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汚名を雪ぐ
49. 有無を言わさず作戦成功
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「おい!知坂!」
鳳凰の派手な登場から続き、薬王と鳳凰の魔人同士の口喧嘩を見て固まっていた知坂は、急に呼ばれて飛び上がった。
「は、はい!!」
返事をしながら藥王のもとに走り寄る知坂に、薬王は苛立ち気に声を掛ける。
「はよう説明せんか!」
「はい!」
知坂は眼鏡を押し上げて、威厳のある顔を作ると兵士に向き合った。
「諸君。本日集まってもらったのは、今我が国に蔓延している風邪の特効薬を得るためである!特効薬である司奈菊草は、時期が違う為入手困難であった!しかし、この薬王様がおられれば、話は違う!」
演説を始めた知坂を見ながらたつとらは静かに横移動し、銀扇に耳打ちした。
「俺が朱楽に力を分けたら、俺を乗せてどっか逃げてくれないか?」
その言葉を聞き、銀扇は困ったような顔を見せる。その顔に首を傾げるたつとらに、横にいた金扇は微笑んだ。
「タイラ様は、もっと幸せになって良い筈です」
金扇の謎の言葉に、彼は再度首を傾げる。そうこうしている間にも知坂の演説は続いた。
「薬王様の事は、諸君も存じているはずだ。薬草を自在に扱い、効能の高いものを時期に関わらず生やすことが出来る魔神である!」
静まりかえっていた兵士たちの間から、歓声が漏れ出す。
蔓延していた疫病に、彼らも心底不安だったのだろう。打開できそうな予感に、兵士たちは湧き上がった。
薬王は一歩踏み出て、兵士たちを手で制する。伝説の魔神の言葉を聞こうと、兵士たちは一瞬で静かになった。
「私は、確かに薬草を生やすことが出来る。だが、私の主を傷つけたこの国に力を貸すことはどうしても出来ない」
藥王の発した声には、確かな怒りと憎悪が入り混じっている。
彼らは異帝との戦いで、藥王の姿を見ている。その藥王が誰を助けたか、兵士らは鮮明に覚えていた。
一方のたつとらは、一人称も言葉遣いまでも変わってしまった薬王に驚愕の目を向け、仰け反っている。
ルメリアとチャンは笑いを堪えるのに必死のようで、斜め下を見ながら震えていた。
「私の主はこのタイラ・タツトラ様であり、先の異帝での対戦でこの国に攻撃された。……って、兄ぃどこいった?」
斜め後ろに居たはずのたつとらがいないことに薬王は目を泳がせる。
銀扇の翼の後ろに半分身を隠した彼を見つけると、「なにしとんねん」とその手を引っ張った。
「まて、朱楽!ちょ……!」
抵抗するたつとらを力任せに引っ張りながら、薬王は続けた。
「主は異帝の味方などでは無い。鹿子とも核の破壊以来会っていなかったのだ!異帝の気を引くために、人間を守るために、悪役を演じたのだ!」
手を引っ張る藥王が、振り返りたつとらを見る。
「主よ!!」
「へぁ!?」
主と呼ばれ、変な声を出してしまった彼は藥王を困惑した顔で見つめる。
「この国の人間はあなたを傷つけた。……私は薬草を生やすのに反対です!ですが、主が良しとするなら生やしましょう!」
兵士たちは固唾を呑んで見守っている。
たつとらは藥王と、固唾を呑んでいる兵士を交互に見遣る。
そしてこの状況が我慢ならないように地団駄を踏むと、藥王を恨めし気に睨み付けた。
「いいから、とっととやるぞ朱楽!」
「御意!!」
そう言うと薬王は兵士の方へ向き直り、手を大きく広げた。
「聞いたか!ウェリンクの者たちよ!寛大な我が主は、お前たちの願いを聞き届けた!!」
「っっ!?」
たつとらにとっては大変余計な藥王の演説に、彼は耳まで赤くして固まる。
兵士たちの歓声がワッと上がり「タイラ様!」「ナナシ様!」と色んな声が響き渡る。
「やった、大成功や……」
ルメリアが言い、今度はたつ見会全員で抱き合った。ボルエスタとチャンは、顔を見合わせると安堵の息をついて微笑む。
この状況に耐えられず顔を真っ赤にしたたつとらは、知坂に向き合った。
「と、と、知坂さん!どれくらい司奈菊が必要ですか!?」
