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前編
第23話 憧れとの出会い
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ナークレン側の森で一通り狩りを終えたエリトは、川辺で休憩していた。川を隔てて向こう側には、ヘラーリアという魔族の街がある。
魔族と言ってもそれほど人間とは変わらず、魔獣の被害は同じく受ける。その為か、ナークレン側に魔族が来ることは無かった。
(この森、魔泉が多いんだよな。特にヘラーリア側に偏ってるみたいだし……)
川の向こう側を見ながら、エリトは無意識にクラーリオの姿を探す。
森の調査をすると言っていたが、詳しく何をしているのかはエリトには分からない。ただ、魔獣について知識が無さそうなクラーリオが危ない目に合っていないか、気には掛かる。
「……仕事仲間がいるから、大丈夫だとは思うけど……」
あの岩を持ち上げるほどの屈強な仲間たちは、きっとクラーリオを助けてくれるだろう。
そう思いながらエリトが立ち上がった瞬間、遠くから微かに魔獣の声が聞こえた。交戦しているような音も聞こえ、思わず走り出す。
クラーリオが襲われていたら。そう思うと、エリトの腹の底が冷えていく。
一心不乱に駆けていると、急に目の前が拓けた。そこには巨大な魔泉が湧き出しており、複数の魔獣が蠢いている。
咄嗟に木の陰へ身を隠すものの、僅かに遅かった。小型の魔獣がエリトを見つけ、カラカラと翅を震わせる。
(警戒信号……! やばい、仲間が来る!)
翅を持つ小型の魔獣は、群れを成して人間を襲う。群れで来られては、エリトでも成す術がない。踵を返そうと身を低くすると、目の前の魔獣が突然燃え上がった。
それは、目標を一瞬で炭化するほどの強力な炎の魔法だった。思わず身構えると、遠くから翅音が近づいてくる。
先ほどの警戒信号を拾った魔獣が、群れを成して近づいて来ている音だ。
(まだ距離がある。こっちから攻撃を仕掛ければ……!)
そう直感したエリトが武器を構える前に、目の前を黒い影が過ぎった。
その影は魔獣に直進し、個体に剣を突き立てる。確実に急所を狙った攻撃に、エリトは息を吞んだ。
『例のあの人だ』
エリトは一目で分かった。
一瞬で敵を葬り、素材を多く残して去って行く、あの人。
真っ黒な外套を身に着けて、顔の右側は大ぶりな眼帯で覆われている。
真っ黒な髪に、尖った耳。身体も人間より大きい。彼が魔族だというのは明らかだった。
しかし不思議なことに、エリトは彼に恐怖を感じなかった。
今までの狩り場での恩は、計り知れない。その上、彼の戦い方はエリトにとってのお手本だった。憧憬とも言える感情を、エリトは彼に抱いていた。
その魔族は一瞬で魔獣の群れを狩り、血に濡れた剣を振り下ろす。そして顔だけが振り返り、エリトを睨みつけた。
「なぜここに、人間がいる?」
まさに地を這うような声に、本能がぞくりと震える。しかし芯から怖いとは思えず、エリトは僅かに距離を取った。
「……俺は、捌き屋です。魔族にも、捌き屋の事は認知されているはず」
「……認知はしているが、殺せないわけではない」
魔族と人間が戦争をしていた数百年前とは違い、今ではお互いに危害を加え合う事はない。捌き屋も、残された素材を採取しているだけで、魔族から襲われることはなかった。
しかしあくまで暗黙の了解で『危害を加えてはいけない』という規則は確かにない。
じり、ともう一度エリトが後退すると、ふと魔族の瞳が見開かれる。反応できないほどの速さでエリトは腕を掴まれ、魔族の傍へと引っ張られた。
「なにを……! っつ!?」
エリトが今しがた居た所に、魔族は剣を突き立てる。地面の下から血が噴き出し、断末魔の叫びがあたりに木霊した。
エリトが魔族を見上げると、その瞳に浮かぶのは確かに動揺だった。眉根に寄った皺も、悩まし気に見える。
「……餓鬼だ。土の中にいるとはな」
「………助けて、くれたのか……?」
エリトの言葉を否定するかのように、魔族はふと視線を逸らした。
エリトから離れて突き立てていた剣を握りなおし、抉るように引き出す。その先端に刺さっていたのは、確かに餓鬼の頭部だった。
餓鬼の角は、かなりの高値で売れる。エリトが見つめていると、魔族が剣を掃ってその頭部を地面に落とした。
「それ、いらない? もらっていいか?」
「……不要だ」
「やった、もらうぞ!」
エリトが餓鬼の頭部に駆け寄ると、魔族が先ほど倒した魔獣を剣で指し示した。抑揚のない声で、エリトに向けて呟く。
「あれも、あれも、不要だ」
「えっ!?」
エリトが歓喜の声を上げると、魔族が踵を返す。その背中にエリトは慌てて問いかけた。
「あんた、名前は!?」
「……」
「名前だけ、教えてくれよ」
「………人間は俺の事を、暴戻の魔神と呼ぶ」
呟くように魔族が零した言葉を、エリトは繰り返した。う~んと首を捻りながら、彼の前へと回り込む。
「魔神さんでいいか?」
「! ……お前、俺が怖くないのか?」
その問いに、エリトは吹き出した。
手に持っていた餓鬼の頭部を掲げ、散らかった魔獣の死骸を指で差す。
「こんなに貰って、怖いわけがないだろ? あんたはいつも良い奴だ」
「……チッ」
舌打ちして去って行く魔神の背中を見送って、エリトはふ、と吹き出した。
(全然怖くなんかない。めっちゃ良い人だった! 帰ったらクリオに報告しよう)
頬を緩ませて、エリトは残された素材を剥いだ。
魔族と言ってもそれほど人間とは変わらず、魔獣の被害は同じく受ける。その為か、ナークレン側に魔族が来ることは無かった。
(この森、魔泉が多いんだよな。特にヘラーリア側に偏ってるみたいだし……)
川の向こう側を見ながら、エリトは無意識にクラーリオの姿を探す。
森の調査をすると言っていたが、詳しく何をしているのかはエリトには分からない。ただ、魔獣について知識が無さそうなクラーリオが危ない目に合っていないか、気には掛かる。
「……仕事仲間がいるから、大丈夫だとは思うけど……」
あの岩を持ち上げるほどの屈強な仲間たちは、きっとクラーリオを助けてくれるだろう。
そう思いながらエリトが立ち上がった瞬間、遠くから微かに魔獣の声が聞こえた。交戦しているような音も聞こえ、思わず走り出す。
クラーリオが襲われていたら。そう思うと、エリトの腹の底が冷えていく。
一心不乱に駆けていると、急に目の前が拓けた。そこには巨大な魔泉が湧き出しており、複数の魔獣が蠢いている。
咄嗟に木の陰へ身を隠すものの、僅かに遅かった。小型の魔獣がエリトを見つけ、カラカラと翅を震わせる。
(警戒信号……! やばい、仲間が来る!)
