つぎのあなたの瞳の色は

墨尽(ぼくじん)

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学園編

8. 地底を統べる蝙蝠王

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 月曜日にはすっかり元気になったたつとらは、食堂のテラスにボルエスタを誘った。
土日の(手厚い)看病のお礼にランチを奢るというのだ。
テラスは冷えるから別のところでと、ボルエスタが言ってもたつとらは聞かなかった。
あの場所がかなりお気に入りらしい。

「あら、たつ先生!3日ぶりかしら?」
食堂のおばちゃんのプリントが、満面の笑みで迎えてくれた。
「プリントちゃん、暖かいスープとサンドイッチのセット2つ。テラスで食べるよ」
ポケットから小銭を出しカウンターに置くが、プリントは心配そうな顔を浮かべる。
「またテラスかい?かなり冷え込むよ。足元に小型のストーブを置いておきなさい」
そう言うとストーブとひざ掛けを差し出した。
断ろうとするたつとらを押しのけ、ボルエスタが受け取る。
それを見てプリンは笑顔になり、勘定を受け取った。

「スープは後から渡しに行くわ」
「ありがとう、プリントちゃん。若いのに気が利くなぁ」
「やだぁ、たつ先生若いだなんて!口が上手いわぁ」
「待ってるよ~」
たつとらはテラスへのドアへと足を向けながら、手をヒラヒラとさせた。
鼻歌を歌いながらサンドイッチを作るプリントを横目で見ながら、ボルエスタはやれやれといった笑みを零した。

ドアを開けるとひんやりとした空気が身体を包む。
「う~寒い。でもこれが良い~」
そう言いながらテラスの椅子に積もった落ち葉を払うと、彼は机の落ち葉も払い始めた。
ボルエスタは机の下にストーブを設置して火をつけ、出来るだけたつとらの足元へ近づける。
「うう~ストーブあったけぇ~癖になりそう」
「癖?」
「ん?なんかほらコタツでアイスみたいな~…って何俺にひざ掛け掛けてるのさ、ボルちゃんが使いなよ」
「ダメですよ。病み上がりに冷えは大敵です」
そう言いながらボルエスタも席に着く。
「病んでないって!」
たつとらが喚いているとちょうど料理が届き、わ~美味そうと、ひざ掛けのことはすっかり忘れたようだ。

「木曜日はレヴェル検定ですね。手応えは如何です?」
「あー検定?一切心配してない」
「というと?」
その言葉に首を傾げるたつとらは、なぜそんなこと聞くのかと言いたげだ。
「何人くらい受かりそうですか?」
「全員受かるよ。当然だろ」
「全員ですか?前代未聞ですね」
もちろん、と口の端を釣り上げて挑戦的な笑みを浮かべると、サンドイッチにかぶりつく。
「楽しみにしてます」
少し冷めたコーヒーを飲みながら、ボルエスタは答えた。




訓練所にて、タールマは衝撃を受けていた。
(なにこの赤爪、その辺のやつとは桁違いだ…いったいどこから…)
そして生徒たちはほぼ1人で赤爪と対峙している。
1人は補助という形で練習しているらしい。

「皆、赤爪はどこから?」
「え?たつとらが調達してくれたんだ。ここに居るよ」
訓練所の隅に数体の赤爪が眠っている。どうやら自分の番が来るまで眠っているようだが、異形がこんな風に人間の前で寝るのを見たことがない。
タールマがその光景に衝撃を受けていると、学級委員のセラがタールマに近寄ってきた。
「たつとら…先生は明日には来ますか?」
「ああ…休みは今日までと聞いている」
「良かった!」
そう言うと、周りの生徒たち全員が笑顔になる。
いつの間にか、新任のあの教師はしっかりと生徒の心を掴んだようだ。
生徒たちの顔を見ると皆、自信に満ちたいい表情である。ツヴァイに去られたころとはまったく違う顔だった。
タールマは嬉しくなり、笑みを浮かべた。

「お~~い、やってるかぁ?」
場違いな声が聞こえ、生徒たちが一斉に声の方を向いた。
「たつとら!!」
入口にいるたつとらの側へ、生徒たちは一斉に群がる。
たつとらは生徒たちと何やらワイワイとしゃべっていたが、突然タールマに視線を向けた。
「あ、タールマ先生!不在時お世話になりました」
手をヒラヒラと振り、たつとらは礼を言う。
「いいえ、当然のことをしたまでです」
タールマはなぜか緊張しながら答えた。突然代理を任されることは多々あるし、当然のことではあったが感謝されるのが素直に嬉しい。

「ありがとう。ああ、そういえばお前ら、赤爪足りてるか?」
会話の対象が生徒たちに変わったようだが、タールマは耳を傾け続けた。生徒たちは指を折りながら少し考えると、笑顔で答える。
「えっとね、今のペースで行くと…今日はあと3体足りないかな」
「おお!大した進歩だ」
たつとらは嬉しそうに答えると、生徒たちのいない空いたスペースへ移動した。生徒たちも当たり前のようにその動向を目で追う。

慟哭どうこく
ぶわりと黒衣の魔物が現れると、タールマは本能的に剣の柄を掴んだ。
(慟哭だと!東の地の伝説的魔神だ!なぜここに!)

「たつとら様、見覚えの無いやつが居ますが、殺しますか?」
仮面の下の瞳がギロリとタールマを睨み、タールマは気圧され身構えた。
「ダメダメ、あの人は教師。傷つけるな」
「きょうし?」
慟哭はふわりとたつとらの周りを一周し、跪く。
「本日は?また赤爪ですか?」
「3体ほどだ。いるか?」
慟哭は口の端を釣り上げた。
「もうすぐ東の赤爪は滅びるでしょうね。…御意」

慟哭が放った言葉と同時に、地面から赤い波が沸き立ち赤爪が3体現れる。
タールマは驚愕のあまり、目を見開き固まった。

(まさか召喚術?嘘だろう?しかも上位召喚からの2重召喚だなんて……!)

通常の召喚であれば、自分より位の低い魔物や異形を召喚できる。だが、それは一体のみに限られ、召喚する物が複数いる場合、主従関係が無い限りランダムに選ばれる。

今回のように純度の高い異形を手に入れる為には、その上に立つ異形を召喚してから二重に召喚するのが一番確実となる。
しかし、相当に高い技術が必要であり、召喚する高位の魔神とも主従関係を結んでいなければ出来ないことだ。ただの召喚術でも高い技術が必要となり、現役の兵士でこれが使えるのはいないと思っていた。
タールマは今、自分の目を疑っている。本当はゴシゴシと擦りたいくらいだったが、生徒たちの手前何とか耐えた。

「慟哭、またお願いするけど赤爪あと何体残ってる?」
「ここの原産ではあと20体ぐらいでしょうか」
「おっけー、根こそぎ捕まえといて」
「御意!」
慟哭は煙と化し、当たり前のように地面に消えていく。
生徒たちは何事も無かったように、またたつとらとのおしゃべりに戻った。

「ごめん皆、今日まで俺休みだから帰るわ~。じゃまた明日な」
たつとらが去り、当たり前のように生徒たちは練習を再開する。なんの疑問も抱いていない様子に、タールマは歯痒さに身じろいだ。

(信じられない!あの慟哭だぞ!…っああ!誰にこのモヤモヤをぶつければ…!)
内心全然穏やかではなく、併せて絶賛混乱中のタールマに生徒たちはまったく気づかない。ただひたすらに生徒たちは訓練に精を出すのであった。



木曜日、今日は検定日である。
国が主催するレヴェル検定は年に2回あり、学生はそのうち1回しか受けられない決まりとなっている。

そんな日、Bクラスの面々は責めるような視線をたつとらに投げていた。
「なんだよ、検定通ったのに何か文句でもあるの?」
ニヤニヤとたつとらが言うと、鉄が立ち上がって叫んだ。それを見てたつとらは楽しくてしょうがないという表情になる。
「文句はない!ないけど、何か納得いかねぇ!んん、なに笑ってやがるーーー!」
そこまで聞くと耐えきれずワハハとたつとらは笑い転げた。
「勉強になっただろ?異形も産地によってまるで違う。西の赤爪は東の赤爪に比べたら爪の垢みたいなもんだ。ハハハ」
「ハハハじゃねーー!!」

今日鉄たちBクラス検定組は、心臓が飛び出そうになりながら検定に挑んだのだが、検定用の赤爪の手応えの無いことに全員が驚く事になる。
動きも遅く、炎火攻撃も範囲が狭く勢いもない。
びっくりするくらいあっさりと倒すことが出来たのだ。

それ以上にびっくりしたのが役員の面々である。
前代未聞の受験者全員の合格。
今年のBクラスは出来損ないと聞いていたはずだがと困惑しながらも、校長に祝いと賞賛の言葉を送った。学園としては快挙である。

ドグラムスは当然だといった笑みを浮かべ静かに座っていたが、秘書のチャンだけは校長の異変に気がついていた。
(めっちゃ嬉しそう)
Bクラス側から聞こえる生徒たちと教師のやりとり(なんか怒号も?)も嬉しいらしく、先程から校長はニコニコしていてチャンは思わず笑みを浮かべた。
校長が好きな甘めのコーヒーを入れてこようと、チャン秘書は席を立つ。

ワーワー喚く鉄を宥めるクラスメイトにもニヤニヤしながら、たつとらは観戦席を見回す。
少し離れた所に座って観戦しているタールマを見つけ、席を立った。
「どこ行くんだよ!」と抗議の声を背中に浴びながらも移動し隣に座ると、タールマはぎょっとしたような顔を見せる。
「お疲れ様。タールマ先生」
「おおお、お疲れ様です。たつとら先生」
「…なんか警戒してる?」
思いっきり見つめられ、タールマは最大限身体を反対側に反らせた。
「そんなことは…っそれよりどうしたんですか?」
「いや単にタールマ先生と観戦したくて」
「っっっ?」
タールマは自分の顔が爆発するかと思った。人間の顔も熱膨張で爆発するかもしれない。

顔を真っ赤にさせている事を悟られないようになるべく身体を反らせると、視線だけ動かした。たつとらはまっすぐ闘技場を見つめている。タールマは僅かにホッとし、同じく闘技場を見た。

学園自慢の闘技場は楕円形をしており、観戦席が脇にずらりと並んでいる。
屋根はないが、太古の建築物である観戦ドームを意識しているらしい。
学園の様々なイベントがここで行われる。

「今日はD検定まであるよな?」
「はい、Sクラスの2名がDを受験します」
業務的な話題は得意なタールマがハキハキ答える。
「生徒たちに聞いたが、D検定は地底蛇らしいな。捕獲してきているのか?」
「検定委員が捕獲しているはずです。ただ生徒たちに地底蛇は無理とは分かっているので、今回はただの体験みたいなものですよ。生徒2人で臨みますし、補助員も数人つきます」
「…それって、やる意味ある?」

タールマはふっと息をつき、説明を続ける。
「今回受験する2名は名門貴族の息子たちです。校長と役員も揃う中での所謂…息子お披露目ショーですよ」
たつとらが愉快そうにふふっと笑った。
栗色のくせっ毛がふわふわと動き、緑色の瞳が弧を描く。
「お披露目ショーか、面白いな」
「!!」
その笑顔の破壊力にタールマは一層身体を反らせるが、限界まで来たのかグラリと倒れそうになった。
「おいおいおい、危ないって」
たつとらがタールマの腕を掴んで自分の方に引き寄せると、また笑いかける。
「やっぱりタールマ先生の説明が1番分かりやすいな。ありがとう」
タールマの喉がひゅっと鳴り、全力で立ち上がり全力でその場から立ち去った。どうやって立ち去ったのか本人も分からないほどのスピードである。
「?」
たつとらはその場に残され、首を傾げている。

