冷酷非道な魔神様は、捌き屋に全てを捧げる

墨尽(ぼくじん)

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前編

第30話 折り合いと絶望

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「教える必要があるか?」

 クラーリオの言葉に、男たちの態度が変わった。じり、と距離を詰めようとするのを、クラーリオは目で制する。眼光鋭く睨むと、男たちの身体が萎縮するのが分かった。

(ここでこいつらを殺すのは容易い。だが、エリトの無事がまだ確認出来ていない)

 カウンターに押し付けられて震える店主の身体に、クラーリオは更に体重を掛けた。店主がくぐもった声を上げると、男たちが一歩後退する。
 男たちの反応からすると、この店主はそれなりの立場なのだろう。

「……お前、やはり他国から来たハンターだな? ここの捌き屋を狙っていたんだろう?」
「ハンター? 知らないな」
「しらを切るな! それでなければ、捌き屋に接触する理由がない!」


(こいつら、何の組織なんだ? 人間の間では認知されているのか?)

 目の前の男たちは、体躯もいいが服装もちゃんとしている。寄せ集めの傭兵ではなく、明らかにどこかの組織に所属している私兵だ。
 むやみに無知を露呈すると、間違った憶測を抱かれる可能性がある。

 エリトもエリトの母も、安全が確保できていない。そんな中で敵の懐に入る方法は、この状況では一つしか思いつかない。

 クラーリオは右側の窓の外に人の気配を感じながら、小さく溜息をついた。次の瞬間、激しい破壊音が響く。
 窓を割って入って来た男に頭を殴打され、クラーリオは意識を失った。



________

 エリトが目を開くと、相変わらず目の前には石の床が広がっている。身体中の痛みは日に日に増すが、意識を保てる時間も少なくなってきた。
 熱を持った頭が重く、指先に力を入れることも出来ない。

(あれから、どれくらい経ったんだろう……)

 地下牢に窓はない。食事も運ばれてくるが、日に何回なのかはエリトにもわからない。口にする気力もないため、知らないうちに下げられてしまうことも多かった。


 捕まってからずっと、エリトは自分の心と折り合いをつけていた。

 クラーリオは他国の人間だった。捌き屋を攫うために、自分に近づいた。
 きっと今はもう、仲間と共に逃げ切っている。遠い自分の国へ、きっともう着く頃だ。

(クリオから貰ったものは、確かにあった。それでいい)

 抱いていた淡い想いも、幸せな記憶も、心の奥底にしまっておこう。エリトはそう決めていた。
 あと数日たてば、ドワソンも諦めるだろう。身体が治れば、またエリトは捌き屋に戻る。
母のために狩って捌くだけだ、とぼんやりした意識の中で繰り返す。

 時折襲ってくる胸の痛みも、痛む足を動かせば和らぐ気がした。


 鎖が緩められ、横たわることが出来るようになったのはつい先ほどの事だった。弱り続けるエリトに舌打ちをして、アージャンが緩めてくれたのだ。

「はは……いいとこ……あるわ」

 弱々しい自身の声を聞きながら、エリトは目の前の床を見つめる。誰かの足音が聞こえた気がしてエリトが視線を上げると、牢屋の外にドワソンが立っていた。
 ドワソンはその顔に、下賤な笑みを浮かべている。牢屋の鉄柵を掴んで、ドワソンは愉快そうに口を開いた。

「捌き屋ぁ。面会だ」
「……?」

 ドワソンの後ろから、アージャンが現れた。何かをずるずると引き摺ってきているのが、牢屋の中からも見える。
 エリトは横たわったまま、アージャンの引き摺って来たものを見た。

「!!」

 アージャンが手を離し、それがどさりと音を立てて地面に落ちる。
 それはクラーリオだった。

 顔中痣だらけで、髪も血に濡れている。髪だけではない、クラーリオが身に着けている服のあちこちに血が滲み、指先は赤黒く変形している。

 痛みも忘れて、エリトは飛び起きた。全身から汗が吹き出し、心臓が早鐘を打つ。

 狼狽えるエリトを見て、ドワソンは口端を吊り上げた。凶悪に歪んだ顔が、引き攣りながらも笑顔を湛える。

「良かったな、捌き屋。まだ生きてるぜぇ?」
「……そんな……」
「そんな? まさか逃げおおせたとでも思っていたのか?」
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