7 / 56
前編
第6話 魔神様、大暴れ
しおりを挟むいつもより数億倍機嫌の悪い宗主を前に、ゼオが怯えながら外套を受け取った。
立ち昇るオーラはいつにも増して邪悪で、戦場で対峙すれば死を覚悟するほど恐ろしい。
使用人は恐れ慄いているが、スガノは冷や汗をかきながらもクラーリオの異変に気が付いた。
いつも目の下に浮かんでいる隈が無い。普段こけている頬も心なしかふっくらとしている。
「……? 宗主、どこで休暇してきたんです?」
「スガノ。貴様、休暇の意味を知っているか?」
予想していた何倍も棘のある返事をされ、スガノは身を竦めた。
その返事を聞くことなく、クラーリオは屋敷に歩を進める。歩きながら報告するのはいつもの事だが、怒るクラーリオの歩調はとんでもなく速い。半ば走りながら、スガノは口を開いた。
「休暇は承知していましたが、明確に期間を指定して頂かないと……」
「もう良い。……で、魔獣討伐が立て込んでいるだと?」
二階への階段を上がると、奥にあるのが執務室だ。そこを通過して、クラーリオは浴室へと向かった。
もう夜も更けた時間だ。風呂など沸かしていないスガノは、慌てて口を開いた。
「そ、宗主、風呂ですか? 今の時間に?」
「……魔獣を狩ってきた。血が匂う」
「……は? 休暇なのに?」
スガノの問いに眉を寄せながら、クラーリオは浴室の扉を閉めた。完全に閉め出されたスガノは、頭を捻る。
(良いもん食って、良く寝て……魔獣狩り? いったいどんな休暇だ?)
風呂が水だった為か、浴室内から爆発音が響いた。炎系の魔法で湯を温めているのだろう。
クラーリオの機嫌の悪さと爆音に、屋敷は恐怖に包まれた。
風呂から上がったクラーリオは、執務室で書類に目を通し、卓上に足を放り投げた。
「魔獣の討伐に加え、人間どもの相手も我が軍が受け持てというのか。カマロはどうした? 人間どもの相手はカマロの役割だろ?」
「……最近、人間の騎士たちの魔法が強力過ぎて、尻込みしているようです。魔神であるカマロ様も『ちょっとびびる』程だとか」
スガノの話を聞いて、クラーリオが忌々し気に舌打ちを零した。
お調子者で面倒事を嫌うカマロが「ちょっとびびる」と言う様が、容易に想像できる。
人間が最も恐れる暴戻の魔神を、抑止力として戦闘に参加させたいのだろう。あれもこれもと任せられて、易々と承諾できるはずもない。
「それで、ジョリスは魔獣の方の対処をしているのか?」
「はい。ただ数が多いらしく、難航しています」
「……スガノ、俺は一人しかいないのを知っているか?」
「……存じておりますとも」
クラーリオは大げさに溜息をついて、机の上の果物を手に取った。あまり食事をしないクラーリオのために、ゼオが毎日用意してくれているものだ。
齧りつくと、果汁が溢れ出す。しかしやはり、美味しくはない。
(……エリトに、食べさせてやりたいな)
朝起きて、自分(ノウリ)がいないと分かった時、どんなに悲しむだろう。
「……魔獣討伐を先に片付けるぞ」
クラーリオはそう吐き捨てながら、立ち上がる。外套を手に取ると、スガノが慌てて口を開いた。
「カマロ様は? 放っておいて良いのですか?」
「……ちょっとびびらせておけ」
執務室を出ていくクラーリオを追って、スガノは苦笑いを零した。
嫌がりはするものの、クラーリオは任務を断らない。
面倒ごとを押し付けられやすいのは、彼が嫌々ながらも仕事は完璧にこなすからだ。
クラーリオは威圧的で恐ろしいが、彼に恩がある魔族はたくさんいる。
________
「ク、クク、クラーリオ様っっ!!!!」
魔獣討伐の現場に着くなり、手当たり次第に魔獣を屠っていくクラーリオに、ジョリスは仰け反りながら叫んだ。
魔獣というのは資源が豊富で、肉も栄養価が高い。そのため魔獣討伐は、素材を採る前提できれいに狩ることが必要となる。
特にクラーリオはこのことを徹底していて、普段なら一撃で魔獣を屠る。
しかし今日のクラーリオは、恐ろしく強い魔法を使って魔獣を消し炭にしているのだ。複数の魔獣が一瞬にして、丸焦げになっている。
「そ、そそそ、素材は!? 素材がとれません!!」
「……そざい? なんだそれは。うまいのか?」
無表情から飛び出した言葉は、あまりにも投げやりだった。
何もかも面倒といった態度で、クラーリオは魔法を放る。ジョリスは部下たちが巻き込まれないよう後方へと誘導し、荒れ狂う魔神を見守るしかない。
「ジョリスさん……あの魔法、なんていう魔法ですか?」
「知らないよ。宗主お得意の『なんかものすごいやつ』でしょ。しかし、今日はいつにも増して、キレッキレじゃない?」
普段でも十分強いクラーリオの魔法が、今日は更に強さを増している。身のこなしも心なしか俊敏だ。