急に声を駆けられた知坂は、慌てて思考を巡らすと戸惑いながら口を開いた。
「30キロほどあれば、事足りるかと……」
「30キロ!?お前俺を涸らす気か!!」
たつとらは抗議の声を上げる藥王を、今までの恨みを全部込めて睨みつける。
「50だ」
薬王は殺気立つ彼を見遣り、仰け反りながら慄いた。
「兄ぃ、50なんて……俺、野に還ってまう……」
「安心しろ。力を分ける。早くやれ」
「ううう、怖い、怖いよ兄ぃ」
たつとらの怒りのオーラと、あれほどの威圧感を持つ藥王を服従させる彼に、知坂は驚愕し固まっている。
「「では我々はこれで」」
金扇と銀扇の声に、たつとらは目を見開いた。
「えぇ!!??」
薬草を生やしたら早々に帰ろうとしていた彼は、もうすでに飛び上がった鳳凰に驚愕の目を向ける。
「タイラ様。本日は命令に背き申し訳ありません。金扇も銀扇も、永遠にあなた様の味方でございます」
「また温泉に入りに来てくださいませ」
金扇と銀扇は巻き付くように飛び上がると、一つの巨大な鳳凰となってウェリンクの上空を覆った。そして国全体に響き渡る様な声を発する。
「「主であるタイラ様に仇を成す者は、この鳳凰族が許さぬ」」
空から色とりどりの鳳凰の子供たちが集まってきて、群れを作ってウェリンクの上空を飛び回った。
「「タイラ様のご多幸を、心よりお祈り致します」」
そして七色の光を引きながら、まるで何事もなかったように飛び去って行った。
逃げ道を失ったたつとらは、がっくりと頭を垂れ、そのまま藥王を睨んだ。
「……やれ。朱楽」
「おうよ!知坂!」
知坂は鳳凰を呆然と見ていた兵士たちに声を掛ける。
「諸君!これより薬草を生やす!司奈菊草が黄色い花を付けたら摘んでくれ!」
藥王が両手を広げ、朱色のオーラが辺りに満ちる。
中庭の土がもこもこと粟立つように動き、直に緑の芽が次々と芽吹き始めた。ゆらゆらと、まるで早回しのように薬草は育っていく。
次々と花をつける薬草を、兵士は総出で摘んでいく。むせかえるような薬草の匂いが、辺りに立ち込めた。
額に玉の汗を浮かべながら、薬王は力を込める。それを横目で見ながら、たつとらは諦めたように息を吐いた。
藥王に向けていた怒りが、頑張っている姿を見るだけで一気に収まってしまった。とことん薬王には甘い自身を再認識し、苦笑いを零す。
藥王の手首を掴むと、目を瞑っていた藥王がこちらに視線を向けた。たつとらは笑顔を浮かべ、目を閉じた。
「朱楽が病気じゃなくて、良かったよ」
たつとらが笑いながら言い、薄紫のオーラが藥王の全身を包み込む。
薬草の生えるペースが格段に速くなり、中庭の至る所にびっしりと生え始めた。兵士たちが慌て始め、指示を飛ばす声が中庭に響く。
中庭は元は訓練場だった。その場所に高品質の薬草を生やすのは決して簡単ではない。土壌から変えなければならないし、種すらなかったものを生み出すのは相当の力を使う。
隣で汗を滴らせる薬王を見て、たつとらは少し不安になる。怒りに任せて生やす量を増量したのを、少し後悔し始めた。
そんな薬王が、嬉しそうな顔をしてたつとらを見る。朱色の瞳が細められ、惚けたように微笑んだ。
「兄ぃ、俺の事心配してくれたんか?」
「……当たり前だろうが。馬鹿」
藥王の尻尾がブンブン揺れている。
「うぅ、兄ぃ大好きや」
「ははは、知ってる」
薬草を大国一つ分、プラス備蓄分もと思っての50キログラムだったが、思ったより量が多かった。
兵士だけではなく宮中の従者や、一般人なども参加する騒ぎとなり、国全体で薬草摘みをやり遂げようと必死になる。
たつとらは力を送りながら、作業をする一人の兵士と目が合った。
泥だらけになった手で、溢れだす涙を拭いながら薬草を摘んでいるのは、鉄だった。
たつとらと目が合ったのに気付くと、泥だらけの顔をくしゃりと歪ませ、ボロボロと泣き始める。
先輩であろう兵士に小突かれて、作業を再開しながらも、こちらに視線を向けて叫んだ。
「……たつとら!!!ごめん……!ありがとう!!」
信じなくてごめん!あの時責めてごめん!次々聞こえる声に、たつとらは俯いた。
心が震える。
(こっちこそ、ごめん)
あんな形で去ってごめん。
陸はどうした?他の皆は?