翅を持つ小型の魔獣は、群れを成して人間を襲う。群れで来られては、エリトでも成す術がない。踵を返そうと身を低くすると、目の前の魔獣が突然燃え上がった。
それは、目標を一瞬で炭化するほどの強力な炎の魔法だった。思わず身構えると、遠くから翅音が近づいてくる。
先ほどの警戒信号を拾った魔獣が、群れを成して近づいて来ている音だ。
(まだ距離がある。こっちから攻撃を仕掛ければ……!)
そう直感したエリトが武器を構える前に、目の前を黒い影が過ぎった。
その影は魔獣に直進し、個体に剣を突き立てる。確実に急所を狙った攻撃に、エリトは息を吞んだ。
『例のあの人だ』
エリトは一目で分かった。
一瞬で敵を葬り、素材を多く残して去って行く、あの人。
真っ黒な外套を身に着けて、顔の右側は大ぶりな眼帯で覆われている。
真っ黒な髪に、尖った耳。身体も人間より大きい。彼が魔族だというのは明らかだった。
しかし不思議なことに、エリトは彼に恐怖を感じなかった。
今までの狩り場での恩は、計り知れない。その上、彼の戦い方はエリトにとってのお手本だった。憧憬とも言える感情を、エリトは彼に抱いていた。
その魔族は一瞬で魔獣の群れを狩り、血に濡れた剣を振り下ろす。そして顔だけが振り返り、エリトを睨みつけた。
「なぜここに、人間がいる?」
まさに地を這うような声に、本能がぞくりと震える。しかし芯から怖いとは思えず、エリトは僅かに距離を取った。
「……俺は、捌き屋です。魔族にも、捌き屋の事は認知されているはず」
「……認知はしているが、殺せないわけではない」
魔族と人間が戦争をしていた数百年前とは違い、今ではお互いに危害を加え合う事はない。捌き屋も、残された素材を採取しているだけで、魔族から襲われることはなかった。
しかしあくまで暗黙の了解で『危害を加えてはいけない』という規則は確かにない。
じり、ともう一度エリトが後退すると、ふと魔族の瞳が見開かれる。反応できないほどの速さでエリトは腕を掴まれ、魔族の傍へと引っ張られた。
「なにを……! っつ!?」
エリトが今しがた居た所に、魔族は剣を突き立てる。地面の下から血が噴き出し、断末魔の叫びがあたりに木霊した。
エリトが魔族を見上げると、その瞳に浮かぶのは確かに動揺だった。眉根に寄った皺も、悩まし気に見える。
「……餓鬼だ。土の中にいるとはな」
「………助けて、くれたのか……?」
エリトの言葉を否定するかのように、魔族はふと視線を逸らした。
エリトから離れて突き立てていた剣を握りなおし、抉るように引き出す。その先端に刺さっていたのは、確かに餓鬼の頭部だった。
餓鬼の角は、かなりの高値で売れる。エリトが見つめていると、魔族が剣を掃ってその頭部を地面に落とした。
「それ、いらない? もらっていいか?」
「……不要だ」
「やった、もらうぞ!」
エリトが餓鬼の頭部に駆け寄ると、魔族が先ほど倒した魔獣を剣で指し示した。抑揚のない声で、エリトに向けて呟く。
「あれも、あれも、不要だ」
「えっ!?」
エリトが歓喜の声を上げると、魔族が踵を返す。その背中にエリトは慌てて問いかけた。
「あんた、名前は!?」
「……」
「名前だけ、教えてくれよ」
「………人間は俺の事を、暴戻の魔神と呼ぶ」
呟くように魔族が零した言葉を、エリトは繰り返した。う~んと首を捻りながら、彼の前へと回り込む。
「魔神さんでいいか?」
「! ……お前、俺が怖くないのか?」
その問いに、エリトは吹き出した。
手に持っていた餓鬼の頭部を掲げ、散らかった魔獣の死骸を指で差す。
「こんなに貰って、怖いわけがないだろ? あんたはいつも良い奴だ」
「……チッ」
舌打ちして去って行く魔神の背中を見送って、エリトはふ、と吹き出した。
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