つぎのあなたの瞳の色は

墨尽(ぼくじん)

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汚名を雪ぐ

45. 環境保護にご協力を

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 セビーナの北側に聳える『フラグラ山』。その山頂に鳳凰は住んでいるという。
 ミンユエはその麓から、険しそうな山肌と、はるか遠くに見える山頂を眺めた。セビーナの天候は快晴ながら、冷たい風が頬を撫でる。

鴉鷹あたかぁ」
 もこもこに着こんだ(着こまされた)たつとらが、マフラーから口元を出しながら言う。すぐに人型をした鳥の魔徒が降りてきて、ボルエスタとミンユエは思わず仰け反った。

 召喚術は決して簡単なものでは無い。
 まるで隣にいる友人に声を掛けるような呼びかけで、魔徒や魔神が召喚できるはずはないのだ。ミンユエは感嘆の声を上げながら、相も変わらす底の知れない友人と、魔徒を交互に見遣った。

 ボルエスタやミンユエには一瞥もくれず、鴉鷹はたつとらの前に跪く。
「たつとら様。お久しぶりで御座います」
 鴉鷹の姿を見て、たつとらは微笑んだ。
「鴉鷹、またでかくなったんじゃない?翼の色も少し赤くなってきたな。綺麗だ」
 その言葉を聞いて、鴉鷹は目を輝かせている。素直に喜んでいるその表情は、人間側から見ても微笑ましい。

 たつとらがボルエスタとミンユエを示して、二カッと笑う。
「こちら、俺の友達のボルエスタさんとミンユエさん。俺の大切な人だから、絶対害は加えないこと」
 鴉鷹はボルエスタ達を一瞥すると、すぐにたつとらに視線を戻す。そっけない反応に、ミンユエは苦笑いを零した。
 異形は花神のように人間に興味を持つことなど、基本的にはないのだろう。寧ろ、自分の主であるたつとらに危害を加えないかと敵意を向けられる方が多いようだ。

「御意。して、今日はどのようなご用件でしょうか?」
「うん。鴉鷹、父上と母上はまた喧嘩しているのか?」
 鴉鷹が恥じるように俯いた。鴉鷹は人型をしているが、彼の顔は鳥そのものだ。それでも所作は人間と変わらない様子に、ミンユエは興味深げに見つめる。

「……はい。お恥ずかしい限りでございます。父上が焔鳥ぜんちょうの雌と関係を持ちまして……子が出来ました。母はそれはもう激怒し、父を巣から追い出したのです」
 ボルエスタがミンユエと顔を見合わせ、たつとらが補足する。
「鴉鷹は、鳳凰の子なんだ。魔徒なんだけど優秀で、鳳凰から預かり受けてる。話を戻すけど、じゃあ父上は行方知れずか?」
「はい。いつも追い出されると行方が分からなくなります。魔徒作りもせず、拗ねて放浪するのみです」
 
 あらぁ、と言いながらたつとらは寒そうに鴉鷹に身を寄せた。慣れた動作で鴉鷹は翼を広げると、その翼の中に彼を抱え込む。
「じっとしていると寒い!とにかく探そう!」
 鴉鷹の翼の中に収まりながら、たつとらは足踏みした。
「中腹まで運びますか?」
「いや、狩りながら行くから、彼らだけ運んでくれるかな?」

「え……」
 明らかに嫌そうな顔をする鴉鷹に苦笑しながら、ボルエスタはたつとらに手を伸ばす。首を傾げながらその手を取ると、ボルエスタはたつとらを引き寄せた。
「僕たちも狩りに参加させて下さい。僕らも強くならなければ、あなたを護れませんから」

「え?だって危ないよ?怪我したらどうすんの?」
 心底心配そうにするたつとらに、ボルエスタは困った様に微笑んだ。
 彼のマフラーをまた口まで引き上げ、空気が入らないように包み込む。冷たい手が頬を掠め、たつとらは少し肩を竦ませた。

「その台詞、あなたに言われたく無いですね。同行させてください。無理はしませんから」
 優しく言うボルエスタと、何やらニコニコしているミンユエを交互に見ながら、たつとらは息を吐いた。
「じゃあ、一緒に行こうか。鴉鷹は上空から父上を探してくれ。見つけたら知らせて。気を付けろよ」