聞きたいことが、聞いてやりたいことが沢山ある。
今すぐ行って抱きしめてやりたいのを必死で堪えて、代わりに笑顔で応えた。
鉄は笑って手を振っている。
この大勢の兵士たちの中に、もしかしたら他にも生徒がいるかもしれない。
でも今は、手元に集中しなければいけない。たつとらはもう一度目を瞑ると、力を最大限注いだ。
___
_______
「50キロ!到達したぞぉぉぉぉ!!」
兵士の報告にその場にいた全員が歓声を上げた。皆、泥だらけで汗まみれになっていたが、お互いに笑い合い、健闘を湛え合っている。
限界が来た藥王がその大きな体躯を揺らし、それをたつとらが抱きとめる。
「あっ……かん。ギブや……涸れた……」
「お疲れ、朱楽。狐になりな」
藥王がたつとらに凭れながら、視線を合わせた。少しも疲弊している様子のないたつとらに、藥王は呆れたように笑う。
「兄ぃは……やっぱり、すげぇ」
たつとらが微笑むのを見て、薬王は狐になった。いつもよりも小さな狐を手に抱くと、たつとらは知坂の元へ走った。
「知坂さん、朱楽を休ませる部屋を貸してください」
皆と一緒になって喜んでいた知坂は、泥だらけになった眼鏡を拭きながら狐を見る。これは薬王ですと説明すると、驚きを隠せない様子だった。
「も、勿論です。また改めてお礼をさせてください。おい、部屋にご案内しなさい」
従者に指示を出し、知坂はまたお辞儀をした。
たつとらもお辞儀を返しながら、従者について行く。
お祝いムードは続いていて、遠ざかる歓声を耳にしながら、彼は狐を抱きしめた。
部屋に通され、たつとらはその豪華さに驚く間もなく、自身の着ていた上着で薬王を包んだ。そしてふかふかの高そうな絨毯に、まるで宝物を置くようにゆっくり降ろす。
「う……朱楽、ごめん」
本当はベッドに寝かせて、力を注いでやりたかった。そうすれば直ぐ、薬王は普段の姿に戻れたはずだ。
それが出来ないことに、胸が痛んで喉が引き攣った。
込み上げてくるものに今度こそ抗えないと悟ったたつとらは、口を押さえたままバスルームへと走る。
浴槽の淵に手を置くと、耐えていた血を吐き出した。咳と一緒に出てくる血が、白い浴槽に模様を作る。
(耐えれた。良かった)
薬王が倒れる少し前から、もう自身の身体の異変には気付いていた。ここで倒れるわけにはいかないと、彼は初めて発作に抗った。
聖女の力を抑えつけ、それでもじわじわ身体を蝕む攻撃を耐え抜いた。
そして今、仕返しかのように聖女たちの力を受けている。
(息が苦しい。呼、吸が……思うようにできない)
それでも止まらない血が絡んだ咳で、呼吸困難に陥りそうになる。風呂の淵を割れるほど掴み、ぜぃぜぃともどかしく息を吸った。
血が喉に詰まると、吐き出さなければ呼吸さえ出来なくなる。咳をすれば、肺が激しき痛んだ。どっちへ転んでも地獄のような苦しみに、目の前が真っ赤に染まる。
「っ!!!あぁ……!」
一際強烈な胸の痛みに襲われ、一瞬意識が飛ぶ。
鼻に鈍い痛みを感じ意識を取り戻すと、鼻からぬるりと血が出ているのに気付いた。意識が飛んだ時に、横にあった蛇口に鼻をぶつけた様だ。良いのか悪いのか意識を取り戻した事に、ふふ、と自暴自棄に笑う。
聖女の力は彼の身体を傷つけるだけ傷つける。地獄のような攻撃が終わった後は、自身の身体の治癒能力に任せるだけだ。
血を吐きながら、唇を裂けるほど噛み締める。その痛みも感じないほど、胸の痛みは強烈だった。
(ああ、でも良かった。この姿を今回は晒さないで済んだ)
