上 下
22 / 56
前編

第21話 他種族料理教室

しおりを挟む
 クラーリオが用意した服は、厚くて暖かい寝間着だった。ふわふわと肌触りが良くて、エリトは思わず身体中をパタパタと叩く。

「風呂上がりなのに少しも寒くない! すごい」

 感動しながら家へと入ると、クラーリオがニコニコしながら立っている。相変わらず目元は隠れているが、歪みのない優しい笑みだった。

「エリト、夕飯!」
「ゆうはん?」

 クラーリオが後ろ手に隠していた手を、エリトへと差し出す。
 そこにはエリトの母が良く作ってくれる『米を握って海苔で巻いたもの』が乗っていた。

 エリトが信じられないといった顔でクラーリオを見ると、彼は幸せそうに微笑んだ。



_________

数時間前______



「米を握って、海苔で巻いた料理? のりってなんすか?」
「海藻を干したものだ。人間界ではポピュラーな食材だぞ。……お前に聞いたのが間違いだったな、スガノ」

 そう呟くクラーリオはすっかり『暴戻の魔神』に戻っている。先ほど合流したときは人間の姿だったが、魔神の姿に戻ると途端に冷たい雰囲気になる。


 ヘラーリアの森を調査しに来たクラーリオに、スガノは珍しく同行していた。最近のクラーリオの様子が気になっていたし、何より興味が勝った。

 ナークレンの隣にあるヘラーリアで魔獣が溢れているのは、クラーリオにとって都合がよかったようだ。軍をヘラーリアに駐留させ、森を調査しながらクラーリオはナークレンへと足繫く通う。


「宗主の可愛い生き物は、リゾット喜んでくれたんすか?」
「ああ、朝も昼も旨そうに食べてくれた」
「……ええ、まじかよ……」

 顔を歪めて言うスガノに、クラーリオは鋭い目を向けるものの、直ぐに視線を外す。抗議してこないのは、自分でも自覚があるからだろう。

 実のところ、クラーリオの料理はまだ不味い。クラーリオもそれは分かっているようで、自分で作ったものを食べては顔を歪ませていた。

「あの料理食べて美味いって……相当飢えてますね、その生き物」
「……きらきらした瞳で、喜んでくれた」
「うっわ、ぐぅ天使じゃないですか? はやく連れ帰りましょうよ」

 軽い口調で言うスガノに、クラーリオは咎めるような目を向ける。いつもなら無表情、無反応であるクラーリオの挙動が嬉しくて、スガノはつい顔を綻ばせた。

 ニヤついているスガノを見て、クラーリオが眉に深い皺を刻んだ。

「魔族の屋敷にそう気軽に連れて帰れるものか。信頼関係というものを知らんのか」
「……はは、そうっすよね……(コミュニケーション能力皆無の誰かさんに言われたくないわな)」

 スガノが曖昧に笑っていると、ジョリスが駆けてきた。愛剣を血に濡らし、息は荒い。

「っはぁ、お二人とも、余裕ですね! もう、スガノさん! 現役に戻ってくださいよぉ」
「嫌だ。もう年で、足もかなわん」
「私とあんまり変わらないでしょ~? もう、副官の私がどれだけ………! ちょっと待って、……うるぁああ! よっしゃ、一撃ぃ………えっと、苦労していると思うんですか?」

 会話の途中で襲ってきた魔獣を蹴散らし、ジョリスは何事も無かったように会話を始める。
 ジョリスの相変わらずの強さに口笛を吹きながら、スガノは口を開いた。

「そうだジョリス、米を握って、海苔で巻いた料理知ってるか? 人間の間ではポピュラーらしい」
「ああ! 『おむすび』! 知ってますよ。他種族料理は女子にお任せ……ってごるぁあああ! しつこいっ!!! 消し炭にするぞ!!」
「………」

 決して女子とは言えない年のジョリスだが、絶対に指摘してはいけない。怒るジョリスはスガノよりも強いのだ。
 剣についた血を掃って、ジョリスが晴れやかに笑う。今しがた魔獣を斬り払った顔には見えない。

