4 / 90
学園編
1-2
しおりを挟む
いつの間にかタールマの目の前に現れた男は、警戒心の欠片もないまま佇んでいる。
なんだ、なんなのだろうかこの男は。
得体の知れないモンスターに出会った時の感覚に少し似ているが、それとも違う。タールマの存在すべてが、その男の全てを許容できない。
次元が違う、と本能が叫んでいる。
「……来ましたか」
意識を右往左往させている最中に割って入った声の主を、タールマは良く知っていた。
ウェリンク校の校長、キール・ドグラムスである。
校長室で見る以外は見たことが無かった人物が、屋外にいることにタールマは驚愕の目を向けた。そして、『来ましたか』という言葉にありもしない答えに辿りついてしまった。
(……まさか、こんな男が、新任の……!?)
自分と同じか、若いほどのその人物にタールマは思い切り疑いの目を向けた。校長ほどの人が尊敬の念を込めていた人物が、こんな人物のはずがないと。
「タールマ君、こちらが新任のたつとら先生だ。早速だが先生に学園を案内してくれないか?」
「え?」
「急ですまないね。私は上層部に報告をしておくから、後は頼んだよ。……たつとら先生、後ほどゆっくりと」
反論の間もないまま、校長は踵を返す。タールマがたつとらへ視線を移すと、何と彼は校長にひらひらと手を振っていた。それに校長が気付き、笑顔で応えている。
(……! ふざけるな! 校長は、この国の英雄だぞ!? そんな人に、そんな態度を……!)
目の前の男は少しも強そうに見えない。軍人とは思えないほど細く、そして肌は雪のように真っ白だ。栗色の髪はふわふわと揺れている。
タールマは戸惑いを隠せないまま、たつとらへと向き合う。
あれほど期待した新任の教師に、絶望しか感じなかった。
________
「明日はこれを着てください」
新品の教師専用の校服は綺麗に折りたたまれて、タールマの両手の上にある。たつとらは腰を折り、それを受け取ることなく見つめた。そしてその体勢のまま、タールマに視線を向ける。
「どんな服なの?」
「ど、どんな服?」
予想外の質問を受けたタールマは、自分でも恥ずかしくなるぐらいの素っ頓狂な声を上げた。その声には何の反応も示さないまま、たつとらは続ける。
「センセが着てるようなやつ?」
指を差されている自分の首元あたりを見つめ、タールマは口を開く。
「……ああ、違います。男性用は、ネクタイが付きます」
「んん、却下」
ひげも無いのに顎を擦りながら、たつとらは答えた。それに対して更に、タールマは素っ頓狂な声を上げてしまう。
「はいぃ?」
「俺は着ない」
「で、でも、そんなこと許されません」
「ん、大丈夫だ。校長に言えば良いんだろ?」
たつとらの返事に、タールマは大いに慌てた。
校長であるキールは、国の中枢に立つ大物だ。校長の父親は伝説の英雄であり、キール自身もいくつもの伝説を残してきた。
普段は目にすることも叶わない校長なのだ。
その校長に、校服を着たくないなどと子供が駄々をこねるような事など、伝えられる訳もない。
「……っ! そこまで言うなら着なくて結構です。とりあえずここに置いておきます」
ソファに服を置き、タールマは手元にある手帳を開く。教師の寮に関する資料だ。
この寮に住む者として大抵のことは熟知していたが、タールマは冷静さを取り戻すために資料を注視する。
寮での決まりごとを述べた後、タールマは手帳から視線をたつとらに戻した。たつとらはタールマから受け取った校内の地図を見ており、視線はそのまま口を開く。
「お酒はどこで売ってんの?」
タールマは手帳を閉じると、息をついてたつとらと視線を合わせた。
「校内は円形になっていることはその地図からも解ると思います。4階~7階までは寮となっており7階は主に教師たちの居住スペースです。7階の売店には他の売店とは違い、アルコールの販売が許されています。更に酒場もあります。」
「へー、すごい」
「質問はそれだけでしょうか?」
「いまんとこは」
「そうですか。それでは自分はこれで」
そう言葉を残し、タールマは立ち去ろうとした。しかしふと、その足を止める。仄かに血の臭いが漂った気がしたのだ。
戦場で嗅ぐ、あの独特な匂い。焦燥感を掻き立てられるその臭いは、目の前にいる男から発せられていた。
「血なまぐさい……」
自分でも気がつかないほどの小さな声を、たつとらはハッキリと捕らえていた。
「ああ、わるい。途中異形と出くわして……返り血が匂うんだろ」
「そうじゃないです。ケガしてませんか?」
「?」
きょとんとした顔をしているたつとらを見て、タールマは少し心が和んだ。たつとらの年齢は知り得ないが、どこか幼く見える。
