14 / 56
前編
第13話 毒牙は溶ける
しおりを挟む
「この!! 馬鹿野郎がッ!!」
エリトは叫びながら、クラーリオの元へと駆け寄った。
クラーリオに噛みついていたはずの土蛇は、もう跡形もない。エリトは舌打ちを零しながら、クラーリオの腿を確認する。
皮膚は赤黒く変化し始め、傷痕からは絶え間なく血が溢れ出る。
「土蛇の事も知らねぇのか!? 噛まれてる最中に殺したら駄目なことぐらい、猿でも知ってるぞ!!」
「……はは、つい、ね」
そう零すクラーリオの顔を、エリトは鋭く睨む。
土蛇は殺すと溶ける。噛まれたら蛇が生きている間に対処しないと、こうして毒をもった牙が体内へと溶けだすことになる。
噛まれた部分の服を裂きながら、エリトはまた忌々し気に舌を打った。
「しかもこんな軽装で……! あんたは本当に馬鹿だ!! 待ってろ、薬草を……」
「……捌き、屋」
エリトがポーチから薬草を取り出していると、クラーリオがぽつりと呟く。
毒が回り始めたのか、額に汗が滲んでいる。しかしその顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
クラーリオが手を伸ばし、エリトの頬に触れる。エリトが戸惑っていると、クラーリオが微笑みながら口を開いた。
「俺の名前……覚えてる?」
「……ダン、だろ?」
「……正解。あんたじゃなくて、ダン……」
「……っ! こんな時に何言ってる!? この馬鹿!」
土蛇の毒は、最悪死に至る。
子どもや女性が噛まれるとひとたまりもないが、身体の大きい男性ならまだ望みはある。
エリトはポーチから取り出した薬草を、クラーリオの口へと突っ込んだ。
「しっかり噛め! 噛んで飲み込め!」
「……しぶい……」
顔を顰めながら口を動かすクラーリオに、エリトは緊張感を忘れ、つい頬を緩ませた。
大の大人だというのに、何となく可愛らしい。
エリトの言う事を素直に聞くところが、何となくノウリを思い出させる。
(いやいや、和んでいる場合じゃない!)
エリトは服の袖を引き破ると、クラーリオの腿へと巻きつけた。
「この近くに俺の家があるけど、そこに医者は呼べない。あんたを医者の所まで連れていく」
「……俺、金ない」
「……はぁああ? 何で昨日、俺にあんな大金を渡したんだ!? 馬鹿!」
エリトが叫ぶと、クラーリオは愉しそうに顔を緩ませる。
顔も唇にも色が無いほど弱っているのに、その表情は穏やかだ。
エリトは溜息をつくと、クラーリオに肩を貸した。明らかに発熱している身体に、エリトはいよいよ焦り始めた。
自分を庇って負った傷だ。
そう思うと、エリトの胸を恐怖に似た感情が支配した。そしてそこが、じくじくと痛みを発する。
「と、とりあえず、俺の家へ連れていく。いいな?」
「……苦肉の、策……」
「ん? なんて?」
「……いや、何でもない……」
熱に浮かされているクラーリオを引きずるようにして、エリトは帰路を急いだ。
_________
(決して、意図的ではない)
エリトの肩を借りながら、クラーリオはぼんやり思った。
土蛇に噛まれたと分かってはいたが、あれを引き剥がすのには時間がかかる。
他の魔獣と交戦中だったエリトがこっちに気をとられてはいけないと、クラーリオは咄嗟に首を跳ねたのだ。
結果、こうしてエリトの家へと持ち帰られているのは『決して意図的ではない』。
慣れた赤い扉が見えると、クラーリオはつい頬を緩ませた。犬の姿の時とは違い、その扉は随分小さく見える。
「ダン、これに包まって。暖炉つけるから、それまで辛抱な」
「うん」
エリトから渡されたのは、あの時買っていた毛布だった。クラーリオの身体には小さすぎる程の毛布だ。
(この毛布に、エリトはいくら払ったんだ?)
