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SS

突然のハロウィンSS

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 心地よい疲労感と共に、聡一朗は天国の実家へと帰っていた。

 リュシオルの業務を手伝うと決まったものの、聡一朗は彼から業務を教わることはなかった。共に仕事に行くこともない。

 リュシオルによって『いってらっしゃい』で送り出され『おかえりなさい』で迎え入れられる。


 神の側近という立場は非常に曖昧で、しかも仕えなければいけない神がいつも不在だ。

『何でも好きなことしていいよ』
 そうリュシオルに言われた聡一朗は、天国の広大な敷地を利用し、桃鹿の果樹園を作った。ここに実った桃鹿は、咎津に悩まされる鬼たちに使われる。
 
 勿論ルオに許可も貰い、有難いことに手の空いた天使まで貸し出してもらった。
 地獄のために天使に働いてもらうのは心苦しいが、お陰で大量の桃鹿水が量産できそうだ。


『仕事が終わったら、地獄に帰る前に、絶対うちに寄って』

 そうリュシオルから言われている聡一朗は、今日も帰路の前の帰路を急ぐ。

 細い小道を抜けると、古い造りの日本家屋が見えて来た。聡一朗の好みで造られたというその家は、今や聡一朗にとって本当の『実家』だ。

 いつものように玄関の前に立ち、聡一朗は「ただいま」と言いながら横開きの扉を開く。

 朗らかな笑顔で迎えるリュシオルを頭に描いていた聡一朗は、玄関に立っていた意外な人物に息を呑んだ。
 聡一朗が固まっていると、その人物は嬉しそうに口を開く。

「Trick or Treat !!!」

 満面の笑みで手を広げるのは、紛う事無く神様だ。

 古い日本家屋の玄関口で、イタリア系の風体の神が、「Trick or Treat !!!」と叫ぶ。突っ込みどころが多すぎて、聡一朗は混乱した。

「えっと、父上……? 普通『Trick or Treat 』は、来訪者が言うのでは……?」
「聡一朗! 久しいな!!」

 ぎゅうっと強く抱きしめられ、聡一朗は笑いを零した。
 久しぶりの再会は素直に嬉しく、噛みあっていない会話にも何故か愛しさが込みあげる。

 部屋の奥から、リュシオルが駆けてきた。
 大量のお菓子を抱えたまま、リュシオルも飛びついてくる。

「Trick or Treat !!!」

 ボロボロと菓子を零しながら、リュシオルは聡一朗の頭を撫でまわす。されるがままになりながら、聡一朗は首を捻った。

(あれ? お菓子は誰が渡して誰が貰うんだった? そもそも天国にハロウィーンがあるのか?)

「まぁた、難しく考えちゃってるでしょ、そーちゃんは! こんなのはね、お祭りなの! 他国の祭りを取り入れまくる日本人の姿勢は、最高にクールだと思うよ僕は!!」
「は、母上? テンションが……? 飲んでます!?」
「正解だ、聡一朗! リュシオルは泥酔している! この後美味しく頂くから、聡一朗は地獄に帰りなさい!」
「……」 

 神の満面の笑みを、聡一朗は口を引き結んで見るしかない。
 酔ったリュシオルは色気が特盛で、神に寄り添うように立っている。

(あ、そうだ。そうだった)

 2人は夫婦で、つまりはそうだった。

 ひょんなことから2人の息子になってしまった聡一朗は、初めて遭遇する親の「そんな事」に動揺を隠せない。
 言葉を発せないでいる聡一朗の手に、リュシオルは菓子を持たせるだけ持たせた。

「そーちゃん。ハッピーはろうぃん!」
「……はは、ハッピーハロウィーン……」

 舌足らずに言うリュシオルにそう返すと、神が聡一朗にそっと耳打ちをする。

「聡一朗、そんなに不安になるな。しばらく子は作らん。聡一朗が一番かわいい」
「……いや、そういうあれじゃ、あ、いや……ありがとうございます……」

 相変わらず、話が噛み合わない。
 神である父親の、言葉の真意を読むべきか。それともそのまま受け取るべきか……。
 そもそも34歳にして、新たな両親を得るという事自体がイレギュラーなのだ。
 
(駄目だ。今日は考えるの止めよう)

 抱えきれないほどの菓子を抱き込みながら、聡一朗は帰路についた。


_________

 地獄の空は茜色に染まり、冷たい風が吹き始めていた。
 獄主の仕事が終わる前に帰れた事にホッとしながら、聡一朗は十居の入口をくぐる。

 小道を進み、庭に出ると、明らかに不審な者達がいた。
 黒いフードつきのポンチョを身に着け、手には木の枝を持っている。

 聡一朗は『まさか』と思いながらも、頬を緩ませるしかない。
 
 「ただいま」と声を掛けると、その者達は振り向き、聡一朗に不敵な笑みを向けた。

「Trick or Treat !!!」
「……。ソイ、テキロ……どうした?」
「Trick or Treat !!!」
「……」

 良く見ると彼らは長いマフラーを身に着けている。臙脂色のマフラーは、有名な魔法学校のあれにそっくりだ。
 終始役に徹している彼らに、聡一朗は頬を緩ませながら嘆息した。

「はいはい、お菓子ならここにありますよ」
「ぃやったぁ!」

 聡一朗はリュシオルから貰った菓子を、仮装を頑張った彼らに惜しみなく渡した。貰ったことで任務終了としたのか、2人は聡一朗にいつもの笑みを送る。

「地獄でもハロウィンするんだな。いや、ある意味本場?」
「……何言ってんだ聡一朗。初めてだぞ? ハロウィン」
「ん? どういう……」

 聡一朗が首を傾げていると、上から何かが降りてきた。

 二体のそれは、聡一朗の前に着地すると「ククク」と不敵に笑う。
 2人共黒いマントを身に着け、口元は赤々とし、牙まで生えている。彼らは愉しそうに笑うと、牙を見せつけるかのように叫んだ。

「Trick or Treat !!」
「フウトさん、ライトさん。お疲れ様です。お菓子あげます」
「………」

 最早何も驚くまい。
 彼らの衣装のクオリティはかなり高い。多分ワタベに作らせたのだろうが、非常に手が込んでいる。

「聡一朗様、もう少しリアクションを……」
「いや、驚いてはいるんですよ。突っ込み所が多すぎて、混乱しているだけです。にしても凄いっすね、その衣装……」
「……ずっとやりたかったんですよ、ハロウィン……。今年は聡一朗様もいるし、盛り上がると思ったんですが……」

 残念そうに零すライトだが、見た目は相当凶悪だ。体格が良いため、吸血鬼の姿はインパクトが半端ない。
 この吸血鬼に血を吸われたら、間違いなく枯れる。

 聡一朗は2人に菓子を配りながら、クスクスと笑いを零した。

(地獄にいても、こうして新たな刺激を求めるのか。面白いな)

 地獄も下界とそう変わらない。
 鬼も人間も天使も、きっと吸血鬼だって、きっと変わらないのだろう。

「獄主様にもハロウィンの事伝えましたから、何かしら仮装してくれてるかも知れませんね」
「エンが? 無いだろ~それは」

 そう言いながら聡一朗は、獄主のハロウィンコスプレを想像した。
 吸血鬼、魔法使い、狼男……。

(うっわ、全部似合うわ。全部見てみたい)

 聡一朗が思わず頬を緩ませると、ソイがにやりと微笑んだ。
 フウトライトも微笑み、テキロはソワソワと居の中の方を窺っている。

 聡一朗は一同の変化に気付かないまま、縁側で靴を脱いだ。


「エンはまだ帰ってないよな? 先に風呂済ませとこうかな」

 聡一朗は独り言のように呟き、縁側へのふすまを開ける。そしてそこにあった光景に、聡一朗は持っていた菓子の袋を全部落とした。

 和室の真ん中に誰かが背を向けて立っている。
 銀の髪を真っ直ぐに垂らし、その人物はゆっくりと振り返った。

 いつもの執務服とは違い、朱色の着物を身に着けている。豪華な装飾が施された着物に、銀の髪が見事に映えていた。

 振り返った獄主を見て、聡一朗は息を呑んだ。獄主の額に、立派な角が二本生えていたのだ。

「え、えん? 何、それ? 本物?」

「聡一朗」

 こちらに身体を向けた獄主は、なんと片手に金棒を持っている。
 聡一朗が戸惑ったまま固まっていると、獄主は金棒を持っていない方の手を、聡一朗へと伸ばした。


「Trick or Treat 」
「は?」
「Trick or Treat 」
「……Oh……」

 聡一朗は手で口を覆い、今だ信じられない光景に打ち震えた。

(鬼の王様が……! まさかの鬼コス……!!)


 聡一朗は以前、獄主に聞いたことがある。

『獄主は、角ないのな?』
『……あるが、好かん。隠している。……見たいのか?』
『……いや、良い。すげぇ怖そう』


 過去に思い描いた姿とは違い、鬼の姿の獄主は美しかった。
 角は光沢のある黒で、先端に少しだけ紫の色味がのっている。銀糸が角を避けるようにして流れる様は、美しい水の流れのようだった。

 聡一朗は思わず駆け寄ると、その角を撫でた。血の通った温かさに、頬を緩ませる。

「すごいな。これが本当の姿なのか? どんな姿でも、エンは綺麗だな」
「……」
「ああ、そうだ。母上から貰った菓子の中に、こんなのが入っていた」

 聡一朗は落としてしまった菓子の袋を拾うと、中からカチューシャを取り出す。
 リュシオルが仮装用に買っておいた物なのだろう。犬か狼か分からないが、カチューシャには耳が付いている。

 それを頭に装着し、聡一朗は不敵な笑みを浮かべた。

「エン! Trick or Treat !!!」
「……」

 反応がないまま固まる獄主に、聡一朗は首を傾げた。
 しかしここで引くわけにはいかない。聡一朗は「がおー」と唸りながら、手を顔の横でにぎにぎと動かす。

「狼男だぞ! Trick or Treat !……? エン、どうした?」
「……まったく、本当に、聡一朗は………」
「??」

 聡一朗が首を傾げていると、獄主にひょいと抱き上げられる。そしてそのまま和室のクッションへ押し倒された。
 まさに流れるような動作に、聡一朗は目を瞬かせるしかない。

 鬼と化した獄主が、聡一朗の服に手を掛ける。そして口端を吊り上げながら、獄主は呟いた。

「どうした、聡一朗? Trick(いたずら)か Treat (もてなし)か、どっちだ?

「……えっと……どっちも?」

 聡一朗の答えに、獄主の唇は柔らかに弧を描く。その笑みは甘美で、香るほど妖艶だ。
 この鬼に絡めとられたらきっと、離れることは叶わない。

(離れる事なんて、無いんだけどな)

 聡一朗はふにゃりと笑うと、素直に鬼の王様の腕へと収まった。



おしまい


======
あとがき

新作の「冷酷非道な魔神様は~」を書いていたら、獄主を思い出してしまって……(クラーリオも溺愛攻めですからね。つい思い出しました)

ハロウィンネタは初めてでしたが、意外にサラサラ書けました。
しかし粗が目立ちますね、申し訳ありません( ;∀;)

書いている作者は楽しかったです。読者様も楽しんで頂けたら、これ以上嬉し事はありません。
お読みいただき、ありがとうございました!
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