冷酷非道な魔神様は、捌き屋に全てを捧げる

墨尽(ぼくじん)

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後編

第38話 その日の朝から

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「宗主!」

 エリトは宗主の姿を見ると、弾けるように笑う。それを受けた宗主は、無表情だ。
 しかし眼帯の下の瞳が、スガノを捕らえる。『退出せよ』の瞳を受けて、スガノは微笑みながら頷いた。

 スガノが出ていった音にも気付かないまま、エリトは宗主へと口を開く。

「おかえり。あんたも忙しいんだな」
「大した用ではない。それよりどうした? 何か期待しているな?」

 ゼオが座っていたスツールに座り、宗主はエリトへ瞳を向ける。エリトはにこにこと笑いながら、宗主へと身を乗り出した。

「昨日の本の続き、早く聞きたくて! あ、でも帰って来たばかりだろ? 着替えて、ゆっくりしてからでいいからさ、続きを聞かせてよ」
「ああ……昨日のあれか? 魔族の国じゃ、有名な話だ。ゼオに聞いてもスガノに聞いても、続きを話せるぞ?」
「そうなのか?」

 宗主は頷くと、手のひらを広げる。その上にぽんっと本が載り、エリトは顔を輝かせた。


 攻撃を手段としない魔法を、エリトはこの屋敷に来て初めて見た。こうして宗主が魔法で本を出すのも、エリトにとっては物珍しく、胸躍るような気持ちになる。

 目を輝かせて本を見るエリトに、宗主は目を細めた。パラパラと自動的にページが捲られ、ぱたりと本が開く。


「……さて、昨日は……」
「魔族の皇子とターニャの結婚式、の前まで読んだ!」
「……もう終盤だな。ここから先は、後日談のようなものだ」
「……そっか。魔族の国は、この2人が統治する。そう言ってたもんな」

 宗主は頷くと、話の続きを読み始めた。薄く微笑みながら聞き入るエリトを見ながら、穏やかな口調で語る。

「……そしてターニャは、この国の宰相となる。魔族と人間のハーフである彼女は、才能に溢れていた。魔族同士で争う時代は終わり、魔族の国に和平が訪れた」
「………すげぇなぁ、ターニャ……。自分の出自に翻弄されながらも、ちゃんと愛する人を守ったんだ」
「……ターニャは人間の国で生まれたが、魔族の国で幸せになった。魔族と人間は、子を成せる確率が非常に低い。よって魔族と人間のハーフは希少で、この国では大事にされている」

 閉じた本がしゅるりと音を立てて消えると、エリトがほうっと息を吐く。
 身を凭れさせていた枕に頭を沈ませて、エリトは余韻を楽しむかのように微笑んだ。

「……面白かった。また読んで……って、無理か」
「? 何故だ」
「だって俺、もうすぐ元気になるよ? そしたら、盟約を果たさなきゃだろ?」

 目線は天井を向いたまま、エリトは話す。この生活は期間限定のはずだ。
 エリトは何も言わない宗主に目を向けるが、相変わらず表情が読めない。答えてはくれないだろうと思いながらも、エリトは宗主へと問う。

「……なぁ、盟約の代償って……何なんだ?」
「……ああ。……エリトが、元気になったら……」
「うん?」

 宗主が視線を合わせ、エリトの手を取る。答えをくれそうな宗主に、エリトは驚きの目を向けた。
 真剣な眼差しに見据えられ、エリトの胸が少し跳ねる。そして形の良い宗主の唇が、そっと動いた。

「エリトを抱く」

「………え?」

 弱々しく声を漏らしたエリトの手の甲に、宗主はそっと唇を落とす。そしてそのまま視線を上げ、エリトを見上げた。

「エリトが元気になるまでに、エリトが俺を愛するよう、努力する」
「………え? えっと……」
「覚悟しておけ」

 宗主はそう言うと、エリトの額にも口付けて立ち上がった。そのまま部屋を出ていく宗主を、エリトは見送るしかない。
 そして少し遅れて、心臓が暴れ出す。

「えぇえええぇ……?」

 戸惑いと驚きと、何もかもがないまぜになって、エリトは寝台の上で悶えた。


 その次の朝からだ。
 朝、エリトが目を覚ますと、いつも傍に宗主がいるようになった。

 そして宗主は、寝ぼけ眼のエリトに問うのだ。

「エリト、今日はどこがいい?」
「……っ! ………お……おでこ……」

 その答えに宗主は頷くと、エリトの額に唇を落とす。
 そして蕩けるような笑みを浮かべて、こう言うようになった。

「おはよう。大好きな、俺のエリト」

 この言葉を聞くと、エリトの頭がじゅわりと音を立てる。何か懐かしい感覚が湧き出し、胸がぎゅっと締め付けられるのだ。

(お、俺、どうしちゃったんだろう……)

 エリトがドキドキしている間に、宗主はいつも部屋を出ていく。そして少し経つと、朝食を載せた盆を運んでくるのだ。

 2人で朝食を取る間、エリトはドキドキしっぱなしだった。宗主は何事もなかったかのように穏やかで、最初会った時の威圧感もない。

 そして時折、宗主は眼帯の下から寂しさを滲ませる。その表情が胸を突いて、エリトはますます落ち着かないのだ。
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