19 / 56
前編
第18話 自分のための食事
しおりを挟む翌朝、顔を洗おうと玄関を開けたエリトは、目の前の光景に目を見開いた。冷たい空気と共に、何やらいい匂いも漂ってくる。
エリトの目の前に、クラーリオが座っている。しかも彼は、エリトの玄関先で火を起こしていた。焚火の上には鍋が、ぐつぐつと音を立てている。
混乱して息を詰めていると、クラーリオがエリトを振り返った。
「エリト! おはよう」
「っ!! あ、あ、あんた、何やってるんだ!!」
「まだ寝ていると思ったから、ここで朝飯を作っている」
「はぁ?」
エリトが上擦った声を上げると、クラーリオが微笑みながら立ち上がった。そのまま鍋の中を覗き、満足そうに頷く。
「エリト、出来た。座って」
「え? 座ってって? 俺が?」
見ればクラーリオと向かい合うようにして、もう一つ椅子が用意されている
困惑しながら椅子に近づき、エリトは鍋の中を覗き込んだ。ミルク色の何かが、ふくふくと音を立てている。美味しそうな匂いに、たちまちエリトの腹が騒ぎ始めた。
「エリト、どれくらい食べる?」
「……お、俺……」
エリトから漏れた腹の音に、クラーリオが眉を下げた。傍に置いてあった鞄から木製の皿を取り出し、そこに鍋の中身を注ぐ。
まだ立ったままのエリトへ、クラーリオが皿を突き出した。エリトは誘われるがまま椅子に座ると、クラーリオから皿を受け取る。
「……っ! あったかい……」
木製の皿から伝わる温かさは、じんわりと優しい。思わず顔を綻ばせていると、クラーリオがエリトの皿に木製のスプーンを差し込んだ。
エリトの目の前にあるのは、正に『自分のために用意された食事』だった。
スプーンを握って口に運べば、すぐに腹が満たされる。手からも胸からも温かさが広がって、エリトは鼻梁に皺を寄せた。
(お、俺、分からない……)
エリトは皿の中に目線を落としたまま、上げることが出来なくなった。
これを作ってくれたクラーリオに向ける顔が、エリトには分からない。じんわりと広がる温かさと共に、胸も静かに疼くのだ。
きっと今の自分は、不愉快そうに鼻に皺を寄せているように見えるだろう。そう思いながら、エリトはちらりとクラーリオを見遣った。
クラーリオはエリトに向けて、相変わらず優しい笑みを浮かべている。膝に自分用の皿を置いたクラーリオは、目の前で手を合わせた。
「ほら、エリト。なんだっけ?」
「……?」
「食事前の挨拶、言って」
クラーリオの言葉に、エリトの胸が跳ねた。不思議と喜びが湧き上がり、エリトもクラーリオに習って皿を膝に置く。
胸の前で手を合わせてクラーリオを見ると、彼は微笑みながら頷いている。
ノウリとの思い出を胸に抱きながら、エリトは口を開いた。
「……いただき、ます」
「……いただきます。……召し上がれ」
クラーリオから零れた『召し上がれ』の言葉にエリトが息を詰めている中、クラーリオが一口目を口に入れた。
大きな口をもぐもぐ動かす様は、まるで子どものようだ。次から次へと口へ運んでいるのを見て、エリトもスプーンを握った。
恐る恐る口へ入れると、ミルクの優しい香りが鼻を抜けた。唾液がじわりと湧き出し、エリトは急いで二口目を口に入れる。
「……うま! 美味いよ、クリオ!!」
「……良かった」
パクパク口に運びながらクラーリオを見ると、彼は心底安堵した様な表情を浮かべていた。先ほどはあんなにがつがつ食べていたのに、その手を止めてエリトを見ている。
エリトは不思議に思いながらも、スプーンを動かすことを止められなかった。初めて食べた味に夢中だったのだ。
「これ、むぐ、なに? 白い、つぶつぶ」
「エリト。食べながら話すと、のどに詰まるよ。白い粒々は、米だ。ナークレンは米の産地だろ?」
「こめ!!!?」
驚きながら、エリトはスプーンに乗った米を見る。
「米をミルクで煮たのか!? それでこんなに美味しい!? クリオはすごい!」
「……うん、リゾットという料理だ。エリト、ゆっくり食べて。いっぱいあるから、慌てないでいい」
「うん!」
エリトがご機嫌でリゾットを口に運んでいる中、クラーリオは食べようとしない。もぐもぐ口を動かしながら首を傾げると、クラーリオが口を開いた。
「エリトは、米が好きなのか?」
「うん、好きだ! 母さんが、米を握って海苔を巻いたものを作ってくれるんだ。納品の時に食べさせてくれる」
「……母がいるのか? 離れて暮らしているのか?」
「母さんには、年に数回の納品の時にしか会えないんだ」
少し暗い表情に変わったクラーリオを不思議に思いながら、エリトは離れて暮らす母を思い浮かべた。
優しい口元、優しい言葉。抱きしめて褒められると、これ以上ない幸せに包まれる。
「俺の事を抱きしめてくれるのは、母さんしかいない。とっても優しいんだ」
「そうか……。エリト……納品の日以外で、母に会いに行くことはないのか?」
「ない。それは許されてはいないから」
「……うん……そうか。邪魔して悪かった。食べて、エリト」
クラーリオの言葉に頬を緩ませて、エリトはスプーンを口に運んだ。スプーンを口に咥えたままエリトがにっこりと笑うと、クラーリオも笑顔を返してくれる。
その笑顔に寂しさが混じっている事に、エリトは気付かなかった。
32
お気に入りに追加
577
あなたにおすすめの小説
騎士団長である侯爵令息は年下の公爵令息に辺境の地で溺愛される
Matcha45
BL
第5王子の求婚を断ってしまった私は、密命という名の左遷で辺境の地へと飛ばされてしまう。部下のユリウスだけが、私についてきてくれるが、一緒にいるうちに何だか甘い雰囲気になって来て?!
