冷酷非道な魔神様は、捌き屋に全てを捧げる

墨尽(ぼくじん)

文字の大きさ
上 下
5 / 56
前編

第4話 クラーリオ、魔神やめるってよ

しおりを挟む
 魔神辞めます宣言は、王城に衝撃をもたらした。

 魔神の称号を持つものは他にもいるが、クラーリオはその中でも別格だ。
 当然の事ながら受け入れられず、クラーリオは妥協案として「休暇」を貰うことになった。


 タオは一足先に屋敷へ戻り、その件をスガノへと報告する。

 宗主が居ないのを良いことに、スガノは昼間から酒を飲んでいた。しかし一気に酔いが冷めたようで、目を剥きながらジョッキをテーブルに叩きつける。

「はぁあああ!? 魔神、辞めますだぁ!!??」
「っ! 怒鳴らないで下さいよぉ!」
「魔神だぞ!? どこぞの新兵のつもりか! あの人はっ!」

 部下もいて、屋敷には使用人もいる。
 何よりも、クラーリオが居なければこの国が荒れる事など目に見えている。

 与えられた任務は確実にこなすが、責任感は無かったのか。スガノはそこが許せない。

「部下はどうするんです?って聞いても、あの人の返事は分かってる。『ジョリスがいるだろ?』だ! なんて人だ!」
「あ、あの、受け入れられて無いですからね! 数日の休暇を貰っただけで……」
「当たり前だろうがぁああ! 宗主が居なくなって一番困るのは魔王だ!!」
 
 昔は何の脅威もなかった人間も、文明を進化させ、魔法の技術を磨き、徐々に魔族を追い詰め始めている。既に人間によって魔神数名が討伐されているのだ。

「で!? 宗主は!?」
「王城からそのまま休暇に入られました。何かあれば黒鉄を走らせろと言っっていました」
「んんんん、勝手!! こっちに戻りすらしないのね! ジョリスに連絡!」

 スガノに命じられ、戻ってきたばかりというのに、タオは脱兎のごとく走り出した。不憫には思うが、仕方ない。
 副官のジョリスは女性だが、かなり気が強い。タオの報告を聞いて、また彼は怒鳴られる運命だ。

 クラーリオが居ないとなると、他国からの警戒を強めないとならない。
 他の魔神への連絡は国から届いているだろうが、当てには出来ないだろう。

「ったく、どこで休暇してんだろうな、あの人……」


________

 日が落ちたナークレンの街並みを眺めながら、クラーリオは疾走していた。勿論、ノウリの姿でだ。
 街行く人間が、ひと際大きな黒犬に驚きの目を向ける。その視線を感じながらも、止まることなくクラーリオは走った。

 街を外れ、山間の少し拓けた場所に、それらしき家屋はあった。
 長い間空き家だったせいか、廃墟と言った方が正しい。こぢんまりとした小さな家だ。

(エリトの匂いが微かにする。しかし、家にはいないようだな)

 エリトの言った通りだった赤い扉を、真っ黒な鼻で押す。ぎぎ、と鈍い音がして扉は難なく開いた。
 施錠はしていないようだ。不用心だと思いながら、クラーリオは中を覗いた。

 外観も廃れていたが、中もかなり散らかっている。しかし天井から吊るされている薬草や香草はまだ新しい。

 家具は小さなテーブルとチェストだけ。
 小上がりになっている広い窓辺に、毛布が縮こまっている。ここに彼が寝ていた。そう思うだけでクラーリオの心臓が騒ぎ始めた。


「ノウリ!!!!」

 背後から聞こえた声に、玄関口でクラーリオは振り返った。随分遠いところから、エリトが手を振って走ってくる。
 思わずクラーリオも走り出し、エリトに飛びついた。
 ぺろぺろと顔を舐めると、エリトが嬉しそうに笑う。

「あは、やっぱりノウリだった! 街の人が、大きい黒犬がいたって大騒ぎしてたんだ! 居ても立っても居られなくて、納品して直ぐ帰ってきちゃったよ!!」

 エリトがクラーリオをわしゃわしゃ撫で、その首に縋りつく。

「やっぱり来てくれたんだな! 嬉しいよ、ノウリ!! しかも家まで分かっちゃうなんて、お前は本当におりこうさんだ!!」

 喜ぶエリトに、クラーリオの胸は痛んだ。魔神を辞めることは叶わなかった。数日したらまた戻らなくてはならない。
 くぅんと鳴くと、意図を察した様にエリトが笑う。

「分かってるよ。ノウリは野良だ。いつでも来ていいし……出掛けるのも自由だよ。……いつか帰ってきてくれれば、それでいい」

 寂しそうにする瞳を見ていられなくて、クラーリオは鼻を擦りつけた。

 クラーリオは遠い昔、愛しい人を置いて行った事がある。その事で、がどれほど寂しい思いをしたか、今になっては分からない。

(だからこそ、今度はずっと一緒にいたい。やっと、見つけたんだから……)

「寒かったろ? 腹は空いてる? はは、昼間あんなに食べたから、大丈夫か」

 クラーリオに語りかけながら、エリトは家に向かって歩く。そして玄関前に積んであった薪を数本抱えると、玄関を足で開けた。
 すかさずクラーリオが身体を滑り込ませ、扉を押さえる。するとエリトが花咲くように笑った。

「まったく、ノウリは本当に人間みたいだ。ありがとな」


 暖炉に薪を放り投げ、エリトは手際よく火を付けた。そして鼻歌を歌いながら、クラーリオへ優しい視線を向ける。

「芋でも焼く? ノウリは芋好きか?」

(エリト……本当に嬉しそうだな)

 見る限り、エリトは独り暮らしだ。
 普通なら集団で行動する捌き屋だが、エリトが他の人間といるところを見たことが無い。

 クラーリオが身を寄せると、エリトは毛並みに顔を埋めた。ぐりぐりと頭を擦りつけて、暖炉の前に置いてあったブランケットを引き寄せる。

「……ごめん、ノウリ。今日は、とても疲れたから……また明日……。明日もいる? いてほしいな……」
 
 その問いに答えるように、クラーリオは床に伏せた。エリトはクラーリオを枕にしたまま、寝息を立てはじめる。

(なんて可愛い。大好きだ、エリト)

 エリトの寝顔を見ながら、クラーリオも瞳を閉じた。
しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。

N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間 ファンタジーしてます。 攻めが出てくるのは中盤から。 結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。 表紙絵 ⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101) 挿絵『0 琥』 ⇨からさね 様 X (@karasane03) 挿絵『34 森』 ⇨くすなし 様 X(@cuth_masi) ◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

平民男子と騎士団長の行く末

きわ
BL
 平民のエリオットは貴族で騎士団長でもあるジェラルドと体だけの関係を持っていた。  ある日ジェラルドの見合い話を聞き、彼のためにも離れたほうがいいと決意する。  好きだという気持ちを隠したまま。  過去の出来事から貴族などの権力者が実は嫌いなエリオットと、エリオットのことが好きすぎて表からでは分からないように手を回す隠れ執着ジェラルドのお話です。  第十一回BL大賞参加作品です。

「じゃあ、別れるか」

万年青二三歳
BL
 三十路を過ぎて未だ恋愛経験なし。平凡な御器谷の生活はひとまわり年下の優秀な部下、黒瀬によって破壊される。勤務中のキス、気を失うほどの快楽、甘やかされる週末。もう離れられない、と御器谷は自覚するが、一時の怒りで「じゃあ、別れるか」と言ってしまう。自分を甘やかし、望むことしかしない部下は別れを選ぶのだろうか。  期待の若手×中間管理職。年齢は一回り違い。年の差ラブ。  ケンカップル好きへ捧げます。  ムーンライトノベルズより転載(「多分、じゃない」より改題)。

既成事実さえあれば大丈夫

ふじの
BL
名家出身のオメガであるサミュエルは、第三王子に婚約を一方的に破棄された。名家とはいえ貧乏な家のためにも新しく誰かと番う必要がある。だがサミュエルは行き遅れなので、もはや選んでいる立場ではない。そうだ、既成事実さえあればどこかに嫁げるだろう。そう考えたサミュエルは、ヒート誘発薬を持って夜会に乗り込んだ。そこで出会った美丈夫のアルファ、ハリムと意気投合したが───。

処理中です...