血を吐いてのたうち回る姿なんて、誰も見たくないにきまっている。特にお祝いムードで湧いているあの場で、血を吐いて倒れたりすればそれこそ台無しだ。
たつとらはそう思いながら、細く息を吐いて痛みに耐えた。
発作がある程度収まったのか、攻撃の様な痛みは襲って来ない。あとは傷つけられた内臓がじくじくと痛みを発するのみになっている。
震える手を伸ばすと、蛇口を捻った。
頭上のシャワーから水が降ってきて、たつとらと血の跡を濡らしていく。
(全部、流れてしまえ)
血の跡が薄まり流れていくのを見ながら、たつとらは目を閉じる。頭上から降る水が冷たくて、発作で熱を持った身体には丁度よかった。
_____
お祝いムード一色の中庭で、ボルエスタはキョロキョロと忙しなく視線を動かしている。
たつとらが居ない。それは彼の焦燥感を掻き立てた。
ボルエスタも先ほどまでは懐かしい顔触れと挨拶をし、再会を喜んだりして晴れやかな気持ちで満ちていた。
しかし彼が居ないことに気付き、更には目立つ薬王さえいなくて、悪い予感に彼の心は早鐘を打つ。
お祝いモードから一転、洞穴の中に放り込まれたような気がした。
笑顔で誰かと会話する知坂を捕まえると、たつとらの居場所を聞く。彼はやけに焦っているボルエスタに驚きながら、たつとらに案内した部屋の場所を教えてくれた。
憔悴した藥王を休ませて来ると、彼は言っていたらしい。
それならば心配ない。
そう思いながらも、ボルエスタの足はいつの間にか駆け足になっていた。
教えられた部屋の前に立つと、扉を叩く。
返事が無いことに、ボルエスタはゴクリと喉を鳴らした。最悪の既視感に、震える手でドアノブを回すと、案の定施錠されてない扉に震える息を吐いた。
ふいに学園での日々が思い出されて、胸が抉られるように痛んだ。
部屋は豪華な作りだった。暖炉にソファ、大きなベッド。でもそこに彼は居ない。
ボルエスタが歩を進めると、見慣れた彼の上着が見えた。それに包まって眠るのは、狐の姿をした藥王だ。
暖炉の前にある絨毯の上で眠る藥王に、ボルエスタは違和感を覚える。
彼が、この藥王を床に放置するなんてありえない。普段ならば寝床かソファに置くだろう。でも彼の上着で包んであるという事は、彼がここに置いたという事だ。
思考を巡らせていたボルエスタの耳に、微かな水の音が届く。バスルームから聞こえるその音に、ボルエスタは足を絡ませながら駆け寄った。
バスルームの扉は開いていた。
ピンク色に染まった浴槽の水に片腕をつけたまま、ピクリとも動かない見慣れた背中が見えた。
たつ、と呼んだ筈なのに、喉が鳴るだけで声にならない。
駆け寄って水に手を突っ込み、水に浸っていた彼の腕の脇下から力を込める。
そのままボルエスタ自身の肩に顎を乗せる形で抱きこむと、その身体の冷たさに身が震えた。
鳳凰の派手な登場から続き、薬王と鳳凰の魔人同士の口喧嘩を見て固まっていた知坂は、急に呼ばれて飛び上がった。
「は、はい!!」
返事をしながら藥王のもとに走り寄る知坂に、薬王は苛立ち気に声を掛ける。
「はよう説明せんか!」
「はい!」
知坂は眼鏡を押し上げて、威厳のある顔を作ると兵士に向き合った。
「諸君。本日集まってもらったのは、今我が国に蔓延している風邪の特効薬を得るためである!特効薬である司奈菊草は、時期が違う為入手困難であった!しかし、この薬王様がおられれば、話は違う!」
演説を始めた知坂を見ながらたつとらは静かに横移動し、銀扇に耳打ちした。
「俺が朱楽に力を分けたら、俺を乗せてどっか逃げてくれないか?」
その言葉を聞き、銀扇は困ったような顔を見せる。その顔に首を傾げるたつとらに、横にいた金扇は微笑んだ。
