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学園編
1-4
しおりを挟む陸が目を開けると、見慣れたの天井と黄色い電球が自分を見下ろしていた。
ぼんやりとしていたその輪郭がハッキリと形を成して行く。それと共に、自分が起床時間より何時間も前に起きてしまったのだと気付く。
少しずれてしまっていた毛布を自分の方に引っ張りながら、陸はもう一つの事に気がついた。
(のど、かわいた)
塩辛いスナック菓子なんて食べるんじゃなかった。と後悔はするが、改善はしない。
いつもは夜中に起きることなんて無いのに起きてしまったことが、更に喉の渇きを加速させる。
(コーラ飲みたい)
喉に弾ける炭酸に、陸にとっては控えめな甘み。飲むには自販機コーナーまで買いに行かなければいけない。
深夜に出歩くのは禁止かどうかは知らないが、学園規則を読み直せば禁止と記載されているに違いない。読み直す気は全く無いが、躊躇させるには充分だった。
(でも飲みたい)
葛藤の決着はすぐについた。
部屋を出て細い廊下を抜けると、少し開けたスペースにコミュニケーションフロアがある。テレビとソファと自販機があり、昼間は生徒たちが楽しげに談話する場所となっているのだ。
コーラが買えるだけの小銭を握りしめて、陸はフロアに入った。
昼間とは違い、静まり返ったフロアを横目に早足で自販機に向かう。自販機の明るい照明にホッとしながらも、小銭を入れようとしたその時だった。
ピィィン___。
聞きなれない音が響き渡り、陸はびくりと身を震わせる。
フロアには誰もいなかったはずだ。
気配も感じなかった。
先生かもしれない。
怒られる。
いや、先生ならまだいい。
その他だったら……。
陸は振り向き、自販機を背にした。
フロアには確かに人がいた。男だ、ということは認識できた。
金属の箱のようなものを、男は指で弾いて音を立てている。そして陸の視線に気付いてこちらを見た。
緑色の瞳。
仄暗い照明の中で、それだけが際立って浮かんでいた。
見たことも無い顔だ。陸は警戒し、身体を強張らせる。武器はもちろん無いし、魔法だって使えるかどうか解らない。
(どうしよう、どうすればいい?)
「……小銭、落ちたけど?」
「??」
「お金だよ。今自販機の下に滑り込んでいった。気付かなかった?」
男は立ち上がり、陸に向かって歩いてくる。
「……!??」
驚く陸をよそに、自販機の下を男は覗きはじめた。
警戒心で満ちている陸の足元で、男は無防備な姿で自販機の下を探る。くぐもった声が、足元から響いてきた。
「暗くて見えないな。照明が無いと無理だ」
そう言うと男は立ち上がり、膝の埃を払い始めた。
長い手足、陸より頭幾分か大きい身長。そして何よりも男が纏う空気は、何故か心地良い。警戒心が根こそぎ削ぎ落とされて行く感覚に、陸は戸惑った。
陸が眉を寄せていると、男はにっこりと微笑む。
「……警戒しなくていい。信じられないかもしれないけど、この学校の関係者だ」
「……関係者?」
「うん。危害は加えないから安心して。武器とかもってないし」
そう男は言うと、自販機に小銭を入れ始めた。自販機が明るくなり、購入可能のボタンが光る。男は口端を吊り上げて、陸へと言い放った。
「子供は遠慮無用。押せ」
「でも……」
「押して」
「…………」
男から目を離さずに、陸は目当てのボタンを押す。ガコンという音が、取り出し口から音が響いた。出て来たコーラを見て、目の前の男は嬉しそうに微笑む。
「コーラ! 将来が楽しみだ!」
「あなたは……。何を、してるんですか?」
「何って喫煙と飲酒。大人の醍醐味だろ」
男は手にしていた銀色の小さな箱を陸に見せ、指で弾いた。ピィンと音が鳴り、箱の上部が弾かれる。
