぎを産ませてなるものか」と呪って死んだのだとか...。アルノーは男で、かわいらしくもないので「呪われないだろう」という理由で花嫁に選ばれたのだ。自尊心を傷つけられ似合わない花嫁衣装に落ち込んでいると、イリエス・ファイエット国王陛下からは「お前を愛するつもりはない。」と宣言されてしまい...?! ※R-18 は終盤になります ※ゆるっとファンタジー世界ですが魔法はありません。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

わがまま公爵令息が前世の記憶を取り戻したら騎士団長に溺愛されちゃいました

波木真帆
BL
※2024年12月中旬アルファポリス・アンダルシュノベルズさまより本作が書籍化されます! <本編完結しました!ただいま、番外編を随時更新中です> ユロニア王国唯一の公爵家であるフローレス公爵家嫡男・ルカは王国一の美人との呼び声高い。しかし、父に甘やかされ育ったせいで我儘で凶暴に育ち、今では暴君のようになってしまい、父親の言うことすら聞かない。困った父は実兄である国王に相談に行くと腕っ節の強い騎士団長との縁談を勧められてほっと一安心。しかし、そのころルカは今までの記憶を全部失っていてとんでもないことになっていた。 記憶を失った美少年公爵令息ルカとイケメン騎士団長ウィリアムのハッピーエンド小説です。 R18には※つけます。

厄介払いで結婚させられた異世界転生王子、辺境伯に溺愛される

楠ノ木雫
BL
旧題:BLの世界で結婚させられ厄介払いされた異世界転生王子、旦那になった辺境伯に溺愛される〜過酷な冬の地で俺は生き抜いてみせる!〜  よくあるトラックにはねられ転生した俺は、男しかいないBLの世界にいた。その世界では二種類の男がいて、俺は子供を産める《アメロ》という人種であった。  俺には兄弟が19人いて、15番目の王子。しかも王族の証である容姿で生まれてきてしまったため王位継承戦争なるものに巻き込まれるところではあったが、離宮に追いやられて平凡で平和な生活を過ごしていた。  だが、いきなり国王陛下に呼ばれ、結婚してこいと厄介払いされる。まぁ別にいいかと余裕ぶっていたが……その相手の領地は極寒の地であった。  俺、ここで生活するのかと覚悟を決めていた時に相手から離婚届を突き付けられる。さっさと帰れ、という事だったのだが厄介払いされてしまったためもう帰る場所などどこにもない。あいにく、寒さや雪には慣れているため何とかここで生活できそうだ。  まぁ、もちろん旦那となった辺境伯様は完全無視されたがそれでも別にいい。そう思っていたのに、あれ? なんか雪だるま作るの手伝ってくれたんだけど……?  R-18部分にはタイトルに*マークを付けています。苦手な方は飛ばしても大丈夫です。

処理中です...