「タイラ様は、もっと幸せになって良い筈です」
金扇の謎の言葉に、彼は再度首を傾げる。そうこうしている間にも知坂の演説は続いた。
「薬王様の事は、諸君も存じているはずだ。薬草を自在に扱い、効能の高いものを時期に関わらず生やすことが出来る魔神である!」
静まりかえっていた兵士たちの間から、歓声が漏れ出す。
蔓延していた疫病に、彼らも心底不安だったのだろう。打開できそうな予感に、兵士たちは湧き上がった。
薬王は一歩踏み出て、兵士たちを手で制する。伝説の魔神の言葉を聞こうと、兵士たちは一瞬で静かになった。
「私は、確かに薬草を生やすことが出来る。だが、私の主を傷つけたこの国に力を貸すことはどうしても出来ない」
藥王の発した声には、確かな怒りと憎悪が入り混じっている。
彼らは異帝との戦いで、藥王の姿を見ている。その藥王が誰を助けたか、兵士らは鮮明に覚えていた。
一方のたつとらは、一人称も言葉遣いまでも変わってしまった薬王に驚愕の目を向け、仰け反っている。
ルメリアとチャンは笑いを堪えるのに必死のようで、斜め下を見ながら震えていた。
「私の主はこのタイラ・タツトラ様であり、先の異帝での対戦でこの国に攻撃された。……って、兄ぃどこいった?」
斜め後ろに居たはずのたつとらがいないことに薬王は目を泳がせる。
銀扇の翼の後ろに半分身を隠した彼を見つけると、「なにしとんねん」とその手を引っ張った。
「まて、朱楽!ちょ……!」
抵抗するたつとらを力任せに引っ張りながら、薬王は続けた。
「主は異帝の味方などでは無い。鹿子とも核の破壊以来会っていなかったのだ!異帝の気を引くために、人間を守るために、悪役を演じたのだ!」
手を引っ張る藥王が、振り返りたつとらを見る。
「主よ!!」
「へぁ!?」
主と呼ばれ、変な声を出してしまった彼は藥王を困惑した顔で見つめる。
「この国の人間はあなたを傷つけた。……私は薬草を生やすのに反対です!ですが、主が良しとするなら生やしましょう!」
兵士たちは固唾を呑んで見守っている。
たつとらは藥王と、固唾を呑んでいる兵士を交互に見遣る。
そしてこの状況が我慢ならないように地団駄を踏むと、藥王を恨めし気に睨み付けた。
「いいから、とっととやるぞ朱楽!」
「御意!!」
そう言うと薬王は兵士の方へ向き直り、手を大きく広げた。
「聞いたか!ウェリンクの者たちよ!寛大な我が主は、お前たちの願いを聞き届けた!!」
「っっ!?」
たつとらにとっては大変余計な藥王の演説に、彼は耳まで赤くして固まる。
兵士たちの歓声がワッと上がり「タイラ様!」「ナナシ様!」と色んな声が響き渡る。
「やった、大成功や……」
ルメリアが言い、今度はたつ見会全員で抱き合った。ボルエスタとチャンは、顔を見合わせると安堵の息をついて微笑む。
この状況に耐えられず顔を真っ赤にしたたつとらは、知坂に向き合った。
「と、と、知坂さん!どれくらい司奈菊が必要ですか!?」
急に声を駆けられた知坂は、慌てて思考を巡らすと戸惑いながら口を開いた。
「30キロほどあれば、事足りるかと……」
「30キロ!?お前俺を涸らす気か!!」
たつとらは抗議の声を上げる藥王を、今までの恨みを全部込めて睨みつける。
「50だ」
薬王は殺気立つ彼を見遣り、仰け反りながら慄いた。
「兄ぃ、50なんて……俺、野に還ってまう……」
「安心しろ。力を分ける。早くやれ」
「ううう、怖い、怖いよ兄ぃ」
たつとらの怒りのオーラと、あれほどの威圧感を持つ藥王を服従させる彼に、知坂は驚愕し固まっている。
「「では我々はこれで」」