その光景を生徒たちは同情の目で見ていた。
「たつとら…またタールマ先生を怒らせたのかな?大丈夫かな?」
心配そうに言う陸の頭をポンポンと撫でながら、道元は言う。まるで娘を見つめる父のようだ。
「陸。陸は心配しなくていいよ。大人の事情ってもんよ」
「ほんと、タールマ先生には同情しかないわ」
セラと道元は一人観戦するたつとらの背中を眺めながら、2人で頷き合った。



「お隣空いてますか?」
たつとらが声のする方を向くと、ボルエスタが立っていた。
「おぉボルちゃん、良かった~退屈してた…ふわぁ~ぁ…とこだった」
半分寝起きのような顔をしてるたつとらの横に、ボルエスタは腰掛ける。
「E検定は退屈ですか?どうぞ」
ボルエスタからコーヒーを受け取ったたつとらは、礼を言ってカップを握りしめた。寝ぼけ眼を開いたり閉じたりしながら、闘技場を見つめている。

「退屈じゃないけどさ、偽鵺20匹と戦うの見てると何か、羊数えてるみたいで…」
そこまで言うと、度コーヒーに口をつける。
「あったけぇ~ありがとう~ボルちゃん~」
「どういたしまして。Eもそろそろ終わって、いよいよDですね。学園一優秀な生徒のお手並み拝見といきましょう」
「ちょっとは面白いかな?」
そう呟くたつとらにボルエスタはクスクスと笑う。
「見てください。役員席に人が集まり始めました。各部隊の大将や補佐、スカウトマンに大勢です」
役員席は遠いが、人の動きが激しくなってくるのが見て取れる。
「検定の本当の目的はこれですよ。役員たちは自分の部隊に迎える期待の新人を探してる。そして有名部隊に入りたい生徒たちは、より上位の検定を受けたがるわけです」
「ふ~ん…」

突如金属音が鳴り響き、闘技場の大きな門が開く。そこから巨大な蛇が姿を現した。

体長は5メートル程あるその蛇は、光沢のある青緑色をしており、所々黒い紋様がある。
尻尾の方に楔が打ち込まれ、鎖で繋がれているようだ。そこから血が流れだし、地面を濡らしている。
観戦席からは歓声があがり、いよいよ盛り上がってきたようだ。

Bクラスの面々も初めてみる地底蛇に興味津々のようで、歓声を上げながら見つめている。
「地底蛇が現れたようですね」
「地底蛇…?」
たつとらは眉尻を上げて、闘技場を見ている。
「地底に住む異形です。たまに地上に出て人間を襲います。見るのは初めてですか?」
そう言うボルエスタをたつとらは首を傾げて見た。
「あれは地底蛇じゃないぞ」
「え?」
「血が地面に染みてるな。まずいことになる」

観戦席から更に大きな歓声が起き、Sクラスの受験者が2人闘技場に降り立った。
ルードス・デハイムとペンク・コーレインだ。ペンクは観戦に手を振って答え、ルードスは興味無しと言った様子で地底蛇を見つめている。

そして異変は突如として起きた。
大きな地震が起きたと思うと共に轟音が鳴り響いたのだ。
そして闘技場近くの草原から突然巨大な火柱が上がると、中から何かが飛び出してきた。

龍だ。
青緑色の鱗で覆われた飛龍が地面から飛び出し、闘技場の上で翼を広げる。
鱗同士がゴリゴリと音を立て、その場一帯の空気がビリビリと震えた。それは態勢を変え、確実にこちらに向かってくる。

「ボルちゃん、生徒を避難!」
「えっ!先生!」
ボルエスタが声を上げるより速く、たつとらは観戦席の最前線へ飛び降り片手を突き上げた。
「シールド」
簡単に唱えた呪文だったが広い闘技場全部に防御壁が構成され、寸でのところで飛龍を阻んだ。
侵入を拒まれた飛龍は怒り狂い、咆哮を上げる。
生徒たちは震え上がり、大人たちは突然の出来事に固まっていた。

