冷酷非道な魔神様は、捌き屋に全てを捧げる

墨尽(ぼくじん)

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前編

第8話 魔神カマロ

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(すまん、エリト!)

 クラーリオは抱きつくエリトを、鼻先で強く押した。
 驚きの表情で尻もちをつくエリトを部屋に残し、玄関の戸を尻尾で器用に閉める。そして間髪入れず男たちに飛びつき、首元にぶら下げていた高価そうな首飾りを引きちぎった。

「っ!!! こんの、犬!!!」
「あ! こら、待て!」

 引きちぎった首飾りを咥え、クラーリオは走った。
 男たちが付いてきているのを確認しながら、人気のない森へと駆け込む。


(ここらでいいだろう。早くしないと、エリトが追いついてしまう)

 クラーリオは魔神の姿へと戻り、男たちへと向き直った。そして驚愕の表情を浮かべる男たちに、思う存分殺気をぶちまける。

「聞きたいことは山のようにあるが、時間がない。お前たちは始末しておく」
「!! ぼ、、暴戻の……!!!」

 男たちの声など聞きたくもなかったクラーリオは、一振りで2人を斬り殺した。
 クラーリオには、人間に対する情などない。ましてやエリトに害を成す人間など、存在する価値などない。

 死体が残らないように焼き尽くしていると、空から慣れた声が降ってくる。
 クラーリオが忌々し気に舌を鳴らしていると、傍にスガノが降り立った。灰色の羽を折りたたんで、スガノは呆れたように愚痴を漏らす。

「宗主、勘弁してくださいよ」
「何がだ」
「とぼけないで! カマロ様がお待ちです!!」

 再度舌打ちを零しながら、クラーリオはエリトの家の方向へ視線を移した。
 きっと自分を探しているだろう。そう思うと、心が痛む。

 クラーリオが漆黒の羽を広げると、スガノが安心した様に息をつく。そんなスガノを思う存分睨みつけた後、クラーリオは空へと飛び上がった。



_________

「いやぁ、助かったよ!! さすが暴戻の魔神!」
「……」

 クラーリオの執務室で寛ぐのは、魔神カマロだ。
 薄緑色の癖のある髪を指でくるくると弄び、愉し気にクラーリオへと視線を送る。

 視線を受けているクラーリオは、これ以上ないほど不機嫌だ。傍に控えているゼオとスガノが顔を青くしている中、カマロはニコニコと顔を綻ばせている。

「しかし何故もっと早く来てくれなかったんだ? お前が来てくれただけで、人間側は撤退をしてくれたのに……」
「……カマロ……もう帰れ」

 大げさに溜息を零し、クラーリオは手にしていた報告書をゴミ箱に放り投げた。


 クラーリオはスガノに促され、カマロと人間側の戦場に行ったものの、数時間で片が付いた。クラーリオの登場に、人間側が撤退を始めたのだ。

 理不尽な理由で戦場へと駆り出された腹いせに、クラーリオは怒りのまま暴れるつもりでいた。しかし結果は、クラーリオが現れた事で片がついてしまったのだ。
 怒りの矛先は誰にも向けられないまま折られ、苛立ちばかりが募る。

 カマロも同じ報告書を読みながら、出されたコーヒーを啜る。どうやらクラーリオの「帰れ」は無視する気らしい。

「何日も睨み合いが続いていたからね。兵糧も足りなかったのかもしれない。人間は数日食べないと、直ぐに衰弱していくし……」
「……なに……?」
「?」

 珍しく反応したクラーリオに、カマロは驚きの目を向けた。クラーリオは鮮やかな金色の瞳を見開いて、カマロを凝視している。

「人間は、数日食べないと……衰弱する?」
「……うん、そう。丸一日食べないだけでも、結構つらいんじゃないかな?」

 その言葉を聞いた瞬間、クラーリオは固まった。エリトと過ごした幸せな記憶を呼び起こし、思考を巡らせる。

(……待て。エリトはいつから食べていない? そもそも俺と食事をしていた時、エリトはちゃんと適正量を食べていたか?)

 エリトとの食事が楽しすぎて、彼が何を食べていたのかもクラーリオには思い出せない。クラーリオは自分の不甲斐なさを呪いながら、鼻梁に皺を寄せた。

 いつもとは様子が違うクラーリオを、カマロは興味深げに見つめている。
 クラーリオが何かに興味を示す事など、これまで滅多になかった。スガノとゼオは驚いたように目を丸くしていたまま、2人の魔神を交互に見る。

 カマロがカップを置き、クラーリオに向けて身を乗り出した。その顔は好奇心で満ち、綻んでいる。

「人間はさ、直ぐに死ぬよ? 栄養を摂らないと、身体を悪くする」
「……!」

 クラーリオが立ち上がり、上着を手に取る。すると間髪入れずにスガノが叫んだ。

「駄目ですよ!!」
「……」
「明日は魔神が集まる合同会議があります!」
「……ジョリスに、」
「ジョリスは! 魔神では!! ありません!!! ……会議には魔王様も出席されます。絶対に、宗主が出席せねばなりません」

 スガノの言葉を聞きながら、クラーリオは上着に袖を通した。
 まだ陽は沈んでいない。飛んでいけば、数十分でエリトの街へと行ける。

「明日の朝方には戻る」
「……宗主……何の目的で、どこへ行かれるのです……?」

 困惑を顔に貼り付けて言うスガノに、クラーリオは鋭い目を向けた。
 詮索されるのは嫌いだが、スガノも好きでやっているわけではない。その点はクラーリオも理解している。
 睨まれて仰け反るスガノを見て、クラーリオは短く嘆息した。

 ナークレンの森までやってきたスガノは、もうあの街の存在を知っている筈だ。知っていても問題は無いが、邪魔されるのは避けたい。

「スガノ……タオを共につけるのは良いが、街には入らせるな」
「……ぎ、御意」

 スガノの返事と共に、カマロの揶揄うような口笛が「ひゅう」と響いた。
 そんなカマロを一瞥しながら、クラーリオは床に置いてあったカマロの短剣を拾い上げる。ホルダーに入ったままの短剣は、宝石が散りばめられた趣味の悪いものだった。

「貰っていくぞ」
「はぁあああ!? その短剣高いんだぞ!!」

 非難の声を聞き流しながら、クラーリオは執務室を出た。

(持っている者から奪うのは分かる。持たない者から奪うのは、何故だ?)

 カマロの叫びは、もう耳に入らない。クラーリオの頭の中は、残してきたエリトでいっぱいだった。
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