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学園編

5. 好きな武器と出来る武器

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 訓練場に隊列を成し、生徒たちはたつとらの到着を待った。

 授業開始のチャイムはまだ鳴らない。しかし5分前行動を旨としているウェリンク校では、5分前には並んで教師の到着を待たなければならない。

 教師もそれを知っているので、授業開始5分前以前に来ることは無い。そして遅れることも無いのが常だった。
 もうすぐチャイムが鳴りだしそうな時間帯だ。特に遅れているわけではないのだが、妙にそわそわとするのを隠せない。

(今日も自習だったら、さすがに黙っておけないわ)
 セラは緊張しながら、視線だけを入り口に向ける。

「おはよお」

 気の抜けた挨拶をしながら、たつとらが訓練場に入って来た。同時にチャイムが鳴り響き、彼は煩そうに耳に指を突っ込む。
 黒いTシャツにジーンズ、なんと草履といった出で立ちに、セラは目を剥いた。しかし何とか号令をかける。

「気をつけ!!」

 全員の軍靴が音を立て、全員が姿勢を正す。あとは、自分たちの前に教師が立つのを待つだけだ。

 並んでいる生徒たちに目を向けると、たつとらは短く嘆息した。

「……あのさ、次回から並ばなくていい。俺が来るまで、何しててもいい。……とりあえず、まあ、全員座れ」

 生徒たちが顔を見合わせ、戸惑いながらも訓練場の人工砂の上に座り始める。するとたつとらは、手に持っいた紙を生徒に配り始めた。

 その紙はメモ帳を破ってきただけのもので、所々千切れたり裂けたりしている。恐らく、職員寮の備品から拝借したものだろう。

 たつとらはそれが全員に行き渡ったことを確認すると、ペンを顔の前でプラプラと振った。

「ペンは持ってるよな?」
「はい、全員携帯しています」
 セラが答えると、たつとらは笑顔で頷く。そして一気にまくし立てた。

「そこに、自分の好きな武器を書け。得意でもない、しなきゃいけないものでもない。自分が使いたい武器だ。以上、以降の私語は禁止な~。質問は受け付けるよ。では開始」

 話し終えると、たつとらもその場に胡坐をかいた。肘をつき、楽しそうに生徒たちを眺めている。
 いつもは訓練開始すぐに騒がしくなる訓練場も今は静まり返り、皆が目の前のメモを見つめていた。

「言っとくけど、私は体が小さいから槍は無理ぃ。とか、代々銃使いだからぁ。とか、そういう理由は捨てていい。もちろん好きならいいし、別に考え込まなくていい。好きに書いてみて」
 たつとらは言い、笑った。


 その笑みを見ながら、陸は考える。
 弓が好きだ。
 でも今の時代、弓なんて銃の前じゃ引けを取る。街の武器屋にも置いてあるほうが稀なくらい、もう引退してしまった武器の一つだ。
 でも弓なら誰にも負けない。

 しかし前の担任であるツヴァイは、陸に銃を勧め続けた。
『君ほどの実力があれば、弓などではなく狙撃主になるべきだ。弓など、1対1の実戦ではまるで役に立たない』

 ショックだった。
 老いてはいたが確かな実力を持っていたツヴァイに言われ、陸は本気で弓を諦めかけた。
 でも銃は苦手だった。想いがそこに乗せられないから、と陸は解釈している。弓は想いを乗せたまま、目標に向かって飛んで行ってくれる。

「弓」
 と書いたメモ帳の上を、消すことのないまま消しゴムが行ったり来たりしている。同じように迷ってる生徒は、陸だけではないようだ。

 即書いてたつとらに提出する生徒も一部いたが、大半は頭を掻いたりペンをカチカチと鳴らして考え込む。

「今、迷っている者は一番最初に思いついた武器を書いてみて。それが答えに一番近い」
 たつとらが言うと、書き上げる生徒がちらほらと増え始めた。陸も消しゴムをかけないまま、それを提出する。

「よぉし」
 全員分揃ったのか、たつとらは口の端を上げた。

 まだ目の前の教師のことを何も理解していない生徒たちは、無意識にその行動を目で追ってしまう。

 ましてや昨日のこともあるのだ。
 テッサの能力を引き出し、大量に襲う水の中で不敵に笑う様は、生徒たちに強烈なインパクトを植えつけていた。

「昨日、剣術の自習練習を見てたんだけど……お前ら上手いな。その辺の下っ端兵士より全然強いんじゃないか?」
 手元のメモをめくりながら、たつとらの話は続く。

「だからさ、もう剣術の時間は無くす。あとは皆の好きな武器で鍛えていく」
 その言葉に、全員が騒めく。しかしその騒めきが面白いかのように、たつとらは目を細めた。

「確かにだ、剣は出来たほうが良い。剣士は多いし、切磋琢磨できる。戦場においては戦死者の剣が結構落ちているから、自分の武器が無くなった時も代用できる。でもだ、だからって剣にこだわることはない。結局、自分に合う武器が一番なんだよ。お前達ぐらいのレベルだったら充分だし、あとは本来の力を伸ばすことにした」

 そこまで言うと息をつき、たつとらは武器庫のスイッチを押した。備え付けの棚がゆっくりとスライドし様々な種類の武器が姿を現す。

「もちろん、好きでも合わない武器はある。でも、やってみろ。……で、なんか質問は?」
「……はい」

 手を挙げたのはセラだ。
 いつもは迷い無くまっすぐと手を挙げるセラだったが、今日は不安げに手を顔の横まで挙げるのに留まっている。

「先生、いいえ、たつとらの専攻は?」

 教師にも得意な武器が当然ながらある。
 タールマは細めの剣であったり、ツヴァイはタガー使いであったりと様々だ。生徒たちは教師たちの専攻で、自分の使う武器が大いに左右されることを知っていた。

 教師と同じ武器であったほうが、教師からの助言は多いしその分成長も早い。
 実際、ツヴァイの武器であるタガーに鞍替えした生徒も数多くいたのだ。

「剣だよ」
「……それでは剣の方に結局は偏ってしまうと思います」
「ん~それは無い」
「なんでだよ!!」

 怒鳴って立ち上がったのは鉄だ。
 先ほどからタイミングを見計らっていた様で、鉄は弾けんばかりに立ち上がった。そのせいで舞い上がった砂煙に、隣にいた道元が咽る。

「またお前か、鉄」
「根拠を言え! 根拠を!」

 ツンツン立った黒髪をさらにハリネズミのように立てながら、鉄はたつとらを指差した。人懐こい丸い目も、今は鋭く眇められている。
 いつもなら止めに入る道元やセラも今日は止めに入らず、それを見つめるばかりだった。
 しかし怒りをぶつけられている当の本人は、何も言わずニヤニヤと頬を綻ばせている。

「なにニヤニヤしてんだよ! 大体な、俺はお前を認めない!」
 何の躊躇も無く、鉄はそう言い放った。これにはセラも焦りを隠せない。
 まだ軍人では無いにしても、その道を志すものとして、教師に逆らう事は禁忌だ。

 たつとらだって素性は知られていないが、校長が決めた正式な教師だ。
 焦ったのはセラだけでは無いようで、いつも冷静な道元が、引きつった顔で鉄の袖を引く。
 しかしそれにも気が付かないほど、鉄は憤っている。焦る生徒たちをよそに、笑い声が響いた。たつとらの声だ。

「お前、面白いな。……鉄、お前は強くなるぞ」

 クツクツと笑いながらたつとらが放った言葉に、鉄は驚き眉を寄せる。
 笑ったことで過度に失った酸素を、たつとらは大きく吸い込んだ。そして愉しそうな顔のまま、生徒に向き直る。

「じゃあ、始めるか」


__________


 午前中の授業が終わり、生徒たちは昼食を取っていた。食堂は人で溢れ、にぎやかな声が満ちている。
 明るい陽が差し込む窓際に陣取っているのは、陸、鉄、道元、セラの4人だった。
 セラと陸は疲労困憊といった感じで、食事を口に運ぶ。既に食べ終わっていた鉄は、テーブルの上に伸びていた。

「結論だが、……すげぇ強い事は間違いない」

 一番に口を開いたのは道元だった。その言葉に少し反論するように、鉄はテーブルに突っ伏しながらも、道元とは逆のほうを向く。子供のような姿に、道元は短くため息をついた。

「鉄、お前も分かってるはずだろ」
「…………」

 鉄の額には大きな絆創膏が貼ってあり、それがもたらす痛みは、授業を思い出させるには充分だった。
 拗ねている様な親友の姿に、道元は再度息を吐く。


 武器の説明を受けたあの後、たつとらは全員を回って武器の技術を教えた。

 自分のやりたい武器が初心者の場合は扱い方を、今まで使っていた武器を継続する者には手合わせを。
 4人は自分の武器を変更する気は無かったので、手合わせをすることになった。

 道元は代々続く槍の名家に生まれ、幼い頃から槍を訓練して育った。物心付いたときから槍は傍にあり、周りの大人は槍を操る達人だった。

 自分には槍しかないと、師範である父に師事を受け毎日を過ごしていたのだ。
 ツヴァイもその技術を認め、道元へは何も教えることなく自主練の日々だった。


 たつとらと手合わせしたとき、道元は「やれる」と何度も思った。

 確かに隙が出来る。それは今まで戦ってきた経験の中でも、自信がある感覚だった。隙という光の穴に向けて、槍を穿つ。槍使いが一番気持ちが高ぶる瞬間だ。

 しかしたつとらが相手だと、その穴は突如として消失するのだ。しかも道元の槍の先が触れるか触れないかの距離で、無かったかのように立ち消える。

 最初は偶然だと思った。でも違った。
 それから何度も、何度も、何度も………。
 見つけては阻まれ、掴んだと思えば消え去り、道元は夢中で槍を振り回した。

『はい、オーケー』

 間の抜けた声が聞こえたとき、自分の槍はいつのまにかたつとらの手にあり、クルクルと円を描いていた。

『道元、やるな。しかも伸びしろがかなり多い』

 道元の槍を地面に突き刺しながらたつとらは言うと、安物の草履をゆっくり滑らせながら違う生徒のところに移動する。それを道元は、息を荒げながら呆然と見送るしかなかった。


「Tシャツに草履だぞ………」
 道元が放った主語も何も無い一言に、誰も返事が出来なかった。

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