「御意!」
 赤と黒の羽根を散らせながら、鴉鷹は飛び立った。ミンユエが感嘆の声を上げ、翼によって起きた風で飛ぶ髪を押さえる。


「さあ行こう」
 山の入り口は鬱蒼としていて、獣道なども無いようだ。足場も悪く視界も開けていないという悪条件で戦ったことのない2人は、思わず身構える。
「普通にしてたら異形は多く襲ってこないよ。まずは少し進もう」

 森の中は雪が所々残っていて、足元が湿った音を立てた。木漏れ日がキラキラと雪を照らし、入り口とは違う印象の森にミンユエは伸びをした。
「う~ん、森林浴!」
 やはりすぐに異形は襲ってこないようだ。視界の中にそれらしきものは見つからず、ただただ歩を進める。

「たつはいつもこうやって異形が現れるのを待っているのですか?」
 ボルエスタの問いに、たつとらは笑って答える。口元はマフラーに覆われているが、緑色の瞳が優しく弧を描いた。

「ううん。夜のうちに狩るときは、効率よくやるために呼んだりする」
「呼ぶって?」
 たつとらは両手をあげると、まるで生徒を呼ぶかのように手をヒラヒラさせる。
「みんな、集合~ってやれば近くの異形が集まってくる。集合かけて寄ってくるのは大体下位の異形で、襲ってきたら駆逐する」

「……その集合~って、使い方次第では滅茶苦茶怖いね……」
「使い方?」
 首を傾げるたつとらにミンユエはホッと息を吐いた。

 悪意のある人間が街中でその力を使ったら、その街はどうなることか。意思の無い異形は呼びつけた者の指示には従わないが、その場にいる人間がどうなるかは想像しなくても分かる。
「ほんと、そんな力を持つ人が君で良かったと思う」
 ミンユエがキリっとした顔で言うので、たつとらは頭に疑問符を浮かべながら笑顔で返した。

 その時、森の奥でグルグルとくぐもった唸り声が聞こえボルエスタが身構える。森の奥が炎に照らされたように赤くなり、奥から現れたのはお馴染みの赤爪だった。

「おっと、登場が早い!」
 ボルエスタとミンユエが身構えたのを見て、たつとらが慌てたように前へ立ちはだかった。制止するような彼の行為に、2人は身構えていた身体を緩ませる。

「ちょいまち!異形狩りのルールを先に伝えていい?」
「ルール?」
 ミンユエが短剣を抜きながら言うと、たつとらが人差し指を立てながら言った。

「環境保全にご協力を!」
「……は?」
「詳しい説明は後にする。取り敢えず木とか植物とか傷つけないように気をつけて!」


 たつとらはそこまで言うと振り返る。赤爪から飛んできた炎の魔法を、絶妙に加減した水の魔法で消失させると走り出した。ボルエスタが急いで後を追い、たつとらの横に並ぶ。
「たつ。今日はあなたはサポートに回ってください。僕とミンユエの訓練ですから」
「おっけぃ!分かったぁ!」

 そう言うとたつとらは軌道をずらし、左に曲がった。空いたスペースにミンユエが駆け出してくる。
「物理攻撃メインで突破しかないですね!」
 視線は赤爪から離さないままミンユエが言うと、ボルエスタが「そうですね」と返事をする。対する赤爪は6体。3人で相手するには多い上に、木々を傷つけそうな魔法も使えない。

「僕が正面から瓦解しますから、ミンユエは側面か上から仕掛けて下さい」
「はい!」
 返事をしながらミンユエは足を速め、右へと曲がっていった。
 ボルエスタは両腿のホルスターから銃を抜き、攻撃の体勢に移っている個体に連射した。赤爪から放たれた炎はたつとらの放った魔法により再度消滅し、その開いた隙へミンユエが上から斬撃を放つ。

 群れの真ん中に身を投じたミンユエを守るように、ボルエスタは別の個体に魔法弾を打ち出す。なるべく1対1の形になるように、群れを瓦解させて個体を減らすのが最善のようだった。

 たつとらが左の木の上から飛び出し、赤爪の2体を蹴り飛ばした。目視出来ないほどの速さに、ボルエスタは目で追う事を諦め自分の相手に集中する。
 魔法弾が致命傷を与えていたので、後退しながら止めの銃撃を繰り返す。ミンユエはもう2体目に移っており、その細い身体からは考えられない鋭い斬撃を繰り返していた。


