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前編
第10話 苦肉の策
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エリトは買ったものを抱えて、男の元へ戻った。
医療品や毛布、最低限の食糧。お釣りが少ししかなかったのを申し訳なく思いながら、エリトは買ったものを男へ見せた。
すると男は不思議そうに首を傾げる。
「それだけ?」
「……うん。ごめん、釣銭これしかない」
「……」
黙ってしまった男を見て、エリトは苦笑いを浮かべた。
やはり釣銭が少なかったのかもしれない。ノウリのことを考えて、エリトはついつい買いすぎてしまったのだ。
「……ごめん。買いすぎた、よな?」
「いや、大丈夫。俺には全部不要だから、あんたにやる」
「ほんとにいいのか?」
「俺には不要だから。この毛皮は、あんたが不要だから俺にくれたんだろ?」
男の問いに、エリトは小さく頷いた。
お互いに要らないものを交換しただけ。これなら『言い訳』も通用するかもしれない。
頷きながらも、エリトは目の前の男への警戒が解けない。
エリトにしか得がないことを、何故出来るのか。きっと裏がある。そう思い、エリトは男からそっと距離を取る。
するとその男は、僅かに眉を下げた。僅かににじむ寂寥の色に、エリトは困惑するしかない。
「……俺の名はダン。ダンと呼んでくれ。あんたの名は?」
「え? 名前?」
「そう、あんたの名前」
男の問いに、エリトは更に困惑した。
不思議な男だ。そう思うと同時に、何も知らない男に同情すら湧いてきた。
エリトは短く嘆息して、抱えていた荷物ごと腕を組んだ。そして呆れたような顔で、口を開く。
「俺は捌き屋。俺に名はない。白髪の捌き屋って言ったら有名だろ? 知らないのか?」
「……」
「えっ!? まじで知らないのか? じゃあ、知っておいたほうがいい」
エリトは白髪の髪をつまんで、薄く笑った。眉を顰めている男の顔を、まさに同情の顔で見つめる。
この言葉を口にすることに、エリトは少しの抵抗もなかった。
「俺は穢れの子。……俺には関わらない方が良い」
_________
屋敷に帰ったクラーリオは、寝間着姿で迎えたゼオに毛皮を突き付けた。エリトから貰った、あの一角狐の毛皮だ。
目の前にそれを突き付けられたゼオは、目を丸くしている。
「ゼオ。この毛皮をいくらで買う?」
「? 買値ですか? そうですね……質もいいですし加工して売れば、9000程になりますから……6000でしょうかね」
「……」
毛皮をゼオに押し付けながら、クラーリオは考えた。
人間と魔族の通貨の価値は、それほど差はない。1000ティーロはどう考えてもおかしい。
「……ゼオ、使用人たちの毛布の値段はどれほどか?」
「え、っと……3000ぐらいでしょうか? それなりに品質のいいものを使用させて頂いています」
「品の良いもので、それくらいか……」
エリトが買ってきた毛布はかなり薄く、見るからに中古品だった。
粗末な毛布と最低限の医療品、そして最低限の食糧。エリトが買ってきた物は、どう見繕っても総額2000ティーロほどだったように思う。
(……どういう事か、調べ上げなければ。しかし、エリトがまだ警戒している……)
別れ際のエリトの顔には、余所者へと向ける警戒心がたっぷりと浮かんでいた。
しかしノウリの姿だと、エリトを守ることができない。
「宗主! 出迎えられず、申し訳ありません!」
階段から駆け下りてきたのは、スガノだった。彼も寝巻に着替えており、すっかりリラックスしていた様子だ。
「……出迎えなどいらん。早く寝ろ。ゼオもだ」
「宗主が風呂に入ったら、寝ます」
階段の手摺に凭れながら言うスガノを一瞥し、クラーリオも二階へ歩を進めた。後から付いてくるスガノに、クラーリオは呟く。
「……スガノ。警戒心の強い生き物を手懐けるには、何がいい?」
「ええっと……餌付け……ですかね?」
「……時間がかかるな」
浴室の手前まで歩を進めると、スガノがクラーリオを追い越した。浴室の扉に手を掛け、クラーリオへと目線を移す。
「……宗主、その生き物に知性があり、慈愛を持っているなら……良い方法があります」
「なんだ?」
食い気味に問うてきたクラーリオに、スガノは笑みを零した。
あの『暴戻の魔神』へ助言している。そう思うと、ぞくぞくとした優越感がスガノに湧き上がった。
スガノは口端を吊り上げ、自信満々に言い放つ。
「苦肉の策。これが一番懐に入りやすい手です。相手が慈悲深ければ深いほど、有効ですよ」
「………下衆な手だ」
「……」
クラーリオの零した言葉に、スガノは口を引き結んだまま固まった。クラーリオはそんな彼を置いたまま、浴室へと入る。
扉を閉めた途端、浴室の外からスガノの抗議の声が響く。
クラーリオはブーツの紐を解き、目についた自分の手を見つめた。手のひらを開くと、靴ひもがはらりと落ちる。
(今日はこの手で、エリトに触れることができた……)
獣の手でもなく、自分の手で、触れることが叶った。
エリトの小さな手の感覚が、クラーリオには今でもはっきりと思い出せる。小さくて細くて、そして硬い。苦難を乗り切ってきた手だ。
(苦肉の策か……)
有効な手段だと、クラーリオも思う。
慈愛の深いエリトに対しては、特に有効だろう。