驚いたことに、うじゃうじゃいた魔獣が殆ど炭となり転がっている。
「宗主が来てから3時間。俺らが3日掛かってたのを……3時間……」
「おい、考えるな。不毛だぞ」
部下たちの愚痴じみた呟きを聞きながら、ジョリスはクラーリオの背中を見守るしかない。
いつも冷静沈着なクラーリオが、少しだけ急いているように見えるのは、気のせいだろうか。
魔獣が殆どいなくなり、クラーリオによる猛攻も止む頃、ジョリス達は隠れていた場所から歩を進めた。
焦土と化した場所を索敵するが、生き残りはいないようだ。
クラーリオは返り血と粉塵で、またもや見事に汚れている。ジョリスはクラーリオのもとへ駆け寄ると、跪いた。
「宗主、お見事です。生き残りはいません。いまから解体を……」
「出来るのか? 殆ど炭化している、処分しておけ」
「……では、魔核だけでも回収しておきます。重要な資源なので」
魔核は、魔獣が持つ生命の核で、死んだ後も数時間はそこに留まる。これを結晶化して、資源として使うのだ。
加工すれば強化薬にも治癒薬にもなる。一体から採れる量は微量だが、これだけの数となると相当の収穫が見込めるはずだ。
しかし、そのジョリスの言葉に、クラーリオは舌打ちを零した。
「……時間が掛かるな。俺は離脱しても良いか?」
「? 構いませんが……。あ、そうか! カマロ様の援護に向かわれるのですね!」
「……カマロ……? 誰だそれ」
ふんと鼻を鳴らし、クラーリオはふいと視線を逸らした。子供のような態度に、ジョリスも思わず頬が緩む。
「カマロ様の援護でなければ、どちらに?」
「……ジョリス、数時間だけ離脱する。俺はその間、魔獣を討伐していたと報告を」
「……御意」
ジョリスの回答を聞きながら、クラーリオは踵を返した。
背中から巨大な黒い羽を生やし、東の方角へと飛び去って行く。
「あらら、飛んで移動なんて、久々に見たな」
やはり何か急いている。そう思いながらも、ジョリスは魔核集めに精を出した。
31
お気に入りに追加
594
あなたにおすすめの小説
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜
N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。
表紙絵
⇨元素 様 X(@10loveeeyy)
※独自設定、ご都合主義です。
※ハーレム要素を予定しています。
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

平民男子と騎士団長の行く末
きわ
BL
平民のエリオットは貴族で騎士団長でもあるジェラルドと体だけの関係を持っていた。
ある日ジェラルドの見合い話を聞き、彼のためにも離れたほうがいいと決意する。
好きだという気持ちを隠したまま。
過去の出来事から貴族などの権力者が実は嫌いなエリオットと、エリオットのことが好きすぎて表からでは分からないように手を回す隠れ執着ジェラルドのお話です。
第十一回BL大賞参加作品です。
俺の幼馴染はストーカー
凪玖海くみ
BL
佐々木昴と鳴海律は、幼い頃からの付き合いである幼馴染。
それは高校生となった今でも律は昴のそばにいることを当たり前のように思っているが、その「距離の近さ」に昴は少しだけ戸惑いを覚えていた。
そんなある日、律の“本音”に触れた昴は、彼との関係を見つめ直さざるを得なくなる。
幼馴染として築き上げた関係は、やがて新たな形へと変わり始め――。
友情と独占欲、戸惑いと気づきの間で揺れる二人の青春ストーリー。

顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!
小池 月
BL
男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。
それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。
ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。
ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。
★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★
性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪
11月27日完結しました✨✨
ありがとうございました☆
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる