冷酷非道な魔神様は、捌き屋に全てを捧げる

墨尽(ぼくじん)

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前編

第4話 クラーリオ、魔神やめるってよ

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 魔神辞めます宣言は、王城に衝撃をもたらした。

 魔神の称号を持つものは他にもいるが、クラーリオはその中でも別格だ。
 当然の事ながら受け入れられず、クラーリオは妥協案として「休暇」を貰うことになった。


 タオは一足先に屋敷へ戻り、その件をスガノへと報告する。

 宗主が居ないのを良いことに、スガノは昼間から酒を飲んでいた。しかし一気に酔いが冷めたようで、目を剥きながらジョッキをテーブルに叩きつける。

「はぁあああ!? 魔神、辞めますだぁ!!??」
「っ! 怒鳴らないで下さいよぉ!」
「魔神だぞ!? どこぞの新兵のつもりか! あの人はっ!」

 部下もいて、屋敷には使用人もいる。
 何よりも、クラーリオが居なければこの国が荒れる事など目に見えている。

 与えられた任務は確実にこなすが、責任感は無かったのか。スガノはそこが許せない。

「部下はどうするんです?って聞いても、あの人の返事は分かってる。『ジョリスがいるだろ?』だ! なんて人だ!」
「あ、あの、受け入れられて無いですからね! 数日の休暇を貰っただけで……」
「当たり前だろうがぁああ! 宗主が居なくなって一番困るのは魔王だ!!」
 
 昔は何の脅威もなかった人間も、文明を進化させ、魔法の技術を磨き、徐々に魔族を追い詰め始めている。既に人間によって魔神数名が討伐されているのだ。

「で!? 宗主は!?」
「王城からそのまま休暇に入られました。何かあれば黒鉄を走らせろと言っっていました」
「んんんん、勝手!! こっちに戻りすらしないのね! ジョリスに連絡!」

 スガノに命じられ、戻ってきたばかりというのに、タオは脱兎のごとく走り出した。不憫には思うが、仕方ない。
 副官のジョリスは女性だが、かなり気が強い。タオの報告を聞いて、また彼は怒鳴られる運命だ。

 クラーリオが居ないとなると、他国からの警戒を強めないとならない。
 他の魔神への連絡は国から届いているだろうが、当てには出来ないだろう。

「ったく、どこで休暇してんだろうな、あの人……」


________

 日が落ちたナークレンの街並みを眺めながら、クラーリオは疾走していた。勿論、ノウリの姿でだ。
 街行く人間が、ひと際大きな黒犬に驚きの目を向ける。その視線を感じながらも、止まることなくクラーリオは走った。

 街を外れ、山間の少し拓けた場所に、それらしき家屋はあった。
 長い間空き家だったせいか、廃墟と言った方が正しい。こぢんまりとした小さな家だ。

(エリトの匂いが微かにする。しかし、家にはいないようだな)

 エリトの言った通りだった赤い扉を、真っ黒な鼻で押す。ぎぎ、と鈍い音がして扉は難なく開いた。
 施錠はしていないようだ。不用心だと思いながら、クラーリオは中を覗いた。

 外観も廃れていたが、中もかなり散らかっている。しかし天井から吊るされている薬草や香草はまだ新しい。

 家具は小さなテーブルとチェストだけ。
 小上がりになっている広い窓辺に、毛布が縮こまっている。ここに彼が寝ていた。そう思うだけでクラーリオの心臓が騒ぎ始めた。


「ノウリ!!!!」

 背後から聞こえた声に、玄関口でクラーリオは振り返った。随分遠いところから、エリトが手を振って走ってくる。
 思わずクラーリオも走り出し、エリトに飛びついた。
 ぺろぺろと顔を舐めると、エリトが嬉しそうに笑う。

「あは、やっぱりノウリだった! 街の人が、大きい黒犬がいたって大騒ぎしてたんだ! 居ても立っても居られなくて、納品して直ぐ帰ってきちゃったよ!!」

 エリトがクラーリオをわしゃわしゃ撫で、その首に縋りつく。

「やっぱり来てくれたんだな! 嬉しいよ、ノウリ!! しかも家まで分かっちゃうなんて、お前は本当におりこうさんだ!!」

 喜ぶエリトに、クラーリオの胸は痛んだ。魔神を辞めることは叶わなかった。数日したらまた戻らなくてはならない。
 くぅんと鳴くと、意図を察した様にエリトが笑う。

「分かってるよ。ノウリは野良だ。いつでも来ていいし……出掛けるのも自由だよ。……いつか帰ってきてくれれば、それでいい」

 寂しそうにする瞳を見ていられなくて、クラーリオは鼻を擦りつけた。

 クラーリオは遠い昔、愛しい人を置いて行った事がある。その事で、がどれほど寂しい思いをしたか、今になっては分からない。

(だからこそ、今度はずっと一緒にいたい。やっと、見つけたんだから……)

「寒かったろ? 腹は空いてる? はは、昼間あんなに食べたから、大丈夫か」

 クラーリオに語りかけながら、エリトは家に向かって歩く。そして玄関前に積んであった薪を数本抱えると、玄関を足で開けた。
 すかさずクラーリオが身体を滑り込ませ、扉を押さえる。するとエリトが花咲くように笑った。

「まったく、ノウリは本当に人間みたいだ。ありがとな」


 暖炉に薪を放り投げ、エリトは手際よく火を付けた。そして鼻歌を歌いながら、クラーリオへ優しい視線を向ける。

「芋でも焼く? ノウリは芋好きか?」

(エリト……本当に嬉しそうだな)

 見る限り、エリトは独り暮らしだ。
 普通なら集団で行動する捌き屋だが、エリトが他の人間といるところを見たことが無い。

 クラーリオが身を寄せると、エリトは毛並みに顔を埋めた。ぐりぐりと頭を擦りつけて、暖炉の前に置いてあったブランケットを引き寄せる。

「……ごめん、ノウリ。今日は、とても疲れたから……また明日……。明日もいる? いてほしいな……」
 
 その問いに答えるように、クラーリオは床に伏せた。エリトはクラーリオを枕にしたまま、寝息を立てはじめる。

(なんて可愛い。大好きだ、エリト)

 エリトの寝顔を見ながら、クラーリオも瞳を閉じた。
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