クラーリオが毛布へ向けて怪訝な顔を浮かべている間に、エリトは暖炉に火を付け、家の中をばたばたと動き回る。
天井に干してある薬草を取り外し、チェストの中から布を引っ張り出す。
タオルや布切れ、エリトの服などをクラーリオに巻きつけ、エリトはまた立ち上がってウロウロとし始めた。
「解毒薬は、これで効くかな? ダンは大きいから、足りないかもしれないな……」
「……捌き屋。心配しなくて良い。俺は毒には強いんだ」
「馬鹿! 毒に強い奴は、そんなに顔を青くしない!」
解毒薬が入った瓶をクラーリオに突き付けると、エリトは泣きそうな表情を浮かべる。鼻梁に皺を寄せると、噛みつくように言い放った。
「俺なんかを守って死んだなんて、笑われるぞ!」
「……誰に笑われる? 構わないよ、笑われても」
クラーリオはそう言って、薬を飲み干す。
空いた瓶をエリトに渡すと、彼は呆然とした顔でクラーリオを見つめていた。
戸惑いが浮かんだ顔で、窺うような視線を向けている。まるで怯えているような様子に、クラーリオは眉を下げた。
(どうして、そんな顔をする? エリト)
どうか怯えないでほしい、そんな想いを込めて、クラーリオは出来る限り優しく微笑んだ。
ぐ、とエリトの喉が鳴るのを、寂しい想いで見守る。
「ど、どうして、あんたは……」
「なぁ、お願いがある……」
空の瓶を持ったまま固まるエリトの手を、クラーリオはそっと握りしめた。
その手は汗ばんでいるのに、酷く冷たい。すっぽり包むように握りしめると、エリトの顔から少し怯えが薄まる。
「……やっぱり、ダンじゃなくて、クリオって呼んでほしい」
「……は、はぁ?」
「ダンは家名なんだ。クリオと呼んでくれ」
「……く、クリオ?」
クラーリオが満足そうに微笑むと、エリトは困惑した様に首を傾げる。そして怯えから戸惑いの表情に変わり、僅かに赤く染まる顔を隠すように、そっぽを向いた。
「いいから、もう横になれよッ! 訳の分かんない奴だな!」
「……うん」
暖炉の前で素直に横になると、直ぐに眠気が襲ってくる。
屋敷で眠るより明らかにリラックスしている自分を笑いながら、クラーリオは瞳を閉じた。
エリトは叫びながら、クラーリオの元へと駆け寄った。
クラーリオに噛みついていたはずの土蛇は、もう跡形もない。エリトは舌打ちを零しながら、クラーリオの腿を確認する。
皮膚は赤黒く変化し始め、傷痕からは絶え間なく血が溢れ出る。
「土蛇の事も知らねぇのか!? 噛まれてる最中に殺したら駄目なことぐらい、猿でも知ってるぞ!!」
「……はは、つい、ね」
そう零すクラーリオの顔を、エリトは鋭く睨む。
土蛇は殺すと溶ける。噛まれたら蛇が生きている間に対処しないと、こうして毒をもった牙が体内へと溶けだすことになる。
噛まれた部分の服を裂きながら、エリトはまた忌々し気に舌を打った。
「しかもこんな軽装で……! あんたは本当に馬鹿だ!! 待ってろ、薬草を……」
「……捌き、屋」
エリトがポーチから薬草を取り出していると、クラーリオがぽつりと呟く。
毒が回り始めたのか、額に汗が滲んでいる。しかしその顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
クラーリオが手を伸ばし、エリトの頬に触れる。エリトが戸惑っていると、クラーリオが微笑みながら口を開いた。
「俺の名前……覚えてる?」
「……ダン、だろ?」
「……正解。あんたじゃなくて、ダン……」
「……っ! こんな時に何言ってる!? この馬鹿!」
土蛇の毒は、最悪死に至る。
子どもや女性が噛まれるとひとたまりもないが、身体の大きい男性ならまだ望みはある。
エリトはポーチから取り出した薬草を、クラーリオの口へと突っ込んだ。
「しっかり噛め! 噛んで飲み込め!」
「……しぶい……」
顔を顰めながら口を動かすクラーリオに、エリトは緊張感を忘れ、つい頬を緩ませた。
大の大人だというのに、何となく可愛らしい。
エリトの言う事を素直に聞くところが、何となくノウリを思い出させる。
(いやいや、和んでいる場合じゃない!)
エリトは服の袖を引き破ると、クラーリオの腿へと巻きつけた。
「この近くに俺の家があるけど、そこに医者は呼べない。あんたを医者の所まで連れていく」
「……俺、金ない」
「……はぁああ? 何で昨日、俺にあんな大金を渡したんだ!? 馬鹿!」
エリトが叫ぶと、クラーリオは愉しそうに顔を緩ませる。
顔も唇にも色が無いほど弱っているのに、その表情は穏やかだ。
エリトは溜息をつくと、クラーリオに肩を貸した。明らかに発熱している身体に、エリトはいよいよ焦り始めた。
自分を庇って負った傷だ。
そう思うと、エリトの胸を恐怖に似た感情が支配した。そしてそこが、じくじくと痛みを発する。
「と、とりあえず、俺の家へ連れていく。いいな?」
「……苦肉の、策……」
「ん? なんて?」
「……いや、何でもない……」
熱に浮かされているクラーリオを引きずるようにして、エリトは帰路を急いだ。
_________
(決して、意図的ではない)
エリトの肩を借りながら、クラーリオはぼんやり思った。
土蛇に噛まれたと分かってはいたが、あれを引き剥がすのには時間がかかる。
他の魔獣と交戦中だったエリトがこっちに気をとられてはいけないと、クラーリオは咄嗟に首を跳ねたのだ。
結果、こうしてエリトの家へと持ち帰られているのは『決して意図的ではない』。
慣れた赤い扉が見えると、クラーリオはつい頬を緩ませた。犬の姿の時とは違い、その扉は随分小さく見える。
「ダン、これに包まって。暖炉つけるから、それまで辛抱な」
「うん」
エリトから渡されたのは、あの時買っていた毛布だった。クラーリオの身体には小さすぎる程の毛布だ。
(この毛布に、エリトはいくら払ったんだ?)