※にはR-18の内容が含まれています。
※この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
余命僅かの悪役令息に転生したけど、攻略対象者達が何やら離してくれない
上総啓
BL
ある日トラックに轢かれて死んだ成瀬は、前世のめり込んでいたBLゲームの悪役令息フェリアルに転生した。
フェリアルはゲーム内の悪役として15歳で断罪される運命。
前世で周囲からの愛情に恵まれなかった成瀬は、今世でも誰にも愛されない事実に絶望し、転生直後にゲーム通りの人生を受け入れようと諦観する。
声すら発さず、家族に対しても無反応を貫き人形のように接するフェリアル。そんなフェリアルに周囲の過保護と溺愛は予想外に増していき、いつの間にかゲームのシナリオとズレた展開が巻き起こっていく。
気付けば兄達は勿論、妖艶な魔塔主や最恐の暗殺者、次期大公に皇太子…ゲームの攻略対象者達がフェリアルに執着するようになり…――?
周囲の愛に疎い悪役令息の無自覚総愛されライフ。
※最終的に固定カプ
愛しい番の囲い方。 半端者の僕は最強の竜に愛されているようです
飛鷹
BL
獣人の国にあって、神から見放された存在とされている『後天性獣人』のティア。
獣人の特徴を全く持たずに生まれた故に獣人とは認められず、獣人と認められないから獣神を奉る神殿には入れない。神殿に入れないから婚姻も結べない『半端者』のティアだが、孤児院で共に過ごした幼馴染のアデルに大切に守られて成長していった。
しかし長く共にあったアデルは、『半端者』のティアではなく、別の人を伴侶に選んでしまう。
傷付きながらも「当然の結果」と全てを受け入れ、アデルと別れて獣人の国から出ていく事にしたティア。
蔑まれ冷遇される環境で生きるしかなかったティアが、番いと出会い獣人の姿を取り戻し幸せになるお話です。
竜王陛下の愛し子
ミヅハ
BL
この世界の遙か上空には〝アッシェンベルグ〟という名の竜の国がある。
彼の国には古くから伝わる伝承があり、そこに記された者を娶れば当代の治世は安寧を辿ると言われているのだが、それは一代の王に対して一人しか現れない類稀な存在だった。
〝蓮の花のアザ〟を持つ者。
それこそが目印であり、代々の竜王が捜し求めている存在だ。
しかし、ただでさえ希少な存在である上に、時の流れと共に人が増えアザを持つ者を見付ける事も困難になってしまい、以来何千年と〝蓮の花のアザ〟を持つ者を妃として迎えられた王はいなかった。
それから時は流れ、アザを持つ者が現れたと知ってから捜し続けていた今代の王・レイフォードは、南の辺境近くにある村で一人の青年、ルカと出会う。
土や泥に塗れながらも美しい容姿をしたルカに一目惚れしたレイフォードは、どうにか近付きたくて足繁く村へと通いルカの仕事を手伝う事にした。
だがそんな穏やかな時も束の間、ある日突然村に悲劇が訪れ────。
穏和な美形竜王(攻)×辺境の村育ちの美人青年(受)
性的描写ありには※印つけてます。
少しだけ痛々しい表現あり。
絶対抱かれない花嫁と呪われた後宮
あさ田ぱん
BL
ヴァレリー侯爵家の八男、アルノー・ヴァレリーはもうすぐ二十一歳になる善良かつ真面目な男だ。しかし八男のため王立学校卒業後は教会に行儀見習いにだされてしまう。一年半が経過したころ、父親が訪ねて来て、突然イリエス・ファイエット国王陛下との縁談が決まったと告げられる。イリエス・ファイエット国王陛下の妃たちは不治の病のため相次いで亡くなっており、その後宮は「呪われた後宮」と呼ばれている。なんでも、嫉妬深い王妃が後宮の妃たちを「世継ぎを産ませてなるものか」と呪って死んだのだとか...。アルノーは男で、かわいらしくもないので「呪われないだろう」という理由で花嫁に選ばれたのだ。自尊心を傷つけられ似合わない花嫁衣装に落ち込んでいると、イリエス・ファイエット国王陛下からは「お前を愛するつもりはない。」と宣言されてしまい...?!
※R-18 は終盤になります
※ゆるっとファンタジー世界ですが魔法はありません。
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
わがまま公爵令息が前世の記憶を取り戻したら騎士団長に溺愛されちゃいました
波木真帆
BL
※2024年12月中旬アルファポリス・アンダルシュノベルズさまより本作が書籍化されます!
<本編完結しました!ただいま、番外編を随時更新中です>
ユロニア王国唯一の公爵家であるフローレス公爵家嫡男・ルカは王国一の美人との呼び声高い。しかし、父に甘やかされ育ったせいで我儘で凶暴に育ち、今では暴君のようになってしまい、父親の言うことすら聞かない。困った父は実兄である国王に相談に行くと腕っ節の強い騎士団長との縁談を勧められてほっと一安心。しかし、そのころルカは今までの記憶を全部失っていてとんでもないことになっていた。
記憶を失った美少年公爵令息ルカとイケメン騎士団長ウィリアムのハッピーエンド小説です。
R18には※つけます。
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる