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テキロとワタベ

テキロとワタベ ラスト

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 居室のドアが叩かれて、ワタベは顔を上げた。もう夜も更けている時間だ。こんな訪問者なんて、と首を傾げる。

 ドアを開けると、なんとテキロがいた。突然の事に心臓がどきりと跳ねる。

「ワタベさん!今いいですか!?」
「お、おう……入る?」

 テキロがうんうんと力強く頷き、ワタベもうんうんと頷いた。テキロはワタベの部屋をがしがし進み、テーブルの前に座る。

「ワタベさんも座って下さい」
「あ、うん」

 言われるがまま目の前に座ると、テキロから何時になく真剣な顔を向けられる。胡坐をかきながら首を傾げると、テキロが頭を下げた。

「俺、あの夜の事、教えて欲しいんです!あと、過去にワタベさんに俺が何をしたかも!」
「……ん?過去?」
「フウトさん達に聞きました!俺がワタベさんを回収しまくってたって」

 その言葉にワタベは吹き出した。「しまくってたって」と言いながら笑うと、テキロが顔を上げる。

「俺、あなたに何をしたんですか?責任を取ります!だから全部言ってほしい!」
「責任を取る?」
「はい!俺は、何をしましたか?……もしかして、最後まで、しましたか?」

 まっすぐなテキロの目に、ワタベは気圧されて視線を逸らした。煙草に手を伸ばして、火をつける。
 何も答えないワタベを、テキロは何も言わず待っててくれている。
 ワタベは煙を肺一杯吸い込んで、吐き出した。

「……もし最後までしてたとしたら、テキロどうすんの?」
「結婚します!!」
「はぁ?」

 ワタベが呆れた声で叫んでも、テキロの顔は真剣なままだ。
 澄んだ目は曇ることが無い。灰皿にトントンと灰を落として、目線を合わせないままワタベは曖昧に笑った。

「……随分古風な考えしてるんだな。一晩限りの関係なんて、今日日珍しくもないだろ?」
「……」

 急に黙り込んだテキロを不思議に思い、ワタベは顔を上げた。
 テキロの顔が悔し気に歪んでいる。驚いていると、テキロが懇願するように口を開いた。

「い、嫌です。ワタベさんが他の人と、そんな……絶対にいやだ!俺だけにして下さい!」
「え?テキロ?」

 テキロがテーブルを横に押しやり、間を詰めてくる。顔を近付けられ、ワタベは仰け反った。

「どうやるんですか!?初めてみたいなものなので、教えて下さい!」
「い、いやいやいや、待て!ちょっと落ち着いて話そう!」

 テキロの肩を押しやると、素直にテキロは座り直す。その姿にホッとしたワタベは、ふ、と吹き出しながら口を開いた。

「テキロ、ぬいぬい先生って知ってるか?」
「!!!」

 目の前のテキロが、派手に狼狽え始めた。黒目が小さくなったその目を見ながら、悪戯にニヤリと笑ってみせる。

「な、なぜ、ぬいぬい先生の事を……!」

 ワタベは横に追いやられたテーブルから煙草を手に取り、口に咥える。
 落ち着かせるように吸って、覚悟をもって吐き出した。

「昔々、近所に可愛い小鬼がいました。まだ角も生えていない、三白眼の小鬼です。その小鬼に、ぬいぐるみを作ってあげると、とても喜んでくれました。その子のお陰で、服飾の道に進むことを決めました」

 テキロに向かってにっこりと微笑むと、テキロ呆けた顔をして固まっている。すん、と鼻を鳴らして、ワタベは話を続ける。

「地元を離れて地獄で働き始めて少し経って、小鬼と再会しました。小鬼はぬいぬい先生を覚えていませんでした。小さかったから、無理もありません。……しかしその小鬼が、毎年歓迎会になるとベロベロに酔っ払い、その時だけ不思議とぬいぬい先生を思い出すのです」

 ぬいぬい先生と呼ばれた時は、嬉しかった反面、少しだけ怒りを覚えた。
 よくも今まで忘れてたな、と。

 はぁ、とワタベは項垂れて、灰を落とす。

「毎年一回の歓迎会、必ずベロベロになる小鬼に回収され、小鬼の居室でぬいぐるみを補修します。毎年一回、その日だけ、ぬいぬい先生と小鬼は、昔のように過ごしました。そして次の日になると、小鬼は全て忘れているのです」

 「おしまい」と言うと、テキロの顔が歪められた。どういう顔をしていいか分からないといった顔だ。
 灰皿にぐいぐい煙草を押し付けて、ワタベは肩を竦める。

「大体だ、普通おかしいと思わないか?ぬいぐるみが綺麗になってるのに……」
「いや、俺の中でぬいぬい先生は最早神格化してて、魔法でも掛かっているのかと……」
「ふはっ、やっぱテキロは面白いわ」
「じ、じゃあ、あの夜は!?」

 テキロの言葉に、ワタベは口を尖らせた。僅かに顔を赤くして、ワタベは真っすぐなテキロから視線を逸らす。

「……何にもないよ。いつも以上にベロベロだったからな。テキロが服を着替えてたのは、吐いて汚したからだよ。だから、何にもない」
「お、俺、吐いたんですか?それはご迷惑を………でも、ワタベさん?何か照れてません?」


 ふと、あの夜の事が浮かんだ。熱に浮かされた顔で、テキロが紡いだ言葉もはっきりと思い出せる。

『好き……好きです。ぬいぬい先生』

 そして……ぬいぬい先生に嫉妬する自分は、本当にどうかしている。


「ああ、でも、ワタベさんがぬいぬい先生なら、もう確実ですね」
「?」

 満面の笑みを浮かべて、テキロが言う。嬉しそうな声色に甘い響きも混じっていて、また心臓が跳ねる。

「俺、ワタベさんが好きです。今ので確信を持ちました」

 言いながら眉を下げるテキロを見つめて、ワタベはふすりと笑った。
 ああ、もう、本当に可愛い。

「俺、2万歳も上だけど……いいの?」
「勿論。聡一朗と獄主様なんて、5万歳差ですよ」

 再び間を詰めてくるテキロに、ワタベはまた仰け反った。意外に積極的な姿勢に戸惑ってしまう。

「テ、テキロ?結構グイグイ来るな、お前……」
「そうですか?これでも抑えてますけど?」
「テキロ!顔が、ちけぇ!」
じりじりと間を詰めてくるテキロの口を、ワタベは手で覆った。

「す、少しずつ、な?」
「……はぁい……」

 嬉しそうな顔から一転、テキロは捨てられた子犬の様な顔を浮かべる。それもまた可愛いと思うのだから、ほんとにしょうがない。



________


「聡一郎!獄主様はどうやって聡一郎に迫るんだ?どうやったらスムーズに進められる?」
「馬鹿!声がでかい!そして俺に聞くな!」

 十居の庭で、周りの目を一切気にしないテキロに聡一郎は呆れたような目を向ける。
 至極真剣に聞いているようだが、答えるこちらの身にもなって欲しい。

「聡一朗、一体どのタイミングでキスすればいい?なあ、初めてのキスは、どういうシチュエーションだったんだ?」
「さ、最初の?えっと、苺……」

 聡一朗が口籠っていると、近くにいたソイがすすすと身を寄せ、「苺?」と呟く。
 すると、護衛2人もニヤニヤとしながら寄って来た。

「馬鹿だなぁ、テキロ。俺らに聞けよ。あのな、苺キッスはな……」
「!!!」

 喜々として話し出す2人と、真剣に話を聞く2人から、聡一朗は静かに離れた。

(……聞くに堪えない。しかもあの時から監視されてたのか?俺は……)

 大きく溜息をついて踵を返した所で、聡一朗はいきなり腰を掴まれた。そのまま抱き寄せられ、唇を奪われる。
 唇を合わせても、獄主は目を閉じない。鳶色の双眸に見据えられ、心臓のリズムが狂う。

 唇を離すと、鼻が触れ合うような距離で獄主が微笑んだ。

「キスにタイミングなど無い。なぁ?聡一朗」
「……っ!あんたは、ほんとに……!いつから居た?」

 「ついさっきだ」と言いながら、獄主は聡一朗を抱き上げる。聡一朗がバタバタ暴れるのも構わず、獄主はテキロへと向き直った。

「テキロ。相手はお前を好いているのだろう?何を踏みとどまっている。強引に進めよ」
「!!はい!獄主様!」

 満面の笑みでテキロが返事をしているのを見て、聡一朗は大いに不安を覚える。
 一番手本にしてはいけない人のアドバイスを、彼は聞いているのだ。

「テ、テキロ!!あのな……!」
「聡一朗、風呂に入ろう」
「は!!??」

 まだ夕方にもならない。今から風呂だなんて、嫌な予感しかない。
 渾身の力で暴れるも、それすら楽しそうにする獄主を絶望の瞳で聡一朗は見る。

 弾むような足取りで居に入る獄主の姿を、テキロ一同は微笑みながら見送った。



おしまい


==========
あとがき(読まなくても……大丈夫なやつです!)

まず最初に、いつも読んで頂いて感謝申し上げます!

いや、本当に…難しかったです。テキワタ。
そして本当にごめんなさい。私の力量はこんなものです。期待して下さっていた方々に、平謝りしたい気分です……(´-`*)

ワタベの文字がゲシュタルト崩壊するとは、思ってもみなかった……

今後も何かしら書きます。
聡一朗たちの子供も書きたいけど、まずは鬼の実家訪問からですかねぇ……
新作の方も頑張りたいので、ぼちぼち更新していきたいと思います
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