つぎのあなたの瞳の色は

墨尽(ぼくじん)

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学園編

11. 異形狩りと秘密の扉

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 足早に自室に帰ると、たつとらはすぐさま唱えた。
「赤三原、青三原、緑三原、来い」
リビングの床が赤と青と緑に染まり、水面のように渦をまく。
三色は混ざり合う事なくグルグルと、まるで互いに巻き付くようにうねり、中から三人の魔神が現れた。それぞれ赤、青、緑の蝶のような羽を持ち、パタパタとたつとらの周りを飛び回る。

「「「たつとら様、お待ちしておりました」」」
「いいからそこに座れ。重要な任務だ」
「「「はい」」」
三人は並んで座ると、目を輝かせながら目の前の主人を見る。その視線を受けながら、彼は目を細めた。
「久しいが、すまん、急ぎの頼みがある」
「「「何なりと!」」」
「三原姉妹はダイスの地の半分を統べるはず。最近、異形が減らなかったか?赤、答えろ」
「はい、たつとら様。見たことない人間が異形を捕まえていくのは見たことがあります。魔徒にも出来ない下級の異形です。このような事例がダイスで増えています」
発言を許された赤に、青と緑は嫉妬の目を向ける。
「やっぱりか。分かった。3人はこれから自分の陣地の異形で魔徒に出来るものを片っ端から魔徒にして欲しい。力を渡すから、急ぎ頼む」
たつとらは三人に手をかざす。薄紫色のオーラが三人の身体を包み、その身体に吸い込まれていった。
「頼んだぞ」
「「「御意」」」
三姉妹は跪いたその姿勢のまま、床にめり込むように消えて行く。
元の灰色のカーペットになった床を見つめながら、彼は口の端を吊り上げた。
「さぁ、久しぶりに行くか」



「396、397、398、399…」
異形の悍ましい咆哮の中で、カウントする声が異質に響く。
「400…!」
薙ぎ倒し、首をへし折り、魔法で確実に数を減らしていく。彼が狩っているのは、意志を持たない下位の異形である。
たつとらの足元には死体が夥しく広がっている。
人間を殺すのが本能である異形は、住処や巣に近づくと次々に襲ってくる。ウェリンク学園の周りは森が多く、異形の巣も随所にあった。わらわらと巣から出てくる異形を片っ端から狩っていく。
「…401っ…」
息を弾ませながら、次々と異形を屠る。彼にとってこの狩りは、かつては習慣の様なものだった。
どの異形がどんな攻撃をしかけてくるのか、どこが一番壊しやすいか…手に取るように分かる。
「この感じ、懐かしいな…454!」
肩で息をして周りを見渡すと、異形は見当たらなくなっていた。山の向こうが僅かに明るくなり、もう夜が明ける時刻だったかと彼は思う。
「…454か…平和になったものだ」
そう言うと、口の端をあげニヤリと笑った。



「先生?」
ノックするが、気配がない。たつとらは不在のようだ。
(どこにいったのだろう?昨日の夜も不在だったが…)
毎日授業しているようだから大丈夫だろうとは思うものの、ボルエスタは悪い予感を拭えなかった。
夜はもちろん、昼間もたつとらはボルエスタを避けている。明らかに何かを隠しているようだった。
そこでふと、ボルエスタは近隣で異形が大量に死んでいるという報告を思い出した。
ウェリンク周辺の森は鬱蒼としていて、異形が蔓延りやすい。森からは出てこないため放置されてはいたが、最近になってその異形が多数死んでいるというのだ。
連日、それも夜間に行われている《異形狩り》は何が目的なのか、学園側も首を傾げるばかりだった。
(校医もたまには外にでなければ、運動不足かな)
腕に掛けていた外套を羽織ると、ボルエスタは出口に向かって歩を進める。



足が重くなり、思った様に動けない。
昨夜よりもこの地域は異形の数が多いようだ。だが問題はそこではない。身体の異変は確実に彼を追い詰めていた。
「足は動かなくても…魔法は出るぞ」
胸が焼きつくように痛む。内側からブチブチと体内が蝕まれている感覚は、唇を噛みしめるだけでは誤魔化せるものではない。
たつとらの手から放たれた業火が異形を襲い、一瞬にして消し炭へと変わる。彼はそれを見ても、攻撃の手を緩めない。
「ごひゃく…はちじゅう…っっ…!」
喉の奥からせり上がってくる何かを、止めることなく吐き出した。吐血は我慢すると後々辛い。吐き出せるなら吐いた方が良いのは、彼が一番知っていた。

「あと、3体…」
ゆっくり膝を曲げて力を溜め、細い息を吐いて痛みを逃す。そのまま跳躍すると異形の首の上へ降り立ち、へし折った。その体躯が崩れ落ちる前に、2体目に氷の刃を放つ。全身を射抜かれた異形は倒れ、3体目には初期魔法のフレアを唱える。
メラメラと燃え上がる異形を見ながら、たつとらは膝をついた。
再び喉の奥から這い上がる鉄の匂いに、苦悶の表情を浮かべ吐き出す。今度は拭う気力もない。

(それにしても、発作の感覚が短い…)
こんな状態になるのは慣れっこだったが、痛いものは痛いし、身体は悲鳴を上げる。
とりあえず見渡す限りの異形は屠れた事を確認すると、彼はホッと息をついた。
さて、どうやって帰ろうかと考えながら、膝を立てて力を入れてみた。立てそうだが、学園まで帰れるかどうか怪しい。
(このまま帰らない方が良いかもな…)
意識が遠のきそうな頭を振りながら、目の端に何か影があった気がして目を凝らした。
その人影を見つけると、たつとらは困ったような笑みを浮かべる。

「先生!!」
走り寄るボルエスタに出来るだけ笑顔を向けようとするが、上体を支えきれなくなり手をついた。
「…ボルちゃん、どして…ここに?」
「喋らないで」
口を開く度に口から血が溢れるたつとらを制すると、上体を起こさせ自分にもたれかからせる。
膝の裏に手を添えてそのままぐっと横抱きにし、ボルエスタは歩き出した。相変わらず軽いその身体と、厚着した服越しでも分かる程の熱さが焦燥感を煽る。
ボルエスタは焦る自身を抑えながら、彼に負担が掛からないようゆっくり歩き出した。
「ボル…ちゃんは…いがいと…力持ちなんだよな…」
「黙って」
ボルエスタは歩きながらたつとらの状態を確認する。やはり目立った外傷はない、例の発作だ。
そう判断すると少し歩を速めた。すると身動ぎひとつ出来ない様な状態だった彼が口を開く。

「……まさか歩いてきた…?遠いよ…?」
(…こんな状態で人のことを案じてる場合か?)
確かに男1人抱えて学園まで戻るのは骨が折れる。並の軍人では途中で体力が尽きてしまうだろう。
「大丈夫ですよ。僕はこれでも一流の軍医ですから、慣れてます」
更にしっかり抱き抱えると、たつとらはふふっと息を吐ききるように笑い、そのまま静かになった。顔を確認すると、意識を失っているようだった。

しばらく走ると学園の明かりが見える 。ボルエスタは自分の外套を脱ぐと、たつとらをしっかり包み寮へ入り込んだ。
まっすぐたつとらの部屋まで進むと、一応ノブに手をかけ開くか確認する。
(開いた…)
たつとらには施錠する癖を付けさせねばならないようだ。そう思いながらボルエスタは眉を顰めるとそのまま身体で扉を押した。そこで、ふと背後から声を掛けられた。

「ボルエスタ校医」
タールマだった。
男性寮にタールマがいることにボルエスタは驚くが、そのまま顔だけ後ろを向くとぎこちなく笑みを向ける。
「タールマ先生。どうしてこちらへ?」
「ちょっと用事があって…それはもしや、たつとら先生ですか?」
ボルエスタが抱え込んでいるものを指さしながらタールマは眉根を寄せた。タールマ側からはたつとらは見えないはずだ。ボルエスタはなるべく冷静に答える。
「ああ、外で飲んでいたら泥酔してしまって…。困りましたよ…っでは、タールマ先生失礼します」
早口で言うと素早く部屋に入り込み、バタリと閉めた。扉を背にフゥっと息を吐く。
(かなり疑ってたな。大丈夫か?)

タールマの事は気にかかったが、たつとらを寝室のベットに寝かせて、もう一度しっかり外傷を確認する。
(所々打撲や切り傷があるが、重症ではない。やはり発作か?)
「…!う…」
たつとらが苦しみだし、身体を折る。ボルエスタは棚から鎮痛剤を出すと素早く注射した。
痛みは続くようで、たつとらは呻きながらシーツを掴んでいる。額には玉のような汗が浮かび、顔は青白く血の気がない。
(医者として、ここまでしか出来ないとは…)
ボルエスタは眉根を寄せながら、濡れたタオルでたつとらの額を拭う。ふと、囁くような声が聞こえ、耳を寄せた。
懇願するような声で、たどたどしく言葉がこぼれ落ちる。

「…っ…ヴィ…さん…」
「?」
ボルエスタは耳を寄せる。
「………さん、かまわ…ないで…やすんで…」
(ヴィさん…?)
鎮痛剤が効いてきたのか、落ち着いてきた彼はそのまま眠りに落ちたようだ。
どこかで聞いたような名前だったが、ボルエスタはそれ以上考えないようにした。
(それよりも校長に報告をしなければ) 
外套を手に取ると、この部屋の鍵を探した。
玄関の横にぶら下げてあったそれをひっ掴み、廊下へ出る。きちんと施錠をして外套を羽織ると出口へ向かった。

予想はしていたが、タールマが待っている。
男性寮の出口で壁を背に立っていたが、ボルエスタを確認すると、こちらを向いて出口を塞ぐように立った。
ボルエスタは構わず歩を進め、男性寮のカードキーを通すと、タールマを先に出して外へ出る。タールマは女性寮へは戻らず、ボルエスタに付いてきた。
「…何か御用ですか?」
視線は前に向けたままボルエスタが問うと、タールマはまっすぐ彼を見つめたまま答える。
「どこに行かれるのですか?」
「…校長に用があるので、秘書室へ」
時刻は夜の10時を回っていたが、チャン秘書は毎日夜遅くまで業務をしている。まだ秘書室にいるだろう。
タールマを引き離すために早足に進むが、半ば駆けるようにボルエスタに付いてくる。
「まさか、たつとら先生は明日訓練を休む気ですか?それなら代理は私です。報告を聞く権利があります」
「…」
「酒に酔って訓練を休むなんて、どれだけ校長と親密なのですか?」
もうすぐ秘書室に着く。足を止めて、ボルエスタはタールマに向き合った。
「タールマ先生、寮へお戻りください。今からの報告はタールマ先生とは関係ありません」
向かい合ったタールマは何故か驚いた顔をして固まっている。ボルエスタは不思議に思ったが、その場にタールマを残し、秘書室へ急いだ。

残されたタールマは、記憶を呼び覚ましていた。
(校医から血の匂いがした。異形の血と魔法による独特の匂いと、人間の血…)
いつかの記憶が蘇った。

『ああ、わるい。途中異形のものと出くわしてなー…返り血が匂うんだろ』

着任の日、たつとらから同じ匂いがしたことを思い出す。
分からないこと、曖昧なことはハッキリさせたい性分のタールマは苛立ちを隠せなかったが、今日のところは引き下がるしか無いようだ。
肺いっぱいの息を吐き切ると、廊下を引き返した。



チャン秘書はあっさりと校長と会わせてくれた。校長室に行くと普段とは違うカジュアルな格好で校長は立っている。
「どんな具合だ?」
たつとらの事だと察している校長は開口一番尋ねた。
「この間の発作と一緒です。意識はありません。ダイスとの国境近くで私が発見した時には、もう発症していたようです」
「異形はいたか?」
「全て死滅していました」
校長は眉根を寄せて「やはりか」と呟いていた。
「発作の間隔が短い。今回は危険かもしれん。私には判断できないが…奴を呼ぶしかあるまい」
「奴とは?」
「…薬王だ」
「薬王ってあの薬王ですか?」
校長は頷く。
薬王はディード一行の医療係として活躍した魔神で、超越した薬の技能を持つと言われていた。ディード一行が核を破壊したあと、行方が分からなくなっている。

「校長は所在をご存知で?」
「すぐに呼ぼう。が、ここではやかましいから先生の部屋に直接呼び寄せるとしよう」
「先生の部屋で?校長が移動する方が目立ちますし…タールマ先生が先程いましたよ」
校長はニヤリと笑った。
「ボルエスタ先生、この真上の部屋は誰の部屋だと?」
「え…」
ボルエスタは絶句し、まさかと呟く。
校長が天井へ向けて手をかざすと、扉が現れた。
「備えあれば憂いなし」
校長がそう言うと、チャン秘書が扉を開け中からハシゴを降ろす。
「君はここで待て。誰も取り次がないように」
「かしこまりました」チャン秘書が答える。
校長はハシゴに手をかけ、老人とは思えない速さで登っていく。ボルエスタも苦笑いしながら後に続いた。







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