「宗主! おむすび、作りましょう! まずは米を炊かないと……てか米あります? 海苔は?」
「米はある。海苔はタオに頼んであるから、直に届く」
「……宗主? 護衛を何だと思ってるんです? タオにおつかいをさせたら駄目でしょ?」
「……」

 黙り込んで目線も合わせないクラーリオに、スガノは嘆息した。クラーリオは都合が悪くなると直ぐに黙り込む。
 スガノが責めるような目を向けていると、本当に間もなくタオが到着した。


 ジョリスの説明を受けながらクラーリオが作った『おむすび第一号』は、信じられないほどしょっぱかった。その上ボロボロと崩れるのだ。
 第二号はその逆で、米が潰れるほど硬く握ってあり、味も薄い。

 どうやらクラーリオには、料理の才能が無いようだ。これを食べる「可愛い生き物」にスガノは心底同情した。



_________

 そして今、クラーリオの目の前でエリトは『おむすび』を頬張っている。その信じられないほどの可愛いさに、クラーリオの顔は緩みっぱなしだった。

 スガノには絶望の瞳で見つめられ、ジョリスには「り、料理は愛情ですから……」と頬をひくつかせながら言われた。

 正直エリトに食べさせるのを躊躇ったが、エリトは大袈裟なほど喜んでくれている。

「うっま! 海苔いっぱい! もいっこ食べて良い? クリオは食べないのか?」
「……食うよ」

 ぺろりと舌なめずりするエリトの顎を掴んで、クラーリオはその双眸を覗き込んだ。突然の事に目を白黒させるエリトの頬に、クラーリオは舌を這わせる。

 エリトの頬についていた米粒を舐めとって、クラーリオはにっこりと微笑んだ。

「……旨いな」
「っっっっつ!! な、なにやってんだよ! 犬か!!」

(鋭いな、エリト)

 舐められた頬をごしごしと拭いながら、エリトはまた『おむすび』へと齧り付く。その姿を見ているだけでも、クラーリオは幸せだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

騎士団長である侯爵令息は年下の公爵令息に辺境の地で溺愛される

Matcha45
BL
第5王子の求婚を断ってしまった私は、密命という名の左遷で辺境の地へと飛ばされてしまう。部下のユリウスだけが、私についてきてくれるが、一緒にいるうちに何だか甘い雰囲気になって来て?! ※にはR-18の内容が含まれています。 ※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない

上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。 フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。 前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。 声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。 気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――? 周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。 ※最終的に固定カプ

愛しい番の囲い方。 半端者の僕は最強の竜に愛されているようです

飛鷹
BL
獣人の国にあって、神から見放された存在とされている『後天性獣人』のティア。 獣人の特徴を全く持たずに生まれた故に獣人とは認められず、獣人と認められないから獣神を奉る神殿には入れない。神殿に入れないから婚姻も結べない『半端者』のティアだが、孤児院で共に過ごした幼馴染のアデルに大切に守られて成長していった。 しかし長く共にあったアデルは、『半端者』のティアではなく、別の人を伴侶に選んでしまう。 傷付きながらも「当然の結果」と全てを受け入れ、アデルと別れて獣人の国から出ていく事にしたティア。 蔑まれ冷遇される環境で生きるしかなかったティアが、番いと出会い獣人の姿を取り戻し幸せになるお話です。

竜王陛下の愛し子

ミヅハ
BL
この世界の遙か上空には〝アッシェンベルグ〟という名の竜の国がある。 彼の国には古くから伝わる伝承があり、そこに記された者を娶れば当代の治世は安寧を辿ると言われているのだが、それは一代の王に対して一人しか現れない類稀な存在だった。 〝蓮の花のアザ〟を持つ者。 それこそが目印であり、代々の竜王が捜し求めている存在だ。 しかし、ただでさえ希少な存在である上に、時の流れと共に人が増えアザを持つ者を見付ける事も困難になってしまい、以来何千年と〝蓮の花のアザ〟を持つ者を妃として迎えられた王はいなかった。 それから時は流れ、アザを持つ者が現れたと知ってから捜し続けていた今代の王・レイフォードは、南の辺境近くにある村で一人の青年、ルカと出会う。 土や泥に塗れながらも美しい容姿をしたルカに一目惚れしたレイフォードは、どうにか近付きたくて足繁く村へと通いルカの仕事を手伝う事にした。 だがそんな穏やかな時も束の間、ある日突然村に悲劇が訪れ────。 穏和な美形竜王(攻)×辺境の村育ちの美人青年(受) 性的描写ありには※印つけてます。 少しだけ痛々しい表現あり。