クラーリオが毛布へ向けて怪訝な顔を浮かべている間に、エリトは暖炉に火を付け、家の中をばたばたと動き回る。
天井に干してある薬草を取り外し、チェストの中から布を引っ張り出す。
タオルや布切れ、エリトの服などをクラーリオに巻きつけ、エリトはまた立ち上がってウロウロとし始めた。
「解毒薬は、これで効くかな? ダンは大きいから、足りないかもしれないな……」
「……捌き屋。心配しなくて良い。俺は毒には強いんだ」
「馬鹿! 毒に強い奴は、そんなに顔を青くしない!」
解毒薬が入った瓶をクラーリオに突き付けると、エリトは泣きそうな表情を浮かべる。鼻梁に皺を寄せると、噛みつくように言い放った。
「俺なんかを守って死んだなんて、笑われるぞ!」
「……誰に笑われる? 構わないよ、笑われても」
クラーリオはそう言って、薬を飲み干す。
空いた瓶をエリトに渡すと、彼は呆然とした顔でクラーリオを見つめていた。
戸惑いが浮かんだ顔で、窺うような視線を向けている。まるで怯えているような様子に、クラーリオは眉を下げた。
(どうして、そんな顔をする? エリト)
どうか怯えないでほしい、そんな想いを込めて、クラーリオは出来る限り優しく微笑んだ。
ぐ、とエリトの喉が鳴るのを、寂しい想いで見守る。
「ど、どうして、あんたは……」
「なぁ、お願いがある……」
空の瓶を持ったまま固まるエリトの手を、クラーリオはそっと握りしめた。
その手は汗ばんでいるのに、酷く冷たい。すっぽり包むように握りしめると、エリトの顔から少し怯えが薄まる。
「……やっぱり、ダンじゃなくて、クリオって呼んでほしい」
「……は、はぁ?」
「ダンは家名なんだ。クリオと呼んでくれ」
「……く、クリオ?」
クラーリオが満足そうに微笑むと、エリトは困惑した様に首を傾げる。そして怯えから戸惑いの表情に変わり、僅かに赤く染まる顔を隠すように、そっぽを向いた。
「いいから、もう横になれよッ! 訳の分かんない奴だな!」
「……うん」
暖炉の前で素直に横になると、直ぐに眠気が襲ってくる。
屋敷で眠るより明らかにリラックスしている自分を笑いながら、クラーリオは瞳を閉じた。
42
お気に入りに追加
595
あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
愛しの妻は黒の魔王!?
ごいち
BL
「グレウスよ、我が弟を妻として娶るがいい」
――ある日、平民出身の近衛騎士グレウスは皇帝に呼び出されて、皇弟オルガを妻とするよう命じられる。
皇弟オルガはゾッとするような美貌の持ち主で、貴族の間では『黒の魔王』と怖れられている人物だ。
身分違いの政略結婚に絶望したグレウスだが、いざ結婚してみるとオルガは見事なデレ寄りのツンデレで、しかもその正体は…。
魔法の国アスファロスで、熊のようなマッチョ騎士とツンデレな『魔王』がイチャイチャしたり無双したりするお話です。
表紙は豚子さん(https://twitter.com/M_buibui)に描いていただきました。ありがとうございます!
11/28番外編2本と、終話『なべて世は事もなし』に挿絵をいただいております! ありがとうございます!

今夜のご飯も一緒に食べよう~ある日突然やってきたヒゲの熊男はまさかのスパダリでした~
松本尚生
BL
瞬は失恋して職と住み処を失い、小さなワンルームから弁当屋のバイトに通っている。
ある日瞬が帰ると、「誠~~~!」と背後からヒゲの熊男が襲いかかる。「誠って誰!?」上がりこんだ熊は大量の食材を持っていた。瞬は困り果てながら調理する。瞬が「『誠さん』って恋人?」と尋ねると、彼はふふっと笑って瞬を抱きしめ――。
恋なんてコリゴリの瞬と、正体不明のスパダリ熊男=伸幸のお部屋グルメの顛末。
伸幸の持ちこむ謎の食材と、それらをテキパキとさばいていく瞬のかけ合いもお楽しみください。


【完結】魔王様、溺愛しすぎです!
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「パパと結婚する!」
8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!
拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。
シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
挿絵★あり
【完結】2021/12/02
※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過
※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過
※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位
※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品
※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24)
※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品
※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品
※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる