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汚名を雪ぐ
ウェリンク組大奮闘 下
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知坂は執務室でチャンを迎えた。
タールマとルメリアは図書室へと向かってもらい、チャンは薬王の入った鞄を抱えてソファに座る。
「戻られてたのですね。ナナシ様は見つかりましたか?」
「見つかりましたよ」
デスクの前に立ったまま、知坂は厳しい目を向ける。チャンは臆することなくその目を見据えた。
「それで、あなた方はどうするんですか?我が国にまた連れてくるつもりですか?」
「……何か問題でも?」
知坂はデスクを叩いた。普段は冷静沈着に執務をこなす彼も、国王の病状と国の困難に焦りを感じているのだろう。目の下には隈ができ、かなり疲れた様子だった。
「あんな得体の知れない者を、この国に入らせないで頂きたい!鹿子の仲間だと分かった今、脅威としか思えない!」
「……鹿子とたつの会話はちゃんとお聞きになりましたか?彼らは久しぶりに再会したような口ぶりでしたよね?仲間というのはいささか無理があるのでは?」
「でも知り合いだったのだろう?いずれにしても脅威にしか感じない!いつ牙を剥くかもわからないのに!」
肩で息をしながら取り乱す知坂に、チャンは冷たい目線を向けた。
「じゃあ今度、異帝が襲来したらどうするのですか?またシライシが助けてくれるとでも?」
「それは……」
ウェリンクは昔、シライシがよく目撃される地だった。それなのにこれほどの大国がここに出来たのは、誰かがここを人知れず守っていたからに他ならない。
「あの時偶然シライシが居て、なんと人間側について戦ってくれた。なぜだとお考えですか?誰が、そうさせたと?あなたは聡いお方だから、もうお気付きの筈です」
知坂の喉が音を立てて鳴った。
国王もおらず、伝染病が蔓延り、この国が今襲われれば一溜りもない。
知坂は孤独と恐怖に打ち震えていた。
「い、異帝の襲来に民衆は恐怖し、その記憶は未だ色濃く残っている……彼の安全性が確立されないと、民衆が理解を示しません……!」
「ごちゃごちゃ抜かしよってこのハゲぇ……」
鞄から殺気の籠った声が漏れる。
知坂は目を見開いて固まると、その鞄に釘付けになった。
鞄から朱い瘴気が漏れ出し、高く渦巻くとそこから薬王が現れる。尻尾を逆立てて登場からご立腹の薬王は、鋭い犬歯を剥き出しにして知坂を睨み付けた。
「チャン、こないな国救わんでもええ。兄ぃが救う価値もない」
「や……薬王様……!」
驚愕の表情を浮かべ、知坂はデスクに縋るように掴まった。
史上でしか知らない薬王は圧倒的な威圧感で佇み、実際にそこに存在している。そして薬王は、知坂が今もっとも必要としている魔神だったのだ。
アカラ風邪に効く「司奈菊草」はトーヤ原産で夏にしか生えない。ただ薬王が生やすなら別だ。トーヤでも冬にアカラ風邪が流行り、民衆の声を聞いた薬王が一晩で生やしたという言い伝えがある。
薬王様さえいれば。
そう思っては、国軍に攻撃されたナナシ様を庇って連れ去った姿が思い浮かんでいた。
(薬王様は、きっとわが国には力を貸して下さらない)
その予想は残酷にも的中した。
今目の前にいる薬王は、明らかな殺意を自分に向け怒り狂っている。
知坂は絶望感で膝の力が抜けていくのを感じ、増々強くデスクを掴んだ。
チャンが溜息を付きながら、勝手に登場した薬王を責めるように見つめる。
「薬王さ、気持ちはわかるが、この国にはたつの大切な人がたくさんいる。たつはアンタの言う事は聞かないと思うぞ」
薬王はテーブルに片足を乗せ、横目でチャンを睨んだ。
そして知坂が信じられないといった顔をして、チャンを見る。
「ナナシ様は……まだこの国を想ってくれているのか?……あんな事をした我々を?」
「名無しって言うな!!!!」
薬王がテーブルの上の足を踏みつけ、テーブルが粉々に砕けた。チャンがやっちまたといった顔をして、自身の足をソファの上へ避難させる。
「兄ぃには名前があんねん!!タイラ・タツトラっていう偉大な名が!!!くそゴミ!!」
「タイラ……?魔神タイラ?」
震える唇で知坂が言うと、薬王からブチっという音が聞こえた。
チャンが慌てて薬王を背後から羽交い締めにすると、砕けたテーブルの破片を蹴散らしながら薬王が怒鳴り散らす。
「魔神でもない!!!俺らと同等に語んな!!チャン離せ!甘い顔しとったらなぁ、どこまでも付け上んねん!この人間どもは!!!腐れカス!!」
「……落ち着け薬王。話し合いにならん」
「ほぉ~、よ~しよし……わかった。ほんなら俺が今からこの国打ち滅ぼしたる!そうなったら兄ぃの憂いは解消や!!」
犬歯を剥き出しにして笑う薬王を、知坂が震えながら見ている。
チャンは盛大に溜息をついた後「でも、あんたはしない」と静かに言った。
薬王が動きを止め、目の前の知坂を見据えている。
「そんなことしたら、たつがどれだけ悲しむか知っているから、あんたはしないだろ?」
薬王の尻尾がゆっくり下がるのを確認してから、チャンは羽交い締めにしていた腕を緩めた。それに気付いた薬王はチャンから離れると、腕を組んでそっぽを向く。
「俺たちは、たつが堂々とこの国に入れるようにするために来たんだろ?たつのためだ。この国の為じゃない」
「むぅう……」
薬王は下ろしていた尻尾をまた立てると、知坂を睨み付けた。
「……司奈菊が欲しいんか?クソガキ」
その問いに、知坂は震えながら頷いた。もちろん欲しいに決まっていた。それがあれば、どれだけの民衆が助かるか分からない。国王にも必要なものだった。
「生やしてやってもええ。だがな、俺は主の言う事しか聞かへん。俺の主は誰だか分かるな?」
震えながら知坂は考え、そして答えた。
「聖女ヴィティ様でしょうか……?」
薬王が目を見開き、チャンが慌ててまた羽交い締めにする。朱い尾を揺らしながら、薬王は怒り狂った。
「タイラ・タツトラじゃぼけぇぇえええええ!!!話の流れから分かれ!このくそゴミ!!!」
人格まで否定されたような言葉で罵倒され、知坂は力なく崩れ落ちた。
普段は国王の前で冷静沈着に執務を行う知坂の情けない姿を、チャンは申し訳なさそうに見つめる。
「なぁ、人間の歴史上はそうなんだから知坂さんを怒るなよ。……でも、案外あんた頭いいな。見直したよ」
「当たり前やろ。馬鹿にすんな」
羽交い締めにした藥王の身体から顔を覗かせると、チャンは笑みを浮かべた。
「ということで、司奈菊草を生やすには、たつがウェリンクに来て藥王に命令する必要があります。彼を呼びますか?」
チャンの言葉に薬王が笑みを浮かべ、してやったりとドヤ顔になった。
知坂が震える顔を叩き『いつもの知坂』の顔に戻った。彼は唇を噛み締め、藥王を見据える。
「お願いします。タイラ様をこの国にお呼び下さい!」
__________
図書室の扉は思ったより小さかった。
鍵を開けて中へ入ると、独特な匂いが鼻腔をくすぐる。ルメリアはその匂いを肺一杯に吸い込むと、幸せそうに微笑んだ。
「ぷわぁぁぁ~~いい香り。本好きには堪らない匂いだわ」
小さい扉だった割に、膨大な量の書物が並んでいる。
核の誕生で失われた文明は書物でしか形を残さなかった。その書物もほとんどが失われ、手元に残るのは僅かな資料のみとなっている。しかも状態が悪いので、閲覧権限がないとみれない書物も多かった。
タールマが棚を確認しながら、本を指でなぞっていく。
「核が誕生した以前の記録は、もうほんの一部しか残っていないな。でもその僅かな記録があったおかげで、数百年でここまでの進化を遂げられた。先人には感謝しかないな」
ルメリアもうんうん頷きながら資料を探す。
「異形の核が形成された現場の記録……これ気になるね」
ガラスで出来た薄いケースに破れた資料が挟んである。破れて黄ばんだそれはおよそ何年前からあるか分からない。
「ある島国で核は形成されたのね。なになに………
『異形が各世界で確認され始めたころ、人間の女性そのものの姿をした異形が現れた。その個体に攻撃をしかけるも、その異形は球体の核のようなものに変わり、そこから数多くの異形が生まれた。周囲は焼け野原となり、自由に野や空を駆ける異形は各世界に散った……と、当時奇跡的に生き残った東景学園の白石教諭が、この話を伝えた』
核の形成は『日本』という国で起こったみたい。にほんって確か漢字を使う国だったわよね?この世界でも漢字は良く使うし、謎の親近感だわ」
「白石……?シライシ?」
「む……?」
タールマの言葉にルメリアが反応した。
「まさか関連性があるとは言わないわよね?偶然の一致よね?」
「……シライシって太古からいる異形だよな?」
眉を寄せながら思考を巡らせる。
「そもそも、魔神はみんな漢字で名前がついている。異形も基本的にはそうよね。タックスとか例外もあるけど……」
ルメリアがまた指で本の背表紙をなぞり始めた。ある本の前で止まると、その古い本を引っ張りだす。
今度の本は汚れてはいたが、ちゃんと本の形を成していた。
『魔法の書』
と表紙に書かれている。タールマが見覚えのあるその書を指さした。
「それ、魔法を最初に作った人の本だよな?確か初期の魔法の詠唱とか、発動の仕方とか乗っているやつだろ。魔法の教本として出回っている本の根源が、この本を噛み砕いて編集されたものと聞いたが……」
「そうそう、この本は物語っぽくて読み応えがあるのよ。ファンタジーっぽくて、魔法の方法とか以外は創作物語という扱いになっているの。私も小さいころに読んでわくわくしたもん。これは原本ね、貴重だわ」
ルメリアが表紙を開けると紙が軋んだ音をたてて、ふわりと古い書物の香りが漂った。
「この書の作者は、魔法をある人から教わったと書いているの。そのある人がファンタジーなのよ」
パラパラと頁を捲りながら、ルメリアが懐かしさのせいか興奮している。タールマはその横顔を見つめながら、次の言葉を待った。
「あった。え~っと…………
『その青年は、たった一人で異形を不思議な力で屠っていた。怪我をした彼を介抱し教えを乞うと、快く教えてくれた。魔法を発動させるためにはイメージを思い浮かべることが大事だと、彼は教えてくれた。その為に詠唱が必要だと彼は言う。たとえば水の魔法の詠唱の一部であるシロカワは、彼の出身地にあった川だという……』
とこんな感じでね、彼から教えられた魔法の紹介をしながら物語は進んでいくの」
「それって……」
タールマは嫌な予感がした。ルメリアは続ける。
「物語の最後は、彼がいなくなることで終わるの。
『シライシとの戦いで、彼は行方知れずとなった。戦闘の跡地には夥しい血痕と、彼がいつも手首に付けていた「とけい」と言われるものが落ちていた。私はそれをこの村の丘の上へ埋めて、彼を偲んだ』
作者のいた村は、サクナ村といってもう廃村になってる。跡地くらいは残っているかもしれない。ウェリンクからも近いよ」
パラパラと最後まで頁を捲ると、巻末に文章が綴られている。
「あれ?これは原本にしかない文章ね……どれどれ……
『最後まで名は教えてくれなかったが、とけいが教えてくれた。この本を、亡きT・Tへ捧ぐ』
………T・T?」
身体が粟立ち、呼吸が止まる。
ぎぎぎ、とぎこちなくルメリアがタールマに視線を寄越すと、タールマも同じような顔で固まっていた。
「T・T……!?」
ルメリアが本を手に乗せたまま、わぁわぁと騒ぎ始めた。まだ想定でしかないが、確信に近かった。
「あっかん!ほんと底が知れへん!!なんなんあの子!」
「ほんとだ!今度は魔法の起源だと!?馬鹿にするのも大概にしろ!!」
ひとしきり騒いだ後、また新たな疑問が湧き上がる。
「じゃあたっちゃんって、この時から漢字も読めたし、更には出身地の話までしていたってこと?」
「……むぅ……だめだ、もう思考が追いつかない。後でチャンとすり合わせしよう。頭が痛い」
タールマが頭を抱えて歩き出すと、ルメリアがその腕に絡みつく。首を傾げながら視線を投げるタールマに、ルメリアは微笑んだ。
「私たち、いいバディやなぁ?」
ニッカリ笑うルメリアの可愛さに、タールマは何故か赤面しながら微笑みを返した。
「ミンユエもいれば良かったな」
「確かに!合流したら3人でいっぱいイチャワチャしようね」
イチャワチャか……と首を傾げながらもタールマはまた微笑んだ。
タールマとルメリアは図書室へと向かってもらい、チャンは薬王の入った鞄を抱えてソファに座る。
「戻られてたのですね。ナナシ様は見つかりましたか?」
「見つかりましたよ」
デスクの前に立ったまま、知坂は厳しい目を向ける。チャンは臆することなくその目を見据えた。
「それで、あなた方はどうするんですか?我が国にまた連れてくるつもりですか?」
「……何か問題でも?」
知坂はデスクを叩いた。普段は冷静沈着に執務をこなす彼も、国王の病状と国の困難に焦りを感じているのだろう。目の下には隈ができ、かなり疲れた様子だった。
「あんな得体の知れない者を、この国に入らせないで頂きたい!鹿子の仲間だと分かった今、脅威としか思えない!」
「……鹿子とたつの会話はちゃんとお聞きになりましたか?彼らは久しぶりに再会したような口ぶりでしたよね?仲間というのはいささか無理があるのでは?」
「でも知り合いだったのだろう?いずれにしても脅威にしか感じない!いつ牙を剥くかもわからないのに!」
肩で息をしながら取り乱す知坂に、チャンは冷たい目線を向けた。
「じゃあ今度、異帝が襲来したらどうするのですか?またシライシが助けてくれるとでも?」
「それは……」
ウェリンクは昔、シライシがよく目撃される地だった。それなのにこれほどの大国がここに出来たのは、誰かがここを人知れず守っていたからに他ならない。
「あの時偶然シライシが居て、なんと人間側について戦ってくれた。なぜだとお考えですか?誰が、そうさせたと?あなたは聡いお方だから、もうお気付きの筈です」
知坂の喉が音を立てて鳴った。
国王もおらず、伝染病が蔓延り、この国が今襲われれば一溜りもない。
知坂は孤独と恐怖に打ち震えていた。
「い、異帝の襲来に民衆は恐怖し、その記憶は未だ色濃く残っている……彼の安全性が確立されないと、民衆が理解を示しません……!」
「ごちゃごちゃ抜かしよってこのハゲぇ……」
鞄から殺気の籠った声が漏れる。
知坂は目を見開いて固まると、その鞄に釘付けになった。
鞄から朱い瘴気が漏れ出し、高く渦巻くとそこから薬王が現れる。尻尾を逆立てて登場からご立腹の薬王は、鋭い犬歯を剥き出しにして知坂を睨み付けた。
「チャン、こないな国救わんでもええ。兄ぃが救う価値もない」
「や……薬王様……!」
驚愕の表情を浮かべ、知坂はデスクに縋るように掴まった。
史上でしか知らない薬王は圧倒的な威圧感で佇み、実際にそこに存在している。そして薬王は、知坂が今もっとも必要としている魔神だったのだ。
アカラ風邪に効く「司奈菊草」はトーヤ原産で夏にしか生えない。ただ薬王が生やすなら別だ。トーヤでも冬にアカラ風邪が流行り、民衆の声を聞いた薬王が一晩で生やしたという言い伝えがある。
薬王様さえいれば。
そう思っては、国軍に攻撃されたナナシ様を庇って連れ去った姿が思い浮かんでいた。
(薬王様は、きっとわが国には力を貸して下さらない)
その予想は残酷にも的中した。
今目の前にいる薬王は、明らかな殺意を自分に向け怒り狂っている。
知坂は絶望感で膝の力が抜けていくのを感じ、増々強くデスクを掴んだ。
チャンが溜息を付きながら、勝手に登場した薬王を責めるように見つめる。
「薬王さ、気持ちはわかるが、この国にはたつの大切な人がたくさんいる。たつはアンタの言う事は聞かないと思うぞ」
薬王はテーブルに片足を乗せ、横目でチャンを睨んだ。
そして知坂が信じられないといった顔をして、チャンを見る。
「ナナシ様は……まだこの国を想ってくれているのか?……あんな事をした我々を?」
「名無しって言うな!!!!」
薬王がテーブルの上の足を踏みつけ、テーブルが粉々に砕けた。チャンがやっちまたといった顔をして、自身の足をソファの上へ避難させる。
「兄ぃには名前があんねん!!タイラ・タツトラっていう偉大な名が!!!くそゴミ!!」
「タイラ……?魔神タイラ?」
震える唇で知坂が言うと、薬王からブチっという音が聞こえた。
チャンが慌てて薬王を背後から羽交い締めにすると、砕けたテーブルの破片を蹴散らしながら薬王が怒鳴り散らす。
「魔神でもない!!!俺らと同等に語んな!!チャン離せ!甘い顔しとったらなぁ、どこまでも付け上んねん!この人間どもは!!!腐れカス!!」
「……落ち着け薬王。話し合いにならん」
「ほぉ~、よ~しよし……わかった。ほんなら俺が今からこの国打ち滅ぼしたる!そうなったら兄ぃの憂いは解消や!!」
犬歯を剥き出しにして笑う薬王を、知坂が震えながら見ている。
チャンは盛大に溜息をついた後「でも、あんたはしない」と静かに言った。
薬王が動きを止め、目の前の知坂を見据えている。
「そんなことしたら、たつがどれだけ悲しむか知っているから、あんたはしないだろ?」
薬王の尻尾がゆっくり下がるのを確認してから、チャンは羽交い締めにしていた腕を緩めた。それに気付いた薬王はチャンから離れると、腕を組んでそっぽを向く。
「俺たちは、たつが堂々とこの国に入れるようにするために来たんだろ?たつのためだ。この国の為じゃない」
「むぅう……」
薬王は下ろしていた尻尾をまた立てると、知坂を睨み付けた。
「……司奈菊が欲しいんか?クソガキ」
その問いに、知坂は震えながら頷いた。もちろん欲しいに決まっていた。それがあれば、どれだけの民衆が助かるか分からない。国王にも必要なものだった。
「生やしてやってもええ。だがな、俺は主の言う事しか聞かへん。俺の主は誰だか分かるな?」
震えながら知坂は考え、そして答えた。
「聖女ヴィティ様でしょうか……?」
薬王が目を見開き、チャンが慌ててまた羽交い締めにする。朱い尾を揺らしながら、薬王は怒り狂った。
「タイラ・タツトラじゃぼけぇぇえええええ!!!話の流れから分かれ!このくそゴミ!!!」
人格まで否定されたような言葉で罵倒され、知坂は力なく崩れ落ちた。
普段は国王の前で冷静沈着に執務を行う知坂の情けない姿を、チャンは申し訳なさそうに見つめる。
「なぁ、人間の歴史上はそうなんだから知坂さんを怒るなよ。……でも、案外あんた頭いいな。見直したよ」
「当たり前やろ。馬鹿にすんな」
羽交い締めにした藥王の身体から顔を覗かせると、チャンは笑みを浮かべた。
「ということで、司奈菊草を生やすには、たつがウェリンクに来て藥王に命令する必要があります。彼を呼びますか?」
チャンの言葉に薬王が笑みを浮かべ、してやったりとドヤ顔になった。
知坂が震える顔を叩き『いつもの知坂』の顔に戻った。彼は唇を噛み締め、藥王を見据える。
「お願いします。タイラ様をこの国にお呼び下さい!」
__________
図書室の扉は思ったより小さかった。
鍵を開けて中へ入ると、独特な匂いが鼻腔をくすぐる。ルメリアはその匂いを肺一杯に吸い込むと、幸せそうに微笑んだ。
「ぷわぁぁぁ~~いい香り。本好きには堪らない匂いだわ」
小さい扉だった割に、膨大な量の書物が並んでいる。
核の誕生で失われた文明は書物でしか形を残さなかった。その書物もほとんどが失われ、手元に残るのは僅かな資料のみとなっている。しかも状態が悪いので、閲覧権限がないとみれない書物も多かった。
タールマが棚を確認しながら、本を指でなぞっていく。
「核が誕生した以前の記録は、もうほんの一部しか残っていないな。でもその僅かな記録があったおかげで、数百年でここまでの進化を遂げられた。先人には感謝しかないな」
ルメリアもうんうん頷きながら資料を探す。
「異形の核が形成された現場の記録……これ気になるね」
ガラスで出来た薄いケースに破れた資料が挟んである。破れて黄ばんだそれはおよそ何年前からあるか分からない。
「ある島国で核は形成されたのね。なになに………
『異形が各世界で確認され始めたころ、人間の女性そのものの姿をした異形が現れた。その個体に攻撃をしかけるも、その異形は球体の核のようなものに変わり、そこから数多くの異形が生まれた。周囲は焼け野原となり、自由に野や空を駆ける異形は各世界に散った……と、当時奇跡的に生き残った東景学園の白石教諭が、この話を伝えた』
核の形成は『日本』という国で起こったみたい。にほんって確か漢字を使う国だったわよね?この世界でも漢字は良く使うし、謎の親近感だわ」
「白石……?シライシ?」
「む……?」
タールマの言葉にルメリアが反応した。
「まさか関連性があるとは言わないわよね?偶然の一致よね?」
「……シライシって太古からいる異形だよな?」
眉を寄せながら思考を巡らせる。
「そもそも、魔神はみんな漢字で名前がついている。異形も基本的にはそうよね。タックスとか例外もあるけど……」
ルメリアがまた指で本の背表紙をなぞり始めた。ある本の前で止まると、その古い本を引っ張りだす。
今度の本は汚れてはいたが、ちゃんと本の形を成していた。
『魔法の書』
と表紙に書かれている。タールマが見覚えのあるその書を指さした。
「それ、魔法を最初に作った人の本だよな?確か初期の魔法の詠唱とか、発動の仕方とか乗っているやつだろ。魔法の教本として出回っている本の根源が、この本を噛み砕いて編集されたものと聞いたが……」
「そうそう、この本は物語っぽくて読み応えがあるのよ。ファンタジーっぽくて、魔法の方法とか以外は創作物語という扱いになっているの。私も小さいころに読んでわくわくしたもん。これは原本ね、貴重だわ」
ルメリアが表紙を開けると紙が軋んだ音をたてて、ふわりと古い書物の香りが漂った。
「この書の作者は、魔法をある人から教わったと書いているの。そのある人がファンタジーなのよ」
パラパラと頁を捲りながら、ルメリアが懐かしさのせいか興奮している。タールマはその横顔を見つめながら、次の言葉を待った。
「あった。え~っと…………
『その青年は、たった一人で異形を不思議な力で屠っていた。怪我をした彼を介抱し教えを乞うと、快く教えてくれた。魔法を発動させるためにはイメージを思い浮かべることが大事だと、彼は教えてくれた。その為に詠唱が必要だと彼は言う。たとえば水の魔法の詠唱の一部であるシロカワは、彼の出身地にあった川だという……』
とこんな感じでね、彼から教えられた魔法の紹介をしながら物語は進んでいくの」
「それって……」
タールマは嫌な予感がした。ルメリアは続ける。
「物語の最後は、彼がいなくなることで終わるの。
『シライシとの戦いで、彼は行方知れずとなった。戦闘の跡地には夥しい血痕と、彼がいつも手首に付けていた「とけい」と言われるものが落ちていた。私はそれをこの村の丘の上へ埋めて、彼を偲んだ』
作者のいた村は、サクナ村といってもう廃村になってる。跡地くらいは残っているかもしれない。ウェリンクからも近いよ」
パラパラと最後まで頁を捲ると、巻末に文章が綴られている。
「あれ?これは原本にしかない文章ね……どれどれ……
『最後まで名は教えてくれなかったが、とけいが教えてくれた。この本を、亡きT・Tへ捧ぐ』
………T・T?」
身体が粟立ち、呼吸が止まる。
ぎぎぎ、とぎこちなくルメリアがタールマに視線を寄越すと、タールマも同じような顔で固まっていた。
「T・T……!?」
ルメリアが本を手に乗せたまま、わぁわぁと騒ぎ始めた。まだ想定でしかないが、確信に近かった。
「あっかん!ほんと底が知れへん!!なんなんあの子!」
「ほんとだ!今度は魔法の起源だと!?馬鹿にするのも大概にしろ!!」
ひとしきり騒いだ後、また新たな疑問が湧き上がる。
「じゃあたっちゃんって、この時から漢字も読めたし、更には出身地の話までしていたってこと?」
「……むぅ……だめだ、もう思考が追いつかない。後でチャンとすり合わせしよう。頭が痛い」
タールマが頭を抱えて歩き出すと、ルメリアがその腕に絡みつく。首を傾げながら視線を投げるタールマに、ルメリアは微笑んだ。
「私たち、いいバディやなぁ?」
ニッカリ笑うルメリアの可愛さに、タールマは何故か赤面しながら微笑みを返した。
「ミンユエもいれば良かったな」
「確かに!合流したら3人でいっぱいイチャワチャしようね」
イチャワチャか……と首を傾げながらもタールマはまた微笑んだ。
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エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
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