たつとらが叫ぶ。
「教師たちは生徒たちを集めてシールドを張れ!急げ!この防御壁ももって数分だ!」
その言葉に反応した教師たちは、自分の生徒たちを呼び寄せ、シールドを張り始める。
Bクラスには既に強固なシールドが張ってあるようで、生徒たちはだけでは外にも出られない。
「たつとら!ダメ!危ないよ!行っちゃだめ!」
陸がシールドの中から叫ぶ。彼は聞こえているのかいないのか、反応しない。

たつとらは観戦席の手すりに足をかけると、そのまま跳躍し、すごいスピードで闘技場に降り立つ。
呆然と立ちすくむペンクと、剣を構えるルードスの制服の襟首を掴むと、そのままSクラスの方へぶん投げた。そのまま間髪入れず空中にいる2人に向けてシールドを張ると、2人はそのままきれいにSクラスの集団内へ収まった。

ついに飛龍が火を吐き防御壁に攻撃を仕掛けはじめる。
シールドを張っていてもなお感じる熱さに、Bクラスの全員が顔を強ばらせた。
「龍なんて、いくらたつとらでも無理だよ…」
今にも泣き出しそうな陸の背中をセラが宥めるように撫でるが、セラ自身も不安で仕方がなかった。

「タールマ先生!たつとら先生の援護を!」
チャン秘書が校長の伝言を伝えると、タールマは闘技場へ急いだ。
もう役員達は2重3重の手厚いシールドの中にいるようだ。校長もおそらくその中だろう。
「たつとら先生!」
タールマが駆け寄ると、たつとらは地底蛇を見つめていた。
「たまちゃん、来たら危ないよ」
「たまちゃん…!?」
いきなり名付けられた愛称に戸惑うタールマだったが、たつとらは続けた。

「もうすぐ闘技場の防御壁は破られる。あいつはここに降りてくるぞ。観戦席にもどってシールドを張るんだ」
「先生はどうするんですか!!」
「誰かが飛龍を鎮めないと、ここ一帯焼け野原になるぞ?」
見て、とたつとらは地底蛇を指さす。
「これは地底蛇じゃない。地底神龍の子供だ」
「地底…神龍!?」
ぞわりと肌が粟立つ。
「うん。昔から地底に住む龍だ。超レアキャラ。そしてあれはこの子のママ」
闘技場の上空で怒り狂う飛龍を指さして、たつとらは呑気な口調で続ける。
「子供の頃は地底蛇と似てるけど、この地底神龍は魔徒だ。この紋様も子龍独特のもの。可哀想にお母さんと離されて怯えている」
そう言うと、楔に繋がる鎖を絶ち切る。
「もうママ神龍の意識はこっちに向いているようだから、皆を外に誘導してくれるか?」
「分かりました!直ぐに援軍を呼んで戻ります」
そう言うと、タールマは返事も聞かず走っていった。
「戻んなくていいって…」
たつとらは困ったように頭を搔くと、空を見上げて何か考えているようだ。

タールマは観戦席に戻ると、生徒を誘導し外に避難させる。
役員はというと、とっくに遠くへ避難しており、役員席には校長だけが残っていた。
全員を避難させると、タールマは他の教師数人を連れ立って闘技場へ戻る。

「先生!」
観戦席から叫ぶと、ちょうど飛龍が闘技場に降りてきているところだった。
龍の口から吐き出された業火を、彼は何と片手で防御していた。シールドを張っているようでもなく、その業火は彼の手に吸い込まれていく。
「来なくていい!!」
たつとらは叫ぶと、業火が途切れた瞬間に逆の手から氷の刃を放つ。
複数あったそれは飛龍の翼を地面に縫い付け、動きを封じる。

