つぎのあなたの瞳の色は

墨尽(ぼくじん)

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戦乱の常葉国

67. 軍事作戦

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 広場に設営された陣営で、常葉の各部隊の隊長が顔を揃えた。ウェリンク組からはチャンと、たつとら、ついでに藥王が参加している。
 軍事行為のことには疎いたつとらは、チャンの付き添いとして斜め後ろに座っている。

 たつとら達の事は、秋人から隊長たちに事前に伝えてあったようだ。値踏みするような視線に、チャンは挑戦的に口を吊り上げた。

「チャン殿は、どこの軍に所属されているのですか?素性が知れない者と一緒に戦いたくはないものでね」
 隊長の一人がチャンを見据えながら言う。挑発的な発言だが、秋人も特に咎める様子は無い。

 チャンは鼻で笑うと、口を開いた。
「ドグラムス軍です。階級はありません、元秘書なんでね」

 それを聞くと隊長たちがザワザワと騒ぎ始めた。一番若く血気盛んそうな隊長が、地面に拳を叩きつける。

「そんな奴に、播磨の前線部隊が破れるものか!冗談もいい加減にして頂きたい!」
 同調する声が広がり、天幕の中が不穏な雰囲気に包まれる。秋人が口に手を当てながら、何やら思案しているような仕草をする。

「秘書って、前当主のキール・ドグラムスの秘書か?」
 秋人の問いにチャンが頷くと、秋人は満面の笑みを浮かべた。

「疾風のドグラムスの秘書、冷徹の双剣チャンだ!!そうだろ!?」
「……な、なんだ、その、恥ずかしい通り名は……」
 そんな通り名、聞いたことが無い。チャンは顔を歪ませると、秋人が破顔した。

「俺は、レリック・ドグラムスの大ファンなんだ!勿論、キール・ドグラムスも尊敬していた!彼の死は……本当に残念だった」
 胡坐をかいた膝上に拳を乗せながら、秋人は頭を下げる。チャンも頭を下げると、騒いでいた隊長たちが静まった。

 秋人は、認めた相手には礼儀を尽くす性分なのだろう。国の将軍が頭を下げることなど、そうそうない。だがそのお陰で、威圧的だった隊長達が態度を緩めた。

「前線への攻撃は、俺たちだけで行きます。それを見て、隊長方は判断して頂きたい。俺たちと、戦うかどうかを」
 チャンの言葉に、秋人が膝を叩いて豪快に笑った。
「いいや、俺は参加するぞ!お前たちは控えておけ!」
「し、将軍!!」

 隊長達が狼狽える中、秋人はワクワクを隠せないといった顔でチャンに訊ねる。
「して、作戦は?なにか策があるのか?」
「作戦は、複数ありますが……」
 チャンは後ろに座るたつとらに目線を向けた。

(というか、たつがいるなら何とでも出来る。やり方だけ考えないといけないな)
 その目線に気付いたたつとらが、秋人に遠慮がちに口を開いた。

「秋人さん、暗順応ってご存知ですか?」
「知らん。なんだそれは」
 眉根を寄せて言う秋人に、更にたつとらは聞いた。

「北の兵士は、ここの兵士と同じ訓練を?」
「そうだな。ここで新兵は訓練して、各地に飛ばされる。初期に教えるのは一緒のはずだ。でも播磨の軍で脅威なのは、神風組で雇った召喚士や傭兵だぞ?北の常葉軍はそこまで強くない」

 たつとらは頷くと、チャンの袖を引っ張った。
「チャンは暗順応、知ってるよな?」
「勿論。ウェリンクでは新兵の時から叩きこまれる」

 チャンの答えに、たつとらは頷いた。チャンも意図を察して、口の端を吊り上げる。
「出来るのか?魔法か?」
「それでも良いけど、出来る子がいる」
 その答えに、チャンは眉を下げて笑った。たつとらの頭をわしわしと撫でて、「流石、あんただ」と嬉しそうに言う。
 チャンは前を向くと、隊長たちを見回した。

「作戦は固まった。今夜決行します」


 __________

 幸いにも今夜の常葉は曇り空だった。
 今にも降り出しそうな空を、秋人は見つめる。

 森の茂みに身を寄せると、新緑の香りが鼻をついた。隣を見ると、短髪の女性が秋人と同じく身を隠している。
 強さを内に秘めた美しい顔だった。途端に神楽耶の顔が浮かび、前方に視線を戻す。

 常葉の前線部隊は、攻撃を控え列を成していた。今日は総攻撃する予定だったのだろう。大勢の兵士たちが集まって来るのを秋人は見つめた。
 初めは常葉の本拠地で育てた兵である。教え子のような者たちと戦わなければならない事に、胸が抉られるように痛んだ。

『殺さなくていい。威力を削げれば成功です』

 チャンが言った言葉は、秋人の心情を汲み取ってくれた様に感じた。その時から彼らへの信頼度がまた増したのも事実である。

(しかし戦は、情で流されてはいけない)
 秋人は息をひそめて前方の兵たちを睨んだ。


________

 一方の哄笑と藥王は頬が緩みっぱなしだった。
 出陣前、たつとらは魔神たちを呼び出したのだ。


『いいか。今日は、人間への攻撃を特別に許す。だけど殺してはいけない』
 殺してはいけない、の言葉に藥王が口を尖らすのが気になったが、たつとらは続けた。
『朱楽は、俺と哄笑が仕留めた兵士を拘束してくれ』
『え?兄ぃも戦うんか?』
 藥王の問いに、気乗りがしないといった顔を浮かべて、たつとらは首の後ろを撫でた。

『仲間を戦わせているのに、自分が戦わないなんて出来ない。2人とも終始、俺に付いて回れ。俺から離れるな。いいな?』

 哄笑と薬王は目を輝かせて頷いた。たつとらと一緒に戦えるのは、魔神たちにとってご褒美みたいなものなのである。


 明らかにウズウズしている藥王と哄笑を横目に、ボルエスタはたつとらに耳打ちする。
「たつ、くれぐれも無理をしないで下さいね」
 暗がりの中でも分かるボルエスタの心配そうな顔に、たつとらは眉尻を下げて微笑んだ。
「ボルちゃんもね」


 北の兵士は総勢400人程の数だった。秋人の予想より遥かに多い。
 無茶だけはするな、とチャンは仲間に口酸っぱく伝えていた。特に無茶しやすいたつとらには、半ば脅しの様に釘を刺した。響いているかどうかは、不明だが。

 常葉国から鐘の音が聞こえてくる。
 時間だ。チャンは目を瞑って、更に腕で目を覆った。


「天火、照らせ」
 静かなたつとらの声が響き渡る。
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