(か、かっこいい~~)
 早々に2体目を倒したたつとらは、2人の戦いを見ていた。

 ミンユエが踊るように斬撃を繰り返し、ボルエスタは赤爪の攻撃を避けながら絶妙なタイミングで銃を撃ち放つ。流れるような戦いっぷりに、たつとらは目を輝かせた。
(俺もあんな風に戦えたらなぁ)
 野生児のような粗暴な戦い方ばかりしていた彼は、美しい立ち振る舞いの戦いを見て感動を覚えている。

 3体目をボルエスタと協力して倒したミンユエが、肩で息をしながら短剣を振って血を払い落とす。
「あっぶない……はぁ、やられるかと思った……」
 ボルエスタは隣で銃をホルスターに収めながら、申し訳なさそうにミンユエを見た。
「すみません。僕は前線タイプではないので、お役に立てませんでしたね……」
「いやいや、ボル太さんが最初広範囲で銃を放ってなかったら、はぁ、勝てなかった……」
 そう言いながら、たつとらを見る。彼は目をキラキラ輝かせながら手を叩いていた。

「2人とも、すげぇかっこいい!」
 ボルエスタは無垢に笑う彼を見ながら、彼が片づけた2体を見遣る。群れのボスであろう一際大きな個体がそこには転がっていた。
 どちらの個体にも外傷はなく、血の泡を吹いて横たわっている。

「たっちゃんさ、剣は使わないの?」
 ミンユエが短剣を納めながらたつとらを見る。学園でも彼は剣使いであると公言していたはずだ。
「剣?えっと、翡翠かわせみのこと?」
 異帝との戦いでも、彼は最初は素手で戦っていた。異形に武器無しで挑む者など聞いたこともないし、見たことも無い。

「ずっと武器無しで戦っていたから、癖なんだ」
 たつとらが話ながら歩を進めたので、ボルエスタもミンユエも並んで歩いた。
「ずっと?」
「うん。生まれてからずっと。異形狩りは素手でやってた」
 ミンユエが『え?意味わかんない』といった顔をしているので、ボルエスタは笑った。
 笑われたことで、たつとらは苦笑いを零す。

「やっぱり変?ヴィテさんからも言われた」

 彼から聖女の話題が飛び出すとは思っていなかった2人は、急に心配になってたつとらの顔を窺う。彼の顔は穏やかで、そして少し寂しそうだった。

「素手でドロドロになりながら戦う俺に、ヴィテさんは武器を勧めたんだ。しっくりくるのが剣だったんだけど、やっぱり素手の方がやりやすいというか……。例えばさ、丸のまんま林檎食べるのに、わざわざナイフ持ってきて皮剥かないでも、そのまま齧ればいいじゃん?え?何?その顔」

 ミンユエもボルエスタも口を引き結んで遠くを見ている。
「例えはしっくりこないけど、ヴィティさんが苦労していたのは分かった」
「え?何で!?」
 驚きながらボルエスタとミンユエを交互に見遣る彼の頭を、ボルエスタはくしゃりと撫でた。撫でられた彼は何とも言えない顔をしている。

「で、環境保全はどういう意向なんでしょうか」
「ああ、あれね」と言いながらたつとらはボルエスタを見上げた。185㎝を越える身長のボルエスタとは身長差が10㎝ほどある。
 見上げると眼鏡の下の瞳が良く見えた。ボルエスタの瞳は暗い鳶色で、いつか眼鏡を取って正面から見てみたいと、たつとらはいつも思っていた。

「俺が生まれた時、この辺は焼け野原だったんだ。森は生命を育てる。ここまで森が成長するのにどれだけ掛かったか分からない。環境を壊さないようにするのは、人間と異形双方ともに利があると思わないか?」

「……だからずっと素手で戦って、魔法も最小限にしているのですか?」
「うん、そう。あ!蜜柑生ってる!」
 そう言うとたつとらは蜜柑の木に走り寄って行った。

 残された2人は蜜柑をもいでいる彼を見ながら、溜息をついた。
「やっぱり、凄いですね、たつは。自身の強大な力に陶酔せず、周りに気を使いながら身を削るなんて……僕には到底真似できません」
「今まではそうだったかもしれないけど、もうたっちゃんばっかり辛いのは止めさせたいですね。たっちゃんはたっちゃんの幸せを考える癖をつけなきゃ!」
「激しく同意します」
 腕いっぱいに蜜柑を抱え、たつとらは満面の笑みで戻ってきた。
 自然の恵みって最高だろ?といいながら蜜柑を差し出す彼は、天使さながらの美しさだった。



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