しかしそれを気軽に出来ない理由が、クラーリオにはあった。
※苦肉の策……欺くために、自分の肉体を痛めつけて行うはかりごと
医療品や毛布、最低限の食糧。お釣りが少ししかなかったのを申し訳なく思いながら、エリトは買ったものを男へ見せた。
すると男は不思議そうに首を傾げる。
「それだけ?」
「……うん。ごめん、釣銭これしかない」
「……」
黙ってしまった男を見て、エリトは苦笑いを浮かべた。
やはり釣銭が少なかったのかもしれない。ノウリのことを考えて、エリトはついつい買いすぎてしまったのだ。
「……ごめん。買いすぎた、よな?」
「いや、大丈夫。俺には全部不要だから、あんたにやる」
「ほんとにいいのか?」
「俺には不要だから。この毛皮は、あんたが不要だから俺にくれたんだろ?」
男の問いに、エリトは小さく頷いた。
お互いに要らないものを交換しただけ。これなら『言い訳』も通用するかもしれない。
頷きながらも、エリトは目の前の男への警戒が解けない。
エリトにしか得がないことを、何故出来るのか。きっと裏がある。そう思い、エリトは男からそっと距離を取る。
するとその男は、僅かに眉を下げた。僅かににじむ寂寥の色に、エリトは困惑するしかない。
「……俺の名はダン。ダンと呼んでくれ。あんたの名は?」
「え? 名前?」
「そう、あんたの名前」
男の問いに、エリトは更に困惑した。
不思議な男だ。そう思うと同時に、何も知らない男に同情すら湧いてきた。
エリトは短く嘆息して、抱えていた荷物ごと腕を組んだ。そして呆れたような顔で、口を開く。
「俺は捌き屋。俺に名はない。白髪の捌き屋って言ったら有名だろ? 知らないのか?」
「……」
「えっ!? まじで知らないのか? じゃあ、知っておいたほうがいい」
エリトは白髪の髪をつまんで、薄く笑った。眉を顰めている男の顔を、まさに同情の顔で見つめる。
この言葉を口にすることに、エリトは少しの抵抗もなかった。
「俺は穢れの子。……俺には関わらない方が良い」
_________
屋敷に帰ったクラーリオは、寝間着姿で迎えたゼオに毛皮を突き付けた。エリトから貰った、あの一角狐の毛皮だ。
目の前にそれを突き付けられたゼオは、目を丸くしている。
「ゼオ。この毛皮をいくらで買う?」
「? 買値ですか? そうですね……質もいいですし加工して売れば、9000程になりますから……6000でしょうかね」
「……」
毛皮をゼオに押し付けながら、クラーリオは考えた。
人間と魔族の通貨の価値は、それほど差はない。1000ティーロはどう考えてもおかしい。
「……ゼオ、使用人たちの毛布の値段はどれほどか?」
「え、っと……3000ぐらいでしょうか? それなりに品質のいいものを使用させて頂いています」
「品の良いもので、それくらいか……」
エリトが買ってきた毛布はかなり薄く、見るからに中古品だった。
粗末な毛布と最低限の医療品、そして最低限の食糧。エリトが買ってきた物は、どう見繕っても総額2000ティーロほどだったように思う。
(……どういう事か、調べ上げなければ。しかし、エリトがまだ警戒している……)
別れ際のエリトの顔には、余所者へと向ける警戒心がたっぷりと浮かんでいた。
しかしノウリの姿だと、エリトを守ることができない。
「宗主! 出迎えられず、申し訳ありません!」
階段から駆け下りてきたのは、スガノだった。彼も寝巻に着替えており、すっかりリラックスしていた様子だ。
「……出迎えなどいらん。早く寝ろ。ゼオもだ」
「宗主が風呂に入ったら、寝ます」
階段の手摺に凭れながら言うスガノを一瞥し、クラーリオも二階へ歩を進めた。後から付いてくるスガノに、クラーリオは呟く。
「……スガノ。警戒心の強い生き物を手懐けるには、何がいい?」
「ええっと……餌付け……ですかね?」
「……時間がかかるな」
浴室の手前まで歩を進めると、スガノがクラーリオを追い越した。浴室の扉に手を掛け、クラーリオへと目線を移す。
「……宗主、その生き物に知性があり、慈愛を持っているなら……良い方法があります」
「なんだ?」
食い気味に問うてきたクラーリオに、スガノは笑みを零した。
あの『暴戻の魔神』へ助言している。そう思うと、ぞくぞくとした優越感がスガノに湧き上がった。
スガノは口端を吊り上げ、自信満々に言い放つ。
「苦肉の策。これが一番懐に入りやすい手です。相手が慈悲深ければ深いほど、有効ですよ」
「………下衆な手だ」
「……」
クラーリオの零した言葉に、スガノは口を引き結んだまま固まった。クラーリオはそんな彼を置いたまま、浴室へと入る。
扉を閉めた途端、浴室の外からスガノの抗議の声が響く。
クラーリオはブーツの紐を解き、目についた自分の手を見つめた。手のひらを開くと、靴ひもがはらりと落ちる。
(今日はこの手で、エリトに触れることができた……)
獣の手でもなく、自分の手で、触れることが叶った。
エリトの小さな手の感覚が、クラーリオには今でもはっきりと思い出せる。小さくて細くて、そして硬い。苦難を乗り切ってきた手だ。
(苦肉の策か……)
有効な手段だと、クラーリオも思う。
慈愛の深いエリトに対しては、特に有効だろう。
しかしそれを気軽に出来ない理由が、クラーリオにはあった。
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