ここまでの戦いぶりに、既にタールマ他教師たちは唖然としていた。神龍相手に片手1本で応戦しているなんて、信じられないことだ。
「来なくていいから、1個だけ質問していい?ど忘れしちゃって…」
たつとらは教師たちに困ったような視線を向けた。指を1本だけ立てている。

「この辺の地底をおさめる上位魔物、魔神かな?誰だっけ?」
教師たちは顔を見合わせ、考える。タールマも混乱しているせいか思い出せない。
ちょうどこの場に居合わせた歴史の教師であるルメリアが、はっと思い出したように答えた。
「蝙蝠王ではなかったですかね?」
それを聞くと、たつとらはぱっと顔を輝かせ立てた指を振った。
「そーーだ!蝙蝠王!思い出した!さっすが歴史の先生!ありがとう~」
褒められたルメリアはもの凄く嬉しそうにしている。タールマはちょっと悔しそうだ。

「よし、下がって」
教師たちにそういうと、たつとらは静かに呟いた。
白鉄しろがね
たつとらの目の前の地面が、タールのように黒く波紋を広げた。それはぐつぐつと煮えたぎるように沸き立ち、そこからゆっくりと女が現れた。
髪から全身まで真っ白で、目だけ黒い布で覆われている。長い真っ白な髪がまっすぐ下に垂れ、最低限身体を覆う白い服は、白い肌と同化しているようだった。

「たつとラさま……ひどイ…」
開口一番発した言葉に、たつとらは「ん?」と首を傾げる。
「どうコクばかり…なンども…ずるい」
ああ、とたつとらは困ったように笑った。
「ごめんな、慟哭には赤爪を調達してもらってたんだ。白鉄、元気してた?」
「しロがね…まってた…ずっト…」
「ごめんて。今日は、白鉄にしか出来ないことを頼みたい!」
その言葉に白鉄は僅かに嬉しそうにすると、黒い布に隠れた視線を暴れる地底神龍に移した。

「さいきん、こがうマレたと…きいてイた」
「うん、人間が間違えて捕まえちゃったみたいで、連れて帰れるか?」
「…ぎょい」
白鉄は、神龍親子に手をかざす。2頭は途端に大人しくなり、たつとらも氷の刃を溶かした。
「にンげんに、うらみヲもつといけナイから…きおくも…けしテおく」
白鉄がそう告げると、たつとらは白鉄の頭をくしゃくしゃと撫でた。白鉄が肩をきゅっと上げて、子供のように喜んでいる。

「ああ、そうだ忘れてた。ほら」
そう言うと、たつとらは徐ろに自身の首筋を白鉄に向ける。白鉄は少しだけ顔を曇らせた。
「力を消耗するはずだ。遠慮するな。飲んでいけ」
「いいんデすか?」
ん、と言うとたつとらは更にその白い首筋を近づけた。

白鉄は彼に近づくと首筋にガブリと噛み付いた。そして喉がコクリコクリと動く。
たつとらは少し眉根を寄せただけで、白鉄の髪をヨシヨシと撫でているだけだ。
しばらくして、白鉄は名残惜しそうに離れた。

真っ白な白鉄の口から下が真っ赤に染まり、赤々とした舌が口のまわりを舐める。
「やっパリ…たつとらさま…いちバんうまい」
「そりゃ良かった」
たつとらが笑みを向けると、白鉄は神龍親子の隣に立った。
「では…」
白鉄がそう言うと、また地面がタールの様に黒く染まり、1人と2頭は地に沈んで行く。とぷんっと黒い水滴が撥ね、まるで、何も無かったかのような静寂が訪れた。

たつとらは血で濡れた首筋を痛そうに擦ると、教師たちがいた方に視線を向ける。
「もー大丈夫。怪我した人いない?」
目撃した教師たちは呆然とし、言葉を発することが出来ない。中には腰を抜かした人もいる。
(…ほんと、規格外とはこのことだろ)
心の中でタールマは思いながら、たつとらの方へ向かった。




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