金扇と銀扇の声に、たつとらは目を見開いた。
「えぇ!!??」
薬草を生やしたら早々に帰ろうとしていた彼は、もうすでに飛び上がった鳳凰に驚愕の目を向ける。
「タイラ様。本日は命令に背き申し訳ありません。金扇も銀扇も、永遠にあなた様の味方でございます」
「また温泉に入りに来てくださいませ」
金扇と銀扇は巻き付くように飛び上がると、一つの巨大な鳳凰となってウェリンクの上空を覆った。そして国全体に響き渡る様な声を発する。
「「主であるタイラ様に仇を成す者は、この鳳凰族が許さぬ」」
空から色とりどりの鳳凰の子供たちが集まってきて、群れを作ってウェリンクの上空を飛び回った。
「「タイラ様のご多幸を、心よりお祈り致します」」
そして七色の光を引きながら、まるで何事もなかったように飛び去って行った。
逃げ道を失ったたつとらは、がっくりと頭を垂れ、そのまま藥王を睨んだ。
「……やれ。朱楽」
「おうよ!知坂!」
知坂は鳳凰を呆然と見ていた兵士たちに声を掛ける。
「諸君!これより薬草を生やす!司奈菊草が黄色い花を付けたら摘んでくれ!」
藥王が両手を広げ、朱色のオーラが辺りに満ちる。
中庭の土がもこもこと粟立つように動き、直に緑の芽が次々と芽吹き始めた。ゆらゆらと、まるで早回しのように薬草は育っていく。
次々と花をつける薬草を、兵士は総出で摘んでいく。むせかえるような薬草の匂いが、辺りに立ち込めた。
額に玉の汗を浮かべながら、薬王は力を込める。それを横目で見ながら、たつとらは諦めたように息を吐いた。
藥王に向けていた怒りが、頑張っている姿を見るだけで一気に収まってしまった。とことん薬王には甘い自身を再認識し、苦笑いを零す。
藥王の手首を掴むと、目を瞑っていた藥王がこちらに視線を向けた。たつとらは笑顔を浮かべ、目を閉じた。
「朱楽が病気じゃなくて、良かったよ」
たつとらが笑いながら言い、薄紫のオーラが藥王の全身を包み込む。
薬草の生えるペースが格段に速くなり、中庭の至る所にびっしりと生え始めた。兵士たちが慌て始め、指示を飛ばす声が中庭に響く。
中庭は元は訓練場だった。その場所に高品質の薬草を生やすのは決して簡単ではない。土壌から変えなければならないし、種すらなかったものを生み出すのは相当の力を使う。
隣で汗を滴らせる薬王を見て、たつとらは少し不安になる。怒りに任せて生やす量を増量したのを、少し後悔し始めた。
そんな薬王が、嬉しそうな顔をしてたつとらを見る。朱色の瞳が細められ、惚けたように微笑んだ。
「兄ぃ、俺の事心配してくれたんか?」
「……当たり前だろうが。馬鹿」
藥王の尻尾がブンブン揺れている。
「うぅ、兄ぃ大好きや」
「ははは、知ってる」
薬草を大国一つ分、プラス備蓄分もと思っての50キログラムだったが、思ったより量が多かった。
兵士だけではなく宮中の従者や、一般人なども参加する騒ぎとなり、国全体で薬草摘みをやり遂げようと必死になる。
たつとらは力を送りながら、作業をする一人の兵士と目が合った。
泥だらけになった手で、溢れだす涙を拭いながら薬草を摘んでいるのは、鉄だった。
たつとらと目が合ったのに気付くと、泥だらけの顔をくしゃりと歪ませ、ボロボロと泣き始める。
先輩であろう兵士に小突かれて、作業を再開しながらも、こちらに視線を向けて叫んだ。
「……たつとら!!!ごめん……!ありがとう!!」
信じなくてごめん!あの時責めてごめん!次々聞こえる声に、たつとらは俯いた。
心が震える。
(こっちこそ、ごめん)
あんな形で去ってごめん。
陸はどうした?他の皆は?
聞きたいことが、聞いてやりたいことが沢山ある。
今すぐ行って抱きしめてやりたいのを必死で堪えて、代わりに笑顔で応えた。
鉄は笑って手を振っている。
この大勢の兵士たちの中に、もしかしたら他にも生徒がいるかもしれない。
でも今は、手元に集中しなければいけない。たつとらはもう一度目を瞑ると、力を最大限注いだ。
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「50キロ!到達したぞぉぉぉぉ!!」
兵士の報告にその場にいた全員が歓声を上げた。皆、泥だらけで汗まみれになっていたが、お互いに笑い合い、健闘を湛え合っている。
限界が来た藥王がその大きな体躯を揺らし、それをたつとらが抱きとめる。
「あっ……かん。ギブや……涸れた……」
「お疲れ、朱楽。狐になりな」
藥王がたつとらに凭れながら、視線を合わせた。少しも疲弊している様子のないたつとらに、藥王は呆れたように笑う。
「兄ぃは……やっぱり、すげぇ」
たつとらが微笑むのを見て、薬王は狐になった。いつもよりも小さな狐を手に抱くと、たつとらは知坂の元へ走った。
「知坂さん、朱楽を休ませる部屋を貸してください」
皆と一緒になって喜んでいた知坂は、泥だらけになった眼鏡を拭きながら狐を見る。これは薬王ですと説明すると、驚きを隠せない様子だった。
「も、勿論です。また改めてお礼をさせてください。おい、部屋にご案内しなさい」
従者に指示を出し、知坂はまたお辞儀をした。
たつとらもお辞儀を返しながら、従者について行く。
お祝いムードは続いていて、遠ざかる歓声を耳にしながら、彼は狐を抱きしめた。
部屋に通され、たつとらはその豪華さに驚く間もなく、自身の着ていた上着で薬王を包んだ。そしてふかふかの高そうな絨毯に、まるで宝物を置くようにゆっくり降ろす。
「う……朱楽、ごめん」
本当はベッドに寝かせて、力を注いでやりたかった。そうすれば直ぐ、薬王は普段の姿に戻れたはずだ。
それが出来ないことに、胸が痛んで喉が引き攣った。
込み上げてくるものに今度こそ抗えないと悟ったたつとらは、口を押さえたままバスルームへと走る。
浴槽の淵に手を置くと、耐えていた血を吐き出した。咳と一緒に出てくる血が、白い浴槽に模様を作る。
(耐えれた。良かった)
薬王が倒れる少し前から、もう自身の身体の異変には気付いていた。ここで倒れるわけにはいかないと、彼は初めて発作に抗った。
聖女の力を抑えつけ、それでもじわじわ身体を蝕む攻撃を耐え抜いた。
そして今、仕返しかのように聖女たちの力を受けている。
(息が苦しい。呼、吸が……思うようにできない)
それでも止まらない血が絡んだ咳で、呼吸困難に陥りそうになる。風呂の淵を割れるほど掴み、ぜぃぜぃともどかしく息を吸った。
血が喉に詰まると、吐き出さなければ呼吸さえ出来なくなる。咳をすれば、肺が激しき痛んだ。どっちへ転んでも地獄のような苦しみに、目の前が真っ赤に染まる。
「っ!!!あぁ……!」
一際強烈な胸の痛みに襲われ、一瞬意識が飛ぶ。
鼻に鈍い痛みを感じ意識を取り戻すと、鼻からぬるりと血が出ているのに気付いた。意識が飛んだ時に、横にあった蛇口に鼻をぶつけた様だ。良いのか悪いのか意識を取り戻した事に、ふふ、と自暴自棄に笑う。
聖女の力は彼の身体を傷つけるだけ傷つける。地獄のような攻撃が終わった後は、自身の身体の治癒能力に任せるだけだ。
血を吐きながら、唇を裂けるほど噛み締める。その痛みも感じないほど、胸の痛みは強烈だった。
(ああ、でも良かった。この姿を今回は晒さないで済んだ)
血を吐いてのたうち回る姿なんて、誰も見たくないにきまっている。特にお祝いムードで湧いているあの場で、血を吐いて倒れたりすればそれこそ台無しだ。
たつとらはそう思いながら、細く息を吐いて痛みに耐えた。
発作がある程度収まったのか、攻撃の様な痛みは襲って来ない。あとは傷つけられた内臓がじくじくと痛みを発するのみになっている。
震える手を伸ばすと、蛇口を捻った。
頭上のシャワーから水が降ってきて、たつとらと血の跡を濡らしていく。
(全部、流れてしまえ)
血の跡が薄まり流れていくのを見ながら、たつとらは目を閉じる。頭上から降る水が冷たくて、発作で熱を持った身体には丁度よかった。
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お祝いムード一色の中庭で、ボルエスタはキョロキョロと忙しなく視線を動かしている。
たつとらが居ない。それは彼の焦燥感を掻き立てた。
ボルエスタも先ほどまでは懐かしい顔触れと挨拶をし、再会を喜んだりして晴れやかな気持ちで満ちていた。
しかし彼が居ないことに気付き、更には目立つ薬王さえいなくて、悪い予感に彼の心は早鐘を打つ。
お祝いモードから一転、洞穴の中に放り込まれたような気がした。
笑顔で誰かと会話する知坂を捕まえると、たつとらの居場所を聞く。彼はやけに焦っているボルエスタに驚きながら、たつとらに案内した部屋の場所を教えてくれた。
憔悴した藥王を休ませて来ると、彼は言っていたらしい。
それならば心配ない。
そう思いながらも、ボルエスタの足はいつの間にか駆け足になっていた。
教えられた部屋の前に立つと、扉を叩く。
返事が無いことに、ボルエスタはゴクリと喉を鳴らした。最悪の既視感に、震える手でドアノブを回すと、案の定施錠されてない扉に震える息を吐いた。
ふいに学園での日々が思い出されて、胸が抉られるように痛んだ。
部屋は豪華な作りだった。暖炉にソファ、大きなベッド。でもそこに彼は居ない。
ボルエスタが歩を進めると、見慣れた彼の上着が見えた。それに包まって眠るのは、狐の姿をした藥王だ。
暖炉の前にある絨毯の上で眠る藥王に、ボルエスタは違和感を覚える。
彼が、この藥王を床に放置するなんてありえない。普段ならば寝床かソファに置くだろう。でも彼の上着で包んであるという事は、彼がここに置いたという事だ。
思考を巡らせていたボルエスタの耳に、微かな水の音が届く。バスルームから聞こえるその音に、ボルエスタは足を絡ませながら駆け寄った。
バスルームの扉は開いていた。
ピンク色に染まった浴槽の水に片腕をつけたまま、ピクリとも動かない見慣れた背中が見えた。
たつ、と呼んだ筈なのに、喉が鳴るだけで声にならない。
駆け寄って水に手を突っ込み、水に浸っていた彼の腕の脇下から力を込める。
そのままボルエスタ自身の肩に顎を乗せる形で抱きこむと、その身体の冷たさに身が震えた。
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