絶対抱かれない花嫁と呪われた後宮

あさ田ぱん
BL
 ヴァレリー侯爵家の八男、アルノー・ヴァレリーはもうすぐ二十一歳になる善良かつ真面目な男だ。しかし八男のため王立学校卒業後は教会に行儀見習いにだされてしまう。一年半が経過したころ、父親が訪ねて来て、突然イリエス・ファイエット国王陛下との縁談が決まったと告げられる。イリエス・ファイエット国王陛下の妃たちは不治の病のため相次いで亡くなっており、その後宮は「呪われた後宮」と呼ばれている。なんでも、嫉妬深い王妃が後宮の妃たちを「世継ぎを産ませてなるものか」と呪って死んだのだとか...。アルノーは男で、かわいらしくもないので「呪われないだろう」という理由で花嫁に選ばれたのだ。自尊心を傷つけられ似合わない花嫁衣装に落ち込んでいると、イリエス・ファイエット国王陛下からは「お前を愛するつもりはない。」と宣言されてしまい...?! ※R-18 は終盤になります ※ゆるっとファンタジー世界ですが魔法はありません。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

わがまま公爵令息が前世の記憶を取り戻したら騎士団長に溺愛されちゃいました

波木真帆
BL
※2024年12月中旬アルファポリス・アンダルシュノベルズさまより本作が書籍化されます! <本編完結しました!ただいま、番外編を随時更新中です> ユロニア王国唯一の公爵家であるフローレス公爵家嫡男・ルカは王国一の美人との呼び声高い。しかし、父に甘やかされ育ったせいで我儘で凶暴に育ち、今では暴君のようになってしまい、父親の言うことすら聞かない。困った父は実兄である国王に相談に行くと腕っ節の強い騎士団長との縁談を勧められてほっと一安心。しかし、そのころルカは今までの記憶を全部失っていてとんでもないことになっていた。 記憶を失った美少年公爵令息ルカとイケメン騎士団長ウィリアムのハッピーエンド小説です。 R18には※つけます。

厄介払いで結婚させられた異世界転生王子、辺境伯に溺愛される

楠ノ木雫
BL
旧題:BLの世界で結婚させられ厄介払いされた異世界転生王子、旦那になった辺境伯に溺愛される〜過酷な冬の地で俺は生き抜いてみせる!〜  よくあるトラックにはねられ転生した俺は、男しかいないBLの世界にいた。その世界では二種類の男がいて、俺は子供を産める《アメロ》という人種であった。  俺には兄弟が19人いて、15番目の王子。しかも王族の証である容姿で生まれてきてしまったため王位継承戦争なるものに巻き込まれるところではあったが、離宮に追いやられて平凡で平和な生活を過ごしていた。  だが、いきなり国王陛下に呼ばれ、結婚してこいと厄介払いされる。まぁ別にいいかと余裕ぶっていたが……その相手の領地は極寒の地であった。  俺、ここで生活するのかと覚悟を決めていた時に相手から離婚届を突き付けられる。さっさと帰れ、という事だったのだが厄介払いされてしまったためもう帰る場所などどこにもない。あいにく、寒さや雪には慣れているため何とかここで生活できそうだ。  まぁ、もちろん旦那となった辺境伯様は完全無視されたがそれでも別にいい。そう思っていたのに、あれ? なんか雪だるま作るの手伝ってくれたんだけど……?  R-18部分にはタイトルに*マークを付けています。苦手な方は飛ばしても大丈夫です。

処理中です...