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学園編

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 いつの間にかタールマの目の前に現れた男は、警戒心の欠片もないまま佇んでいる。

 なんだ、なんなのだろうかこの男は。
 得体の知れないモンスターに出会った時の感覚に少し似ているが、それとも違う。タールマの存在すべてが、その男の全てを許容できない。

 次元が違う、と本能が叫んでいる。

「……来ましたか」
 意識を右往左往させている最中に割って入った声の主を、タールマは良く知っていた。
 ウェリンク校の校長、キール・ドグラムスである。

 校長室で見る以外は見たことが無かった人物が、屋外にいることにタールマは驚愕の目を向けた。そして、『来ましたか』という言葉にありもしない答えに辿りついてしまった。

(……まさか、こんな男が、新任の……!?)

 自分と同じか、若いほどのその人物にタールマは思い切り疑いの目を向けた。校長ほどの人が尊敬の念を込めていた人物が、こんな人物のはずがないと。

「タールマ君、こちらが新任のたつとら先生だ。早速だが先生に学園を案内してくれないか?」
「え?」
「急ですまないね。私は上層部に報告をしておくから、後は頼んだよ。……たつとら先生、後ほどゆっくりと」

 反論の間もないまま、校長は踵を返す。タールマがたつとらへ視線を移すと、何と彼は校長にひらひらと手を振っていた。それに校長が気付き、笑顔で応えている。

(……! ふざけるな! 校長は、この国の英雄だぞ!? そんな人に、そんな態度を……!)

 目の前の男は少しも強そうに見えない。軍人とは思えないほど細く、そして肌は雪のように真っ白だ。栗色の髪はふわふわと揺れている。
 タールマは戸惑いを隠せないまま、たつとらへと向き合う。

 あれほど期待した新任の教師に、絶望しか感じなかった。

________

「明日はこれを着てください」

 新品の教師専用の校服は綺麗に折りたたまれて、タールマの両手の上にある。たつとらは腰を折り、それを受け取ることなく見つめた。そしてその体勢のまま、タールマに視線を向ける。

「どんな服なの?」
「ど、どんな服?」

 予想外の質問を受けたタールマは、自分でも恥ずかしくなるぐらいの素っ頓狂な声を上げた。その声には何の反応も示さないまま、たつとらは続ける。

「センセが着てるようなやつ?」
 指を差されている自分の首元あたりを見つめ、タールマは口を開く。
「……ああ、違います。男性用は、ネクタイが付きます」
「んん、却下」

 ひげも無いのに顎を擦りながら、たつとらは答えた。それに対して更に、タールマは素っ頓狂な声を上げてしまう。

「はいぃ?」
「俺は着ない」
「で、でも、そんなこと許されません」
「ん、大丈夫だ。校長に言えば良いんだろ?」

 たつとらの返事に、タールマは大いに慌てた。

 校長であるキールは、国の中枢に立つ大物だ。校長の父親は伝説の英雄であり、キール自身もいくつもの伝説を残してきた。
 普段は目にすることも叶わない校長なのだ。

 その校長に、校服を着たくないなどと子供が駄々をこねるような事など、伝えられる訳もない。

「……っ! そこまで言うなら着なくて結構です。とりあえずここに置いておきます」

 ソファに服を置き、タールマは手元にある手帳を開く。教師の寮に関する資料だ。
 この寮に住む者として大抵のことは熟知していたが、タールマは冷静さを取り戻すために資料を注視する。

 寮での決まりごとを述べた後、タールマは手帳から視線をたつとらに戻した。たつとらはタールマから受け取った校内の地図を見ており、視線はそのまま口を開く。

「お酒はどこで売ってんの?」

 タールマは手帳を閉じると、息をついてたつとらと視線を合わせた。

「校内は円形になっていることはその地図からも解ると思います。4階~7階までは寮となっており7階は主に教師たちの居住スペースです。7階の売店には他の売店とは違い、アルコールの販売が許されています。更に酒場もあります。」
「へー、すごい」
「質問はそれだけでしょうか?」
「いまんとこは」
「そうですか。それでは自分はこれで」

 そう言葉を残し、タールマは立ち去ろうとした。しかしふと、その足を止める。仄かに血の臭いが漂った気がしたのだ。
 戦場で嗅ぐ、あの独特な匂い。焦燥感を掻き立てられるその臭いは、目の前にいる男から発せられていた。

「血なまぐさい……」

 自分でも気がつかないほどの小さな声を、たつとらはハッキリと捕らえていた。

「ああ、わるい。途中異形と出くわして……返り血が匂うんだろ」
「そうじゃないです。ケガしてませんか?」
「?」

 きょとんとした顔をしているたつとらを見て、タールマは少し心が和んだ。たつとらの年齢は知り得ないが、どこか幼く見える。

「血の匂いは見逃しません。治療でしたら、8階のボルエスタ先生の所へどうぞ。彼は主に教師専門の医師です」
「……ありがとう」

 たつとらに笑顔で返され、タールマは赤面した。彼の笑顔は、非の打ち所がない笑顔だったのだ。少しの歪みも濁りもない。
 赤面するつもりは無かった。そう自分が否定したことによって更に意識してしまい、タールマは顔を逸らす。

 簡単に挨拶を済ませ、タールマは半ば飛び出すように部屋を出た。一連の自分の行動を思い返して再度赤面する。
 男女の寮を区切るセキュリティードアにカードを通しながら、タールマは呟いた。

「……あの人……」

 どれくらい強いんだろうか。ツヴァイの後釜となると、相当のものだろう。

「あんなに若いのに、多分他に訳があるはず」

 セキュリティーをパスして開く扉に話しかけるように、タールマは呟く。そして思考を打ち切るように頭を振った。
 まだ生徒たちは解散せずに待っている筈だ。早く教室に戻らなければ、とタールマは足早に歩きだした。
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