と、同時に嗅いだことの無い香りが陸の鼻腔をくすぐった。
「煙草に火をつける道具だ。ジッポという」
「……じっぽ?」
「おう。まぁ座りな?」
あまりにも自然な流れで相席を促され、さらに自分の手元には男に買ってもらったコーラを握り締めている。
断るという行為を諦め、陸は男の前に浅く腰掛けた。
フロアの窓は全面ガラス張りになっており、外は雪がチラついていた。男は雪を眺めながらビールを飲んでいる。
「いただきます」
コーラに口を付けると刺激が口にパチパチと広がり、待ちかねた感触に陸はニコリと笑う。
欲求に素直に応えそのまま喉に流し込むと、この状況に落ち着いてしまった自分がいることに陸は少し驚いた。
普段は人見知りである陸は、知らない人といると落ち着かないでオロオロしてしまう。しかし今はそれがない。
目に前にいる人間がそうさせているのか。陸は不思議な感覚でチラリと男を見やった。
(綺麗な顔……)
フロア全体がほの暗くはっきりは見えないが、男が整った顔をしていることはわかる。
存在する明かりは、外から漏れる月明かりのみ。青白く照らされた男の顔は、陸が今まで見た中で一番美しく見えた。
(セラやテッサが喜びそう)
面食いの親友二人がキャアキャアと騒ぐ様を想像して、また更に顔を観察する。
「……ん?」
視線に気付いた男が、ビールの缶に口をつけたまま声を漏らす。陸は自分でも驚くほど自然に、口を開いた。
「誰ですか? あなたの顔、見たこと無いんですけど……」
「そりゃあ、無いだろうな。今日来たもん」
「勤務員の方ですか?」
ウェリンク校では警備員、調理師、清掃員など色々な職種の人間が働いている。陸の問いに、男は微笑みながら首を傾げた。
「まぁ、そんなもんだよ。……コーラ美味いか?」
「はい。美味しい、です」
うまく話を逸らされた気がしたが、コーラは美味しい。手元にあるコーラを見つめ、陸はにこりと笑う。そんな陸を見て、男はまた首を傾げた。
「う~ん、そうか? 昔はもっと美味しかったと思うんだけど……。今のはなんか、甘くて黒くて炭酸な飲み物だ」
「昔も今も同じ味ですけど……?」
「ふむ、そうかな?」
そう言うと、男は空になったビールの缶を握り潰す。そして陸に目を向けた。
「名前は?」
「奥村陸……です。……クラスBで、階級はF……」
クラスから階級まで紹介してしまい、陸は恥ずかしくなり目を逸らした。その一連の動作を見て、男は優しい笑みを浮かべる。
「俺の名は『たつとら』。覚えやすいだろ? 平仮名だし」
「たつとら?」
たつとらは頷き、腰を上げる。
「ほら、部屋に戻ってもう一眠りしろ。夜明けまで時間がある」
たつとらはコーラの空き缶を陸から受け取ると、一緒にゴミ箱に投げ込んだ。
缶が小気味の良い音を立てて見事にゴミ箱へ収まったのを確認すると、彼は生徒の寮とは反対側に歩き出す。
「……たつとら」
「んぁ?」
それは無意識だった。無意識にたつとらの名を呼んでたことに気付いて、陸は自身のパジャマの裾を握り締める。
子供のようだ、と陸は思った。でも、次に飛び出してくるであろう言葉を止める事が出来なかった。
「また、会える?」
その言葉にたつとらは身体ごと振り返り、陸と向かい合った。
「会えるぞ。それも近いうちに」
月明かりが届かない場所のいる彼の表情を、陸は読み取ることが出来ない。だがその返事だけで陸は心に灯が点った気がした。
自身も知らぬ間に満面の笑みを浮かべ、陸は自室への道へ向かう。
数歩進んでふと振り向いたときには、たつとらの姿はなかった。
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