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前編
第6話 魔神様、大暴れ
しおりを挟むいつもより数億倍機嫌の悪い宗主を前に、ゼオが怯えながら外套を受け取った。
立ち昇るオーラはいつにも増して邪悪で、戦場で対峙すれば死を覚悟するほど恐ろしい。
使用人は恐れ慄いているが、スガノは冷や汗をかきながらもクラーリオの異変に気が付いた。
いつも目の下に浮かんでいる隈が無い。普段こけている頬も心なしかふっくらとしている。
「……? 宗主、どこで休暇してきたんです?」
「スガノ。貴様、休暇の意味を知っているか?」
予想していた何倍も棘のある返事をされ、スガノは身を竦めた。
その返事を聞くことなく、クラーリオは屋敷に歩を進める。歩きながら報告するのはいつもの事だが、怒るクラーリオの歩調はとんでもなく速い。半ば走りながら、スガノは口を開いた。
「休暇は承知していましたが、明確に期間を指定して頂かないと……」
「もう良い。……で、魔獣討伐が立て込んでいるだと?」
二階への階段を上がると、奥にあるのが執務室だ。そこを通過して、クラーリオは浴室へと向かった。
もう夜も更けた時間だ。風呂など沸かしていないスガノは、慌てて口を開いた。
「そ、宗主、風呂ですか? 今の時間に?」
「……魔獣を狩ってきた。血が匂う」
「……は? 休暇なのに?」
スガノの問いに眉を寄せながら、クラーリオは浴室の扉を閉めた。完全に閉め出されたスガノは、頭を捻る。
(良いもん食って、良く寝て……魔獣狩り? いったいどんな休暇だ?)
風呂が水だった為か、浴室内から爆発音が響いた。炎系の魔法で湯を温めているのだろう。
クラーリオの機嫌の悪さと爆音に、屋敷は恐怖に包まれた。
風呂から上がったクラーリオは、執務室で書類に目を通し、卓上に足を放り投げた。
「魔獣の討伐に加え、人間どもの相手も我が軍が受け持てというのか。カマロはどうした? 人間どもの相手はカマロの役割だろ?」
「……最近、人間の騎士たちの魔法が強力過ぎて、尻込みしているようです。魔神であるカマロ様も『ちょっとびびる』程だとか」
スガノの話を聞いて、クラーリオが忌々し気に舌打ちを零した。
お調子者で面倒事を嫌うカマロが「ちょっとびびる」と言う様が、容易に想像できる。
人間が最も恐れる暴戻の魔神を、抑止力として戦闘に参加させたいのだろう。あれもこれもと任せられて、易々と承諾できるはずもない。
「それで、ジョリスは魔獣の方の対処をしているのか?」
「はい。ただ数が多いらしく、難航しています」
「……スガノ、俺は一人しかいないのを知っているか?」
「……存じておりますとも」
クラーリオは大げさに溜息をついて、机の上の果物を手に取った。あまり食事をしないクラーリオのために、ゼオが毎日用意してくれているものだ。
齧りつくと、果汁が溢れ出す。しかしやはり、美味しくはない。
(……エリトに、食べさせてやりたいな)
朝起きて、自分(ノウリ)がいないと分かった時、どんなに悲しむだろう。
「……魔獣討伐を先に片付けるぞ」
クラーリオはそう吐き捨てながら、立ち上がる。外套を手に取ると、スガノが慌てて口を開いた。
「カマロ様は? 放っておいて良いのですか?」
「……ちょっとびびらせておけ」
執務室を出ていくクラーリオを追って、スガノは苦笑いを零した。
嫌がりはするものの、クラーリオは任務を断らない。
面倒ごとを押し付けられやすいのは、彼が嫌々ながらも仕事は完璧にこなすからだ。
クラーリオは威圧的で恐ろしいが、彼に恩がある魔族はたくさんいる。
________
「ク、クク、クラーリオ様っっ!!!!」
魔獣討伐の現場に着くなり、手当たり次第に魔獣を屠っていくクラーリオに、ジョリスは仰け反りながら叫んだ。
魔獣というのは資源が豊富で、肉も栄養価が高い。そのため魔獣討伐は、素材を採る前提できれいに狩ることが必要となる。
特にクラーリオはこのことを徹底していて、普段なら一撃で魔獣を屠る。
しかし今日のクラーリオは、恐ろしく強い魔法を使って魔獣を消し炭にしているのだ。複数の魔獣が一瞬にして、丸焦げになっている。
「そ、そそそ、素材は!? 素材がとれません!!」
「……そざい? なんだそれは。うまいのか?」
無表情から飛び出した言葉は、あまりにも投げやりだった。
何もかも面倒といった態度で、クラーリオは魔法を放る。ジョリスは部下たちが巻き込まれないよう後方へと誘導し、荒れ狂う魔神を見守るしかない。
「ジョリスさん……あの魔法、なんていう魔法ですか?」
「知らないよ。宗主お得意の『なんかものすごいやつ』でしょ。しかし、今日はいつにも増して、キレッキレじゃない?」
普段でも十分強いクラーリオの魔法が、今日は更に強さを増している。身のこなしも心なしか俊敏だ。
驚いたことに、うじゃうじゃいた魔獣が殆ど炭となり転がっている。
「宗主が来てから3時間。俺らが3日掛かってたのを……3時間……」
「おい、考えるな。不毛だぞ」
部下たちの愚痴じみた呟きを聞きながら、ジョリスはクラーリオの背中を見守るしかない。
いつも冷静沈着なクラーリオが、少しだけ急いているように見えるのは、気のせいだろうか。
魔獣が殆どいなくなり、クラーリオによる猛攻も止む頃、ジョリス達は隠れていた場所から歩を進めた。
焦土と化した場所を索敵するが、生き残りはいないようだ。
クラーリオは返り血と粉塵で、またもや見事に汚れている。ジョリスはクラーリオのもとへ駆け寄ると、跪いた。
「宗主、お見事です。生き残りはいません。いまから解体を……」
「出来るのか? 殆ど炭化している、処分しておけ」
「……では、魔核だけでも回収しておきます。重要な資源なので」
魔核は、魔獣が持つ生命の核で、死んだ後も数時間はそこに留まる。これを結晶化して、資源として使うのだ。
加工すれば強化薬にも治癒薬にもなる。一体から採れる量は微量だが、これだけの数となると相当の収穫が見込めるはずだ。
しかし、そのジョリスの言葉に、クラーリオは舌打ちを零した。
「……時間が掛かるな。俺は離脱しても良いか?」
「? 構いませんが……。あ、そうか! カマロ様の援護に向かわれるのですね!」
「……カマロ……? 誰だそれ」
ふんと鼻を鳴らし、クラーリオはふいと視線を逸らした。子供のような態度に、ジョリスも思わず頬が緩む。
「カマロ様の援護でなければ、どちらに?」
「……ジョリス、数時間だけ離脱する。俺はその間、魔獣を討伐していたと報告を」
「……御意」
ジョリスの回答を聞きながら、クラーリオは踵を返した。
背中から巨大な黒い羽を生やし、東の方角へと飛び去って行く。
「あらら、飛んで移動なんて、久々に見たな」
やはり何か急いている。そう思いながらも、ジョリスは魔核集めに精を出した。
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