「血の匂いは見逃しません。治療でしたら、8階のボルエスタ先生の所へどうぞ。彼は主に教師専門の医師です」
「……ありがとう」
たつとらに笑顔で返され、タールマは赤面した。彼の笑顔は、非の打ち所がない笑顔だったのだ。少しの歪みも濁りもない。
赤面するつもりは無かった。そう自分が否定したことによって更に意識してしまい、タールマは顔を逸らす。
簡単に挨拶を済ませ、タールマは半ば飛び出すように部屋を出た。一連の自分の行動を思い返して再度赤面する。
男女の寮を区切るセキュリティードアにカードを通しながら、タールマは呟いた。
「……あの人……」
どれくらい強いんだろうか。ツヴァイの後釜となると、相当のものだろう。
「あんなに若いのに、多分他に訳があるはず」
セキュリティーをパスして開く扉に話しかけるように、タールマは呟く。そして思考を打ち切るように頭を振った。
まだ生徒たちは解散せずに待っている筈だ。早く教室に戻らなければ、とタールマは足早に歩きだした。
なんだ、なんなのだろうかこの男は。
得体の知れないモンスターに出会った時の感覚に少し似ているが、それとも違う。タールマの存在すべてが、その男の全てを許容できない。
次元が違う、と本能が叫んでいる。
「……来ましたか」
意識を右往左往させている最中に割って入った声の主を、タールマは良く知っていた。
ウェリンク校の校長、キール・ドグラムスである。
校長室で見る以外は見たことが無かった人物が、屋外にいることにタールマは驚愕の目を向けた。そして、『来ましたか』という言葉にありもしない答えに辿りついてしまった。
(……まさか、こんな男が、新任の……!?)
自分と同じか、若いほどのその人物にタールマは思い切り疑いの目を向けた。校長ほどの人が尊敬の念を込めていた人物が、こんな人物のはずがないと。
「タールマ君、こちらが新任のたつとら先生だ。早速だが先生に学園を案内してくれないか?」
「え?」
「急ですまないね。私は上層部に報告をしておくから、後は頼んだよ。……たつとら先生、後ほどゆっくりと」
反論の間もないまま、校長は踵を返す。タールマがたつとらへ視線を移すと、何と彼は校長にひらひらと手を振っていた。それに校長が気付き、笑顔で応えている。
(……! ふざけるな! 校長は、この国の英雄だぞ!? そんな人に、そんな態度を……!)
目の前の男は少しも強そうに見えない。軍人とは思えないほど細く、そして肌は雪のように真っ白だ。栗色の髪はふわふわと揺れている。
タールマは戸惑いを隠せないまま、たつとらへと向き合う。
あれほど期待した新任の教師に、絶望しか感じなかった。
________
「明日はこれを着てください」
新品の教師専用の校服は綺麗に折りたたまれて、タールマの両手の上にある。たつとらは腰を折り、それを受け取ることなく見つめた。そしてその体勢のまま、タールマに視線を向ける。
「どんな服なの?」
「ど、どんな服?」
予想外の質問を受けたタールマは、自分でも恥ずかしくなるぐらいの素っ頓狂な声を上げた。その声には何の反応も示さないまま、たつとらは続ける。
「センセが着てるようなやつ?」
指を差されている自分の首元あたりを見つめ、タールマは口を開く。
「……ああ、違います。男性用は、ネクタイが付きます」
「んん、却下」
ひげも無いのに顎を擦りながら、たつとらは答えた。それに対して更に、タールマは素っ頓狂な声を上げてしまう。
「はいぃ?」
「俺は着ない」
「で、でも、そんなこと許されません」
「ん、大丈夫だ。校長に言えば良いんだろ?」
たつとらの返事に、タールマは大いに慌てた。
校長であるキールは、国の中枢に立つ大物だ。校長の父親は伝説の英雄であり、キール自身もいくつもの伝説を残してきた。
普段は目にすることも叶わない校長なのだ。
その校長に、校服を着たくないなどと子供が駄々をこねるような事など、伝えられる訳もない。
「……っ! そこまで言うなら着なくて結構です。とりあえずここに置いておきます」
ソファに服を置き、タールマは手元にある手帳を開く。教師の寮に関する資料だ。
この寮に住む者として大抵のことは熟知していたが、タールマは冷静さを取り戻すために資料を注視する。
寮での決まりごとを述べた後、タールマは手帳から視線をたつとらに戻した。たつとらはタールマから受け取った校内の地図を見ており、視線はそのまま口を開く。
「お酒はどこで売ってんの?」
タールマは手帳を閉じると、息をついてたつとらと視線を合わせた。
