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前編

第12話 任務だから仕方がない

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「魔神会議から帰ってきたら、宗主はきっと荒れる 。風呂を沸かしておけ」

 ゼオが使用人に指示し、皆ばたばたと動き始める。

 荒れたクラーリオを治める有効な方法は、誰にもわからない。しかし、帰ってきて風呂が沸いていないと、彼は確実に怒る。


 エントランスでゼオがそわそわしていると、スガノが外を見て眉を顰めた。
 誰かがこちらに向かっているが、クラーリオではない。副官のジョリスだ。

 高く結った赤い髪を揺らして、ジョリスは馬を降りる。そして屋敷から出てきたスガノに申し訳なさそうな目を向けた。

「スガノさん、申し訳ありません。宗主は魔神会議の後、そのまま任務へ行かれました」
「? どこへ?」
「東の地で魔獣が数多く出没しているという報告がありまして、宗主は単独で視察に向かわれました」
「……」


 スガノは頭を抱えて大きく溜息をついた。困惑の表情を浮かべるジョリスに、心の底から同情の視線を送る。

「またあの人は……。宗主自ら視察など……しかも単独で……」
「申し訳ありません、スガノさん……」
「いや、ジョリス副官に非はない。タオがついているから、いざという時も何とかなる……」

 項垂れるスガノの前で、ジョリスが地図を取り出した。
 小ぶりな地図の一角に、ペンで走り書きがある。そこを指でなぞりながら、ジョリスが口を開いた。

「人間の街ナークレンと魔族の街ヘラーリア、この堺にある大きな森で、魔泉が多数湧いています。ヘラーリアの街にも被害が出ているため、宗主はこの森へと向かわれました」
「ナークレン……あの森か……」


 カマロの援護に向かわせようと、スガノ自らクラーリオを迎えに行った場所。そこが正にナークレンとヘラーリアの堺にある森だった。

「でもスガノさん、今日の宗主はちょっと不思議だったんですよ。何となくご機嫌だったというか……」
「……ご機嫌……だと?」

 スガノは長年クラーリオに仕えているが、ご機嫌な姿を見たことがない。
 眼帯をしているせいもあるが、表情が非常に読み取りづらいのだ。機嫌のいい姿など、想像もできない。

(……なんか悔しいが、正直見てみたいな……)

 大嫌いな魔神会議で、偶然あの森へ行ける口実が出来た。そして嬉々として任務へと向かったのだろう。そう思うと、何故だか可愛い気もする。
 側近であるスガノに黙って任務へ向かった事は腹立たしいが、不思議と憤りは溶けていく。

「仕方がない。今回は見守ろう。副官は、いつでも出動できるように待機してくれ」
「はい! 直ぐに本隊へ連絡します」

 去って行くジョリスを見ながら、スガノは少しだけ頬を緩ませた。



_________


 ヘラーリアの街の近くの森は、鬱蒼として昏い雰囲気が漂っていた。エリトがいるナークレンの森との違いを感じながら、クラーリオは魔獣を狩った。

(やはり明らかに魔泉が多い。規模もそれなりに大きい。このままだと、街への被害が甚大になる)

 次から次へと湧く魔獣を狩りながら、クラーリオはナークレンの方向へと進む。
 進みながら、クラーリオは身体を依代の人間へと変化させた。

 少しだけ身体を縮ませ、顔の傷痕を消す。耳の先端の尖りを滑らかにするのも忘れない。
 エリトは生物の身体の造りに詳しい。少しでも違和感があると、クラーリオが魔族であると疑われかねない。

 ナークレンに進むにつれて、少しずつ森が明るくなっていく。

(なぜ、こちら側は明るいんだ? 魔泉の数はそう変わらないはずだ)

 不思議に思いながらクラーリオが進んでいると、少し先に人影が見えた。離れた距離からでも、クラーリオはその人物が誰かはっきりと分かる。

(エリト……)

 エリトは複数の魔獣相手に、見事な戦いぶりを見せていた。
 木を盾に使いながら俊敏に動き、的確に急所を破壊していく。クラーリオの部下でさえ、これほど巧く立ち回れる者はいない。

(しかも美しい。可愛い。戦っている姿すら愛しいなんて、エリトは本当に……)

 顔を蕩けさせたまま見守っていたクラーリオだったが、異変に気が付いた。

 僅かに地面が揺れている。足の裏へ伝わってくる這うような気配は、真っ直ぐエリトへ向かっていた。

 クラーリオは交戦中のエリトに走り寄ると、その前に躍り出た。次の瞬間、地面から何かが飛び出してくる。

「……!! 土蛇!」
「……っ!」

 地面から飛び出した蛇の魔獣は、クラーリオの腿へと嚙みついた。鋭い痛みを感じながら、クラーリオは持っていた短剣で蛇の首を跳ねる。

 その行為に、エリトは目を見開いた。

 クラーリオも愚かなことだとは分かっていた。咄嗟に身体が動いてしまったのだ。
 噛みついていた蛇がどろりと溶け、噛まれた脚がしびれ始める。

「!! あんたっつ!! こんの、馬鹿野郎がッ!!」
「……」

 残った魔獣を狩りながら、エリトが叫ぶ。

 クラーリオは相変わらず口の悪いエリトに頬を緩ませて、再会できたことに喜びを噛み締めた。
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