「校内は円形になっていることはその地図からも解ると思います。4階~7階までは寮となっており7階は主に教師たちの居住スペースです。7階の売店には他の売店とは違い、アルコールの販売が許されています。更に酒場もあります。」
「へー、すごい」
「質問はそれだけでしょうか?」
「いまんとこは」
「そうですか。それでは自分はこれで」
そう言葉を残し、タールマは立ち去ろうとした。しかしふと、その足を止める。仄かに血の臭いが漂った気がしたのだ。
戦場で嗅ぐ、あの独特な匂い。焦燥感を掻き立てられるその臭いは、目の前にいる男から発せられていた。
「血なまぐさい……」
自分でも気がつかないほどの小さな声を、たつとらはハッキリと捕らえていた。
「ああ、わるい。途中異形と出くわして……返り血が匂うんだろ」
「そうじゃないです。ケガしてませんか?」
「?」
きょとんとした顔をしているたつとらを見て、タールマは少し心が和んだ。たつとらの年齢は知り得ないが、どこか幼く見える。
「血の匂いは見逃しません。治療でしたら、8階のボルエスタ先生の所へどうぞ。彼は主に教師専門の医師です」
「……ありがとう」
たつとらに笑顔で返され、タールマは赤面した。彼の笑顔は、非の打ち所がない笑顔だったのだ。少しの歪みも濁りもない。
赤面するつもりは無かった。そう自分が否定したことによって更に意識してしまい、タールマは顔を逸らす。
簡単に挨拶を済ませ、タールマは半ば飛び出すように部屋を出た。一連の自分の行動を思い返して再度赤面する。
男女の寮を区切るセキュリティードアにカードを通しながら、タールマは呟いた。
「……あの人……」
どれくらい強いんだろうか。ツヴァイの後釜となると、相当のものだろう。
「あんなに若いのに、多分他に訳があるはず」
セキュリティーをパスして開く扉に話しかけるように、タールマは呟く。そして思考を打ち切るように頭を振った。
まだ生徒たちは解散せずに待っている筈だ。早く教室に戻らなければ、とタールマは足早に歩きだした。
33
お気に入りに追加
209
あなたにおすすめの小説
Sランク冒険者の受付嬢
おすし
ファンタジー
王都の中心街にある冒険者ギルド《ラウト・ハーヴ》は、王国最大のギルドで登録冒険者数も依頼数もNo.1と実績のあるギルドだ。
だがそんなギルドには1つの噂があった。それは、『あのギルドにはとてつもなく強い受付嬢』がいる、と。
そんな噂を耳にしてギルドに行けば、受付には1人の綺麗な銀髪をもつ受付嬢がいてー。
「こんにちは、ご用件は何でしょうか?」
その受付嬢は、今日もギルドで静かに仕事をこなしているようです。
これは、最強冒険者でもあるギルドの受付嬢の物語。
※ほのぼので、日常:バトル=2:1くらいにするつもりです。
※前のやつの改訂版です
※一章あたり約10話です。文字数は1話につき1500〜2500くらい。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
下げ渡された婚約者
相生紗季
ファンタジー
マグナリード王家第三王子のアルフレッドは、優秀な兄と姉のおかげで、政務に干渉することなく気ままに過ごしていた。
しかしある日、第一王子である兄が言った。
「ルイーザとの婚約を破棄する」
愛する人を見つけた兄は、政治のために決められた許嫁との婚約を破棄したいらしい。
「あのルイーザが受け入れたのか?」
「代わりの婿を用意するならという条件付きで」
「代わり?」
「お前だ、アルフレッド!」
おさがりの婚約者なんて聞いてない!
しかもルイーザは誰もが畏れる冷酷な侯爵令嬢。
アルフレッドが怯えながらもルイーザのもとへと訪ねると、彼女は氷のような瞳から――涙をこぼした。
「あいつは、僕たちのことなんかどうでもいいんだ」
「ふたりで見返そう――あいつから王位を奪うんだ」
幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
そんな中、夢の中の本を読むと、、、
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】不貞された私を責めるこの国はおかしい
春風由実
恋愛
婚約者が不貞をしたあげく、婚約破棄だと言ってきた。
そんな私がどうして議会に呼び出され糾弾される側なのでしょうか?
婚約者が不貞をしたのは私のせいで、
婚約破棄を命じられたのも私のせいですって?
うふふ。面白いことを仰いますわね。
※最終話まで毎日一話更新予定です。→3/27完結しました。
※カクヨムにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる